歴史だより

東洋と西洋の歴史についてのエッセイ

≪漢文の文章~幸重敬郎『漢文が読めるようになる』より≫

2023-12-29 19:00:05 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪漢文の文章~幸重敬郎『漢文が読めるようになる』より≫
(2023年12月29日投稿)

 カテゴリ  :ある高校生の君へ
 ハッシュタグ:#漢文 #幸重敬郎 #矛盾 #韓非子 #荘子 #伯楽 #春望 #杜甫 #呂氏春秋

【はじめに】


漢文の勉強法について考える際に、現在、私の手元にある参考書として、次のものを挙げておいた。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
〇幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年
〇小川環樹・西田太一郎『漢文入門』岩波全書、1957年[1994年版]

これらのうち、受験に特化し、効率的な勉強法を説いた参考書としては、次の2冊であった。
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
 
今回のブログでは、次の参考書について、紹介しておきたい。
〇幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年
 この本も、受験を視野には入れているが、単に受験用の漢文参考書の域を超えるような試みが感じられる。
著者略歴によれば、幸重敬郎(ゆきしげ よしろう)先生は、1963年生まれで、愛媛大学法文学部を卒業し、熊本大学大学院文学研究科修士課程を修了され(専攻は中国史の宋元代)、その後予備校で漢文を教え始め、1997年より河合塾講師だという。
予備校の講師の著作という意味で、受験を視野には入れている。「あとがき」(214頁~215頁)にも、「これまで漢文の読み方を直接受験生に指導しながら、漢文の読み方におけるさまざまな誤解や間違いを見てきました。それを本書で生かしていこうと思い、書いてきました」と著者は記している(215頁)。
ただし、一般の受験参考書と違い、入試問題は一切、掲載されていない。
漢文の文章を取り上げ、その句形、語句の意味、文章の解釈を解説しているのが特徴である。
そういう意味では、高校で漢文を学んだのちに、もう一度、漢文を勉強し直してみようという人、例えば社会人などにも適した本といえるかもしれない。
このことは、端的に「あとがき」にあらわれている。
例えば、本書をきっかけにして、さらに様々な漢文を読んでもらいたいという。
専門的な見地から書かれた漢文の入門書として、
〇吉川幸次郎『漢文の話』(ちくま学芸文庫)を薦めている。
 また、日本における漢和辞典の最高峰として、次の辞典を薦めている。
〇大修館書店の諸橋徹次『大漢和辞典』(図書館で利用してほしいという)
 そして、コンパクトな漢和辞典としては、
〇角川書店の『新字源』、三省堂の『全訳漢辞海』
が最もお薦めであると記している。

今回のブログでは、なるべく数多くの漢文の文章に触れて、漢文の句形や内容を知ってほしいという意図から、『韓非子』の矛盾の話、杜甫の「春望」などの漢文を取り上げて、紹介しておこう。
(返り点は入力の都合上、省略した。白文および書き下し文から、返り点は推測してほしい。)





【幸重敬郎『漢文が読めるようになる』(ベレ出版)はこちらから】
幸重敬郎『漢文が読めるようになる』(ベレ出版)






〇幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年
【目次】
はじめに
第一章 送り仮名・返り点の付いている漢文を読む
短い文を読んでみる
【文章】その一 「矛盾」の話 『韓非子』
【文章】その二 「きびしい政治は虎よりも恐ろしい」『礼記』
【文章】その三  三国時代の英雄「関羽」と軍師「諸葛亮」『三国志』陳寿
【文章】その四 「熟練の技」『帰田録』欧陽脩
【漢詩】その一 「黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る」李白
【漢詩】その二 「春望」杜甫

第二章 返り点の付いている漢文を読む
短い文を読んでみる
【文章】その一 「推敲」の話 『唐詩紀事』
【文章】その二 「ホタルの光、窓の雪」『晋書』
【文章】その三 「職務を忠実に守る」『韓非子』
【文章】その四 「伯楽と名馬」「雑説」韓愈
【文章】その五 「幽霊を売った男」『捜神記』

第三章 送り仮名・返り点の付いていない漢文を読む
短い文を読んでみる
【文章】その一 「母の老いを知る」『説苑』
【文章】その二 「進んでいる舟にしるしを刻みつけた男」『呂氏春秋』
【文章】その三 「書物からの知識よりまず体験せよ」『荘子』

あとがき
付録




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


第一章 送り仮名・返り点の付いている漢文を読む
【文章】その一 「矛盾」の話 『韓非子』
【文章】その二 「きびしい政治は虎よりも恐ろしい」『礼記』
【文章】その三  三国時代の英雄「関羽」と軍師「諸葛亮」『三国志』陳寿
【漢詩】その二 「春望」杜甫

第二章 返り点の付いている漢文を読む
【文章】その二 「ホタルの光、窓の雪」『晋書』
【文章】その四 「伯楽と名馬」「雑説」韓愈
【文章】その五 「幽霊を売った男」『捜神記』

第三章 送り仮名・返り点の付いていない漢文を読む
【文章】その二 「進んでいる舟にしるしを刻みつけた男」『呂氏春秋』
【文章】その三 「書物からの知識よりまず体験せよ」『荘子』






再読文字について


例によって、漢文といえば、再読文字についてまとめている。
例えば、次のような例文がある。
蓋君子善善悪悪、君宜知之。『史記』

【書き下し文】
蓋し君子は善を善とし悪を悪とす、君宜しく之を知るべし。
【現代語訳】
思うに君子は善をよいことと見なし、悪を悪いこととみなす、あなたはそのことを知っているはずだ。

【語句】
 「蓋」は「けだし」と読んで「思うに」という意味である。
 漢文ではよく使うので覚えておこう。
 「君子」は「くんし」と読んで「徳のある立派な人物」という意味である。
 「善善悪悪」は「善を善とし悪を悪とす」と読む。「善」と「悪」は名詞でもあり、動詞としても読む。
 「君」は「きみ」と読んで、「あなた」という意味である。

【再読文字】
「宜」は「よろしく―べし」と読む。
 「宜」は再読文字である。
 「宜知之」は「宜しく之を知るべし」と読む。
 「宜」という字はまず返り点と関係なく「よろしく」と読んで、次に返り点に従って「べし」と読む。一つの漢字を二度読むのでも再読文字と呼ぶ。

 ここで、再読文字をまとめておく
 未―     いまダ―ず    まだ―しない・―しない
 将―・且―  まさニ―ントす  今にも―しようとする
 当―・応―  まさニ―ベシ   当然―するはずだ・―するだろう
 須―     すべかラク―ベシ ―する必要がある
 宜―     よろシク―ベシ   ―するのがよい・―するはずだ
 猶― なホ―ノごとシ・なホ―ガごとシ  まるで―のようだ
 盍― なんゾ―ざる           どうして―しないのか
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、157頁~159頁)

「矛盾」の話 『韓非子』


「矛盾」という故事成語は、高校の副教材である菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)でも取り上げられていた。

矛盾<韓非子>
つじつまの合わないこと。
※矛と盾を売っている人がその両方を自慢したため、話のつじつまが合わなくなってしまったことから。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、182頁~186頁)

ところが、幸重敬郎『漢文が読めるようになる』(ベレ出版、2008年)には、次のようにある。

楚人有鬻楯与矛者。誉之曰、「吾楯之
堅、莫能陥也。」又誉其矛曰、「吾矛之利、
於物無不陥也。」或曰、「以子之矛、陥子
之楯、何如。」其人弗能応也。 『韓非子』説難一

●書き下し文
 楚人に楯と矛とを鬻(ひさ)ぐ者有り。之を誉めて曰く、「吾が楯の堅きこと、能く陥(とほ)す莫きなり」と。又其の矛を誉めて曰く、「吾が矛の利(するど)きこと物に於て陥さざる無きなり」と。或ひと曰く、「子の矛を以て、子の楯を陥さば、何如」と。其の人応(こた)ふること能はざるなり。 

●現代語訳
楚の国の人に楯と矛を売る者がいた。売っている物をほめて言った、「自分の売っている楯は突きとおすことができるものがないほど頑丈だ」と。いっぽうで自分の(売っている)矛をほめて言った、「自分の売っている矛はどんなものでも突きとおすするどい矛だ」と。ある人が言った、「あなたの矛で、あなたの楯を突きとおせば、どうなるのか」と。その楯と矛を売っていた人は答えることができなかった。

〇この文章は、『韓非子』(かんぴし)という書物の中のたとえ話である。
 この文章は、「矛盾」という言葉のもとになった話である。
 『韓非子』は今から約2200年前、戦国時代末期の人「韓非」の手になる書物である。
 「信賞必罰(功労のある者には確実に褒美を与え、罪を犯した者には必ず罰を与える)など、法家の思想がまとめられている。
 
【語句】
・楚人~「楚」は国名で「そ」と読む。
 戦国時代に長江の中流域にあった国。「楚人」は「そひと」と読む。現代語では、「日本人」は「にほんじん」のように、「人」を「じん」と読むが、漢文では、「国名+人」は「ひと」と読む。
・鬻~難しい漢字であるが、「ひさぐ」と読んで、「売る」という意味。
・何如~「いかん」と読む。「何」を「い」、「如」を「かん」と読んでいるわけではない。
 「何如」の二文字で「いかん」と読む。
 「所謂」を「いわゆる」と読んだり、「所以」を「ゆゑん」と読むのと同じ。
 「何如」は疑問を示す語句で、「どうか・どのようか」という状態を尋ねる。
 ここは「どうなるのか」と少し意訳したほうがわかりやすい。
 「あなたの矛で、あたなの楯を突きとおせば、どうなるのか」と所謂「矛盾」を指摘したわけである。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、20頁~27頁)

「きびしい政治は虎よりも恐ろしい」『礼記』


苛政猛於虎
孔子過泰山側。婦人哭於墓者而哀。
夫子式而聴之、使子路問之曰、「子之哭也、
壱似重有憂者。」而曰、「然。昔者、吾舅死於
虎、吾夫又死焉。今吾子又死焉。」夫子曰、「何
為不去也。」曰、「無苛政。」夫子曰、「小子識
之。苛政猛於虎也。」  『礼記』

●書き下し文
孔子泰山の側(かわはら)を過ぐ。婦人の墓に哭する者有りて哀(かな)しげなり。夫子(ふうし)式(しょく)して之を聴き、子路をして之を問はしめて曰く、「子の哭するや、壱(いつ)に重ねて憂ひ有る者に似たり」と。而(すなは)ち曰く、「然り。昔者(むかし)、吾が舅(しうと)虎に死し、吾が夫又死す。今吾が子又死せり」と。夫子曰く、「何為(なんす)れぞ去らざるや」と。曰く、「苛政無ければなり」と。夫子曰く、「小子之を識(しる)せ。苛政は虎よりも猛(まう)なるなり」と。

●現代語訳
孔子が泰山の麓を過ぎた。婦人が墓のところで大声を上げて泣いていて悲しそうであった。先生は車の手すりに手をかけて婦人の泣き声をじっと聴き、子路にこれをたずねさせて言った、「あなたが泣いている様子はまことに何度も悲しいことがあったかのようである」と。そこで言った、「そのとおりです。以前、私の夫の父親は虎に殺され、私の夫もまた(虎に)殺されました。今また私の息子も(虎に)殺されてしまいました」と。先生が言った、「どうして立ち去らないのか」と。(婦人が)言った、「きびしい政治がないからです」と。先生が言った、「おまえたち、このことをおぼえておきなさい。きびしい政治は虎よりも恐ろしいものなのだ」と。

※本文は、『礼記(らいき)』という書物の中にある。
 『礼記』は孔子が生きた時代(春秋時代)よりもずっと後の前漢時代に作られた書物である。
 それでも今から約2000年前の作品である。
 「苛政は虎よりも猛なるなり」は故事成語(昔の話にもとづくことわざ)としても有名である。
 ここでいう「苛酷な政治」とは、やはり重い税金である。
 人民を苦しめる重税は虎に襲われる災難よりも恐ろしいということわざである。
 人を襲う虎が出るようなところには、役人も税を取り立てには来なかったでしょう。
 なお、「苛政は虎よりも猛(たけ)し」と読んでいるテキストもある。


【語句】
・孔子~儒家の祖。姓を「孔」、名を「丘」、字を「仲尼」という。春秋時代、魯の国の人。
 「泰山」は中国の人にとって、日本人にとっての富士山のような山である。
・「使」を「しむ」と読んで使役
 「使子路問之曰」は「子路→之→問→使→曰」の順で「子路をして之を問はしめて曰く」と読む。
 子路は孔子の弟子の名。子路は字(あざな)で、姓を「仲」、名を「由」という。
※ここでは「使」の用法に注意せよ。
 「使」は「―させる」という使役の意味を表して「しむ」と読む。
 「使」の下に使役する相手、つまり「―させる」相手が書かれている場合には、その相手に「をして」という送り仮名を付ける。「子路をして」がそれにあたる。
 そして次に動作を表す「問」がきて「問ふ」+「しむ」→「問はしむ」と読む。
 意味は、「子路に、これをたずねさせて言った」となる。
・何為~「なんすれぞ」 
「何為不去也。」は「何為(なんす)れぞ去らざるやと」と読む。
 「何為」は「どうして」という意味。
 「也」は「なり」ではなく、「や」と読んで、ここでは疑問を示している。
 「どうして立ち去らないのか」という意味。家族が次々と虎に殺されているのに、どうして虎がいるような危険なところを立ち去らないのか」という。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、27頁~36頁)

