不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

お義父(とう)さん

2014年10月27日 07時55分11秒 | 詩・散文
部屋の広さは二十畳くらいだろうか
狭くはない部屋に蛍光灯の明かりが満たされる
座卓のふたつ、
その上には誰かがコンビニで買ってきた弁当や総菜、缶発泡酒

それらもすでにあらかた食べつくされ呑み尽され
僕は寝転がって天井を見る

二重窓の向こうから「ムーンムーンムーン」と聞こえる
ああ、今通過したのは短かったし速かったから
「さくら」か「みずほ」だろう
あの音が同じ速さで長かったら
「のぞみ」なのだ
あの音がやや遅くて短かったら「こだま」
やはり遅くて長く続いたら「ひかり」

僕は自分用に置いてもらった布団の上で身体を少し横に向ける
布団に入って横たわるのは
ついこの間までご機嫌に野球評論をしていた
義父(ちち)だ

お義父(とう)さん、僕はおとうさんの仕事の跡を継いで
タクシードライバーになっているけれど
なかなか、時代が難しいです
なかなか、おとうさんのようには稼げませんよ

義父(ちち)は何も言わず気持ちよさそうに寝ている
寝息が聞こえそうだが寝息があるはずもなく、義父が寝ている

また「ムーンムーンムーン」が聞こえる
こんどのは速くて長いから「のぞみ」だろうか

部屋の斜め上のほうから僕を見ているお義父(とう)さん
なんだか、あなたが悪戯でもして楽しんでいるかのような
この葬祭会場の決まり方
本当は安くて小さな葬儀ができる会場を探していたのに
なぜか話が進むと、お義父(とう)さんの自宅に一番近くて
一番新しくて立派で
なぜか鉄道ファンの僕が退屈しないような新幹線の線路のすぐわきの
JA(のうきょう)が運営しているこの会場に決まったのですけれど
案外ここが安くてサービスがいいと僕らも初めて知ったのです
それに
僕が一人であなたと三日を過ごす羽目になることも
多分、あなたは僕と呑み交わしたいのでしょうね
お正月などはよく二人でどちらかが潰れるまで呑んだものですね
まぁ僕はリラックスしていますよ
おとうさんと寝ていても怖くはなく
むしろ、今は自由の身になったお父さんに見つめられることを
喜んでいるくらいですから
おとうさん、でもね、でもです
いくら呑んでも酔わないんです
もう、発泡酒ロング缶五本と
焼酎の小ペットボトル五本をあけているんですけど
酔えなくて眠れないんです

義父(ちち)は「三日くらいはワシに付き合えよ」
そう言っているように思う
でも、義父(ちち)はずっと布団の中なんだ


(神戸市西区、山陽新幹線わきの葬祭会場にて)

