story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

別れとうないねん

2005年05月24日 15時48分51秒 | 小説
海辺で男女が座っている。
初夏の風がかすかに吹く薄曇の日である。
遠くに島が見える。
海は凪いでいる。

男女の視線の先の波打ち際では、彼らの子どもが二人、波と戯れている。

恵子「お天気でよかった・・」
陽平「ほんまやな・・」
屈託なく遠くを見る恵子とカップ酒を手に空を見上げる陽平。
恵子「子どもらにも、後で話をせなあかんわね・・」
陽平「せなあかん・・か・・」
陽平は溜息をつきながら、子供達を見た。
未練が嵐のように襲ってた。

恵子「永いこと、世話になったわね・・ほんまに色々あったし・・」
陽平「世話になったか・・ほんまにそない思うのやったら・・」
恵子「思うのやったら?」
陽平「別れてくれって、いわへんやろ・・」
恵子「何べんも説明したやない・・あたし、疲れたんや・・」
陽平「そやけど・・疲れることもあるやろけど、反対に楽しいこともあったやろ・・」
少し未練を残してか、陽平は悔しそうに言う。
恵子「あらへんわ・・なんも・・あらへんわ・・」
陽平「俺かて、おまえや子どもらを喜ばそう・・そない思て、必死やったんや・・」
恵子「あんたの必死は、勝手の必死やわ・・」
陽平「勝手の必死って、どういうこっちゃ・・」
恵子「そういうこっちゃ・・」
陽平「俺は未だに意味がわからへん」
恵子「意味?」
陽平「なんで、おまえが別れる気持ちになるんかが・・」
恵子「何べんも言うたやん・・」
陽平「どれもこれも、無理に付け足したような理屈や」
恵子「そんなこと、あらへん・・あたしがずっと思ってたこと・・」
陽平は、また大きく溜息をつく。

波打ち際では彼らの子どもが相変わらずはしゃいでいる。
姉の翔子が、弟の幸平に、水をかけたらしい・・
二人が走りまわって追いかけっこのようなことになっている。

恵子「大きくなったわね・・」
陽平「もう・・中学生や・・色気も出てきた・・」
恵子「そうかな・・あたしにはまだ・・」
陽平「翔子が生まれた時は大変やったなあ・・」
恵子「うん・・」
陽平「お腹の中にいたい・・そんな子やったな・・いつまでも出てこんで・・」
恵子「そや・・あたしのお腹を切った子やな・・」
陽平「生まれてきた時は、声も上げへんかったんやな・・死んでたかと思った」
恵子「すぐに嗄れ声で泣いたらしいけど・・」
頷きながら、陽平はカップ酒をあおる。
彼の目からは涙が溢れ出してくる。
恵子「泣いてるのん?」
陽平「ああ・・そんなやつが・・いまや中学生・・」
恵子「子供って・・ホンマにすぐに大きくなるような気がするわ・・」
陽平「俺は・・俺は・・ほんまにあいつらと離れなあかんのか?」
陽平は泣きながら、唸るように言う。
陽平「俺が、何をしたんや・・」
声を上げて、泣く。
大の男が泣く。
恵子「あんたが、家族を省みない・・それやったら、あたし一人の方が楽や・・」
陽平は泣いたまま、首をふる。

幸平が二人のところへやってくる。
幸平「お父さん・・どないしたん?」
恵子「なんでもあらへんの・・あっちで遊んどき・・」
幸平「お父さん・・泣いてるのん?」
恵子「ええから、お姉ちゃんとこへ行っとき・・」
不審気に立ち去る幸平、向こうで翔子が呼んでいる。

恵子「翔子は・・分かってるみたいやね・・近寄ろうともしないわ」
陽平「そらそうやろ・・」
恵子「別れても、子供らには会えるようにしておくわね・・」
陽平「なんで、おまえは、そこまでクールになれるのや?」
恵子「あんたが、ずっとクールやったやないの・・家族には」
陽平「そうか・・俺は必死やっただけや・・」
恵子「永いこと、盆も正月も必死やったの?お酒呑んで帰ることが必死やの?」
陽平「俺も、反省はしとるんや・・」
恵子「何回、その言葉聞いたか・・」
陽平「考え直してくれ・・頼むさかい・・」
恵子「もう、何回も考え直してあげたやないの・・もうあかんねん・・」
陽平「なんでや・・なんでや・・」