三国時代の英雄「関羽」と軍師「諸葛亮」『三国志』陳寿


『三国志』「蜀志」陳寿

 羽聞馬超来降。旧非故人。羽書与諸葛亮、
問超人才可誰比類。亮知羽護前、乃答之
曰、「孟起兼資文武、雄烈過人。一世之傑、黥彭
之徒也。当与益徳並駆争先。猶未及髯之
絶倫逸群也。」羽美鬚髯。故亮謂之髯。

【人名の説明】
・関羽: 字は雲長。三国時代、蜀の武将。劉備、張飛と義兄弟の契りを結ぶ。三国時代、屈指の大豪傑。
・馬超:字は孟起。はじめ味方した曹操に父馬騰を殺され、のちに劉備に仕え、蜀の将軍として活躍する。
・諸葛亮:字は孔明。劉備の三顧の礼をうけて軍師となる。「天下三分の計」を立てる。蜀成立後は丞相(宰相)となる。
・黥布(げいふ)・彭越(ほうえつ):ともに劉邦に仕え、漢の建国に功績のあった武将。
・張飛:字は益徳(『三国志演義』では翼徳)。劉備・関羽の義兄弟。一人で万人の敵を相手にできると称された豪傑。

※この話は、新たに劉備の武将となった馬超に対する関羽の微妙な心理状態を察知した諸葛亮が、関羽のプライドに配慮し、関羽こそが武将として一番だと称え、関羽を安心させたというものである。

●書き下し文
羽馬超来降すと聞く。旧(もと)故人に非ず。羽書もて諸葛亮に与へ、超の人才の誰に比類すべきかを問ふ。亮羽の護前せるを知り、乃ち之に答へて曰く、「孟起は文武を兼資し、雄烈人に過ぐ。一世の傑、黥彭の徒なり。当に益徳と並駆し先を争ふべし。猶ほ未だ髯の絶倫逸群なるに及ばざるなり」と。羽鬚髯(しゅぜん)に美なり。故に亮之を髯(ぜん)と謂ふ。

●現代語訳
関羽は馬超が降伏してきたと聞いた。もともと(馬超は関羽にとって)昔なじみではなかった。関羽は手紙を諸葛亮に送り、馬超の才能をだれになぞらえることができるかをたずねた。諸葛亮は関羽が自分のほうが劣っていると言われたくないと思っているとわかり、そこで関羽に返事をして言った。「孟起(=馬超)は文武の才能を兼ね備え、勇猛さは普通の人以上である。一代の英雄であり、黥布や彭越の(ような古代の英雄の)仲間である。益徳(=張飛)と並んで馬を駆せ先陣を争うほどの人物である。それでもあなたのずば抜けてすぐれているのには及ばない」と。関羽はあごひげ・ほおひげが立派であった。それで諸葛亮は関羽のことを髯と呼んだのである。。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、36頁~42頁)

【語句】
・「すなはち」と読む漢字
 漢文で「すなはち」と読む漢字は「乃」のほかに「則」「即」「便」「輒」などがある。
 「すなはち」と同じ読みをしても、漢字によって意味が違う。
 「乃」は、「そこで」と訳すことが多いが、「やっと」「それなのに」「なんと」と訳すこともある。ほかの「すなはち」と読む漢字については、文中に出てきたところで確認しよう。
・再読文字「当」
 「当与益徳並駆争先。」では、「当」に注意すること。
 「当―」は再読文字で「当(まさ)に―べし」と二回読む。
 読む順でもまず「当」を読む。
 「当→益徳→与→並駆→先→争→当」の順になる。
「当に益徳と並駆し先を争ふべし。」と読む。
「益徳(=張飛)と並んで馬を馳せ先陣を争うほどの人物である」という意味である。

・再読文字「未」
 「猶未及髯之絶倫逸群也。」では、「未」に注意すること。
 「未」は「当―」と同じく再読文字である。
 「未―」は「未(いま)だ―ず」と読む。
 「猶→未→髯→之→絶倫→逸群→及→未→也」の順で読む。
 「猶ほ未だ髯の絶倫逸群なるに及ばざるなりと。」と読んで「それでもあなたのずば抜けてすぐれているのには及ばない」という意味である。

(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、36頁~42頁)

「春望」杜甫


「春望」杜甫
国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵万金
白頭搔更短
渾欲不勝簪

※この杜甫の詩は、あまりにも有名である。
 題名の「春望」とは、「春のながめ」という意味である。
 杜甫や李白が活躍したのは、唐の全盛期である。玄宗皇帝の治世である。
 都長安も国際的な都市として栄えていた。日本からも遣唐使が派遣された。
 ところが、玄宗皇帝は晩年になると、楊貴妃という絶世の美女に心を奪われ、政治を顧みなくなり、その結果反乱が起こる。有名な「安史の乱」である。この反乱で、都も陥落し、皇帝も四川に逃れる。華やかさを誇った都長安も荒廃してしまった。それこそが「国破れて山河在り、城春にして草木深し」なのである。

●書き下し文
「春望」杜甫
国破れて山河在(あ)り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火(ほうくわ)三月(さんげつ)に連なり
家書万金に抵(あ)たる
白頭搔(か)けば更に短く
渾(す)べて簪(しん)に勝(た)へざらんと欲す

●現代語訳
 「春のながめ」杜甫
国都長安は破壊されてしまったが山や河だけは変わらずに残っている
(廃墟となった)長安の町中にはふたたび春がやって来て草木が生い茂っている
(戦乱という)この時代を痛み悲しんでは花を見ても涙を流し
家族との別れをうらんでは鳥の鳴き声にも胸をつかれてはっとする
戦いを知らせるのろしはもう何ヶ月にもわたって上げつづけられており
家族からの手紙は万金もの価値に相当する
白髪頭をかきむしるうちに髪はますます短く(少なく)なり
もうすっかり冠を髪にとめるピンも挿せなくなろうとしている

【語句】
・濺ぐ~「涙を流す」という意味。
・烽火~「のろし」=戦場で敵の攻撃などの危急を知らせるための合図に上げる煙り。
・家書~「家族からの手紙」と「家族への手紙」という意味がある。ここは「家族からの手紙」
・簪~冠を髪にとめるためのピン

【対句】
・対句とは、二つの句で文の構造が同じであり、語句の意味や文法的なはたらきが対応していることである。
・この杜甫の詩では、第一句と第二句、第三句と第四句、第五句と第六句が対句になっている。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、59頁~67頁)

「ホタルの光、窓の雪」『晋書』


「ホタルの光、窓の雪」『晋書』
『晋書』車胤伝
車胤、字武子、南平人也。曾祖浚呉会稽
太守、父育郡主簿。太守王胡之名知人、
見胤於童幼之中、謂胤父曰、「此児当大興
卿門。可使専学。」胤恭勤不倦、博学多通。
家貧不常得油。夏月則練嚢盛数十螢火
以照書、以夜継日焉。

※この文章は歴史書の列伝である。
 歴史書では司馬遷の『史記』以来、「紀伝体」というスタイルが用いられる。
 「紀」とは「本紀」のことで、帝王・皇帝を中心とする記録である。
 一方、「伝」は個人の伝記で「列伝」という。
 『晋書』は、三国時代の三国を統一した晋朝の歴史を記した書で、やはり「紀伝体」
で編纂されている。上の文章は、その列伝の中にある「車胤」という人物の伝記の冒頭である。 
 伝記の冒頭には、もちろん姓名、そして字(あざな:成人するときに付ける呼び名)が記述され、次に出身地、続いて祖先の経歴が記される。
 車胤は、後に「尚書郎」という高官に出世する。貧しかった車胤がホタルを集めてその灯りで勉強したというこの話と、同じ晋代の孫康という人物が、やはり貧しくて油が買えなかったので、雪明かりに照らして書物を読み、後に出世したという話があり、この二つの話から「螢雪の功」という言葉が生まれる。「苦労しながら学問をしたその成果」という意味である。
 卒業式などで歌われる「螢の光」の冒頭「螢の光窓の雪、ふみ読む月日かさねつつ」という歌詞も、この話にもとづくものである。
 なお、王羲之という人物を知っている人もいると思うが、ちょうどこの文章と同じ晋代の人で、書の神様(書聖)と称えられている。

●書き下し文
車胤、字は武子、南平の人なり。曾祖浚(しゅん)は呉の会稽太守、父育は郡の主簿たり。太守王胡之人を知るに名あり。胤を童幼の中に見て、胤の父に謂ひて曰く、「此の児(こ)当に大いに卿の門を興(おこ)すべし。専ら学ばしむべし。」胤恭勤(きょうきん)にして倦(う)まず、博学多通なり。家貧しくして常には油を得ず。夏月には則ち練嚢(れんなう)もて数十螢火を盛りて以て書を照らし、夜を以て日に継ぐ。

●現代語訳
車胤は字を武子といい、南平郡の出身である。曾祖父の浚は(三国時代の)呉の会稽郡の長官で、父の育は郡の主簿であった。郡の長官の王胡之は人の能力を見抜くことで有名で、子どもたちの中にいる胤を見て、胤の父に次のように言った、「この子はそなたの家を大いに興すに違いない。学問に専心させなさい」と。胤は礼儀正しく勤勉で何事にもあきることなく、博学でひろく事物に通じている。家が貧しくていつも油を買えるとは限らなかった。夏にはねり絹の袋に数十匹のホタルを入れてそれで書物を照らし、昼に続いて夜も勉強した。

【語句】
・再読文字「当」
 「此児当大興卿門。」ではまず「当」に注目してほしい。
 「当」は再読文字である。「当―」は「当(まさ)に―べし」」と読む。
 「きっと―するにちがいない」などと訳す。
 「此の児当に大いに卿の門を興すべし。」と読んで、「この子はそなたの家を大いに興すに違いない。」と訳す。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、93頁~101頁)

「伯楽と名馬」(「雑説」韓愈)


「伯楽と名馬」(「雑説」韓愈)

 世有伯楽、然後有千里馬。千里馬常有、而
伯楽不常有。故雖有名馬、祇辱於奴隷人之
手、駢死於槽櫪之間、不以千里称也。馬之
千里者、一食或尽粟一石。今食馬者、不知其
能千里而食也。是馬也、雖有千里之能、食
不飽力不足、才美不外見。且欲与常馬等、
不可得。安求其能千里也。策之不以其道、
食之不能尽其材。鳴之不能通其意。執策
而臨之曰、「天下無馬。」嗚呼、其真無馬邪、
其真不知馬邪。

※この「伯楽」とは、もともと天馬をつかさどる星の名前である。
 それが春秋時代の孫陽という名馬を見抜く人物を呼ぶのに使われるようになり、以後名馬を見抜く人物を「伯楽」というようになった。
※この文章は、ただ馬の話がしたいのではない。「人」を「馬」にたとえている。
 たとえ優秀な能力を持つ人でも、それを認めてくれる人物がいなければ、野にうずもれたまま一生を終えるということを述べているのである。

【語句】
・「不常」は部分否定
 「不常―」は「つねには―ず」と「常に」に「は」を付けて読む。
 「いつも―するとは限らない」という意味で部分否定という。
 「常不―」は「つねに―ず」と読んで「いつも―しない」という意味である。
 「不常―」は「常には」と「は」を付けることで、部分否定であることを示している。
 「不常有「常には有らず」と読んで、「いつもいるとは限らない」と訳す。
 「千里の馬はいつもいるけれども、伯楽はいつもいるとはいるとは限らない。」となる。

・「於」を使った受身
 「祇辱於奴隷人之手」は置き字「於」に注意せよ。
 ここは「奴隷の手によって辱(はづかし)められる」という意味になる。
 読みは「奴隷人の手に辱(はづかし)められる」と読む。
 「□於A」の形で「Aに□る・Aに□らる」と読み、「Aに□される」という意味になる。

・「能」の読み方
 たとえば「能走」のように「走る」という動作を表す漢字の上に「能」が位置する場合には「能(よ)く」と読み、「能走」は「能(よ)く走る」と読んで「走ることができる」という意味になる。
 これが「走能」となると、いくら「走レ能」と返り点を付けても「能く走る」とは読まない。「走能」は「走る能」と読むしかない。意味も「走る能力」となる。
 つまり、「能」を「よく」と読んで「―できる」と訳すのは、「能」が動作を表す漢字よりも上に位置する場合なのである。
「雖有千里之能、」で動作を表す漢字は「有」で、「能」はその下に位置するから、「よく」と読むことはできない。「雖有千里之能、」は「千里走るほどの能力を持っていても、」と訳す。