銀河詩手帖267号掲載作品
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

フェニックスおかん

2013年10月24日 23時51分27秒 | 詩・散文

おかん、二十五年前の夏、おかんは凄かったな

夜遅くに家の便所で倒れそうになりながら

「便所で倒れたら寝たきりになる」と言う言葉を思い出して

必死で便所から出て、廊下で倒れたおかん

「頭が痛い、頭が痛い」を繰り返し、

救急車で担ぎ込まれた病院はなぜか脳外科のない病院やったな

わしは、神戸から深夜のタクシーを拾って必死にあんたが担ぎこまれた県立病院へ向かったで

たしか、八千八百円ほどかかったと思う

おかん、あんたが担ぎこまれてわしが必死に向かったその県立病院やったけど

結局、専門医がおらんから、なんも分からんで、

次の朝、専門医がおる病院へまた救急車で移送になったんや

野村先生の名は失礼ながらそれまで存じ上げず

実は兵庫県の播磨地方においては

一番の脳神経外科医であるとあとで伺ったんや、

おかん野村先生はな、

CTスキャナーの写真を見て一言

「うちに入院させます、長い戦いになりますよ」

そうゆうてくれたんや

その野村先生のいる病院は

実はおかんの家から一番近い市立の大病院やった・・

なんではじめからここに連れてきてくれへんねん

わしは恨み言が思わず出たんやけど

野村先生の優しそうな表情にとりあえずはほっとしたもんや

おかん、あんとき、あんた、脳幹出血やったんやで

担ぎ込まれたときは命の保証もないと社会復帰はまず諦めてくださいと

野村先生は沈痛な表情でいわはったんや

三回の手術、

いや、そのまえに出血を起こしてからこの病院に来るまでの時間が空きすぎて

脳の中が血液でふやけてもてな

手術が出来るような安定した状態を作り出すために

そこからおよそひと月・・カーテンを閉めて薄暗くして、

物音や他の人の気配がが入らんよう個室の中で

わしと、おかんの静かな静かな戦いが続いたんや

おかん、あんたは、そんとき、目が覚めとるように

喋っていることも真っ当なことのようにわしには思えたんやけど、

あれは、みんなおかんの夢の中のことやったんやなぁ

手術が全部終わったのはもう九月に入った頃やった

麻酔が効きすぎて、

「手術失敗か」とさしもの野村先生も顔を青くしてはったけど

おかんは三日目に目が覚めた

「ここどこ?」

「病院やで」

「どこの?」

「加古川のや、あんたの家に近いあの病院やんか」

「え・・わたし、何してたの?」

「脳の中が大出血して死にかけたんや」

「ほな、いま、いつなんや」

「九月や、あんたが倒れたんが七月や」

「え・・・・もう、九月かいな」

おかん、あんたは、このときに二ヶ月ぶりに目が覚めたんやで

そこからや・・あんたの爆走がはじまったんは

なんせ、生きるか死ぬか、社会復帰は無理や、

なんて、名医の誉れ高い野村先生がしみじみとおっしゃるあんたや、

まともに歩くはずなんかないやろって、

わしだけやない、

野村先生もナースもわしの弟妹も親族もみんな、そない思とったんやで

そやのに、おかん、あんたゆうたら

「じゃ、今日から歩く練習を少しずつ始めましょう」

とわし好みの美人で気の強いナースがいわはって、

んで、ゆっくりおかん、

あんたをベッドから降ろしてベッドの手すりに掴まらせたときや

「あ、立てるわ、立てるわ」

そない、ゆうたかと思ったらや、

おかん、あんたはすごいな

「あ、歩けるわ歩けるわ、トイレ行ってくるわ」

そのまま、そろりそろりと、

トイレの表示のあるほうへ向けて歩いていってしもたんや

おかん、わしだけやない

わし好みの美人で気の強いナースもわしと並んで泣いてもてなぁ

思わず抱きしめ合ったわそやけど、

あんたのことばっかり頭の中にあったから

せっかくのわし好みのナースの感触、

覚えとらへんねんもったいないやろ、

おかん 余計なこと、書いてもたな、

おかん、それから、あんたは勝手にトイレに入って

勝手に用を済ませて勝手にまたわしらのとこへ

そろりそろりと帰ってきてくれたんや

ほんま、わし、あんたのこと、不死鳥やと思ったで

加古川の田舎の隅っこの団地に住んどるフェニックスや

フェニックスおかんや

そのあとも二十五年で救急車に三回も乗ったな大怪我もあったし、

腎不全なんて病気もあったそやけど、

人工透析を受けながらもおかん、

あんたはわしらにとっては怖いおかんでおってくれた

そやからな、

おかん今度もフェニックスや、

フェニックスやよってに、

フェニックスおかんの本領発揮や

生きてこの病院、出ような、おかん、フェニックスおかん  

 今日の母は少し気分が良いらしい 

 僕は母のベッドを越してやり、 

 海が遠く午後の光を反射させるさまを 

 見せようとしている 

 「おかん、海、見えるやろ」 

 「ああ、あれ、光ってるのん、海かいな」 

 ろれつが回らぬ舌で 

 母は,、やっとそう言ってくれた。

(銀河詩手帖261号、那覇新一名で掲載作品)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

大阪裏町一夜情話

2013年02月26日 21時31分13秒 | 詩・散文

 

いらっしゃい あたし、ゆうこです

ここは初めてですか?お客さん?

