老母に14年間「連れ添って」くれた愛犬「オリーブ」が昨夜11時30分頃に息を引き取った。
昨日、三男をセンターへ送り届けて帰宅したら妻が泣きはらして隣家(母宅)から出てきて、
「オリーブが、もうあかんかも知れん」
と言ったが・・・。
やはり一晩越せなかった。
この数か月は病気のせいでかなり弱ってしまい、食欲不振、下痢などを繰り返していた。
耳も聞こえなくなっていたようだ。
母はさぞや看病が大変だったろう。
隣に住んでいながら私たちは何も手助けはしなかった(できなかった)。
薬を買ったり、たまに顔を見に行ったりしたくらいだった。
オリーブはミニチュアシュナウザーの雌。
14年前、父が死んだあと一人暮らしになった母の相手にと、私の弟が知り合いのペットショップで買ってきてプレゼントした。
当時は生後40日だった。
その後、伊勢の家→私たちと同居→また、伊勢の家→私たちの隣、と、老母と一緒に渡り歩いて(?)くれた。
14年も一緒に暮していれば、当然ながら「家族」。
また、一人ぼっちになった母が心配ではあるが、まあ隣家でもあるし、気の合わない長男夫婦であるけども「それなり」に助け合っていくのがいいだろう。
母はオリーブの前にも犬を飼っていたことがあった。
まだ父が存命中のことである。
それはオリバーと言って、やはりミニチュアシュナウザーだったが、こっちはオス犬だった。
もう、30年以上前のことだが、父は胃がんの手術をした。
しばらく自宅で療養となったときに、やはり私の弟が「退屈だろうから相手になってもらいな」と買ってきたのだった。
私の弟は、小さい時から動物好き生き物好きであり(まあ、いろいろありながらも)こういう時にこういうことをパッと思いつく男なのだ。
オリバーは10年目に肝臓がんなどを発症し、ある日、父母が帰宅したら玄関先で亡くなっていたとのこと。
飼い主を求めて玄関まで行き、そこで力尽きたのかも知れない。
その点、オリーブは、昨夜、母に看取られて天国に旅立った。
今日は朝から母とオリーブを乗せて、市の斎場のペット火葬場に行き、職員さんに後を託し最後のお別れをしてきた。
オリーブ、14年間、母の相手をしてくれてありがとう。
毎日の散歩や食事はどうだったかな?
幸せな一生だったかな?
母は「私が先に死んだら、オリーブの世話はどうなるんや」などと言っていたらしいが、そんなことも聞こえていて、先に逝ってしまったのかな?
などと、私は妻につい言ってしまった。
2枚の写真はいずれも母宅にて妻が撮影したもの。
上は昨年の11月1日、柿を吊るして干している母を見上げているところ。
下は今年の6月ころ、病気が進行していて紙パンツを履かせてもらっている。
昨日、三男をセンターへ送り届けて帰宅したら妻が泣きはらして隣家(母宅)から出てきて、
「オリーブが、もうあかんかも知れん」
と言ったが・・・。
やはり一晩越せなかった。
この数か月は病気のせいでかなり弱ってしまい、食欲不振、下痢などを繰り返していた。
耳も聞こえなくなっていたようだ。
母はさぞや看病が大変だったろう。
隣に住んでいながら私たちは何も手助けはしなかった(できなかった)。
薬を買ったり、たまに顔を見に行ったりしたくらいだった。
オリーブはミニチュアシュナウザーの雌。
14年前、父が死んだあと一人暮らしになった母の相手にと、私の弟が知り合いのペットショップで買ってきてプレゼントした。
当時は生後40日だった。
その後、伊勢の家→私たちと同居→また、伊勢の家→私たちの隣、と、老母と一緒に渡り歩いて(?)くれた。
14年も一緒に暮していれば、当然ながら「家族」。
また、一人ぼっちになった母が心配ではあるが、まあ隣家でもあるし、気の合わない長男夫婦であるけども「それなり」に助け合っていくのがいいだろう。
母はオリーブの前にも犬を飼っていたことがあった。
まだ父が存命中のことである。
それはオリバーと言って、やはりミニチュアシュナウザーだったが、こっちはオス犬だった。
もう、30年以上前のことだが、父は胃がんの手術をした。
しばらく自宅で療養となったときに、やはり私の弟が「退屈だろうから相手になってもらいな」と買ってきたのだった。
私の弟は、小さい時から動物好き生き物好きであり(まあ、いろいろありながらも)こういう時にこういうことをパッと思いつく男なのだ。
オリバーは10年目に肝臓がんなどを発症し、ある日、父母が帰宅したら玄関先で亡くなっていたとのこと。
飼い主を求めて玄関まで行き、そこで力尽きたのかも知れない。
その点、オリーブは、昨夜、母に看取られて天国に旅立った。
今日は朝から母とオリーブを乗せて、市の斎場のペット火葬場に行き、職員さんに後を託し最後のお別れをしてきた。
オリーブ、14年間、母の相手をしてくれてありがとう。
毎日の散歩や食事はどうだったかな?
幸せな一生だったかな?
母は「私が先に死んだら、オリーブの世話はどうなるんや」などと言っていたらしいが、そんなことも聞こえていて、先に逝ってしまったのかな?
などと、私は妻につい言ってしまった。
2枚の写真はいずれも母宅にて妻が撮影したもの。
上は昨年の11月1日、柿を吊るして干している母を見上げているところ。
下は今年の6月ころ、病気が進行していて紙パンツを履かせてもらっている。
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