・「且欲与常馬等、不可得。」
 「得べからず」は「得るべからず」と読まないように注意せよ。
 「得」は「え・え・う・うる・うれ・えよ」と活用する(ア行下二段活用の動詞)。
 「不レ得」となっていると「えず」と読む。
 「不レ可レ得」では「可=べし」が終止形に接続する助動詞なので、「得」は終止形のままで「得(う)べからず」と読む。「得る」と読むと連体形になる。
 「且欲与常馬等、不可得。」は、「その上、普通の馬と同じぐらいのはたらきをしようと思っても、(千里の馬には)できない。」と訳す。

・「安」は「いづくんぞ」
 「安求其能千里也。」は「安んぞ其の能く千里なるを求めんや。」と読む。
 「安」は「いづくんぞ」と「いづくにか」という読み方があるが、ここは反語で「どうして―しようか、いや―しない」という意味になるので、「いづくんぞ」と読む。
 「いづくにか」と読むと「どこに」という意味で、「どこにあるのか」や「どこに行くのか」などと使われる。
 
・句末「んや」は反語
 また、「求めんや」と、句末を「んや」と読むのも反語の特徴である。
 「ん」は古文の文法でいうと、推量の助動詞「む」である。
 漢文の送り仮名では「ム」ではなく「ン」と表記する。
 「や」は疑問や反語を示す終助詞で、「か」と同じなのであるが、反語では「か」は使わずに「や」を使って読む。
 「安くんぞ其の能く千里なるを求めんや。」は「どうしてその馬の千里走れる能力を求めることができようか、いやできない。」という意味になる。

・「不レ能」は「あたはず」
 「能」は「よく」と読んで「―できる」という意味であるが、「不レ能」となると「あたはず」と読んで「―できない」という意味である。
 「よく」と読む場合は「能走」で「能(よ)く走る」と読んで「走ることができる」という意味であるが、「あたはず」は「不レ能レ走」で「走る(こと)能(あた)はず」と読んで「走ることができない」という意味である。
 「能(よ)く」は動詞「走る」よりも先に読むが、「能(あた)はず」は「走る」という動詞よりも後に読む。
 また「能はず」では動詞は連体形になり、さらに動詞と「能はず」の間に「こと」を補って読んでもかまわない。「走る能はず」の「走る」は連体形である。たとえば動詞が「落つ」だと「落つる能はず」となる。

【書き下し文】
 世に伯楽有りて、然る後に千里の馬有り。千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。故に名馬ありと雖も、祇(た)だ奴隷人の手に辱(はづかし)められ、槽櫪(さうれき)の間に駢死(へんし)し、千里を以て称せられざるなり。馬の千里なる者は、一食に或ひは粟(ぞく)一石を尽くす。今の馬を食(やしな)う者は、其の能く千里なるを知りて食はざるなり。是の馬や、千里の能有りと雖も、食(しよく)飽かざれば、力足らず、才の美外に見(あらは)れず。且つ常馬(じやうば)と等しからんと欲するも、得べからず。安くんぞ其の能く千里なるを求めんや。之に策(むちう)つに其の道を以てせず、之を食ふに其の材を尽くさしむる能はず。之に鳴けども其の意を通ずる能はず。策(むち)を執りて之に臨みて曰く、「天下に馬無し。」嗚呼、其れ真(まこと)に馬無きか、其れ真に馬を知らざるか。

【現代語訳】世の中に伯楽がいて、その後で千里の馬がいる。千里の馬はいつもいるけれども、伯楽はいつもいるとはいるとは限らない。だからたとえ名馬がいたとしたも、ただ奴隷の手によって辱められ、馬小屋の中で首を並べて死に、一日に千里走るほどの能力を持っていることでほめたたえられないのである。馬の中で千里も走れる名馬は、一回の食事でときには穀物一石も食べ尽くしてしまう。今馬を飼育している人は、その馬が千里走ることができると知って養っている者はいないのである。この馬は、千里走る能力を持っていても、食糧が満足でなければ力も足りなくなり、才能のすばらしさが外にあらわれない。その上、普通の馬と同じぐらいのはたらきをしようと思っても、(千里の馬には)できない。どうしてその馬の千里走れる能力を求めることができようか、いやできない。千里の馬を鞭で打って走らせるのにそれにふさわしい扱い方をせず、その馬を飼育するのにその能力を十分に発揮させられない。飼い主に向かって鳴いても(飼い主と)その気持ちを通じることはできない。むちを手にとって馬に向かって言う。「この天下に名馬はいない」と。ああ、なんとほんとうに馬がいないのか。(それとも)なんとほんとうに名馬を見つけられないのか。

【解説】
・この文章は、唐代の大文章家・韓愈(かんゆ)が書いたものである。
 馬のたとえを使って、優秀な能力を持っていてもそれを発揮することの困難さを述べている。
優れた能力を持つ人でも、それを見抜ける人がいなければ、能力を発揮する機会も与えられず、相応の処遇もないので、結局その能力を発揮することはないと説いている。
 だからこそ「伯楽」のように能力を持つ人を見つけ出す人物こそ重要なのである。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、113頁~129頁)

「幽霊を売った男」『捜神記』


「幽霊を売った男」『捜神記』
 南陽宋定伯、年少時、夜行逢鬼。問之、鬼
言、「我是鬼。」鬼問、「汝復誰。」定伯誑之言、「我
亦鬼。」鬼問、「欲至何所。」答曰、「欲至宛市。」
鬼言、「我亦欲至宛市。」遂行数里。鬼言、「歩行
太遅。可共逓相担、何如。」定伯曰、「大善。」鬼
便先担定伯数里。鬼言、「卿太重。将非鬼也。」
定伯言、「我新鬼。故身重耳。」定伯因復担鬼、
鬼略無重。如是再三。
 定伯復言、「我新鬼、不知有何所畏忌。」鬼
答言、「惟不喜人唾。」於是、共行。道遇水。定伯
令鬼先渡、聴之、了然無声音。定伯自渡、漕漼
作声。鬼復言、「何以有声。」定伯曰、「新死、不
習渡水故耳。勿怪吾也。」行欲至宛市、定伯
便担鬼著肩上、急執之。鬼大呼、声咋咋然、
索下、不復聴之。径至宛市中、下著地、化為
一羊。便売之。恐其変化、唾之。得銭千五百
乃去。当時石崇有言、「定伯売鬼、得銭千五百。」

※この文章には「鬼」が出てくる。 
 漢文に出てくる「鬼」は幽霊や妖怪である。日本のおとぎ話や節分の時などに出てくる角のはえた赤鬼とか青鬼ではない。漢文では「おに」と読まずに「き」」とそのまま音読みする。
 内容も比較的気楽でおもしろいので、読んでいこう。

【書き下し文】
 南陽の宋定伯、年少(わか)き時、夜行きて鬼に逢ふ。之に問へば、鬼言ふ、「我は是れ鬼なり」と。鬼問ふ、「汝は復た誰ぞ」と。定伯之を誑(あざむ)きて言ふ、「我も亦鬼なり」と。鬼
問ふ、「何れの所に至らんと欲す」と。答へて曰く、「宛市(ゑんし)に至らんと欲す」と。鬼言ふ、「我も亦宛市に至らんと欲す」と。遂に行くこと数里なり。鬼言ふ、「歩行太(はなは)だ遅し。共に逓(たが)ひに相担ふべし、何如。」定伯曰く、「大いに善し」と。鬼便(すなは)ち先づ定伯を担ふこと数里なり。鬼言ふ、「卿太だ重し。将た鬼に非ずや」と。定伯言ふ、「我新鬼なり。故に身重きのみ」と。定伯因りて復た鬼を担ふに、鬼略(ほぼ)重さ無し。是くのごときこと再三なり。
 定伯復た言ふ、「我新鬼なれば、何の畏忌する所有るかを知らず」と。鬼答へて言ふ、「惟だ人の唾を喜ばざるのみ」と。是に於て、共に行く。道に水に遇ふ。定伯鬼をして先づ渡らしめて、之を聴くに、了然として声音無し。定伯自ら渡るに、漕漼(さうさい)として声を作(な)す。鬼復た言ふ、「何を以て声有る」と。定伯曰く、「新たに死し、水を渡るに習はざる故のみ。吾を怪しむ勿かれ」と。行きて宛市に至らんと欲するに、定伯便ち鬼を担ひて肩上に著(つ)け、急に之を執(とら)ふ。鬼大いに呼び、声咋咋(さくさく)然として、下さんことを索(もと)むるも、復た之を聴かず。径(ただ)ちに宛市の中に至り、下して地に著くれば、化して一羊と為る。便ち之を売る。其の変化せんことを恐れ、之に唾す。銭千五百を得て乃ち去る。当時石崇言へる有り、「定伯鬼を売りて、銭千五百を得たり」と。

【現代語訳】
南陽の宋定伯が、若かった時、夜出かけて幽霊に遭遇した。宋定伯がそれにたずねると、幽霊は言った、「自分は幽霊だ」と。幽霊がたずねた。「おまえはだれなのか」と。定伯は幽霊をだまして言った、「自分もまた幽霊だ」と。幽霊はたずねた、「どこに行こうとしているのか」と。答えて言った、「宛市に行こうと思う」と。幽霊が言った、「私もまた宛市に行こうと思っている」と。
こうして数里(いっしょに歩いて)行った。幽霊が言った、「(おまえは)歩くことが遅い。二人が順番に相手を背負うことにしよう、どうか」と。定伯は言った、「とてもよい」と。幽霊はすぐに先ず定伯を数里背負った。幽霊は言った、「そなたはとても重い、もしかすると幽霊ではないのか」と。定伯が言った、「私は新しい幽霊である。だから身体が重いのだ」と。定伯はそこでさらに幽霊を担いだところ、幽霊はほとんど重さがなかった。このようなことが二度三度と続いた。定伯はさらに言った、「私は幽霊になったばかりなので、おそれきらうものは何があるのか知らない」と。幽霊は言った、「ただ人のつばが嫌いなだけだ」と。そこで、いっしょに歩いていった。途中の道で川に遭遇した。定伯は幽霊にさきに川を渡らせてみて、その音を聞いたが、まったく音はしなかった。定伯が自分から川を渡ると、ざぶざぶと音を立てた。幽霊がふたたび言った、「どうして音がするのか」と。定伯は言った、「死んだばかりで、水を渡るのになれていないからだ。私をあやしまないでくれ」と。進んで行って宛市に到着しようとすると、定伯はすぐに幽霊を担いで肩の上にくっつけて、急に身動きできないように捕らえた。幽霊は大声で呼び、ぎゃあぎゃあとさけび、下ろすことをもとめたが、定伯はもう言うことを聞かなかった。まっすぐ進んで宛市の中に到着し、幽霊を下ろして地面につけると、一匹の羊に化けた。定伯はすぐにこの幽霊が化けた羊を売った。定伯は幽霊がもとに戻ることをおそれ、その羊につばをつけた。千五百銭を手に入れてなんと去って行った。その当時石崇が次のように言った、「定伯は幽霊を売って千五百銭もの金を手に入れた」と。

【解説】
・「令」は使役「しむ」
 「令」は「使」と同じように使役の助動詞として「しむ」と読む。「―させる」という意味。
 この「令」と動詞「渡」の間にある「鬼」が使役の対象なので、「鬼をして」と「をして」という送り仮名を付けなければならない。
 「了然として」は「まったく」という意味。
 「定伯は幽霊にさきに川を渡らせてみて、その音を聞いたが、まったく音はしなかった。」と訳す。
・「何以」は「なにをもつて」
 「何以」は「なにをもつて」あるいは「なにをもつてか」と読んで「どうして」という意味。
 「鬼がふたたび言った、『どうして音がするのか』と」という意味。
・「鬼大呼、声咋咋然、索下、不復聴之。」は「鬼大いに呼び、声咋咋(さくさく)然として、下さんことを索(もと)むるも、復た之を聴かず。」と読む。
 「咋咋然」は「ぎゃあ、ぎゃあ」とさけぶ擬音語。
 「索」は「さがす」と読むこともあるが、ここは「もとむ」と読んで、「要求する」という意味。
 「不復―」は「また―ず」と読んで、「もう―しない・二度と―しない」という意味。
 「幽霊は大声で呼び、ぎゃあぎゃあとさけび、下ろすことをもとめたが、定伯はもう言うことを聞かなかった。」と訳す。

※幽霊を売りとばした男の話である。
 日本だと古典落語に出てきそうな話である。この『捜神記』(そうしんき)という作品は今から1400年前の晋代に書かれたものである。幽霊の出てくるような作品を「志怪小説」という。
 「志」は「誌」と同じで、「しるす」という意味があり、「怪しいことをしるしたこばなし」という意味である。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、130頁~148頁)

「進んでいる舟にしるしを刻みつけた男」『呂氏春秋』察今


菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』(桐原書店、1999年[2019年版]、186頁)の故事成語にも、次の話は出てきた。

