2024.09.16
クルスク州でウクライナ軍が敵拠点を包囲か、東部戦線ではロシア軍が前進
https://grandfleet.info/war-situation-in-ukraine/ukrainian-forces-besiege-enemy-base-in-kursk-oblast-as-russian-forces-advance-on-eastern-front/
ウクライナ軍は、クルスク西部とグルシコフスキー地区で、まるでテレンパランの意味不明な攻撃を仕掛けています。
その理由を考えると指揮命令系統に行きつきます。
クルスク西部とグルシコフスキー地区とは、別々の司令部が指揮しているのではないか❓と言う疑いです。
これはグルシコフスキー地区のウクライナ軍の侵入作戦が成功しているので思いつきました。
ロシア軍が西から東にウクライナ軍を攻撃する前なら、もっとこの攻撃は成功している可能性があるからです。
ロシア軍が攻撃を開始したのが9月の9日ごろだと思います。
戦況略図
https://grandfleet.info/war-situation-in-ukraine/russian-forces-counterattack-in-the-kursk-area-advance-kilometres-in-the-pokrovsk-area/
この時点まではウクライナ軍はセイム川東岸を支配しています。クラスヌクチャブリスコエKrasnooktyabr'skoeやヴィシュネフカVishnevka、スナゴストSnagost'のエリアを制圧して南からコレネヴォКореневоに圧迫を加えています。
だからグルシコフスキー地区から侵入したウクライナ軍の目的は、北東方向に進撃してセイム川東岸を占領しているウクライナ軍と、この間にいるロシア軍を挟撃する事だったと思います。
ウクライナ軍がセイム川東岸を支配していれば、この作戦は有効ですしロシア軍はピンチになっていたかもしれません。
このような攻撃計画が数日後の実行されるならウクライナ軍は、セイム川東岸を強化しなければなりません。
そうしていればロシア軍は反撃作戦を実行できなかったと思います。
ところが何故かウクライナ軍は、おそらくセイム川東岸から部隊を引き抜いて、現在攻撃中のコレネヴォКоренево東地区の攻撃を増援していると思います。
こう考えるとグルシコフスキー地区のウクライナ軍の司令部とクルスク州西部のウクライナ軍の司令部は、別でそれぞれ勝手に計画を立てて行動していた疑いが浮上します。
丁度ウクライナ軍のセイム川東岸から部隊を引き抜きの時期がロシア軍の反撃作戦の開始とドンピシャ!タイミングが合ってしまったのだろうと思います。
そのためセイム川東岸にいたウクライナ軍は、あまり抵抗できずに包囲されたり駆逐されたのであろうと思います。
そのようなセイム川東岸方面のウクライナ軍の大混乱には全く反応せずにコレネヴォКоренево東地区の攻撃を開始してしまいました。
ここも司令部が違う可能性もあります。
2~3の司令部が互いに連携を取らずに勝手にそれぞれの計画で行動したために、珍妙極まりないウクライナ軍の意味不明な攻撃が生じたのだろうと思います。
そうであるとしたならロシア軍にとっては、非常にラッキーだったと思います。3か所のウクライナ軍が連携して行動していれば、今攻撃中のロシア軍は挟撃されてピンチだったかもしれません。
(1)ウクライナ軍が、ばらばらに行動したためにグルシコフスキー地区から侵入したウクライナ軍は、北東方向のコレネヴォКореневоに向かって進撃中です。
(2)コレネヴォКоренево東にいるウクライナ軍は、北に向かって進撃中です。
(3)ロシア軍は、これまた勝手にヴィシュネフカVishnevka、スナゴストSnagost'のエリアからさらに東に進撃してリュビモフカLiubimovkaを攻撃中です。
もう少し行くと北のウクライナ軍の補給路のルート38K-030の遮断に成功します。
このようなウクライナ軍の指揮命令系統の不統一により(1)(2)(3)の不可思議な状況が生まれたのではないか・と思います。
それ以外説明のつかない珍妙な、それぞれの軍事行動です。
一番得をしたのは(3)のロシア軍です。
ほぼマグレみたいな感じで補給路のルート38K-030の遮断に成功しそうな流れです。
戦果と言う意味では、これが一番大きいです。
それぞれ勝手な方向を攻めているので、どうなるかはもうしばらくしないと分かりません。
しかし距離的に言って(2)のウクライナ軍が引き返して(3)のロシア軍と戦わないと補給路を失い、結局は退却する羽目になると思います。
だからこれを考えると(2)のウクライナ軍の行動が一番不合理です。これを計画したウクライナ軍の将軍は、本当に頭が悪いと思います。自分のお手柄だけを考えたのでしょうね❓
意味不明で混乱しきったクルスク戦線の西部です。
セイム川東岸のクラスヌクチャブリスコエKrasnooktyabr'skoeやヴィシュネフカVishnevka付近にいたウクライナ軍が、どうなったかは今のところ不明です。
どこかに、いなくなったのは確かです。
※関連記事目次
「中立の視点で見るウクライナ紛争」の目次⑥
https://blog.goo.ne.jp/kitanoyamajirou/e/e2c67e9b59ec09731a1b86a632f91b27