犬が起こした、『起きたぞ』と連絡がいる。5分もしない内に左前方から更に左に向
けて、枯れ竹をバキンバキン、急斜面を転がる石の音がガラガラと賑やかに猪が降
りてきた。
『しまった、待ちを切られた。もっと下の方だ』
弾を込めたままの銃を持ち下に向かうと猪が小川をジャンプして過した跡がある、楽
に3メータは跳んでいる。すると、ワンと短かく犬の声がした。ゆっくりその方向にいき、
少し小高い所を背伸びして覗いてみてビックリ仰天、猪と犬が静かに対峙しており、
犬が前後から隙を伺っている。犬が円を描くように回ると猪は後の犬にも気を配りな
がら、犬と正面になるように回る。私の場所からの距離は10メータもなく、狙いをつけ
ながら銃を構えてみるが、猪、犬たちの動きは予想できず、撃つタイミングを図ってい
た。こうした場合、こちらから見て猪と犬が平行になっていれば銃を撃てるが、直線的
になってる時、なりそうな時は撃つことはできない。撃った瞬間に犬が動き、先ほど猪
のいた場所に動けば弾は犬に向かっていくことなるから、撃つタイミングを図るのはと
てもむつかしい。私は猪よりも低い所で隠れる大きな木はない所にいることに気づき、
少し上の木陰に移動して銃を構えて犬と猪のやり取りを見ていた。すごく長いようにも
短いようにも思え、その間は時計のない世界にいたようだった。すると、猪の前方にい
た犬がさっと身を翻し私の方に走った。猪はそれを追い掛けドドッと来る、ほんの僅か
な時間の間に猪は私の正面、1メータ以内にあった。
咄嗟に引き金を引く、ズドーン、更に一発は真下に向けて撃つような格好になった。
猪がゴロンと足元に倒れた。首から真下に向けて弾が貫通していた。2発目のものだっ
たろうか。思わず、ヘタへタとその場に座り込んでしまった。短時間のことなのに精も根
も尽き果てたようになり暫くそこで気を静め、連絡しなければと気付かせたのはキーキ
ーと鳴く瓜坊の声だった。犬が子供を(70センチ位で7〜8貫)押さえつけたのだ。トラン
シーバーでリーダーに『捕れたよ、下で犬が瓜坊を押さえている、なんとかしてよ』
『ナイフで刺せばいいよ』
『犬が、自分の獲物を取られると思って噛むと嫌だ』
『大丈夫だ』
『あんまり、気が進まない』
リーダーはすぐに到着し、慣れた手つきで心臓を一突きにして仕留めた。
『獲物はどこ?』
『ああ、すぐそこだ』と案内する。
『おお、中々いい猪だ、肉付きもいい』
それから現場検証に熱が入り私が初めて見た犬の"止め"について、興奮冷めやらずの
感想を話した。