「舟に契みて剣を求む」『呂氏春秋』察今

楚人有渉江者。其剣自舟中墜於水。遽契
其舟曰、「是吾剣所従墜。」舟止。従其所契者、
入水求之。舟已行矣。而剣不行。求剣若此。
不亦惑乎。以此故法為其国与此同。時已徙矣。
而法不徙。以此為治、
豈不難哉。

【書き下し文】
楚人に江を渉(わた)るも者有り。其の剣舟中より水に墜(お)つ。遽(には)かに其の舟に契(きざ)みて曰く、「是れ吾が剣の従りて墜つる所なり」と。舟止(とど)まる。其の契みし所の者より、水に入りて之を求む。舟已に行く。而も剣行かず。剣を求むること此くのごとし。亦惑(まどひ)ならずや。此の故法を以て其の国を為(おさ)むるは此と同じ。時已に徙(うつ)れり。而も法は徙らず。此を以て治を為(な)すは、豈に難(かた)からずや。

【現代語訳】
楚の国の人に長江を渡る人がいた。その人の剣が舟の中から水の中に落ちた。いそいでその舟に刻んでしるしをつけて言った、「ここが私の剣が(水に)落ちたところだ」と。舟が止まった。その人が刻んでしるしをつけたところから、川の中に入って落とした剣を探し求めた。舟はもう進んでしまった。それなのに剣は進まない。剣を探し求めることはこのようである。なんと見当違いではないか。古い法律や制度によって国を治めることはこれと同じである。時勢はすでに移り変わってしまっている。それなのに法律や制度は変わらない。この古い法律や制度で政治を行うことは、なんと困難ではないか。

【解説】
・「已」と「巳」「己」
 ここで「已」に関連して、字形の似ている三つの漢字について区別の仕方を紹介しておく。
 「み」は上に…………巳
 「おのれ」「つちのと」下に付き…………己
 「すでに」「やむ」「のみ」中ほどに付く…………已

 巳は十二支の「ね、うし、とら、う、たつ、み…」の「み」である。上まで閉じる。
 「己」は「自己」の「こ」である。訓読みでは「おのれ」と読む。
 「つちのと」という読み方は漢文ではまず出てこないが、五行(木・火・土・金・水)のそれぞれに陽(兄=え)と陰(弟=と)を当てて、「木の弟(きのと)」とか「火の兄(ひのえ)」などとし、これを十干(かん)(甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸)に当てはめた読みである。
 十干の六番目に「己」があるので、五行の三番目の「土」と「陰=弟」を組み合わせて、「土の弟(つちのと)」と読むわけである。
 
 「已」は「すでに」「やむ」「のみ」の三つの読みがある。
 漢文では三つともよく出てくる。古文の「已然形」の「已」である。
 ちなみに「已然形」の「已」は「すでに」の意味で、「已然形」は「すでにしかるかたち」、すなわち「もうすでにそうなってしまったかたち」という意味である。
 
・「為」は「をさむ」
 この文は難しい。まず「為其国」の部分の読みからいこう。
 「為」は「ため」「なす」「なる」など読み方の多い漢字であるが、ここは「国」とあるのに注目する。「為」は「をさむ」と読んで「治」と同じく「国をおさめる」という意味がある。
 「為其国」は「為二其国一」と返り点を付けて、「其の国を為(をさ)む」と読む。
 次に「与」と「同」に注目する。
 「与」にもいろいろな読みがあるが、「与」には「と」という読みもあって、「A与レB同」「AはBと同じ」と読む。「為其国与此同」は「為二其国一与レ此同」と返り点を付けて「其の国を為(おさ)むるは此と同じ」と読む。
 では「以此故法」の読みを見てみよう。
 「故」には「ふるい」という意味があり、「故法」で「ふるい法」という意味である。
 「以此故法」は「以二此故法一」と返り点を付けて「此の故法を以て」と読む。
 「以」はここでは「―を使って・―によって」という手段を示す。
 「此の故法を以て其の国を為(おさ)むるは此と同じ。」と読んで、「古い法律や制度によって国を治めることはこれと同じである。」という意味である。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、169頁~184頁)

「書物からの知識よりまず体験せよ」『荘子』天道篇


「書物からの知識よりまず体験せよ」『荘子』天道篇

桓公読書於堂上。輪扁斲輪於堂下。釈
椎鑿而上、問桓公曰、「敢問、公之所読為
何言邪。」
 公曰、「聖人之言也。」
 曰、「聖人在乎。」
 公曰、「已死矣。」
 曰、「然則君之所読者、古人之糟魄已夫。」
桓公曰、「寡人読書。輪人安得議乎。有説
則可、無説則死。」
 輪扁曰、「臣也以臣之事観之。斲輪、徐則
甘而不固。疾則苦而不入。不徐不疾、得之
於手而応於心。口不能言。有数存焉於
其間。臣不能以喩臣之子。臣之子亦不能
受之於臣。是以行年七十而老斲輪。古之
人与其不可伝也死矣。然則君之所読者、
古人之糟魄已夫。」

【書き下し文】
桓公書を堂上に読む。輪扁(りんぺん)輪を堂下に斲(けづ)る。椎鑿(つゐさく)を釈(お)きて上(のぼ)り、桓公に問ひて曰く、「敢へて問ふ、公の読む所は何の言と為すや」と。公曰く、「聖人の言なり」と。曰く、「聖人在りや」と。公曰く、「已に死せり」と。曰く、「然らば則ち君の読む所の者は、古人の糟魄(さうはく)のみなるかな」と。桓公曰く、「寡人書を読むに、輪人(りんじん)安くんぞ議するを得んや。説有らば則ち可なるも、説無くんば則ち死せん」と。
輪扁曰く、「臣や臣の事を以て之を観ん。輪を斲るに、徐なれば則ち甘にして固からず、疾なれば則ち苦にして入らず。徐ならず疾ならざるは、之を手に得て、心に応ず。口言ふ能はず。数の焉(これ)を其の間に存する有り。臣以て臣の子に喩(さと)す能はず。臣の子も亦之を臣より受くる能はず。是を以て行年七十にして老いて輪を斲る。古の人と其の伝ふべからざると死せり。然らば則ち君の読む所の者は、古人の糟魄のみなるかな」と。

【現代語訳】
桓公が書物を表座敷の中で読んでいた。車大工の扁が車輪を表座敷の外で削っていた。(車大工の扁は)つちとのみを置いて(表座敷に)あがってきて、桓公にたずねて言った、「思いきっておたずねしますが、お殿様の読んでいらっしゃるものは何の言葉ですか」と。桓公が言った、「聖人の言葉だ」と。(車大工の扁が)言った、「聖人は生きているのですか」と。桓公が言った、「もうすでに死んでいる」と。(車大工の扁が)言った、「それならお殿様がお読みになっていらっしゃる物は、昔の立派な人物のかすにすぎませんね」と。桓公が言った、「わたしが書物を読んでいる。車大工ごときがどうして口だしなどできようか。申しひらきがあればよいが、申しひらきがなければ(おまえの)いのちはないぞ」と。
(車大工の扁が)言った、「わたしは自分の仕事でこれを考えてみましょう。輪をけずることが、ゆっくりだとはめ込みが緩くてきっちり締まらない。急ぎすぎるとはめ込みがきつくて入らない。ゆっくりでもなく急ぐでもない手加減は、これを手で覚えて心で会得するものです。口では説明できません。仕事のコツというものが、そこにはあるのです。わたしはそれをわたしの子に教えることはできません。わたしの子も同じように仕事のコツをわたしから教わることはできません。こういうわけで年齢が七十になって老いても輪をけずっています。昔の立派な人とその人たちが伝えることができなかったものとは、もうなくなっています。そうだとすればお殿様の読んでいる物は、昔の立派な人のかすにすぎません」と。

※『荘子』に出てくる「桓公」のように、ともすると文章に書いてあることを鵜呑みにしたり、頼ったりしがちである。
もちろん人の意見や幅広い知識を「文字」というものから知ることは大切だが、「車大工」の言葉のように、「文字」では伝えられないこともある。だからこそ、目で文字を追いながら読むだけでなく、自分で体験してみることが大切であるという。

【語句】
・「已」は「すでに」「やむ」「のみ」
 「已」には「すでに」「やむ」「のみ」という三つの読み方がある。
 どの読みになるかは、文の意味から判断するが、ここは句末にあたるので、「のみ」と読む。

・「安」は「いづくんぞ」
 「安」には「いづくんぞ」と「いづくにか」という読みがあるが、ここは「どうして―できようか」と反語の意味になるので、「いづくんぞ」と読む。「いづくにか」と読むと「どこに」という意味になる。
 「安得議乎」は「安くんぞ議するを得んや」と読む。「安得」の形はまず反語と見てまちがいない。ここは「乎」もあり、「安得―乎」の形で反語である。「いづくんぞ―をえんや」と読む。
 また「いづくんぞ」の送り仮名は「安くんぞ」と「安んぞ」のどちらでもかまわない。
「輪人安得議乎。」は「輪人安くんぞ議するを得んや。」と読んで、「車大工ごときが、どうして口だしなどできようか。」という意味である。

・「則」は「レバ則」
 「則」は「すなはち」と読んで条件を示す。
 「有れば則ち」「無ければ則ち」と「バ」を付けて読む。それで「則」のことを「レバ則(そく)」と呼ぶことがある。
 「則(すなは)ち」自体訳す必要はない。ただ「―すれば」と条件を示している。

・「可」は「かなり」
「有説則可」は「説有れば則ち可なり」と読む。「可」は「かなり」と読む。
 ここは「べし」と読んではいけない。
「可」を「べし」と読む場合には、「可」の下に動詞や助動詞にあたる文字がなければならない。たとえば「可レ学」だと「学ぶべし」と読む。
ここは「可」の下には何もないので、「べし」とは読まずに「かなり」と読む。
「可なり」とは、「よい・よろしい・かまわない」という意味である。

・「也」は「や」
 「臣也」の「也」は「や」と読む。
 「也」は「なり」と読んだり、疑問や反語の文で句末にあるとき「や」と読むが、ここのように文の途中にあるときにも「や」と読む。意味は「―は」「―のときには」などである。
 「臣也」は「臣や」と読んで「わたしは」という意味である。「臣」はもともと「臣下・家臣」という意味であるが、会話の中では自称として使われる。

※この本も、読者に漢文を体験してもらうためのものである。
ここに紹介した文章を何度も声に出して読んでみてほしいという。
何度も繰り返していくうちに、漢文訓読の基本がひとりでに身についてくるとする。
(この意味で『荘子』の話は示唆的である!)
訓読の基本が身についたら、今度は新たな漢文に挑戦してほしいそうだ。
自分で漢文が読めるようになるおもしろさを味わってほしい、と著者はいう。
本書をきっかけにして、さらに様々な漢文を読んでほしいという。
(幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年、185頁~213頁)


≪漢文総合問題~三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』より≫

2023-12-24 18:31:04 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪漢文総合問題~三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』より≫
(2023年12月24日投稿)

【はじめに】


  漢文の勉強法について考える際に、現在、私の手元にある参考書として、次のものを挙げておいた。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
〇幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年
〇小川環樹・西田太一郎『漢文入門』岩波全書、1957年[1994年版]

これらのうち、受験に特化し、効率的な勉強法を説いた参考書としては、次の2冊である。
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
 
 今回のブログでは、次の参考書の漢文総合問題を解いてみよう。いわば実践的な勉強である。
(共通テストにかわったが、センター試験の過去問は良問が多いともいわれるので、練習のつもりで取り組んでもらえたらと思う)
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
 出典は、『能改斎漫録』『朱子文集』で少々読むのが難しいかもしれない。
なるべく数多くの漢文の文章に触れて、漢文の句形や内容を知ってほしい。
(返り点は入力の都合上、省略した。白文および書き下し文から、返り点は推測してほしい。)



【三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』(学研プラス)はこちらから】
三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』(学研プラス)





〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』
【目次】漢文編
攻略法0 センター漢文攻略のためのルール

<句形別攻略法>
攻略法1  再読文字
攻略法2  使役
攻略法3  受身
攻略法4  否定
攻略法5  疑問
攻略法6  反語
攻略法7  比較
攻略法8  限定
攻略法9  累加
攻略法10  仮定
攻略法11  抑揚
攻略法12  禁止
攻略法13  詠嘆
攻略法14  その他の句形

<設問別攻略法>
攻略法15  読み方・書き下しの問題
攻略法16  解釈の問題
攻略法17  語意を問う問題
攻略法18  漢詩の規則を問う問題

漢文総合問題
漢文総合問題 解答・解説
 
<コラム>目で見る漢文① (儒家)
<コラム>目で見る漢文② (道家)
<コラム>目で見る漢文③ (法家)
<コラム>目で見る漢文④ (三国志)
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、8頁~9頁)




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・漢文総合問題~『能改斎漫録』より
・漢文総合問題~『朱子文集』より






