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2020-02-07 | 思うこと
新入学・進級も視野に入る時期ですね。
テレビ番組のコーナーを観て思ったことを少し。

‪100%ほめ育てや、100%叱らない子育てで子供達全員100%を同じように育てようというのは集団教育には少し無理を感じます。
‪子供つまり人は千差万別、十人十色ですから。

‪古く威圧感が満載だった子育てを改善していく、いいものをプラスアルファ取り入れて行く意味はあります‬。

ほめ過ぎ育てや、叱らな過ぎの子育てについて浮かぶことを書いてみようと思います。





○共通の時間
放任するのでなく向きあうということは大切です。
最近では向きあっていく子育てを重要視する社会です。

子育ては子供対親で言えば、1:1。

でも子供さんの数が少なければ十分にほめ、十分に叱らないで済む時間がある場合が多いかもしれませんが、集団教育となると一人一人の時間にかなり制限が出てきます。

時間がない、と言い切ると大人の都合で時間で追い立てるのは良くないといわれるのでしょうが、
集団教育にはやはり時間との戦いが出てくるのは否めないのです。

それは視野を広げて見れば集団教育とは社会に出る練習にもなっており、一人一人を大切にできる家庭の場と別の、全体の動きに協力できるような感覚を持つための練習になっているのです。

「うちの子はこうで」「うちの方針はこうで...」から「学校と子供」へシフトして行く時です。

子供さん達はいずれ社会に入って行くのです。
社会では時間は共通の所有物として存在します。

つまり十分にほめられない場合も出てきますし、叱らないように気を配っていても叱らなければならない場面も出てくるのではと思うのです。

のんびりさんに合わせてばかりはいられない、せっかちさんに合わせてもいけない。

家庭では本人の感情を自分だけのために特別に気が落ち着くまでフォローしてもらえたことが、あまりフォローしてもらえない、そうなってしまうわけです。

ただ、のんびりさん、せっかちさんの中には性格だけでなく発達がゆっくりさん、発達の見守りが必要なお子さんもいらっしゃいますので、その場合はあらゆる連携で十分なサポートが必要になります。



○ボリュームが違う叱り方
例えばお子さんが、安全面、衛生・健康面、対人面で危険な目に遭う時、親御さんはどうするでしょうか。

もちろん止めますと言われるでしょう。

では、そんな時に
だって!と言い出すとか、イヤイヤ、泣く...そんな場合はどうするでしょうか。

子供さんのこれらの怒りの感情をなだめるほうへ回ってばかりいないでしょうか。
叱らない子育てを守る余りなのかもしれませんが...。

または結局振り回されて気づいたら子供の言いなりになってしまっていたり、
過剰におやつやオモチャを要求される、引き合いにだす、そしてお子さんの手に入ってしまっていないでしょうか。

親御さん達が手を焼くほど、子供達にはいろいろ性質があります。
小さな言いつけを聞ける子、なんとか説明すれば聞ける子、感情ばかり出てきて全く聞けない子、そして発達がゆっくりペースさんで本当に見守りが必要なお子さん...

もし子供達に危険が及びそうな時、様々なお子さん一人一人に一律に叱らないで十分な対応ができることが望ましいですが、それぞれの性質に合わせて、多少は声を大にしないといけない場面も出てきます。

集団教育ではおやつやオモチャで駆け引きすることが出来ないことが大前提となります。
優しい言葉だけでは心に入っていかない場合は、目を見て、腕や肩をしっかり握って伝えるというような身体に訴えることも必要です。
(もちろんそれがまた過剰になってしまわないようにです。)

そんな時、子供さん達はハッとします。
ハッとできる=わかる能力を持っているのは俗に言う子供やわらか頭だからだと思います。
大人が自分達子供を守ってくれている、ということを理解する能力があります。


瞬時に危険を回避することが必要な時は、叱る叱らない論議よりも、すぐにやめさせられるかどうかが最重要になります。
こういうことができるのは、親御さん達の第三者への信頼度にかかってきます。
「あの先生さー」とか悪口や陰口を言っていたり
「どう大丈夫だったの?」と過剰に心配してお子さんの感情に寄り添うと、
お子さんは自分の気持ちがいいほうにしか傾きません。
いつまでも聞く耳を持たないままになってしまいます。

集団教育はもちろんご承知でしょうが、おやつやオモチャ、ご褒美が出てこないことばかりです。
それが無い状態でも言うことを聞いてもらわないといけません。
感情的なタイプや計算のうまいお子さんには親御さんが振り回されないことが、集団教育に入る前に気をつけておくこととも言えるでしょう。

集団教育ではその様々な感情を必ずお子さんの思う通りに拾ってはあげられず、
親御さんが思う通りには十分にお子さんの感情へのケアは困難であることが生じます。

つまりそれは集団社会には致し方なく生じる困難さで、各家庭の思いにそった個人別の感情や自分自身の感情は、自分達でなんとかしないといけないということです。
その諦めを持つことでお子さんも親御さんも楽になると思います。

親は子供の感情に振り回され悩み、結局自分の感情も壊れた楽器のようになってしまいがちです。
そのために心拍数が上がり過ぎる、血圧が上がったり下がったりする、ホルモンのバランスが崩れる、それって健康にもよくありません。

感情の起伏が激しいため、ほめられ過ぎて叱られることなく、なんとなくオブラートに包んで来られたお子さん達は、集団の場ではそういうふうに感情に寄り添ってもらえないため、孤立感が増したり、重要な話や危険が及ぶことを回避する伝達が聞けないことが多いようです。

そういう危なっかしさがずっと続かないで済むように、「うち」目線を社会目線に変え、背中を押してあげる準備をするのはいかがでしょうか。


親子VS集団教育、という通常の図式に、
集団教育・親VS子供という関係性も必要な場合があります。

それは、大人が子供を威圧するのではありません。
大人の協力があって子供を育て守っていることを意味します。