うどん屋で昼飯を食ったら、旅行が当たった。
以前もチャンスがあったが、その時は小枝ちゃんの具合が慢性的に悪かったので、
他人の名前を書いて出した。
あの時の、午後の日射しが窓辺の小物に反射してるのを見ていた
寂しい気持ちを思い出し、
「ちょっとリベンジに行ってくる」
家族に言い残して、無謀にも一人で出かけた。
当たったのがうどん屋だから、押しの強い中年女性ばっかりだったら
どうしようかと思ったが、
意外に若い女性が多く(しかも一人旅)、カップルも1組いた。
何たら言う有名な石だらけの渓谷で紅葉を見た後、スッポン工場の見学に向かう。
着いて食堂の準備ができるまで、ここでお待ちくださいと言いながら
女性店員が生きたスッポンの甲羅をつかんで、
宙に掲げながら商品の説明を始めた。
話の途中で、たまにスッポンが首を伸ばしてきてかみつかれそうになりながら、
熱心に効能について語り続けている。
(店)「まず1号炉に入れて煮ます。次に2号炉で数ヶ月熟成・・・」
話を聞いている内に、急にここは何だか良くない、
すぐに帰らなければという気がしてきた。
今の話の中に詐欺的な要素があったのか?
カメを煮ている話ばかりだったが。
霊感もないのに、どうして急にこんなに不穏な気配がするのか。
こっちが具合でも悪いのかと思いながら見ていた。
そのうち、これどこかで見た、このシチュエーションは何かと同じだと思ったが、
何と同じかわからないまま、引き続き話を聞く。
デジャブだろうか。
郊外の建物にバスで次々と運ばれて来て、
来た順にその集団はいくつかの部屋のうちのひとつに案内され、
並べてあるイスに座って説明を聞き、次の工程が空くのを待っている。
遠くで大きな機械が回る音。
わかった!葬式だ。これ斎場のパターンに似てるんだ。
しかし、大勢を次々に捌くには、この方法が効率がいいからなんだろうな。
きっとそうだ。そうに違いない。
ここの社長の前職何だろうな。
やっと食事の準備ができたというので、食堂に行ってみる。
スッポンは食べたくないから、スッポン以外を注文した。
広い食堂で、200人以上がいて、
縦に並んだ長いテーブルに次から次へと料理が運ばれてきて、
個人用の鍋の固形燃料に、火が点けられていく。
食器が色の薄いプラスチックで、なんだか病院のようだなぁと思いながら
焼いた豚肉を食べていると、
向かいの別グループのオバさん達がヒステリックな声で話しながら
(オバ)「おいしい!!」 途中途中で連呼している。
冷たい人参の天ぷらがおいしいとか口々に叫んでいるが、本当か。
自分達を励まし合っているだけじゃないのか。
本当にそう思っているのなら、かなりの手練れだな、フフ
とか思いながら食べるでもなしに、
遠くの壁に貼ってある横長のポスターに書いてある、
お品書きのような文字をぼんやり見ていた。
「ここの料理には全てに以下のものが入っています。
何とかの水、なんとかの野菜、あれ、これ、何とか、かんとか、・・・・」
ズラズラ書いてある。左の最後の方が段々席から遠ざかっていってるので
まったく読めないが、
もしかして、最後の方にスッポンエキスって書いてあるんじゃないのか!?
そう思ったら急に食欲が失せ、何も食べれなくなってしまった。
自分でもびっくりしたが、何て繊細な人間なんだ。
どうしたことか、よだれが口の中にいっぱい出てきて飲み込めない。
本当に食べれない。
今まで、カゼを引いた時でさえムシャムシャ無神経に食べまくり、
出された物を残したこともあまりなかった。
食べれない場合どうしたらいいのか。
小学校の時に、カレーの鶏肉の皮が食べれないと言っていた安田なんとかちゃんは、
教室に残されて食べるまで帰っちゃダメとか、担任のイジワルババアに言われていた。
担任そんならアマゾンの部族に行っても、お前は出された巨大イモムシの蒸し焼き完食すんだろうな?バーカ!!と思いながら放って帰ったが、まさか!!
食べるまでここから出れないんじゃないだろうか。
いやだあぁぁ。ヒイィ安田なんとかちゃん置いて帰ってゴメンよぉぉ(もうパニック)。
しばらくうつむいてお茶をすすっていると、全体がさあ行きましょうかという雰囲気になったので、
一緒にさりげなく立ち上がろうとしたら、そこで向かいのおばはんが気付いて、
ナイスタイミングで大声で叫んだ。
(オバ)「ちょっと!あなたまだ食べ終わってないじゃない!!」
うわあぁぁごめんなさいぃぃ。頼むから黙っててくれ。
今日だけは見逃してくれ~。
周囲の大注目を浴びながら、しかしここでおどおどしては押し切られるような気がしたので、
落ちついた笑顔で(きの)「えぇちょっと今日は・・・ホントに、どうもごにょごにょ」
という、通夜の挨拶のようなことを堂々と言ってごまかしたが、
生きた心地がしなかった。
今まで行った旅行の中で、塩山の上を行く、
忘れることのできない一番恐ろしい旅だった。
スッポン以外の温泉や紅葉めぐりなどは楽しかったが。
同行者は比較的良い人が多く、その中で知り合った人と今度お花見に行く予定だ。
今年の目標ができた。タフな人間になること。
そう思って、それから早朝トレーニングを強化した。
体力面もそうだが精神面が大事だ。あんなことで負けてはいけない。
最終目標はスッポンでお代わりできるぐらいタフな人間になること。
しかも笑顔でお代わりだ!