10月21日(日)午後3時半~4時頃
Kさんの彫刻300万には及ばないものの
版画で シートのみ100万 というのは 久し振りの高額売り上げです。
それも4日後には現金で入るのです。
また この先も本間家との関係がつづけば 作家活動も安定して制作に打ち込めそうです。
実に願っても無いチャンスです。
この突然降ってわいた 絵描き冥利につきる話しに私はかなり舞い上がっていました。
そんな想いを噛み締めながら
私が広げた作品をそろそろ片付け始めていると
本間氏
「先生 喉が渇きましたな どこかでお茶でも飲みましょうか」
と云いながら さかんに上着のポケットを探っています。
私
「そうでしたね 私も喉が渇きました。
1階に喫茶店があるようですので そちらに行ってみましょう」
本間氏はなおも上着を脱いで何か探しています。
私
「本間さん どうかなさいました?」
本間氏
「いやね..... お茶を飲むのに財布をと.......
どうも..... 財布を無くしたようで......
新宿からの車内で上着を脱いだ時に 落としたらしい.....」
私
「えっ それはいけませんね..... カードか何かも 一緒に?」
本間氏
「いや 休日なのでカード類は持ってこなかったんですが
帰りが困った.......」
私
「熱海までの......」
本間氏
「えぇ 小銭が少しあればいいんですが.... 弱った......
先生 申し訳ないが 1万程 お貸し願えませんか
今度の入金の折に加えて振り込みますから」
困りきった本間氏の表情を見て 私がすぐさま思ったのは
(あぁ 東京から熱海まで グリーン車ならそれ位はかかるかもしれないなぁ)だけでした......
そしてその時は1万少々持ち合わせていたのです。
少し躊躇する気持ちもありましたが
私
「判りました 丁度1万ありますので 使って下さい」
(4日後には160万..... 1万くらい.....) という気分でした。
本間氏
「いやーー すいませんね 助かります
良かった良かった これで帰れます
じぁ お茶でも」
喫茶店「ボナール」
今時珍しい昔風のその喫茶店には 我々の他に客はなく
頼んだオレンジジュースを飲みながら たわいない会話を続けました。
本間氏
「先生 お子さんは?」とか
「先生は煙草はやらないんですか」とか
「私は昨年大腸がんの手術をしまして....」とか
私はこれからの本間一族との関係を深めるためにも ひとつひとつ丁寧に答えていました。
その内 本間氏は突然想い出した様に
「あっ そう そう 帰る前に東京で人に会う約束があった.....
今日はいろいろあったのですっかり忘れていました
先生.... 悪いが....... もう少しお借りできませんか」
私はこの瞬間
はたっ!と はたっ!と 血が引いてゆくのを感じました。
(えっ まさか..... 詐欺? これは寸借詐欺?)
私の頭の中は大混乱に陥りました。
私
「急いで出てきたので もう持ち合わせはありません.....」と 言うのが精一杯
本間氏はかなり残念そうに
「人に会うのをすっかり 忘れていました..... そう.... ありませんか.....」
私
「ありません これ以上は何とも.... そちらでなんとか ご都合つけて下さい」
私の気持ちはここへきてどんどん醒めてゆきました。
そう これは詐欺だ! こいつは詐欺師だ!
しかし..... そう思う反面
今日の出来事のすべてを一挙に否定するのは すぐには出来ませんでした。
目の前のチャンスを逃したくない気分がどうしようもなく残っています。
本当であって欲しい.....
が
その未練がましく逡巡する自分を意識した途端
間抜けな自分を感じた途端 突然強い怒りが湧いてきました。
私は「もう 引き上げましょう」と 突き放す様に言って 先に立ち
ジュース代二人分の支払いを済ませ 足早に駅改札へ向かいました。
上尾駅改札口
改札口までは1~2分
その間 目まぐるしく私の頭は回転しつづけます。
Kさん 忠良さん アメリカの銀行家 本間宗家 お土産用の版画 160万 という事柄に完全に洗脳されていたようです。
しかし 本間氏の名刺 手の印象 そして二度の金の無心によって 何とかその呪縛が解かれつつありました。
だが....(あんた これは 詐欺だろう!)と云うには 確たる証拠も無く
また 面と向かって 言い放つ勇気も私にはありません.....
それに もし私の勘違いで これまでの話が本当だとしたら......
詐欺だろう!と 言った途端
私だけでなく Kさんの300万の件も壊してしまう事にもなりかねません。
まさかと思うと同時に 間違いなくこれは詐欺だという確信も交差して
いたたまれない感情に 一刻も早くこの場を離れたいと思うだけでした。
桶川までの切符を買って振り向くと
本間氏が小さな小銭入れを開いて うつむいています。
無視もできず
私
「どうしました?」
本間氏
「東京までの小銭が足りなくて.....」
私は
「さっき 1万 渡しただろう!」 と 大声で叫びそうになりましたが
そこに立っているのは2時間程前 初めて見たときの軽快な本間氏ではなく ただのしょぼくれた爺さんです。
私の態度の急変に 感づかれたと悟ったのかもしれません。
感づかれたにも関わらず なおも哀れっぽく無心する彼を見て
私の方がどうしようもなく情けない気分になってしまいました。
本間氏を睨みつけ
私は腹立ち紛れに 東京までの切符650円を買って 彼に渡しました.....
訳の解らない自分の行動に耐えられなくなって
後も振り返らず 小走りに改札を抜け ホームの階段を駆け降りました。
切符まで買ってやる自分のお人好しと
ここまで見抜けなかった馬鹿さ加減が入り交じって
自分への怒りを抑えるのがやっとでした。
つづく
作品を預かりたいと言った時からとっても気になっていました。
3828ドラマでなくドキュメントなんですよね。
この話題が掲載されてからいつも次回が待ち遠しかったです。
最後の結末が早く読みたいでぇ~す。
この話しは昨年の10.21に実際あった出来事です。
すぐには書く気が起らず
しばらく自分のうかつさに耐えていました。
4ヶ月間かけてじっくり思い返して
ようやく書き起こした次第です。
小さい頃から 映像による記憶が得意でしたので
それが大いに役立ちました。
(映像記憶が得意っていうのは たとえば トランプの神経衰弱では今まで人に負けた事がありません。試験でもこの記憶方法で乗り切ってきたものです)
駅などの画像は最近改めて撮りにいったものです。
最終回はちょっとひねりが利いて笑えますよ。