安中市の経緯は、平成18年3月18日に旧安中市と碓氷郡松井田町が新設合併して誕生、現在に至っています。
安中市は、群馬県の西部に位置し、東京都心まで約 120 km(JR北陸(長野)新幹線の安中榛名駅より東京駅まで約1時間)の距離にあります。
総面積は276.34平方キロメートル、人口は令和3年7月末日現在で5.6万人超、世帯数は2.4万超となっています。隣接する市は、北及び東は高崎市、南は富岡市、甘楽郡下仁田町、西は長野県北佐久郡軽井沢町となっています。
市章は、青の輪は市内を流れる碓氷川、緑の三角は杉並木とANNAKAのAをシンボライズ、三角の中のアーチは「めがね橋」をイメージしており、全体として市民の調和を表現しています。(昭和18年11月2日制定)
市の花は「ウメ」、市の木は「スギ」と「マツ」、市の鳥は「オシドリ」です。(以上は、安中市HPより)
前置きはここまでとし、次は公共下水道に係わる情報です。
安中市の公共下水道は、雨水と汚水を別々に処理する分流方式を採用しています。汚水は、県の利根川上流流域下水道に接続され佐波郡玉村町にある「県央水質浄化センター」で最終処理され利根川に放流されます。
また、JR北陸(長野)新幹線の安中榛名駅周辺の秋間みのりが丘地区は、デベロッパーが開発した住宅地で、当該地区の汚水処理をする単独汚水処理場「みのりが丘汚水処理場」があります。現在、この汚水処理場は市の移管されたようです。
それでは、マンホール蓋の整理に移ります。
最初は、カラーデザイン蓋です。
中央の円には、大きく六輪の市の花「ウメ」が開花し、その間に黒色の5つの梅の蕾(?)と市の木「マツ」、円の周りに市の木「スギ」(緑と黒色で各18本)が描かれています。
右の展示蓋は、安中市役所谷津庁舎の入口に置かれていました。
谷津庁舎には、上水道と下水道の担当課が入っています。
こちらは、ノンカラーの蓋です。
こちらは、Φ1200の親子蓋です。
米山公園に沿って通る道路上に設置されていました。
こちらは、小型マンホール蓋です。
公共汚水桝または宅内枡の蓋と思われます。
右蓋は、銀色に塗装されています。
個人の敷地内に設置されていましたので居住者の方が塗装されたように思います。
こちらは、規格模様と呼ばれるマンホール蓋です。
安中市では、公共下水道の蓋は上記のデザイン蓋以外に見つける事ができませんでした。
こちらは、毘沙門亀甲模様の雨水蓋です。
中央に「雨」、下部に「あんなか」と書かれています。
こちらは、「碓氷峠の森公園ふれあい広場」に設置されている公園内の雨水処理に係わる5種類の蓋です。
平成30年度より整備が始められ、この整備に合わせて設置されたようで、令和元年8月に整備が完了しオープニングセレモニーが実施されました。
こちらは、安中市にある磯部温泉が「温泉記号発祥の地」とされる事からデザインされています。
万治4年(1661)、付近の農民の土地争いに決着を付けるため評決文「上野国碓氷郡上磯部村と中野谷村就野論裁断之覚」が、江戸幕府から出されました。その添付図には磯部温泉を記した温泉記号が2つ描かれていたのです。専門家が調査した結果、この温泉記号は日本で使われた最古のものと判明。こうして磯部温泉は温泉記号発祥の地となりました。(安中市HPより)
次は、毎年5月の第2日曜日に開催される「安中遠足 侍マラソン」で、安中市原市の旧中山道に残る杉並木を走る「ぐんまちゃん」をデザインしています。
「遠足」と書いて「とおあし」と読みます。
この遠足の歴史は古く、江戸時代(西暦1885年)に当時の安中藩主「板倉 勝明」(いたくらかつあきら)公が藩士の鍛錬のために碓氷峠の熊野権現まで7里余りの中山道を徒歩競走をさせ、その着順を記録させたことがはじまりで、日本のマラソンの発祥です。(安中市HPより)