漢文総合問題~『能改斎漫録』より



漢文総合問題
※『能改斎漫録』は『漢文必携』(157頁)にも例文として掲載されている。参考にしてほしい。

1呉曾『能改斎漫録』
 范文正公少時、嘗詣霊祠禱曰、「他時得位相乎。」不
許。復禱之曰、「不然願為良医。」亦不許。既而嘆曰、「夫
不能利沢生民、非大丈夫平生之志。」他日有人謂公
曰、「大丈夫之志於相、理則当然。良医之技、君何願
焉。A無乃失於卑耶。」公曰、「嗟乎、B豈為是哉。古人有
云、『常善救人、C故無棄人。』且大丈夫之於学也、固欲
遇神聖之君、得行其道。D思天下匹夫匹婦有不被其
沢者、若己推而内之溝中。能及小大生民者、固惟相
為然。既不可得矣、夫能行救人之心者、莫如良医。
果能為良医也、上以療君親之疾、下以救貧民之
厄、中以保身長年。E在下而能及小大生民者、捨夫
良医、則未之有也。」

(注)
1 范文正公―北宋時代の政治家・詩人、范仲淹(989~1052)のこと
2 利沢  ―利益と恩沢を与えること
3 生民  ―すべての人々

【書き下し文】
 范文正公少(わか)き時、嘗て霊祠に詣(いた)りて禱(いの)りて曰はく、「他時相に位するを得るか」と。許されず。復た之に禱りて曰はく、「然らずんば願はくは良医と為らん」と。亦た許されず。既にして嘆じて曰はく、「夫れ生民を利沢する能はざるは、大丈夫平生の志に非ず」と。他日人の公に謂ふもの有りて曰はく、「大丈夫の相に志すこと、理としては則ち当に然るべし。良医の技、君何ぞ焉を願ふや。乃ち卑(ひく)きに失すること無からんや」と。公曰はく、「嗟乎(ああ)、豈に是と為さんや(豈に是が為ならんや)。古人云へる有り、『常に善く人を救ふ、故に人を棄つる無し』と。且つ大丈夫の学に於けるや、固より神聖の君に遇ひ、その道を行ふを得んと欲す。天下の匹夫匹婦に其の沢を被(かうむ)らざる者有るを思ふこと、己の推して之を溝の中に内(い)るるが若し。能く小大の生民に及ぼす者は、固より惟だ相のみ然りと為す。既に得べからずんば、夫れ能く人を救ふの心を行ふ者は、良医に如くは莫し。果たして能く良医と為らば、上は以て君親の疾(やまひ)を療(いや)し、下は以て貧民の厄(わざはひ)を救ひ、中は以て身を保ち年を長らふ。下に在りて而(しか)も能く小大の生民に及ぼす者は、夫の良医を捨(お)きては、則ち未だ之れ有らざるなり」と。


問1 傍線部A「無乃失於卑耶。」のように、ある「人」が言うのはなぜか。
  その説明として最も適当なものを一つ選べ。
① 医者になろうと願うことによって、低い官職をも失うことになると考えたため。
② 医者になると願いが、宰相の次に挙げるものとしてはあまりに低いと考えたため。
③ 宰相への願いを卑俗な祠(ほこら)のお告げだけで断念するのは、あまりに軽率であると考えたため。
④ 宰相になれないから医者になりたいと願うのは、初志を曲げる卑怯なことだと考えたため。
⑤ 医療技術を磨くばかりでは、貧しい人々を救おうとする高い倫理観を失うことになると考えたため。

問2 傍線部B「豈為是哉。」の読み方として最も適当なものを、一つ選べ。
① あにぜとなさんや。
② あにぜをなさんかな。
③ あにこれをなさんかな。
④ あにこれがためならんや。
⑤ あにこれがためなるかな。

問3 傍線部C「故無棄人。」の「人」は、范文正公の言葉の中ではどのような人に当たるか。。
  最も適当なものを、一つ選べ。
① 相
② 良医
③ 君親
④ 生民
⑤ 大丈夫

問4 傍線部D「思天下匹夫匹婦有不被其沢者、若己推而内之溝中。」の解釈として最も適当なものを、一つ選べ。
① 天下の人民一人でもその恩沢に浴さない者があれば、自分がその人間を溝の中へ突き落したかのように思う。
② 天下の人民一人でもその恩沢に浴さない者があれば、自分がその人間に溝の中に突き落されたかのように思う。
③ 天下の人民一人一人が互いに恩恵を与えあわなければ、自ら進んでその人間を溝の中に突き落としたかのように思う。
④ 天下の人民一人でもその恩沢に浴さない者があれば、わが身に推し量って自分が溝の中に落ち込んだかのように思う。
⑤ 天下の人民一人一人が互いに恩恵を与えあわなければ、彼ら自身押しあって、溝の中に突き落としているかのように思う。

問5 傍線部E「在下」の意味として最も適当なものを、一つ選べ。
① 臣下であっても
② 若い時であっても
③ 低い官位にあっても
④ 貧しい時であっても
⑤ 在野の身であっても

問6 范文正公の言葉の主旨として最も適当なものを、一つ選べ。
① 祈禱の結果などに惑わされず、理性的な志を持つのが、大丈夫の生き方である。
② 神聖の君に会うことによって、貧しい人々の災いを救うのが、大丈夫の志である。
③ 宰相であれ良医であれ、人々に恵みを及ぼすことこそ、大丈夫の志とすべきことである。
④ 宰相になるより医者になって人々に恵みを及ぼす方が、大丈夫の志にかなうことである。
⑤ 良医になるより宰相になって人々に恵みを及ぼす方が、大丈夫の志にかなうことである。



【解答・解説】
【解答】
問1 ②
問2 ①or④
問3 ④
問4 ①
問5 ⑤
問6 ③

【解説】
問1 「無乃~耶」は、「~ではないですか」と相手に同意を求めるときに使われるやや特殊な反語。
 ※頻出するものではなく、特にポイントにもなっていない。
・選択肢を横に見渡せば、「失於卑」の解釈がポイントだと分かる。 
 「~に失す」は、「~でありすぎる」の意味で現代語でも使っている表現であり、「卑きに失す」は「低すぎる」と訳すことになる。

問2 「豈」は反語で文末を「んや」で結ぶから、選択肢を横に見渡して、①・④に絞れる。
・実は出題ミスでその両方が正解になった問題であるようだ。
 ①は「どうして正しいと判断しようか、いや正しくない(医者をめざすことが志として低すぎるという考えは正しくない)」
 ④は「どうしてこんな理由であろうか、いやこんな理由ではない(医者をめざすのは技術を身につけることが目的ではない)」
 どちらでも意味が通る。

問3 傍線部は直前の一句と対句である。
・少なくとも「善棄人」と「無救人」の「人」が同じものであることはわかるだろう。
 その「救人」に対応する表現である。同内容になっているのが「利沢生民」であると気づけば答えが決まる。「生民」の(注)もポイントになっている。

問4 選択肢を横に見渡して、「不被其沢者」の解釈で、③・⑤がまず除外される。
 後半は「之ヲ」という読み方に注目できれば、「その人間を」と訳している①に絞ることになる。

問5 宰相になれないなら医者をめざしたいという趣旨を見失わずに、医者とはどんな立場の人かを考えれば答えが決まる。
 「在野」とは「民間」のことであり、「お上」に対する「下じもの身」ということになる。

問6 ①は「祈禱の~持つ」、④は「宰相になるより医者になって」、⑤は「良医になるより宰相になって」が不適。
 ②は「貧しい人々の」が「生民」の解釈として不十分。

【口語訳】
 范仲淹がまだ若かった時のこと。ある時、霊験あらたかな社に詣で祈って言った「私はいつの日か宰相の地位につくことができるでしょうか」と。願いはかなわなかった。そこでもう一度祈って言った「宰相の位がかなわぬのなら、良医にならせて下さい」と。この願いもまたかなわなかった。まもなくして、ため息をついて言った「いったい、万民に利益と恩沢を与えることができない人生は、大丈夫たる私の平生の志に合わない」と。
 後日ある人が范仲淹に言った「大丈夫たるあなたが宰相を志すことは、道理として当然のことでしょう。しかし、良医の技量などどうして願うのですか。(大丈夫たる者の志としては、)低すぎるのではないでしょうか」と。
 范仲淹が言った「ああ、医者になりたいと言うのは技術を身につけることが目的ではありません。古人の言葉に『いつもうまく人を助ける、だから人を見捨てることがない』とあります。それに、大丈夫たる者学問をするのは、優れた君主に出会い、そのもとで政治を行いたいと考えてのことです。天下の人民の中に一人でもその恩沢に浴さない者があれば、自分がその人間を溝の中へ突き落したかのように思うのです。世のすべての人々に政治の恩沢を及ぼすことができる職といえば、もちろん宰相だけです。だから、もし宰相になることができないというのであれば、人を救いたいという平生の志を実現できる仕事としては、良医が一番です。もし良医になれるならば、一方では君親の病を治してさし上げられますし、他方では貧民の苦しみを救ってやれるでしょうし、また一方では自身の健康を保ち長生きもできましょう。在野の身であっても、世の人々を救うことができる仕事は、この良医をおいて他にありません」

(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、308頁~317頁)

漢文総合問題~『朱子文集』より



2『朱子文集』

大抵観書、A先須熟読、使其言皆若出於吾口。継以精思、使
其意皆若出於吾之心。然後可以有得爾。」(イ)至於文義有疑、衆
説紛錯、則亦虚心静慮、B勿遽取捨於其間。」(ロ)先使一説自
為一説而随其意之所之、以験其通塞、則C其尤無義理者、不待
観於他説而先自屈矣。」(ハ)復以衆説互相詰難而求其理所安、
以考其是非、則似是而非者、亦将奪D於公論而無以立矣。」(ニ)
大抵徐行却立、処静観動、如攻堅木。先其易者而後其節
目、如解乱縄。有所不通、則姑置而徐理之。此読書之法也。

(注)
・観書――四書五経などを読み、考察する。
・紛錯――いりみだれる。
・通塞――通じるか通じないか。
・詰難――欠点を非難し問いつめる。
・徐行却立――ゆっくり進みまた立ちどまる。
・攻――細工する。

問1 傍線部A「先須熟読、使其言皆若出於吾之口。」の書き下し文として最も適当なものを、一つ選べ。
①まづまさに熟読し、その言をして皆吾の口より出づるがごとからしむべし。
②まづよろしく熟読し、その言の皆をして吾の口に出づるがごとからしむべし。
③まづすべからく熟読し、その言をして皆吾の口より出づるがごとからしむべし。
④まづまさに熟読し、その言の皆をして吾の口に出づるがごとからしむべし。
⑤まづよろしく熟読し、その言をして皆吾の口より出づるがごとからしむべし。
⑥まづすべからく熟読し、その言の皆をして吾の口に出づるがごとからしむべし。

問2 傍線部B「勿遽取捨於其間。」はどういう意味か。最も適当なものを、一つ選べ。

① 性急にあれこれの説のよしあしを決めてはいけない。
② あわててあれこれの説にまどわされない方がよい。
③ あわてるとあれこれの説から正解をとり出すことができない。
④ いきなりあれこれの説から結論を導き出せるはずがない。
⑤ 性急のあまりあれこれの説の要点を見落としてはいけない。


問3 傍線部C「其尤無義理者、不待観於他説而先自屈矣。」の解釈として最も適当なものを、一つ選べ。

① そのもっとも道理に外れたものは、他説を参考にしようとせず、しだいになげやりになる。
② そのもっとも道理に合わぬものは、他説をみるまでもなく、ひとりでになりたたなくなる。
③ そのもっとも道理を欠いたものは、他説を受け入れようともせず、自然にかたくなになる。
④ そのもっとも道理に反するものは、他説と照らし合わせるまでもなく、先に批判すべきだ。
⑤ そのもっとも道理にそぐわぬものは、他説と比較するまでもなく、自説を撤回すべきだ。

問4 傍線部Dの助字「於」と同じ用法のものを、一つ選べ。

① 霜葉紅於二月花。
② 労力者治於人。
③ 万病生於怠惰。
④ 読書於樹下。
⑤ 入於洛陽。

問5 この文章を論旨の展開上、三段落に分けるとすれば、(イ)~(ニ)のどこで切れるか。最も適当なものを、一つ選べ。

① (イ)と(ロ)
② (イ)と(ハ)
③ (イ)と(ニ)
④ (ロ)と(ハ)
⑤ (ロ)と(ニ)

問6 著者は、読書の方法として、まず熟読精思し、解釈に疑問が生じた場合にはどうすべきだといっているか。最も適当なものを、一つ選べ。

① 似て非なる説を敬遠する読み方をすべきである。
② それぞれの説の特徴をとりいれた読み方をすべきである。
③ 最初に自説にかなった説を選ぶ読み方をすべきである。
④ 諸説の是非をゆっくり検討していく読み方をすべきである。
⑤ 前後の文脈から解決の手がかりを求める読み方をすべきである。