 

そんなに緊張しないで大丈夫ですよ

何も特別なことはありませんよ

お客さん、すごくいい男ぶりですね・・

惚れちゃいそう・・

って、いちいち惚れてたら商売上がったりですけどね

 

スーツ、こちらに掛けておきますね

どうぞ、こちらに座って・・ゆったり寛いでくださいね

 

それより、あたしのナーススタイルいかが?

そこらのコスプレの女の子よりずっと似合うと思いませんか

 

じゃーん それもそのはず、あたし、本物なんです

なにがって・・わかりません?

本物のナースなんですよ

免許証、見せましょうか?

 

え・・ありがとう、可愛いっていってくれて・・うれしいです

このピンクの白衣、病院から持ってきちゃった

免許証見なくていいですか?

関係ないって・・そりゃそうですね

大きいですしね・・賞状みたいなんですよ

 

じゃあ、そろそろ始めましょうか

何か飲み物でもいかがですか?

あ、心配しないでね、ここは飲み物も全部料金に含まれるから

ボトル下ろしてなんて言わないですからね

もしも、良かったらチップでも・・ちょっと下さればうれしいです

 

コーラ?ビール?冷でよければ日本酒もありますよ

はい、じゃ、ビールと・・これ、おつまみね・・柿の種と、枝豆・・

枝豆・・あたしが茹でたの・・食べてね

あたしね、お料理好きなの・・こう見えてもね

 

家庭的に見えます?あたし?

ありがとう、すごく嬉しいですよ・・そう言ってくださるの

 

あ・・時間がなくなりますね

はじめましょうか

灯り、どうします?

あたしは消してほしいけど・・小さな灯りだけ点けましょうか

いくらこんな仕事してても・・やっぱり恥ずかしいんですよ

まじまじと見られるのって・・おかしいでしょ・・

 

でも・・みたいよね・・あたしのハダカ・・

おっぱい小さいけど・・形は悪くないですよ

ちょっと自慢なの

白衣の背中のボタン、はずしてくれます?

見ます?ほら・・

じゃーん、おっぱい

 

え?

どうされました?

せっかくおいでくださっているんだもの

することして楽しんでくださいよ

 

あたしの故郷ですか?

大阪ですよ・・それがどうかされました?

この仕事?何でしてるかって訊かれても・・

お客さん、そういうことはここでは訊かないことですよ

ただ、時間の中でお互いに楽しむのがお約束・・ね

 

じゃ、お客さんも脱いでくださいよ

あたし、きれいですか?

きれいって、言ってくれてありがとう

じゃ、がんばりますから・・よろしくね

でもお客さん、

あなた・・本当に男前ね

イケメンだわ・・

 

**********

 

あのね・・おばちゃん、お願いがあるの・・なんだか今日は疲れちゃった

あんなにきれいな目の男の子

久しぶりに見た気がするわ

なんだろうな・・

今日、もうしばらくお客がなかったら帰っていいかな?

 

たまに早く帰って・・

旦那と子供にサービスしなくちゃ

 

