自分の心を柔軟に、かつ寛大にするには、自分の心の中にある小さな尺度(モノサシ)を捨てる事だ。
と同時に世間の尺度に合う様に、あまり努力をしない事だ。
いま世間で良いと言われている様な人になろうとすると、常に世間に振り回されて、自分の心の安らぎを失う。
心の中にある自分だけのちっぽけな尺度で、他人や世間の出来事を計っていると、日毎に他人が不愉快な存在になり、世間が地獄の様に見えてくるであろう。
その時に自分は生きる意欲を失ってくる。
また、世間に気に入られ様、世間に迎合しようと、世間の尺度ばかり気にしていると、自分の精神の自由を失う。
自分の尺度や、世間の尺度をひっくるめて「尺度」(人のモノサシ)という。
「人尺」に従って生きていると、いつの間にか人生が「ダメだ、ダメだ」という否定の方向に向いてしまう。
宇宙の生成力(徳)の尺度を「天尺」という。
天尺の尺度はただ一つ。
人を愛し、人を思いやり、人を慈しむ心を持っているかどうか。
損得ではなく情の一目盛だ。
人尺、つまり人の世の尺度で、あれが良い、これが悪いとやっていると、私たちの判断は実に気ままに飛び跳ねて、とうとう自分では手に負えなくなって、ついにはどうしたら良いのか分からなくなって、動けなくなる。
「仁に志せば、悪しき事なし」ーそんな時には、天尺を志せ。
天尺に生きるとは、自然の様に生きる事だ。
自然とは自から然なる…。という意味だ。
作意なしの素直な心だ。
お金が沢山入ってきたら、贅沢をすれば良い。
貧乏になったら、貧しく生活すれば良い。
別に何の問題はない。
フランス料理も良いが、玄米で梅干しもうまい。