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埼玉県幸手市のマンホール蓋(その1)公共下水道

2019-01-31 14:53:39 | マンホール蓋

現在の幸手市は、明治22年4月1日に町村制が施行され、幸手町が誕生しました。その後、昭和29年・昭和30年および昭和31年の行幸村、上高野村、吉田村、権現堂川村、八代村や桜田村と豊岡村の一部との合併分離を経て新たな幸手町となり、昭和61年10月1日に市制を施行し、現在に至っています。

幸手市は、埼玉県の北東部にあり、東経139度43分、北緯36度4分に位置しています。面積は33.93平方キロメートル、市域は東西8.8キロメートル、南北7.6キロメートルです。人口は、平成31年1月1日現在で5.1万人強、世帯数は2.2万強となっています。北は茨城県猿島郡五霞町、南は杉戸町、東は千葉県野田市、西は久喜市に隣接しています。

地形は、平坦で標高の最も高いのが外国府間地区の15.9メートル、最も低いのは戸島地区の4.7メートルとなり、標高差はわずか11.2メートルです。
 地勢は古東京湾の一部が陸地化したもので、東端には下総台地の一部があるものの、ほかは沖積低地で、利根川と渡良瀬川の氾濫によって形成された沖積層の粘性土がほとんどです。

市章は、市の花である桜をモチーフに、幸手市の「幸」という字を組み合わせています。昭和55年11月7日制定)

市の花は「サクラ」、町の木は「マキ」です。(以上は、幸手市HPより)

私は幸手市と言えば、日光街道や日光御成街道歩きで通った幸手宿の街並みと権現堂桜堤の桜のトンネルでしょうか。
菩提山東皐院聖福寺・御殿所勅使門。天皇の例幣使や歴代将軍のご殿所とされたお寺です。

幸手宿本陣知久家跡の案内板。

桜の季節の権現堂桜堤。

幸手市の概要はここまでにし、マンホール蓋の整理に移ります。
幸手市内では、デザインカーマンホール蓋を見付ける事は出来ませんでしたが、中川水循環センター内の屋外展示で見る事が出来ます。
中央に市章、その周りを市の花「さくら」の大小の花びらが取り巻くデザインです。

こちらは、市内で見つけたノンカラーの下水道蓋です。
 
こちらは枠付きの蓋です。

こちらは、親子蓋です。

次は、上記と同様のデザインのハンドホール蓋です。

同じサクラのデザインですが、こちらは少し違っています。
 

以降は、規格模様と呼ばれるマンホール蓋です。
はじめは、JIS規格模様の蓋です。
雨水蓋と汚水蓋です。
 
こちらは、少し複雑な幾何学模様の雨水蓋です。

以下は、ハンドホール蓋です。
こちらは、プラスティック製の汚水蓋です。
 

以上で、幸手市の公共下水道関係の整理は終了です。
その2.では、上水道関係他の蓋を整理します。


コメント (2)
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