次は、安中市のマスコットキャラクター「こうめちゃん」が「安中遠足 侍マラソン」で走っているデザインでしょうか。
「こうめちゃん」は、頭部に梅の花の飾りをつけ、着物の柄に梅の花、帯には安中市磯部温泉が発祥といわれる温泉マークをつけています。青梅の若々しさとかわいい女の子をイメージしているようです。(安中市HPより)
次は、碓井第三橋梁(通称「めがね橋」)がデザインされています。
明治25年4月に建設が始まり12月に完成。芸術と技術が融合した美しいレンガのアーチ橋で、川底からの高さが31mあり、我が国最大級のものです。橋梁は、第2橋梁から第6橋梁までの5基が残っており、すべてが煉瓦造りで、国重要文化財に指定されています。(安中市HPより)
最後は、安中市出身のイラストレーター「おかべてつろう」さんが描く、平成29年に安中市と富岡市を会場に開催されたイベント「花と緑のぶんまづくり2017」のイラストです。
こちらは、「碓井峠鉄道文化むら」の施設内に設置されているデザインマンホール蓋です。
碓氷峠越えで活躍したアプト式電気機関車ED421と碓氷峠用の補助電気機関車EF63-11が描かれています。
園内には、同様のデザイン蓋が三ヵ所設置されています。
こちらは、入場した直ぐ左側に設置されています。
こちらは、園内周遊道路の入場口から一番遠くになる場所に設置されています。
こちらは、上記蓋から時計回りで暫く進んだ周回路上に設置されています。
「碓井峠鉄道文化むら」は、音や映像の鉄道体験や、本物のEF63形機関車を運転したり、SLに乗車するなど、実際に体験し楽しめる、新しい鉄道テーマパークです。なお、こちらは有料施設の為、入園料を払って入園しないとデザインマンホール蓋を撮る事ができません。
こちらは、JR信越本線の高崎駅~横川駅間が開業135周年を迎えた事を記念した事業の一環で、JR信越線・横川駅の構内に設置されたデザインマンホール蓋です。
135周年の記念ヘッドマークのデザインで、碓氷峠の自然や碓氷第三橋梁(めがね橋)をイメージして描かれています。
マンホールの蓋をスマートフォン等の専用アプリ(COCOAR2)で読み込むと、カメラ画面に過去に信越本線を走っていた列車のイラストが表示され、カメラに写っているイラストと写真を撮ることができるそうです。
なお、こちらの蓋を撮るためには、横川駅で入場券を購入し構内に入場する必要があります。
こちらは、米山公園に沿って通る道路上に設置されていました。
蓋には、「あんなか」とだけ書かれています。
蓋の用途を確認し、米山公園に係わる蓋までは判りましたが、設置時期が古いようで詳しい事は判りませんでした。
以降は、上水道関係の蓋です。
安中市の水道事業は、昭和 29 年(1954 年)12月 6 日に当時の安中町、原市町、松井田町、磯部町の 4 町が上水道を共同経営することを目的に、群馬県知事より一部事務組合設立の許可を得て、「碓氷上水道組合」として発足しました。
その後昭和42 年(1967年)4 月に地方公営企業法の改正により「碓氷上水道企業団」に名称を変更し、平成 18 年(2006 年)3月18 日の安中市と松井田町の合併により安中市の水道事業として引き継いでいます。
そのような状況から、安中市としての上水道関係の蓋はまだ少ないようです。なお、「碓氷上水道企業団」の蓋に関しては別途整理する事にします。
こちらは、制水弁の蓋です。
他にも、消火栓や空気弁などの蓋もあるようですが、今回の訪問では撮る事が出来ませんでした。
その2.では旧碓氷郡松井田町のマンホール蓋を整理します。