京都に住んでいたころは、大阪から出る船によく乗っていたが、引っ越してしまってはもうそういう機会もないだろうと思っていたら、なんと九州→四国→東京という意外なルートを発見したので早速乗ってみる。
別会社が運航しているが仕様は大体同じ。瀬戸内海ではなく四国の外側の外洋をまわり、途中の徳島で降りてもいいそうだ。
家の草刈りを頼んでいる会社に、すごく繊細な社員がいて、滞在最終日に来たので(きの)「今日これから1人で船に乗って外洋に出るんです!」とウキウキぎみに言ったら、その話の全部が嫌ですと言われてしまった。高層ビルや浮いてる桟橋で酔うらしい。
まぁ確かに瀬戸内海ほど静かではないだろうな。レストランはないらしいから、問題は何を持ち込むかだ。どれだけの物を洋上で食べれるかは、宇宙食に無理やり変な具材をフリーズドライしようとするのに似ている。
寿司やケーキはやったから、もっと面白いものないかな(他に考えることはないのか)。いつかプラスチックのシャンパングラスを持ち込んで堂々と夜景を見てやる。その際にはぜひワインではなくコンコード種の濃いグレープジュースがいい。ピノ・ノワールとかを搾ってワインにしないですぐ飲んだら不味いのかな。
そういえば、今回すだれを持ってきた。実家に買ってほとんど使わなかったのが山盛りになっていた。もったいない。ぜひ使おう。しかし夜のコンビニのクロネコヤマトから送るには定形外ではなかろうか。アルバイトの店員が受け取ってくれなかったらいけない。船にすだれを持ち込んではいけないという決まりにはなっていないが、そんな物を持ち込む前提にはなっていないので常識の範囲外だが、危険物ではない。コンテナやサーフボードよりは小さい。だからOKだろう。希望的な判断で堂々と持ち込む。
しかも2枚重ねて巻き、どうせなのでそれらしく細く切った包装紙を巻いて、別の商品から剥がしてきたホームセンターのマーク入りのテープを貼った。けっこうな重さだ。しかし、あら不思議「買ってきた人」という構図ができあがった。なぜ500円程度のすだれを遠くから買って海を越えてかついで来るのか謎だが。
小細工が功を奏し、往きの交通機関では目立つこともなく風景になじんでいた。そう思っているのは自分だけかもしれない。思ったよりかさばる。持つところがないのが問題だ。そういえばおばあちゃんに聞いた戦後によく居たらしい「おこもさん」というのは、確かすだれのようなものを自身に巻き付けて持ち運ぶのではなかったか。こんなもの巻き付けたら歩きにくいと思うが。
そういえばこれは、まわりを紙で巻いて軽くテープでとめただけだった。人ごみの階段などでうっかりほどけて、大道芸のようになってはいけない。注意して持とう。
門司駅のベンチで待つように言われた。特にここが乗り場だという看板もないが、これ、どうやって船に乗る人だとわかるのだろう。置いて行かれては本当に困るので電話(きの)「もしもし、予約の時点で送迎の車に乗るとも何とも伝えてないんですけど。」(電)「そこに居ればわかります」
??
しばらくするとジャンパーを来た人物がやってきて、柱の前でクルクルッと勝訴のような黄色い旗を広げた。あぁホントだ。時間になったので連れられてタクシー乗り場へ。すだれはそおっとトランクへ。
山を越えて埠頭の方に向かうと、中華料理屋と神社を混ぜたようなでっかい建物があった。思わず(きの)「あれは何でしょうか」(運)「阪急フェリーの発着所です」なぜあんな近未来SFの架空の建物みたいのを建てたのだろう。しかし今回乗るのはそこではなくて、奥の常識的なビルだから間違えないようにしなければ。他にも色々と別会社があってそれぞれに大規模な乗り場があって紛らわしい。
手続きを経て通路を進むと(係)「お気をつけて。今日は波が高い(ボソッ)」急に気になる一言をいただいた。船内に足を踏み入れると船員がやってきてカギを手配し、同僚を呼んで(船)「荷物を部屋までお持ちするように。」特に持ってもらうとしたら・・・これかな?うやうやしく掲げた「御すだれ様」を先頭にしずしずと進む。なんだろうこの行列は。
部屋に向かう通路のあちこちに〇や△、?などと書かれた紙が貼ってある。オリエンテーリングでこんなのなかったか?とりあえず1人で個室を取ったので、全荷物をぶちまけ急いで甲板へ。いつもはとっぷり日が暮れてから出発していたのでまわりもよくわからなかったが、今はギリギリ夕方なのでよく見える。
周辺にも船がいっぱい停まってる。(注意書)「風が強いから気をつけて!」確かにすごい風力だ。(注意)「お客様の安全のために柵を高くしたよ!」瀬戸内海路線にはなかったまるで鉄条網といった感じの高い格子がめぐらされているが、そうでもしないと吹っ飛んで行ってしまうのか?