【書き下し文】
大抵書を観るには、先づ須らく熟読し、その言をして皆吾の口より出づるがごとからしむべし。継ぐに精思を以てし、其の意をして皆吾の心より出づるがごとくならしむ。然る後以て得ること有るべきのみ。文義に疑ひ有りて、衆説紛錯するに至りては、則ち亦虚心静慮して、遽(にはか)に其の間に取捨する勿かれ。先づ一説をして自ら一説為(た)らしめて其の意の之く所に随ひ、以て其の通塞を験(しら)ぶれば、則ち其の尤(もつとも)義理無き者は、他説を観るを待たずして先づ自ら屈せん。復た衆説を以て互相(たがひ)に詰難して其の理の安んずる所を求め、以て其の是非を考ふれば、則ち是に似て非なる者は、亦将に公論に奪はれて以て立つこと無からんとす。大抵徐行却立し、静に処(を)りて動を観ること、堅木を攻(をさ)むるが如くす。其の易き者を先にして其の節目を後にすること、乱縄(らんじよう)を解くが如くす。通ぜざる所有れば、則ち姑(しばら)く置きて徐(おもむろ)に之を理(をさ)む。此れ読書の法なり。

【口語訳】
一般に四書五経などを読み、考察する場合は、まずそこに書かれたことが、皆自分の口から出たと思えるまでに熟読する必要がある。その次はその内容が、皆自分の心から出たと思えるようになるまでじっくり考察する。そうした後でこそ本当の意味で納得することができる。
文章の意味に疑問点があり、多くの説が入り乱れている場合は、先入観を廃して冷静に考えるのであり、慌ててそれら様々な説の中から取捨選択してはならない。まず、ある一つの説を一つの説として取り上げ、その解釈に従って読み進め、意味が通じるか通じないかを調べると、特に道理に合わない説は、他説を見るまでもなく、ひとりでに成り立たなくなる。また、様々な説を突き合わせ互いに欠点を問い詰め、道理が落着する地点を探し、それぞれの説の正しい点・正しくない点を考察すれば、一見正しいようで実際は正しくない説は、公平な議論に論拠を奪われ、成り立たなくなる。
一般に、ゆっくり進んではまた立ち止まり、自分を冷静に保って(論理の)動きを読み取るのだ。堅い木を細工する時のように、やさしい箇所から読んでゆき、節目となる難しい箇所は後回しにするのだ。乱れた縄をほどく時のように、解けない箇所があれば、しばらく放置し、ゆっくり細かく読み解いてゆく。これが読書の方法である。


【解答】
問1 ③
問2 ①
問3 ②
問4 ②
問5 ③
問6 ④

【解説】
問1
・再読文字「須」の読み方で、③と⑥に絞る。
「言葉が口から出る」と言うから、③「口より」のほうが、⑥「口に」より丁寧な読み方だが、これは決め手にならない。
問題は使役の読み方である。
「使」に続く使役の対象は名詞であり、だからこそ格助詞「をして」がつく。
・ところが、漢文の「皆」はすべて副詞であり、名詞にならない。
 よって、「皆をして」と読むことは不可能である。
 本文中に同様表現として、「使一説自」がある。

問2
・禁止「勿」の解釈で、①と⑤に絞る。
 「取捨」とは良いものを取り入れ、悪いものを捨てること。

問3
・傍線部に細かいポイントがあるにはあるが、最も大事なのは、「先使一説~先自屈矣」と「復以衆説~無以立矣」、とりわけ傍線部と「似是~立矣」が対応する表現になっていることに気づくかどうかである。
「屈」=「無以立」、つまり「なりたたなくなる」と解釈することになる。
・漢文の随筆では、対句・対応表現が使用されることが多く、これがあればセンター試験でも設問のポイントになるのが普通である。


問4
・「於」は多くの用法を持つが、設問になったらまず受身か比較ではないかと考えてみることが重要。
 この場合は原文の送り仮名から受身だと分かる。
 それぞれの選択肢は、
① 霜葉は二月の花よりも紅なり(比較)
② 力を労する者は人に治めらる(受身)
③ 万病は怠惰より生ず(起点)
④ 書を樹下に読む(場所)
⑤ 洛陽に入る(目的)
正解は②

問5
・センター試験の漢文で段落分けが問われたら、まずは切れ目の文頭の語を比べてみよう。
 何らかの法則性があるからこそ、段落分けが出題されるのである。
 この場合は「大抵」が冒頭の話題提示と最後の結論の部分で繰り返されているのがポイント。
 (ニ)で切れている③と⑤に絞る。
 (イ)の後~(ニ)の前は疑問点の解決方法を述べている一連の部分なので、ここで切ることは出来ない。
 よって⑤は不適。

問6
・①「似て非なる説」、②「特徴をとりいれた」、③「自説にかなった」、⑤「前後の文脈から」がそれぞれ不適。

(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、312頁~319頁)

≪漢文の句形~三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』より≫

2023-12-17 18:00:27 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪漢文の句形~三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』より≫
(2023年12月17日投稿)

【はじめに】


  漢文の勉強法について考える際に、現在、私の手元にある参考書として、次のものを挙げておいた。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
〇幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年
〇小川環樹・西田太一郎『漢文入門』岩波全書、1957年[1994年版]

これらのうち、受験に特化し、効率的な勉強法を説いた参考書としては、次の2冊である。
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
 
 今回のブログでは、次の参考書について、紹介しておきたい。
(共通テストにかわったが、センター試験の過去問は良問が多いともいわれるので、練習のつもりで取り組んでもらえたらと思う)
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
 とりわけ、漢文の句形に関する問題、再読文字、使役、反語、抑揚についてみておこう。
 あわせて、解釈の問題、語意を問う問題についても練習してみよう。

なるべく数多くの漢文の文章に触れて、漢文の句形や内容を知ってほしい。
(返り点は入力の都合上、省略した。白文および書き下し文から、返り点は推測してほしい。)



【三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』(学研プラス)はこちらから】
三宅崇広『きめる!センター 古文・漢文』(学研プラス)





〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』
【目次】漢文編
攻略法0 センター漢文攻略のためのルール

<句形別攻略法>
攻略法1  再読文字
攻略法2  使役
攻略法3  受身
攻略法4  否定
攻略法5  疑問
攻略法6  反語
攻略法7  比較
攻略法8  限定
攻略法9  累加
攻略法10  仮定
攻略法11  抑揚
攻略法12  禁止
攻略法13  詠嘆
攻略法14  その他の句形

<設問別攻略法>
攻略法15  読み方・書き下しの問題
攻略法16  解釈の問題
攻略法17  語意を問う問題
攻略法18  漢詩の規則を問う問題

漢文総合問題
漢文総合問題 解答・解説
 
<コラム>目で見る漢文① (儒家)
<コラム>目で見る漢文② (道家)
<コラム>目で見る漢文③ (法家)
<コラム>目で見る漢文④ (三国志)
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、8頁~9頁)




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・漢文編~三宅崇広先生(駿台予備学校)の言葉
・攻略法1 句形別攻略法 再読文字
・攻略法2 句形別攻略法 使役
・攻略法6 句形別攻略法 反語
・攻略法11 句形別攻略法 抑揚

・攻略法16 設問別攻略法 解釈の問題
・攻略法17 設問別攻略法 語意を問う問題
【補足】頻出漢文重要語~副詞






三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』



〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]

漢文編~三宅崇広先生(駿台予備学校)の言葉



・センター試験の漢文は満点がとれるテストであると、三宅崇広先生はいう。
 本書で十分な対策を講じて、第一志望合格という栄冠を勝ちとってほしいという。

〇センター試験で問われる「漢文の力」とは?
 センター試験の漢文の配点は50点。ほかは現代文50点×2題、古文50点。
 試験時間は国語全体で80分だから、漢文の配分は20分程度。
 文章の長さは180~220字程度で、大学入試の漢文としては、比較的長い文章が出題されている。

・文章の内容は、逸話・説話か随筆がほとんど。
(特別な思想や時代背景等の知識を必要とするものは出題されない)
 やや長い文章が出題されてはいるが、それだけ筋や主張のはっきりした素直な文章・読みやすい文章が選ばれている。
※高校課程修了時の受験生の、標準的な国語力・読解力が備わっているかどうかが、問われてくる。

・特別何も勉強しなくても文章が読めて満点がとれるかと言えば、そうはいかない。
 「漢文」を読むためのハードルをクリアしなければならない。
 現代文などとは比較にならないほど単純明快な筋の話でも、それを読むための道具である知識を持っていなければ、太刀打ちできない。
 日本人としての教養の一つである、「漢文」を読む方法の基礎を身につけているかどうかも、もちろん問われている。
 
・対処する方法
①漢文を読むための基本的な道具である、句形・語法を覚えること。
 漢文はある程度覚えることを必要とする科目であるが、裏を返せば、知識が得点に直結し、努力したことが報われる科目でもあるという。
 しかも、使役や再読文字はほとんど毎年のように出題されている。
 的を絞ることができ、覚えることも決して多くはない。
 その意味では、漢文ほど短期間での得点アップが可能な教科はほかにないとも言える。
 
 センター試験で毎年出題されている読み方や解釈の問題でも、そのほとんどでポイントになっているのが、句形・語法。
 ⇒漢文編の「攻略法1~14」を活用して、漢文を読むための道具を身につけよ。
 (これは、同時に国公立二次試験や私大の漢文対策としても不可欠)

②「国語力=語彙力=漢字力」を養うことが必要。
 漢文も「国語」のなかの一分野であるから、日本語としての語彙力で決まる設問も、若干出題されている。
 実は例年、最も正答率が低いのが、このタイプの問題であるようだ。
 語彙力の不足というのが現代の受験生の最大の弱点になっている。
(正答率が低い設問であるから、万一失点しても大きな影響はないかもしれないが、漢文は満点をとれる科目である。ここで満点をとって差をつけたい人には、この対策も怠ることは許されない。)
⇒漢文編の「攻略法17 語意を問う問題」と「別冊 漢文重要語」はそのためのもの

【まとめ】漢文で満点を取るために必要なこと
①漢文を読むための基礎を身につける
 基本的な句法・語法を覚え、活用する。
②標準的な国語力を養う
 語彙力・漢字力をつける。
③センター試験特有の攻略法を身につける
 本書の攻略法をしっかりマスターする。

〇センター試験の漢文の設問とは?
・センター試験の漢文の設問は、6~7問程度。
 枝問が設けられることがあるが、それでも1問当たりの配点は他教科に比べて高いから、注意が必要。
・設問の内容の平均的な構成:
傍線部の「読み方」「書き下し」を問うものが1問。(枝問の設定で2問になることもある)
 傍線部の「解釈」「意味」を問うものが3問。
 語句の意味を問うものが1問。(枝問の設定で2問になるのが普通)
 文章全体の「趣旨」「論旨」を問うもの(内容一致問題)が1問。

・「読み方」「書き下し」の設問に対処するためには、句形・語法の知識が必要。
 その知識があれば、傍線部を見ただけで正解が得られる設問が少なくない。
 「句形別攻略法1~14」で前提となる知識を、「攻略法15 読み方・書き下しの問題」で実戦的な解法をマスターしてほしい。

※漢文を読むかぎり、句形・語法の知識は必須だから、「句形別攻略法」は「解釈」「意味」を問う問題に対しても、有効な対策となる。
 ただし、もちろん、いわゆる「文脈」を読み取る必要のある問題も出題されるから、「攻略法16 解釈の問題」でセンター試験の出題のツボを把握しておくこと。
・語句の意味を問う問題には、「攻略法17 語意を問う問題」と別冊の「漢文重要語」が役立つ。

・文章の「趣旨」「論旨」を問う問題(例年、一番最後の設問)は、「句形別攻略法」で漢文を読むための正しい道具を身につけた人には、恐い問題ではない。

※センター試験の漢文は、現代文などとは比較にならないほど、単純明快な筋の話が出題されるのが普通だから、漢文を現代文にまで引きずり降ろせる力を持っていれば、文章の「趣旨」「論旨」など簡単につかめるはずだという。
 「攻略法16 解釈の問題」に示すように、
①まず最後の設問に目を通して話題をつかむ
②それとの整合性を確かめながら、全体を読み進める
③最後に設問相互のつながりをチェックして(矛盾する答えを除外して)解答を決定する
このような方法はぜひ実践してほしいという。
 最後の設問でも、必ず大きな手がかりとなるはずである。
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、16頁~20頁)

攻略法1 句形別攻略法 再読文字



攻略法1 句形別攻略法 再読文字
・再読文字といえば、漢文の基本中の基本。
 センター試験の問題にも毎年のように登場する。
 この項目は、再読どころか再三読んでほしい。
 特に読み方を混同しないように注意することが大切。

<センターのツボ>
①【構文】未
【読み方】いまダ~ず
【訳し方】まだ~しない。

②【構文】将
【読み方】まさニ~ントす
【訳し方】~しようとする/~することになる。

③【構文】且
【読み方】まさニ~ントす
【訳し方】~しようとする/~することになる。

④【構文】当
【読み方】まさニ~ベシ
【訳し方】④~⑦はすべて、「~しなければならない」または「~するに違いない」と訳す

⑤【構文】応
【読み方】まさニ~ベシ
【訳し方】④~⑦はすべて、「~しなければならない」または「~するに違いない」と訳す

⑥【構文】宜
【読み方】よろシク~ベシ
【訳し方】「~するのがよろしい」のように訳すこともある。

⑦【構文】須
【読み方】すべかラク~ベシ
【訳し方】「~することが必要だ」のように訳すこともある。


⑧【構文】猶
【読み方】なホ~ごとシ
【訳し方】まるで~のようだ

⑨【構文】盍(何不~)
【読み方】なんゾ~ざル
【訳し方】どうして~しないのか/~したらよかろう

<注意>
・②と④を混同する人が多い。
 「将来」「当然」という熟語で覚えておこう。
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、180頁~181頁)