陽平は砂浜に跪き、土下座をしていた。
恵子は知らぬふうを装い、空を見上げていた。
そこへ夫婦の子供、翔子と幸平が駆け寄ってくる。

「おかあさん!お父さんをいじめちゃダメ!」
翔子が叫ぶ。
「本当だ・・お父さん可哀想!」
幸平も叫ぶ。

恵子「あのね・・聞いて頂戴・・」
翔子「嫌・・聞かない・・」
幸平「聞きたくない」
恵子「いい子だから・・」
翔子「子供じゃないもん・・」
幸平「僕も子供じゃない・・」
恵子「何言ってるの・・まだ中学生と小学生・・立派な子供よ」
幸平「立派な子供というのがおかしい・・」
翔子「お母さん!変!何考えてるの?」
恵子「だから・・あたしは・・あなた方のためを思って・・」
翔子「なんで?」
恵子「あなた方に素敵な大人になってもらいたいから・・」
翔子「素敵な大人って・・何?」
幸平「きっと・・大人の言いなりになる大人だぜ!」
恵子「幸平!あんたまで何を言っているの!」
幸平「お母さんの考えてるようなことは、とっくに分かってるよ!」
恵子「誤解しないで・・」
翔子「誤解って何よ・・あたし達からお父さんを取るってこと?」
恵子「違うの・・そうやないの・・」
幸平「違うもんか!僕はお姉ちゃんから全部聞いてるんや!」
恵子「ちょっと待ってよ・・」
翔子「まったら、お父さんがいなくなるかもしれない!」
幸平「いやだ!」
恵子「あんたたちね!・・」

そのとき、恵子の前で黙っていた陽平が立ち上がった。
「うるさい!」
大声で叫んだ。
驚く恵子、翔子、幸平。
陽平「お父さんは絶対に別れることはないから!あっちへ行ってなさい!」
宣言し、威圧されたのか子供二人は夫婦から離れて、また波打ち際に行く。

呆然とする恵子。
陽平「どないした・・」
恵子「なんなの・・あの子達・・」
陽平「当たり前さやろ・・ああなるのは・・」
恵子「あたしが必死で頑張って、育ててきたのに・・」
陽平「俺も、少しはかかわってきたように思う・・」
恵子「そうかしら・・」
恵子の目に涙がたまっている。
陽平「風呂にも入れてたし、勉強も良く見てやったし・・」
恵子「そんなの・・ほんの少しじゃない・・」
陽平「少しの時間やったのは・・その通りや・・そやけど、子供なりにその少しを、大切に思ってくれたんと違うか・・」
恵子「母親の努力を無視して・・」
恵子が泣き始めた。
陽平は飲んでしまったカップ酒のビンをもてあそんでいる。

陽平「もしも・・子供たちが俺を選んだらどうするんや・・」
恵子「あんたを?」
陽平「そう・・」
恵子「そんなこと・・あるはずないわ・・」
陽平「言い切れるか?」
恵子「言い切れる」
陽平「じゃあ・・子供たちに聞いてみようか・・」
恵子「ええよ・・聞いてみても・・」
陽平「じゃあ、あいつらを呼ぼう・・」
恵子「・・・」
陽平「呼んでもええのやな・・」
恵子「それで、子供たちがあたしを選んだら・・」
陽平「あきらめる・・」
恵子「ホントに・・?」
陽平「仕方がないやろ」
恵子「・・・」
陽平「俺を選んだら・・」
恵子「そんなはずはないわよ・・」
陽平「分からんぞ・・」
恵子「あんたは子供だけは愛してたんやね・・」
陽平「ちがう・・」
恵子「そうよ・・」
陽平「俺はおまえを愛している。だから待ってくれといってるんや・・」
恵子「よく言うわね・・」
陽平「ホントや・・おまえの方こそ、俺を愛せなかったんやろ・・」
恵子「そんなことないわ・・」
陽平「他にオトコが出来たんやろ・・」
恵子「何言ってるの・・!あんたが家庭をほったらかしにするからじゃないの・・」
陽平「オトコが、いるのか・・」
恵子「何言ってるの?馬鹿と違う?」
陽平「やっぱりそうなんやな・・おまえは何時までもきれいやもんな・・」
恵子「なんでよー!そんなこというの?」
陽平「それしか考えられへんやないか・・」
恵子「この、単純!単細胞!」
陽平「意味がわからへんな・・」
恵子「あんたがきちんと愛してくれへんからや!」
陽平「・・・」
黙ってしまった二人・・風が少し強くなってきた。
波の音、はしゃぐ子供たちの声・・
恵子「寒くなってきたね・・」
俯いたままの恵子を見つめる陽平。
陽平「俺、別れとうないねん!」
恵子「・・・」
陽平「おまえが好きなんや・・」
恵子の肩に手をおき、彼は自分の方に引き寄せる。
素直に応じる恵子。
抱きしめ合い、口づけを交わす二人。
長い口づけのあと、二人は見詰め合っている。
陽平「久しぶりやな・・」
頷く恵子。

子供たちが様子を察して駆け寄ってくる
翔子「わ!どうしたの!お父さん、母さん・・」
幸平「わお!愛が復活や!」
照れて、頬を染める二人・・
冷やかす子供たち・・
そろそろ夕方の日差しになってきた海岸。







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