汽笛も聞こえずいつのまにか出発。(きの)「あ!あのマークは」こないだまで馴染みのあった赤青マークの名門大洋フェリーの横を通り過ぎ、阪急と書いたミツカンマークの同じぐらいの大きさの船が大急ぎでやってきて追い抜かしていった。そして湾を出てちょっと進んだところで、さっきの阪急フェリーを抜かした。先程の、船にしては猛スピードの出走は何だったの??そう思って見ているとどんどん岸から離れて右に曲がって行き、見慣れた瀬戸内海の景色があっという間に遠ざかる。
嬉々として写真を撮りまくっていたら、出港の作業を終えた整備の人が上がってきて心配そうにこっちを見ながら船内に入っていった。なぜ他の皆さんは出て見に来ないのか。外洋は本当に吹っ飛ぶの?写真を写しているスマホが風で動いてブレブレの写真しか撮れない。そのうち夜景もなくなり真っ暗になった。そのまま真の暗闇が続く。
晩飯、晩飯。レストランはないそうなので、カフェスペースにやたらにある自動販売機で買ってレンジで温めてくれということらしい。それも面白いが今回はなぜか出発間際に隣のおばさんがくれた焼カレーを持って来ていた。これを日頃あまり得意でない電子レンジを用いて温めてみよう。
売店では酔い止め関係の輪っかだとかいろいろとその辺の商品を売っている。やけにいっぱい売っている。ホントにそんなに揺れるの?こないだまで乗ってたやつは、せいぜい「酔い止めあります」ぐらいの張り紙があっただけだぞ。そもそも薬局でもないのに売っていいのかな?せとかのストレート果汁を売っていたので、スマホ立てにもなるという船のアクリルキーホルダーと共に買う。
出力のちがうレンジがいくつも置いてあってどれがいいのかよくわからないまま一番大人しそうなのに入れて1分やってみたが、温まっているのだろうか。凍ったまま入れろと書いてあったが、すでに持って来た時点で解凍されているので既定の時間より少なくした方がいいだろうと思って、また1分やってもいまいちできている実感がわかない。結局3分やって後ろを向いて飲み物の準備をしていたらあたりにカレーの匂いが漂ってきたので、こんな所で誰だろうと思ったら自分だった。慌てて取り出す。やはり九州といえば焼カレーだ!
食べ終わってアイスを楽しみながら先ほど買ったスマホ立てにスマホをセットしてみようかと思ってやってみたが、どの角度にしてもガチャガチャ一瞬で倒れる。アクリルに一か所スリットが入っただけのシンプルなデザインで、これが使えたら便利だと思ったのだが、どうやって使うんだろう。しばらく知恵の輪のようにああでもないこうでもないとやってみたができない。欠陥商品ではないのか!いや、待てよ。船が揺れているからかもしれない。明日降りて平地で冷静に試してみよう。
カフェスペースは電気が点いて反射して室内のものしか見えないので、夜景を見に部屋に戻る。部屋の電気を全部消してみると向こうの方にかすかに光が3つあった。文明の明かりが!喜んでいるとどうやら船らしいということがわかった。ゆっくりと近づいてきて通り過ぎて行き、あたりはまた真っ暗になった。
よく考えたら、今は高知県の沖にいる。ということはこの下が今話題の南海トラフだ。暗い海面には瀬戸内海では見ない幅数メートルの大きな盛り上がりが和歌山県の方からやってきて、陸地からは小さな波が直角に交わって通り過ぎて行く。太平洋の向こう側のカリフォルニアあたりから来た波かな。
船が大きいからか、その太い波にぶち当たっても影響されているようには見えない。船のまわりでは船壁が生み出すレースのような白波の泡が次々と生まれては消えていく。面白いので出窓に登り、ガラスにへばり付いてブドウを食べながら見ていた。これが外洋かー。
いつまでも深淵をのぞき込んでいても仕方がないので、風呂に入ってみることにした。この船は24時間入っていいですよという決まりになっていて、ほんとにいいのかと思って深夜に行ってみたら誰もいなかった。ここぞとばかりに広い浴槽に一人でポツンと浮かんでいると揺れが大きくなってきて、バスタブで前後に動いていて止まらなくなった時みたいに翻弄されて、お湯がほとんど外に出て行った。