再読文字の読み方「且」 
問1 「不得、且笞汝」はどう読むか。最も適当なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。
① えず、なんぢをむちうつべし
② えず、かつなんぢをむちうたんとす
③ えざるも、まさになんぢをむちうつべし
④ えざれば、まさになんぢをむちうたんとす
⑤ えざれば、しばらくなんぢをむちうつべし
⑥ えざること、なほなんぢをむちうつがごとし

【解説】
・「且」が「将」と同様に「まさに~んとす」と読む再読文字であることを覚えていれば、答えは簡単である。
 ①は「べし」が不適。
 ②は「かつ」が不適。
※副詞として「かつ」と読む場合は返り点がつかないし、「かつ~んとす」という読み方そのものが誤りである。
 ③のように「まさに~べし」と読むのは、「当」と「応」。
 ⑤のように、「且」を副詞として「しばらく」と読むことは稀にあるが、「しばらく~べし」という読み方はあり得ない。
 ⑥の「なほ~ごとし」という読み方をするのは、「猶」である。

【解答】④
【口語訳】「手に入らなければ、(罰として)おまえを鞭(むち)打つことにしよう。」



再読文字の読み方「当」 
問2 「士窮達当有時命」の読み方として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
   (注)「時命」…時のめぐりあわせ、さだめ
① 士の窮達は当に時命有らんや
② 士の窮達には当に時命有るべし
③ 士の窮達には当に時命るべけんや
④ 士は窮するや達して当に時命有らんや
⑤ 士は窮するも達しては当に時命に有るべし

【解説】
・「当」は「まさに~べし」と読む再読文字だから、②と⑤に絞れるはず。
 ①や③のように、文末を「~んや」と結ぶと反語の読み方になってしまう。
 ④は「まさに~んとす」と読む再読文字「将」・「且」と混同させようというヒッカケの選択肢である。
 ②と⑤で少々迷うかもしれない。
 「窮達」が現代語と同じく「困窮と栄達」の意味であること、注にある「時命」の意味などから、②が正解。
【解答】②
【口語訳】「役人が困窮するか栄達するかには、運の善し悪しがあるに違いない。」



再読文字の読み方「須」 
問3 「先須熟読、使其言皆若出於吾之口」の書き下しとして最も適当なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。
① まづまさに熟読し、その言をして皆吾の口より出づるがごとからしむべし。
② まづよろしく熟読し、その言の皆をして吾の口に出づるがごとからしむべし。
③ まづすべからく熟読し、その言をして皆吾の口より出づるがごとからしむべし。
④ まづまさに熟読し、その言の皆をして吾の口に出づるがごとからしむべし。
⑤ まづよろしく熟読し、その言をして皆吾の口より出づるがごとからしむべし。
⑥ まづすべからく熟読し、その言の皆をして吾の口に出づるがごとからしむべし。

【解説】
・「須」は「すべからく~べし」と読む再読文字だから、③と⑥に絞る。
 ここからが少々難しい。
 
 ③と⑥を比較すると、「言をして皆」と「言の皆をして」の違いに気づく。
 これは使役の読み方にかかわる部分である。

※使役の「使(しむ)」の後につづく使役の対象は、名詞でなければならない。
 名詞だからこそ、格助詞の「をして」がつけられるのである。
 ところが漢文の「皆」はすべて副詞であり、名詞にはならない。
 よって、⑥のように「皆をして」と送り仮名をつけて読むことはできないのである。

・しかしここまで受験生に要求するのは、かなりの難題といえる。
 なお、「ごとし」に「ごとから」という未然形はないから、「ごとからしむ」という読み方も好ましくないという。「ごとくならしむ」の方が正しい読みであるようだ。
※「センター試験でも、時として悪問が出題されることがある」という覚悟はしておこうと、編者はいう。

【解答】③
【口語訳】「まず最初に、書物の言葉がすべて自分の口から出たもののようになるまで、熟読する必要がある。」
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、184頁~187頁)

攻略法2 句形別攻略法 使役


攻略法2 句形別攻略法 使役
・「王が臣下に~させる」「将軍が兵卒に~させる」など、使役は漢文で最もよく使われる表現の一つである。
 センター試験でも、かなりの頻度で出題されている。
 使役を制するものがセンターの漢文を制する、と言っても過言ではないようだ。
・「『使・令』を見たら『をして』と『しむ』」がポイント

<センターのツボ>
・構文:使(令)AB
 読み方:AをしてBしむ
 訳し方:AにBさせる
 ※「使(つかフ)」「令(れいス)」と動詞に読む場合もある。
≪漢文の要素≫
・A(使役の対象を表す名詞)…「をして」を送る。
・B(使役の内容を表す名詞)…「しむ」に接続させるために未然形になっている。

≪例文≫
①使人笑。    人をして笑はしむ     「人を笑わせる」
②令弟読三国志。 弟をして三国志を読ましむ 「弟に三国志を読ませる」

【注意点】
①「使・令」(しム)は、設問の書き下し文では常にひらがなになっている。
②使役の対象を表す名詞(A)は、省略されていることもある。
③使役の内容を表す動詞(B)のあとには、2番目の例文のように目的語がつくことが多い。
④「使・令」の他に、「教・遣・俾」も使役の「しむ」になることがあるが、センター試験ではふり仮名がつき、設問にはならないことが多い。
⑤「使・令」等を使わずに、文脈から使役に読むこともあるので、書き下しの選択肢に、「―しむ」が補われているものが含まれていたら、念のために文脈を確認する。



【例題】(使役を表す文字)
問「令」と同じ意味、用法を持つ語はどれか。最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①使
②雖
③被
④非
⑤猶

【解説】
・覚えていれば簡単だし、私大でも頻出するタイプの問題。
 当然、正解は①。他の選択肢も重要な語ばかりなので、確認しておこう。
・②雖(いへども)は、仮定あるいは確定の、逆接接続詞。
③被(る・らル)は受身の助動詞。
④非(あらズ)は「~ではない」と否定的判断を示す語。
⑤猶には、副詞の「なホ=尚」と、再読文字の「なホ~ごとシ」の二つの用法がある。

【解答】①



【例題】(「使役」表現の読み方)
問「孰能使之然」の読み方として、最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①孰ぞ能(よ)く之を然らしめん。
②孰の能(のう)か之(ゆ)きて然らしめん。
③孰か能(よ)く之をして然らしめん。
④孰んぞ能(よ)く之を然りとせしめん。
⑤孰れの能(のう)か之をして然らしめん。

【解説】
・使役の読み方である「をして」と「しむ」がそろっているかどうかで、③と⑤に絞る。
 ところが「能」は、「不」・「未」のついた否定文の場合には、「あたハず」と読み、そうでなければ「よク」と読むのが原則であるから、③が正解。
・センター試験の読み方の設問は、傍線部の中の句形・語法の知識だけで正解が得られるものが少なくない。ただし、最後に前後の文脈を確認することもお忘れなく。

【解答】③
【口語訳】誰がこれをそのようにすることを可能にしたのか。



【例題】(使役表現を含む文の読み)
問「聖人不レ能レ使鳥獣為二義理之行一」は、どう読むか。最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①聖人も鳥獣を使ひて義理の行ひをなすことあたはず。
②聖人も鳥獣をして義理の行ひをなさしむることあたはず。
③聖人も鳥獣のために義理の行ひをなさしむることあたはず。
④聖人も鳥獣をして義理の行ひをなすことあたはざらしむ。
⑤聖人も鳥獣をして義理の行ひをなさしむることあたはざらんや。

【解説】
・選択肢を一見しただけで、使役の読み方の「をして」と「しむ」から、②・④・⑤にしぼれる。
 ところが、④の「あたはざらしむ」は、原文の返り点から見ても不可能な読み方。
・センター試験の「読み方」・「書き下し」を問う設問では、このように返り点がポイントとなるケースがあるので注意すること。
・⑤は「あたはざらんや」が不適。文末に「~んや」がつくと反語の読み方になってしまう。
・「使」を「つかフ」と読むこともあるが、下に動詞があれば「しむ」に接続させて「~させる」と訳してみることが大切。

【解答】②
【口語訳】聖人でも鳥や獣に道理にかなった行いをさせることなどできはしない。




【例題】
問 傍線部に送り仮名を記せ。
 「吾瑟鼓之能使鬼神上下」

【解説】
・このような問題があった時、どうやって送り仮名を入れたらよいだろうか。
 「使」は使役の「しム」なので、迷わずに「ム」と送り仮名をつける。
・「使」の直後の名詞は、使役の対象ではないかと考えて、「ヲシテ」を送って読んでみることが肝要。
・最後に、「上下」は使役の内容を表す動詞として、未然形にした上で送り仮名をつけるべきことが分かる。
 ちなみに鬼神とは幽霊のこと。

【解答】
 使一ム鬼神ヲシテ上下二セ

(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、188頁~193頁)

攻略法6 句形別攻略法 反語


攻略法6 句形別攻略法 反語
・「夢をあきらめない」という否定表現より、「どうして夢をあきらめたりしようか(いや、そんなことはない)」という反語表現のほうが意味が強まる。
・筆者や登場人物の主張が端的に表現されるのが反語である。
 センター試験で頻出する「豈」と「安」には、特に注意すること。


【例題】(「反語」の読み方)
問「豈為是哉」の読み方として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①あにぜとなさんや。
②あにぜをなさんかな。
③あにこれをなさんかな。
④あにこれがためなるかな。
⑤いづくんぞぜとなさんや。

【解説】
・反語として文末だけを見て、すんなりと①と⑤に絞れる。
 反語表現では、「んや」があるものを選べれば知識は確実なものとなっている。
 正解は①で、⑤は「豈」の読み方が間違っている。基本はしっかり押さえるべきだ。
・①の解釈は、「どうして正しいと判断しようか、いや正しくはない」。
※とにかく、センター試験では<文末の「んや」は反語>が得点につながる。
 ただし「~か」「~んか」と読んで「ひょっとしたら~か」と訳す推量表現になることもあるので、念のため、文脈を確認しよう。
<ポイント>
・文末に「ん(や)」があれば反語⇔反語表現は必ず「~ん(や)」と読む!
【解答】①



【例題】(「反語」の解釈)
問「城中安得有此獣」の解釈として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①城中にこんな獣がいて安全といえるのだろうか。
②城中は安全なのでこんな獣が多いのだろうか。
③城中にこんな獣がいるはずがないではないか。
④城中にどうしてこんな獣がいるのだろうか。
⑤城中にこんな獣がいるのは当然ではないか。

【解説】
・「安」は反語の副詞。
 ①②の「安全」はよくあるヒッカケ。
 ④は疑問の解釈になっている。
・「安得~」という反語表現は、事実において「不得~」という否定表現と同じになる。
 よって、「安得有~」は、「不得有~」(~有るを得ず)、つまり現代語の「ありえない」と同じ意味になる。ここから、この部分だけを見ても正解は③とわかる。

【解答】③
【書き下し文】城中安んぞこの獣有るを得んや

<ポイント>
・反語の解釈で迷ったときは、反語の副詞を否定詞に置き換えてみよう!
(a)どちらも「笑わない」という事実については、かわりはない。
   安笑(安んぞ笑はんや)=不笑(笑はず)
(b)「笑ってはいけない」という事実については、かわりはない。
   豈可笑(豈に笑ふべけんや)=不可笑(笑ふべからず)
・センターの反語問題で、「どうして~しようか、いや~しない」という、公式どおりの解釈が正解になることは少ない。
 「~するはずがない、~するわけがない」のように、強い否定として訳すものが正解となることが多い。反語は強い否定だと認識しておこう。

(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、220頁~227頁)

攻略法11 句形別攻略法 抑揚


攻略法11 句形別攻略法 抑揚
・抑揚形で大事なのは、「況」と文末の「をや」。


【例題】(句形の判別)
問「天尚如此、況於君乎」には、どのような句形が用いられているか、最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①受身
②疑問
③反語
④抑揚
⑤限定

【解説】
・この問題を、「簡単なレベルだ」と思うくらいになろう。
 ちなみに「抑揚」とは、英語のイントネーションの意味ではない。
 一方を「抑え」、それとの対比で他方を「揚げる」という意味の強調表現なのである。
【解答】④
【書き下し】天すら尚ほ此の如し、況んや君に於てをや
【口語訳】「天でさえこのようなのだ、まして君主ならなおさらだ」



