「三ヶ月ですよ」って。
わたしにとってこの妊娠は、ちっと
もおめでたくありませんでした。
歓迎もできない、喜べもしない、実
に厄介なことが起こってしまった、
とわたしは途方に暮れました。
あんなにも好きだった、好きで
好きでたまらなくなって、それな
のに泣く泣く別れた、順ちゃんの
子どもですよ。だけど、わたしに
とっては、迷惑でしかなかったの
です。
この子を産んで、この子とふたり、
残りの人生をけなげに生きていこ
う、そんなこと、露ほども、思え
なかった。自分勝手だと思うし、
冷酷で、非常だと思うけれど、で
もそれがその時のわたしの正直な
気持ちでした。
順ちゃんのことは、好きだった。
だけど、わたしが好きだったの
は順ちゃんであって、決して順
ちゃんの子どもではなかった、
そんな理屈というか、
言い訳を
自分に対して一生懸命しながら、
わたしは「中絶しよう」と決め
ました。ひと晩だけ悩んで、
決心したのです。
そして、最初に診察してもらっ
た産婦人科ではなくて、電車で
三十分くらい離れたところにあ
る、市立病院で手術を受けるこ
とにしました。
どうしてだと思いますか?
それはね、市立病院の方が日取り
が早かったから。一日でも早く、
このことから開放されたかった
のです。
けれど、思いもよらないことに、
その病院では、前のから入院し
て、堕胎は翌朝におこなう、と
のこと。
がっかりでした。こんなことな
ら最初の病院にするべきだった。
でも後悔先に立たず。
夕方、子宮口を広げるという処
置を受け、その夜は、六人部屋
だったか、八人部屋だったか、
ほかの患者さんたちとアコーデ
ィオンカーテン一枚で仕切られ
た一角の、冷たいベットの上に
横たわっていました。
その夜のことです。
ひと晩中、悶々として、一睡も
できないまま、蛹(さなぎ)み
たいに身を硬くして、天井や窓
や壁を意味もなく眺めていたの
だけれど、明け方、ふっと何か
が舞い降りてきた気配のものを
感じて、朝まばたきの闇のなか、
懸命に目を凝らすと、一羽の小
鳥がわたしのベットの縁に止ま
って、じっとわたしの方を見つ
めてたのです。まっ白な小鳥。
今までに一度も見たことのない、
きれいな形をしていました。
小鳥は、わたしにそっと囁きま
した。なんて言ったのか、その
時はわからなかった。
だけど確かに、小鳥の声が聞こ
えたの思うです。
幻か何かだと思うでしょう?
そんなの、目の錯覚だって。
もちろんわたしもそう思いま
した。
純白の小鳥が見えたのは一瞬
だけ。もしかしたらそれは、
窓から射し込んできた明けの
明星の一瞬の光だったかもし
れません。
朝が来ました。わたしはスト
レッチャーに乗せられ、手術室
に運ばれていきました。
前日の午後から、何も食べては
けないと言われていたので、お
なかがぺこぺこでした。
おまけに睡眠不足で、心身とも
によれよれです。
なのに、わたしの躰のいったい
どこに、あのような力が残って
いたのでしょう。
手術室に着いて、今まさに手術台
に移し替えられようとしている
時、自分でも制御できない力が、
身の内から湧き上がってくるのを
感じていました。
看護婦さんたちの腕や手を払い
のけるようにして、わたしは
床の上に足を下して仁王立ち
になり、
「やめます」
と、言ったのです。