あれほど「船内は節水!」などと騒いでいた水がいま全部排水されていきましたよ。元船乗りのオジさんが言ってたけど、本物の太平洋の荒海は横幅400mの波が来て乗り上げた大型船が折れるらしいから、まだここはマシな方なんだろう。まわりは大理石の角ばかりで、密室といえば密室だ。全体を揺らすなんて盲点と言えば盲点だが、こんなくだらない死因のミステリーに登場しても名探偵も活躍のしようがない。さっさと出て寝よう。外洋の波は確かにすごかった。
部屋に2段ベッドがあったので、上の方を引き出してきてよじ登ってみる。布団は備品の棚に予備が畳んで置いてあるから、自分で敷いてみよう。どれも薄いのでどれが何布団かわからない。適当にやってみたが、もしかしたら掛布団の上に敷布団をかけて寝ているかもしれない。
明け方に(音)「ガコーンっ!!」下の方ですごく大きな音がした。それ!クジラに衝突したんじゃないのかっっと思って飛び起きた。しばらく静かにまわりの気配を探っていたが、特に何か放送があるわけでもない。積み荷が倒れた?なんだろう。よくわからないので、とりあえずベッドから降りて床の上に寝そべってみた。揺れがダイレクトに伝わってきてハンモックみたいで面白いなーと思っている内にまた寝た。
名門大洋フェリーの時も思ったが、みんなが寝静まった頃に加速しはじめるのではないだろうか。いつも船の現在地を示すモニターでは、夜の8時に出て深夜12時に全体の1/3しか来ていない。そんなんで着くのかと思っていると朝8時にはちゃんと着いている。寝ている時に飛ばしたら安眠できないじゃないかと思うけど、じゃあレストランで宴たけなわとなった時や全員で風呂に入っている時に猛スピードでグラグラしてもいいのかと言われるとね。う~~ん。
朝起きて、朝食と共にせとかのオレンジジュースでフレッシュな気分を味わおうと思ったら、窓の外は雨で薄墨の世界になっていた。タンカーが点在する湾内は白黒でまるで軍港みたいだ。しばらく窓の外を眺める。この辺は波もなくおだやかだ。
朝から行き来したらしい小舟が通った後に油の道みたいのができている。普段は波立っているからわからないだけで、船ってみんなこうなの?海洋汚染だ。よくない。関門海峡が汚いのはこのせいもあるのか。三井商船などは、なぜか一周まわって技術の粋を結集した帆船を作っているらしいから、クリーンなエネルギーが全国的に普及するといいな。鉄の固定された帆で嵐の日どうするんだという疑問もあるのだが。
この船は寝過ごすと東京まで行ってしまうので、早めに起きて早めに降りる準備をした。大幅に時間が余ったのでソファーに座っていたら、どうもさっきからニャーニャー聞こえる。気のせいかと思っていたが、あのドアの内側はペットルームではないのか。
それにしても、すごい怒っている。さしずめ「こんなところに閉じ込めやがって!!」といったところか。あんまり怒っているので船員が様子を見に行くと急にか細い声で(猫)「にゃあ?」どんな模様のやつだろうと思っていると、飼い主らしい女性とその家族が入って行ってカゴに詰めて出てきた。
再び力を得てカゴの中で暴れているご様子。(猫)「ごらあぁぁぁ」よかったなぁお前、幸せになるんだぞ。(猫)「みぎゃあぁぁぁ・・・」その集団は車庫に通じるエレベーターに乗り込んでいった。横から見ず知らずの他人が涙ぐんで見送ってきて落ち着かないだろうが、こっちにはこっちの思い入れがあるんだ。船旅か~。いいなぁ。でもきっとうちの猛獣は船なんかに乗せたら、怒って穴があくほど噛みつかれるだろう。
済んでしまった日々の陽だまりのような気配にしばらく浸っていると(船)「さぁ!始まりました。停泊中のロボット掃除機によるパフォーーーーマンスが!!皆さんよけて!」急にサーカスの興行主みたいな声で放送が始まって、スターウォーズのR2D2のプロトタイプのような大型機械がどこからともなく現れて適当に掃除をしながらゴトゴト暗い廊下の向こうに消えていった。あのへんな〇や△のマークはあいつのためだったのか。この船はこれから引き続き東京に向かう。メインテナンスの人件費削減なんだろうけど、面白い演出だ。
さて、もう降りよう。
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