http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/blog-entry-16.htmlより転載
民の声新聞
2016/06/24
Author:鈴木博喜
原発事故で全町民が避難を強いられている福島県浪江町。国が2017年3月末で避難指示を解除する方針を示した(汚染がより酷い「帰還困難区域」を除く)ことを受けて23日、町民の意見を聴く住民懇談会が都内で始まった。国と町は7月5日にかけて福島県内外で懇談会を開く予定で事実上の解除に向けた地ならしだが、町民からは不満が噴出。
避難先で自殺した女性の遺書も読み上げられた。お盆の8月にも予定されている「特例宿泊」にも、「荒れ果てたわが家には泊まれない」との声。安倍晋三首相は22日の福島県内での演説でも「福島の復興は進んでいる」と強調したが、原発事故の苦しみは今も続いている。風化させないことも福島県から電力供給を受けていた私たちの責務だ。
【避難先で命を絶った女性】
「友人の女性がね、首をつったんですよ。遺書を読みますから、どう思うか答えてくださいよ」
ホールが静まり返った。伏し目がちに聞いていた国の役人たちも思わず顔を上げた。重苦しい雰囲気で始まった住民懇談会。都内に避難している土谷利之さん(75)=田尻行政区=は「安全」、「帰還」を繰り返す国に怒りをぶつけた。「原発で死んだ人はいないだの、年1mSvには法的根拠が無いだの、金目でしょだの…。そんな事を言う連中がのうのうと大臣を続けているじゃないか」。
昨年2月、女性は避難先の京都で自ら命を絶った。59歳の若さだった。遺書にはこう書かれていた。
「私たちはいつになったら、安心安全な生活が出来るのでしょうか。安心安全なお墓に避難します」
内閣府も環境省も「お気の毒な事態」、「ご冥福を心からお祈り申し上げます」と言うしか無かった。「大臣の不適切な発言も、お詫びを申し上げたい」(内閣府原子力被災者生活支援チーム)。「2000人を超える関連死が報告されている。このような事はあってはならないと考えています」(環境省福島環境再生事務所)。土谷さんの手は怒りで震えていた。これだけはどうしても言いたかった。「お盆に墓参りをして報告したいんでね」(土谷さん)。
1980年、自然豊かな土地で田舎暮らしがしたい、と浪江町に家を建てた。「終の棲家にしようと浪江を選んだんだ」。もうすぐ常磐道のインターチェンジが出来ると楽しみにしていた矢先の原発事故だった。自宅のある田尻行政区は「居住制限区域」(年20mSv以上50mSv以下)に指定された。強制避難。東京や神奈川、埼玉で出した入居申請は50を超えたが、軒並み抽選で外れてしまった。ようやくたどり着いたのが世田谷区が管理する単身高齢者向けのアパートだった。六畳一間に妻と2人で暮らしている。「そろそろ広い家に住みたいよ」。今は家賃負担は無いが、来年3月で避難指示が解除されたら自分で支払わなければならなくなる。転居すればその費用も自己負担だ。
安倍政権の言う「復興が進んだ福島」のもう一つの現実がここにもある。

避難先で自殺した知人女性の遺書を読み上げた土谷さん。自身も妻と2人、都内で六畳一間での生活を強いられている
【今年のお盆から特例宿泊実施へ】
町民は住民懇談会の趣旨に混乱し、確認を求める声が相次いだ。
「今日は避難指示解除の日程を説明する会ではありません。そこは間違えないでください。政府が来年3月末での避難指示解除方針を示した。我々もそこに向かってインフラの整備を進めている。今日は町民の忌憚の無いご意見を伺いたい。意見をまとめて町議会と話し合い、改めて住民説明会のようなものを開きたい。ていねいに意見交換をしていきます」
馬場有町長は、来年3月末での避難指示解除が決まったわけではないと何度も強調した。住民懇談会は今後、26日に宮城県仙台市で開かれ、福島市、郡山市、南相馬市、二本松市、いわき市、会津若松市で7月5日にかけて開かれる予定。しかし実際には、市の「避難指示解除に関する有識者検証委員会」会も来年3月での避難指示解除を積極的に容認しており、このままでは政府の方針通りに解除される可能性が高い。ちなみに、東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦氏も検証委員の1人だ。児玉氏は、東大学食での浪江米提供を推進した人物でもある。