                 *注釈  女の子・・同業の女性

                       おばちゃん・・客引きの女性

           銀河詩手帖257号掲載作品

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

屋根の上

2012年08月28日 21時11分14秒 | 詩・散文

Photo

まあるい客車の屋根の

張り替えたばかりの帆布製の屋根の上から

何が見えたというのだろう

太陽の熱を吸って暖かくなった

小石や砂が敷き詰められた客車の屋根の通風器に腰掛けて

秋の空を眺めてみるのだけれど

底が抜けてしまったような空の向こうに何が見えたというのだろう

青春の気負いも

あるいはただの世間知らずな故に持っていただけのものかも知れず

それは恋愛を知ったかぶりしてみたところで

未だ女性と睦みあったことのない僕に

わからぬ細やかな感情の高ぶりというものにも似て

日本国有鉄道が消えていく

そのことに未練がないとその頃は思っていたけれど

実のところ僕は国鉄が好きだったのかもしれない

未だ見えぬ未来の鉄道への思いは

そのまま

見えるはずのない鉄道を離れた自分の未来にも繋がっていたのか

スハフ42形客車の

どっしりとした車体の上の優しい帆布は

まさしく優しさとは堅固さの上に成り立つものであるということを

今思えば

教えてくれていたような気がしている

そういえば

あの頃の僕は

ようやく一人の女性にまともに恋をするという場面に出くわし

大仰に

立派な国鉄マンになるなんて恥ずかしげもなく宣言していたり

その舌の根が乾かぬうちに

国鉄の現場を去って

写真などという全く違う世界に身を置くことになるのだが

それはしばらく後のことだ

屋根の上から下界を見おろせば

茶色の軌道敷にいくつものレールの筋がひかり

その筋はポイントで合流し分岐し

ただっぴろい工場敷地の隅々にまで拡がっていく

レールの上には茶色や青色の客車

それにたくさんの黒い貨車

なかにはアルミ色の貨車や朱色の気動車もあって

整備入場を待っている

けれど

目を反対側の工場敷地そのはずれのほうへ向けると

そこには輸送方式の改革で使われなくなった荷物車や郵便車や貨車

電化で不要になった気動車や客車が数珠繋ぎにされ

その脇の廃車では青いガスバーナーの煙がひと筋立ち上り

由緒正しき国鉄が無残な姿を晒して解体されていく

車両に命というものがあるなら

寿命を全うできずに溶鉱炉へ帰ることをどれだけ無念に思うことだろう

輸送の効率化近代化という名目で

捨てられ解体されていく愛すべきクルマたちの無念さだけは

自分にも理解できるような気がしていて

それは今の自分のルーツになっているのかもしれない

あの

日本国有鉄道が消えてから四半世紀

いや

僕が屋根の上から秋の空を眺めた大阪鉄道管理局高砂工場の

その機能が完全に停止してから三十年

僕は今もって鉄道ファンであることだけは公言しているのだ

(銀河詩手帖254号掲載作品)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

詩小説・セブンスター

2012年07月25日 20時57分37秒 | 詩・散文

貴女が吸い込んだセブンスターの煙が

部屋に広がる

香りが僕を心地よくさせてくれるが

僕は煙草を吸わない

貴女が吸い込んだセブンスターの煙が

揺らめき上っていく

煙を追う貴女の屈託のない表情が僕を癒してくれるが

僕は煙草を吸わない

貴女が吸い終えた煙草の抜け殻を

ステンレスの灰皿に押し付ける

貴女の濃い口紅の色がついた吸殻は

僕を誘うかのようにみえる

次の煙草を銜えた貴女はマッチをこすり

目を瞑って煙草に火をつける

貴女の煙草を求めるその表情があまりにも美しく

僕はその横顔をずっと見ていたい

細く白い指で挟まれた煙草から蒼い煙が立ち昇り

それは貴女という女性の生き様を

そこに立ち上らせて消えさせていく儚さか

それとも何かを誘う狼煙のようなものか

セブンスターを二本吸い終えた貴女は

思い切ったかのように僕を促す

僕は無言で貴女に抱きついていく

セブンスターの香りが残る唇に覆いかぶさりながら

明かりの消えた部屋

かすかに残るセブンスターの香り

貴女と僕の汗の香り

蒼暗い部屋の中で

時折柔らかく白い肌がうごめいている

僕は必死に貴女の姿を追い求め

時として貴女に置いてきぼりを食う

貴女は僕などに構わず

自由自在に海の中を泳ぎまわる

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする