この人生、なかなか大変だぁ

日々の人生雑感をつれづれに綴り、時に、人生を哲学していきます。

興南高校の春

2010-04-02 15:08:20 | 観戦大好き!
興南高校が春の甲子園であれよ、あれよ、言う間にベストフォーに入った。忘れもしない四十二年前、夏の甲子園ではあったが興南高校が沖縄勢で初めてのベストフォーに進出した。わたしが高校一年の夏休みのときである。沖縄じゅうが沸き立っていた。
国際通りを歩いていると牧志の我喜屋電気の街頭テレビには人だかりができていた。残念ながら試合は大阪代表の興国高校が勝ち、決勝戦も制して優勝した。わわれわれは優勝校に負けたから実質的には準優勝と一緒だと自らを慰めた。

それまで沖縄勢は甲子園では完全にお客さんだった。いやそれ以降も、豊見城高校の栽監督が出てくるまでは参加するだけのチームだった。応援団も組めず、地元尼ケ崎中学校のブラスバンド部の友情応援でなんとか盛り上げていた。本当にありがたかった。実況アナウンサーも遠来のお客さんを迎えてというやさしいもので、スタンドもまた判官びいきの沖縄一色に染まった応援だった。むしろ相手チームが可哀相になった。

ところが栽監督の出現以降、めっきり沖縄の高校野球のレベルは上がった。
春は沖尚高校が二度優勝を果たしており、春夏ほとんど一回戦敗退ということはなくなっている。
すると近頃では実況中継のアナウンサーも沖縄勢に贔屓することはなくなって、むしろ今回のように、初戦の相手の関西高校の方にエールを送るような実況があった。こうも変わったかと感慨深いものがある。

今、岐阜大垣高校にワンサイドの試合をしている。よもや逆転されることはあるまい。優勝は神のみぞ知るであるが、興南高校の我喜屋監督は四十二年前のベストフォーのときのあのチームのキャプテンだったそうである。08年に沖縄尚学高校は9年ぶり二度目の優勝を果たしたが、二度目のときの監督は9年前に優勝投手となった比嘉公也だったのである。何か因縁めいた話だが、興南高校にしては沖尚より自分たちの方が元祖だと思っているに違いない。苦節四十二年、全力を尽くし悔いない闘いをして欲しい。
沖縄は明日も甲子園を楽しめると沸き立っている。
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