今年3月にまとめられた報告書で、検証委は16の課題を示した上で「平成29年3月の避難指示解除に向け、必要な環境が整った段階で、早期に特例宿泊や準備宿泊を実施できるよう、関係機関が総力を挙げ、必要な取り組みを加速させるべきである」と結論付けている。国も、これまで飯舘村や南相馬市で配られた説明会と同じ資料を配布して「政府の役人がいくら安全だと言っても御理解いただけないと思うが、100mSv以下では放射線による健康への影響は他の要因に隠れてしまうほど小さいというのが、ICRPなど国際的な知見。長期的な取り組みで年1mSvを目指すが、20mSvでは健康への影響は小さいと考えている」(内閣府)と説明。来年3月末での避難指示解除に向け、お盆時期の8月中旬にも数日間の「特定宿泊」を実施したい意向を示した。
環境省福島環境再生事務所によると、浪江町酒田地区での宅地除染で、2・11μSv/hから0・92μSv/hに低減。さらにフォローアップ除染で0・59μSv/hに下がったという(1609カ所での高さ1メートルの空間線量の平均値)。しかし、環境省は「除染前と比べて72%も下がりました」と強調するが、それでも0・59μSv/h。これでは40度の高熱が38度に下がったと言っているのと同じだ。

町民からの不満が続出した住民懇談会。8月にも帰還に向けた「特例宿泊」が始まる=東京・永田町の「星陵会館」
【「東京五輪までに片付ける気か」】
政府への不信感渦巻く町民。「東京五輪までに早く片付けたいと考えているのではないか」、「被曝させられた責任は誰がとるのか」、「浪江中学校に設置されたモニタリングポストの数値が急に下がったのは、線量の低い場所に移動したからだ。住民が目撃したから間違いない」、「避難指示区域の再編は、汚染に従ったやり方ではなかった」…。
居住制限区域では無く、帰還困難区域に変えて欲しいと願い出た行政区長もいたという。しかし、国の返事は「NO」。内閣府は「要望は承知しているが、見直すということはございません」。東京五輪については「そのようなことはございません。要件さえ満たされていれば、速やかに避難指示を解除するというのが政府の考え方」と否定。モニタリングポストを意図的に移動したという指摘については「あってはならないこと。事実確認させて欲しい」と答えた。
特例宿泊と言っても、荒れ果てた我が家でどうやって眠れというのか。女性がマイクを握る。「ネズミが出ます。布団も捨てました。どこに泊まれるんですか?」。内閣府の用意した資料には、過去に特例宿泊に参加した他市町村の住民の「自宅は何よりも落ち着く」という意見が紹介されているが、実際に私が取材でお邪魔した家も、カビ臭く、小動物の糞だらけでとても寝泊まり出来る状態では無かった。町は一時宿泊施設を用意する意向だが、被害者の実態を把握していない国の様子がよく分かる。
2015年9月に実施された意向調査(回収率59・8%)では、町に「すぐに・いずれ戻りたいと考えている」と答えた町民は、わずか17・8%だった。都内で避難生活を送る70代の女性は「どうしたら良いか分からない」と泣きそうな表情になった。
「孫は都内で就職し、娘も帰らないと言っている。私独りで戻ってどうします?でも、今の住まいは来年3月末で退去しなければいけない。本当にどうして良いのか分かりません」
横浜から参加した男性は、実家が高瀬行政区。母親が一人で住んでいたが、現在は本宮市内の仮設住宅で生活しているという。
「横浜に招いたんだけど、都会暮らしが落ち着かないようでね。すぐに戻っちゃった。実家は室内でも年8mSvぐらいあるほどなのに、どうして安全と言えるのか。そもそも、帰還困難区域と汚染の度合いは大して変わらないのに、行政区単位で線引きしたことに納得出来ていないよ」
馬場町長は「70億円程度だった町の予算が、今年度は212億円。町政始まって以来の予算規模です。きっちり整備をして、戻りたいと考えている町民をお迎えしたい」と語り、帰還に向けた今後の取り組みを紹介したが、町民には響かない。馬場町長は「憲法には居住や移転の自由がうたわれている」と語ったが、ぜひ25条もお読みいただきたい。
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」
避難生活は間もなく2000日。原発事故は終わっていないのだ。
Author:鈴木博喜
大手メディアが無視する「汚染」、「被曝」、「避難」を追い続けています。
福島取材にはコストがかかります。往復の交通費と宿泊費だけで約2万円です。
よろしければ、ご支援をこちらまでお願い致します。
【じぶん銀行あいいろ支店 普通2460943 鈴木博喜
(銀行コード0039 支店番号106)】
https://www.facebook.com/taminokoe/