昨日、埼玉県主催 塙保己一賞の授賞式が本庄市児玉文化会館において行われた。受賞者の指田忠司さんとは古い友人で、ガイドヘルパーを依頼され、行ってきました。彼はヘルパーの必要がないくらいご自分で何でもできてしまう。当日もショートメールでやり取りし、予定より1本早い電車の6号車にいることがわかっていた。電子機器の発達で、障碍者の自由度は格段に向上した。昔はパソコン操作も、オプタコンという2、3千万円する機器が必要だったと記憶している。大宮駅で乗り込み、すぐに彼を見つけた。私の第一声、「髪が薄くなったね」。すると彼は、間髪を入れず「白髪が増えたね。」と応酬した。「へへへ、残念でした。しっかり染めてきました。」とかわした。昔からずっとこんな調子だった。
出会いがいつなのかはっきりとした記憶がない。たぶん大学3年生の時、京都で日本社会福祉学会があり、その時、ライトハウスに泊まったメンバーと、その後も自主的な研究会などがあり、そのメンバーだったのではないかと思う。彼に確認すると、彼も記憶が曖昧で、「たぶんそうだろうと思う。」との事。大学時代、何度か彼のガイドヘルパーもした。
古い友人というのは、相手の人生と自分の人生を合わせ鏡のように映し出す作用があり、10年会わなくても若いころに議論した社会福祉に対する共通の思い、理想や夢を共有しているという安心感がある。彼は私に弱点を見せるし、私は遠慮なく私の意見を言う。研究に行き詰った時、何時間も愚痴を聞いてもらったこともあったそうなんだけれど、そんなことはすっかり忘れている。
彼は、川越高校時代、体育の授業中、腕立て前方回転の補助をしていた時に、足が勢いよく目に当たって、網膜剥離で失明した。教育大付属盲学校に転校し、素晴らしい先生方に出会ったそうだ。その後早稲田ゼミナールに通い、早稲田大学法学部に入学する。最初は司法試験を目指していたが、独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 障害者職業総合センターの研究員になる。定年退職後は特別研究員として現在も勤務している。
忘れられない出来事がいくつかある。
大学時代、彼のガイドヘルパーとして社会学者(経済学者)の高島善哉氏のお宅をお訪ねしたことがあった。高島先生も全盲で、池田先生(かろうじて名前だけ憶えているが、所属がどこか何を教えていた先生か記憶がない。)が、彼を励ますために連れて行ってくれたのだろうと思う。その家はとてもクラシカルで素敵な洋館だった。床の木肌がピアノのように磨かれて光っていた。奥様が紅茶とケーキを出してくださり、冬だったので、私にはひざ掛けまで掛けてくださった。そのふるまい、物腰、気遣いにいたく感激し、21歳の私は美しく老いたいものだと思ったことを覚えている。それなのにその時の話題は何ひとつ覚えていない。にわか仕立てで高島先生の「社会科学入門」を読んで行ったように記憶している。
また彼の結婚式での出来事。仲人は、元早稲田大学総長 西原春夫先生で、私のテーブルには、夫の知人であるYさんも座っていらしていて驚いた。Yさんは彼の職場の上司になっていた。夫とYさんは、国家公務員 同期入省(彼は厚生省、夫は通産省)で、府中かどこかの研修所で一緒に研修を受けたことがあったらしい(夫は2,3年後、方向転換)。その後、「身障友の会」「柏朋会」などで私もご一緒したことがあったので、Yさんもびっくりなさっていらした。私は結婚式の最後のスピーチに感動して号泣したのだけれど、その内容は覚えていない。思い出せない。Yさんは、長い間柏朋会の中心的幹事を担っていらした。編集委員の求めに応じて、夫も機関誌『ザ・トド』に寄稿したことがある。ある大学の学長を最後に、引退なさって郷里に帰られたと聞いていた。そして車いすで散歩中、崖から落ちてそれが遠因でお亡くなりになったと、柴又に住むこれまた古い古い「身障友の会」の友人に伺った。
それから、上智社会福祉専門学校で講師をしていた時の出来事。指田さんを外部講師として、一度お招きし、「障碍者雇用の現状と課題(たぶんこんなテーマ?)」についてお話していただいたことがある。すると、学生のひとり Hさんのお父さんが、大学時代、指田さんの点字翻訳や朗読ボランティアをしていたということがわかり、やはり不思議なめぐりあわせに感嘆したものだった。
今回の授賞式には、彼の川越高校時代の恩師(80代)、川越に県立図書館があった頃の朗読ボランティア、点字図書館関係者や福祉関係の友人・知人など、実に沢山の方が、彼の受賞を喜び、お祝いに来てくださっていた。その人たちの「指田さん」という声かけを聞いただけで、彼は瞬時に声の主が誰なのかを理解し挨拶していた。平凡な言い方だけれど、こんなに多くの方々が来てくださったのは、彼の人徳なのだろうと思う。1月20日には、周りの人々が受賞祝賀会を予定してくださっている。長年会いたいと思っている共通の友人に会えるチャンスでもあるが、残念ながら変更の出来ない予定が入っていて、私は参加できない。 盛会をお祈りしています。
<以下は埼玉県のホームページより抜粋 >
第11回(29年度)受賞者について(年齢は平成29年4月1日現在)
○ 大賞 指田 忠司(さしだ・ちゅうじ)氏(64歳)
視覚障害(全盲)。障害者職業総合センター特別研究員、日本盲人福祉委員会常務理事。
県立川越高校時代に両眼失明となるが、盲学校を経て早稲田大学に進学、その後卒業。
平成20年~23年まで世界盲人連合アジア太平洋地域協議会の会長を務める。視覚障害者の国際団体会長に日本人が就任するのは初めて。
平成6年より週刊点字新聞に海外の視覚障害者事情に関するコラムを連載するなど、視覚障害者の国際理解と文化交流の推進に貢献している。
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