それぞれの思いが有るのだろう。
開戦までのそれぞれの国策について。
開戦のきっかけにも、それぞれの受け取り方が有るのだろう。
日本の米国に対する「真珠湾攻撃」の解釈にも。
日本側の構想は、山本五十六大将は外務省に何日の何時に、米国外務省に開戦通達をと、くどい程に指示していたにも関わらず、日本の外務省関係者は前日に何かの送別会でか、遅くまで宴会をしていて、最重要な通達を逸した。
気がつけば、攻撃開始後1時間が経っていた。
米国にすれば、日本のだまし討ちだった。
真珠湾攻撃時の米国犠牲者は2400名だったとか。
米国民の日本への開戦支持は、9割以上に達したと言う。
開始から国力の相違を認識していた、山本五十六大将は開戦はしたものの、早期の7:3の講和を摸索していたらしいが、だまし討ちされた米国が、そんな自分勝手な講和など、受け入れる筈がない。
日本は大敗し、言い分の通らない「無条件降伏」を強いられる結果になる。
敵も己も知らずに開戦した、日本の結末は、惨めなモノになってしまうのは承知の通りで。
東條英機大将一人に責任を押し付けてしまうのは、責任逃れだとは思うのだが。
実際に戦争を知らない人間がほとんどの日本だが、勝っても負けても戦争は、人間の心を悲惨にしてしまう。
戦勝国の米国でも沢山の人達が亡くなっている。
殺されずに済んだ沢山の命が、失われた。
この真実は他人事ではない。
明日にも始まるかも知れない悲惨な戦争を、常に心の片隅に置いていなければ、ならない。
ふっ、んな事は、ねえな!