【例題】(「抑揚」表現を含む文の大意)
問「許市井人耳。惟其無所求於人、尚不可以勢屈。況其以道義自任者乎」の大意として、最も適当なものを、次の①~⑥のうちから一つ選べ。
(注)許=人名
①自由気ままに生きる民間人は、他人の拘束を極度にきらい、権威に対する反抗心がつよいものだ。まして道義を信条とする知識人たちが権力の統制をきらうのは当然のことだ。
②知識を求める意欲のない民間人は、たとえ宰相が命令してもそれに従わせることはできない。まして自分に道義があるとうぬぼれている人間は手のつけようがない。
③名もなく地位もない民間人であっても、名利をすてた人間は、たとえ宰相の力でも命令に従わせることはできない。まして自分に道義を大切にする人間を権勢でおさえこむことなど不可能だ。
④すでに名の知れわたった民間人は、いまさら他人の評判を気にすことなく、権勢に気がねすることもない。まして道義ある人として評価の定まった人間が他人の目など気にせず自由に生きるのももっともだ。
⑤礼儀作法をわきまえない民間人は、ひとたび他人から期待されなくなると自暴自棄となって、もはや宰相の力でもおさえることができない。まして道義を求めている人物が権威に失望したら何をやるかわからない。
⑥とるにたらない一介の民間人であっても、弁舌のすぐれた人間であれば無法な行動も許され、宰相の権威もそれをとめることはできない。まして道義を求めることを自分の使命としている者の行動は自由にすべきだ。


【解説】
・一見手強そうだが、落ち着いて読めばさほどでもない。
 もちろん最大のポイントは、「A尚~、況B乎」という抑揚表現である。
 あとは、本文と選択肢を丹念に比較しつつ、不適切な表現を含む選択肢を除いていく。
・①は「知識人たちが」、②は「知識を求める意欲のない」、④は「名の知れわたった」「評価の定まった」、⑤は「礼儀作法をわきまえない」「自暴自棄」、⑥は「弁舌のすぐれた人間であれば無法な行動も許され」が明らかに誤り。
 「市井の人」とは「民間人」のことである。
【解答】③
【書き下し】許は市井の人のみ。惟だ其の人に求むる所無きものすら、尚ほ勢を以て屈すべからず。況んや其の道義を以て自ら任ずる者をや
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、256頁~261頁)

攻略法16 設問別攻略法 解釈の問題


攻略法16 設問別攻略法 解釈の問題

・いわゆる傍線部解釈の問題は、センター試験では平均3問程度出題されている。
 決して「なんとなく」で答えを決めてはいけない。
 それでは「なんとなく」の得点にしかならない。
「センターのツボ」を「しっかりと」理解して、「しっかりと」した根拠を見つけた上で、正しい答えを選択し、「しっかりと」得点するようにしたい。

「センターのツボ」 「解釈」の設問、解法マニュアル
①選択肢を横に見渡して、出題のポイントを把握する。
 「読む」のではなく、「見渡す」と、訳し方の違う部分があることに気づく。それが設問のポイントであるという。
②(傍線部中の)句形・語法をふまえて直訳してみる。
 漢文独特の句法・語法ならば、その原則的な解釈をふまえて、選択肢を見ずに自分で訳してみる。いきなり選択肢を読むと、もっともらしい選択肢のワナにかかることがある。
③(傍線部中の)対句・対応表現をチェックする。
 傍線部中の句形・語法のポイントが見当たらないときは、前後に対句はないか、少し離れた位置に対応表現はないかを検討してみる。
④指示語が含まれていれば、指示内容に注意する。
 傍線部中に指示語が含まれているときは、その指示内容を吟味することが必要。
 漢文の指示語は「之(これ)」も「其(そノ)」も直前を指すのが普通なので、直前からさかのぼるように見ていく。
⑤読み方(送り仮名)に注意する。
 どう読むかで、どう訳すかが決まる。送り仮名がポイントになることも少なくない。
⑥(注)を利用して解釈する。
 (注)とは本来、文章を読む上での「解説」の意味だが、センター試験の漢文においては、設問を解く上での注意点だと心得ておくこと。(注)の存在に気づいたとたんに、答えが決まるという設問も、しばしば出題されているという。
⑦設問の選択肢を利用して解釈する。
 句法・対句・(注)等を吟味しても分かりにくい言葉が含まれる場合に、他の設問の選択肢がヒントをくれることがある。
 他の設問の選択肢がその分かりにくい言葉の解釈をさり気なく教えてくれていることがあるようだ。
⑧最後の設問とのつながりを確認する。
 「漢文」の問題で、最後の設問は全文の趣旨にかかわるものとなる。
 これを最初に見ておくことで話題がつかめるし、他の設問のヒントになることがある。
 最後の設問とのつながりを意識して、解釈を決めること。



【例題】(文の意味)
問「吾使左右如数以銭畀之焉」(吾左右をして数の如く銭を以て之れに畀(あた)へしむ)の意味として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
① 私は行き交う漁師たちに適正な値段をつけさせ、お金を渡した。
② 私は傍らの漁師に魚の大小に応じて値段をつけさせ、お金を渡した。
③ 私は傍らの漁師に魚の数に見合っただけの値段をつけさせ、お金を渡した。
④ 私は傍らの従者に命じ、求められた金額どおりお金を渡させた。
⑤ 私は傍らの従者に命じ、魚の数と大小とを考えあわせてお金を渡させた。

【解説】
・センター試験の漢文で最頻出の句法の一つである「使役」が含まれていることがわかる。
 「使役の訳し方」がポイント。
 使役の構造を理解していれば、「左右」が使役の対象(「だれに」させるのか)、「如~之」が使役の内容(「なにを」させるのか)であるとわかる。「焉」は断定の助詞。
・ここで、「お金を渡させた」と最後まで使役の内容として解釈している④と⑤に絞れる。
 もちろん「左右」が「側近」の意味だと知っていれば、「従者」という解釈で、なおさら④と⑤に絞りやすくなる。
・④と⑤を分けるのは、「如数」の解釈。
 「如」を「ごとク」と読んでいるからには、「~どおり」と訳している④のほうが自然な解釈であると傍線部だけでも察しがつくが、この点は文章全体を見れば、ハッキリと判断できる問題である。

【解答】

<書き下し>
吾左右をして数の如く銭を以て之れに畀(あた)へしむ




【例題】(文の意味)
問「理明矣、而或不達于事。識其大矣、而或不知其細」(理明かなるも、或いは事に達せず、其の大を識れるも、或いは其の細を知らず)の傍線部はどういう意味か。最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
① 理念としては分かっているが、最後まで仕事を成し遂げられない場合がある。
② 理念ははっきりしていても、その実践が時宜にかなっていない場合がある。
③ 理解の仕方が鮮明であっても、それが大事業の達成に至らない場合がある。
④ 物事の処理には明るいが、肝心なことには手の及ばない場合がある。
⑤ 道理には明らかでも、実際の事に通じていない場合がある。

【解説】
・傍線部には特別の句法・語法は含まれていない。
 選択肢を横に見渡してみれば、句法・語法は設問のポイントではないことがはっきりする。
・こんな場合は、傍線部の前後に対句はないかと検討してみること。
 対句があれば、その部分と比較してみると、答えが決まることが多い。
・この問題では、直後の一文がほぼ対句になっている。
 選択肢を見れば、「理」・「明」・「不達」・「事」をどう訳すかがポイントであるから、その解釈を対句の部分と比較する。
 「理」=「大」、「明」=「識」、「不達」=「不知」、「事」=「細」の関係に気づく。
 対句は、同内容か対立内容のどちらかになるのが普通。
 この場合は、「同内容」である。
 あとは、この関係に矛盾する選択肢を除外していけばよい。
 なお、漢文で出合う「理」は、たいてい「道理」の意味である。これはセンター試験の頻出事項の一つ。

【解答】

<書き下し>
理明かなるも、或いは事に達せず、其の大を識るも、或いは其の細を知らず
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、288頁~294頁)

攻略法17 設問別攻略法 語意を問う問題


攻略法17 設問別攻略法 語意を問う問題
・例年、最も正解率の低い問題に、漢字・熟語の意味や読みを問う問題がある。
 これは一言で言えば、語彙力の問題である。ぜひ語彙力のアップを図ることにコツをつかんでほしいという。

語彙問題解法マニュアル
①本書の「漢文重要語」(➡別冊参照)を覚える
 特に、「名詞」と「動詞」は意味が、「熟語・慣用表現」と「副詞」は読みがよく問われる
②問われている語の品詞を確認する
 同じ品詞のものを選ぶと正解になることが多い
 意味よりまずは、品詞をチェック!
③解釈に迷う語は、二字の熟語に置き換えてみよう
 その字を含む熟語を思いつくかぎり並べてみて、後は文脈に最適のものを選ぶこと
④熟語で出題された問題なら、その熟語の構造を検討する
 出題される熟語は、同内容(〇=◎)または対立内容(〇⇔×)であることが多い
⑤漢字には、読み方によって意味が異なるものがある。そこで、意味が問われている問題でも、読み方を考えよう
 「読み方の違い」が、つまりは「意味の違い」である問題も頻出している
⑥問題文中に同内容・対立内容の語があればチェックする
⑦(注)、とりわけ同内容・対立内容の語に(注)があれば注意する
 
【例題】(語の意味)
問(ア)「竟」・(イ)「乃」・(ウ)「安」の読み方の組み合わせとして最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①(ア)ついに (イ)すなはち (ウ)いづくんぞ
②(ア)すでに (イ)なほ   (ウ)いづくにか
③(ア)ついに (イ)なほ   (ウ)いづくにか
④(ア)すでに (イ)すなはち (ウ)いづくんぞ
⑤(ア)ついに (イ)なほ   (ウ)いづくんぞ

【解説と解答】
(ア)~(ウ)ともに副詞である。最近のセンター漢文の語意問題は、副詞の読みや意味をシンプルに問うものが増えているという。
 これは、絶対に落とせない問題。
 ①が正解



【例題】(語の意味)
問「悪不衷也」の「悪」と同じ意味の「悪」を含む熟語を、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
 (注)衷……中正。偏らず正しいこと。
①好悪 ②険悪 ③害悪 ④悪習 ⑤悪徳

【解説と解答】
傍線部の「悪」が「にくむ」という意味であることは、ふり仮名から分かる。
熟語での「悪」という字は「わるい」の意味なら「アク」と読み(「善悪」「悪人」等)、「にくむ」の意味なら「オ」と読む(「憎悪」「嫌悪」等)。
それぞれ①コウオ、②ケンアク、③ガイアク、④アクシュウ、⑤アクトクと読む。
①の読み方は少々迷うかもしれないが、「好悪」の熟語の構造を考えてみる。
 明らかに対立内容(〇⇔×)の「このむ」と「にくむ」だと分かる。「悪」は頻出語。
 ①が正解
<書き下し>「衷(ちゅう)ならざるを悪(にく)めばなり」

【例題】(語の意味)
問「変易」の「易」と同じ意味で用いられているのはどれか。最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①簡易 ②交易 ③容易 ④難易 ⑤平易

【解説と解答】
まずは熟語としての読み方に注目しよう。「変易」は「ヘンエキ」
①カンイ、②コウエキ、③ヨウイ、④ナンイ、⑤ヘイイ と読む。実はこれで正解が決まる。
「易」は、「かえる、かわる」の意味なら「エキ」と読み、「やさしい」の意味なら「イ」と読む。
ついでに熟語としての構造も検討してみよう。
 「変易」は同内容(〇≒◎)で、どちらも「かわる、かえる」の意味。
 ①・③・⑤は同内容で「やさしい」の意味。②は同内容で「かわる、かえる」の意味。
 ④は対立内容(〇⇔×)で「むずかしい」と「やさしい」の意味。
 熟語の構造を考慮して意味を考えてみれば、答えは明確になる。「易」も頻出語。
 だから、②が正解。



【例題】(語の意味)
問「道先王法言」の「道」と同じ意味で用いられている語として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
(注)先王法言……昔の聖王が遺(のこ)した、のっとるべき言葉。

①人道 ②報道 ③道理 ④道程 ⑤道具

【解説と解答】
実際のセンター試験でも正解率が低かった問題であるという。
でも、「道」が「いふ」という動詞になることを知っていれば簡単。
また、熟語の構造に注目すれば、②「報道」は、同内容(報[ほう]ず=道[い]う)であると分かる。ほかの選択肢はそれぞれニュアンスは異なるものの、すべて「みち」の意味である。
⇒同じ漢字でも、品詞が違うこともあるから、注意!
 だから、②が正解。
<書き下し>「先王の法言を道(い)ひて」
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、296頁~301頁)

【補足】頻出漢文重要語~副詞


副詞は読めれば意味が分かる。読み方を覚えよう。
☆印は頻出するものを列挙しておく。
甚 はなはダ
益 ますます
愈 いよいよ
唯 たダ
惟 たダ
但 たダ
只 たダ

独 ひとり
尽 ことごとク
尚 なホ
猶 なホ
先 まヅ
蓋 けだシ
寧 むしロ
果 はタシテ
自 みづかラ/おのづかラ
私 ひそかニ
具 つぶさニ
凡 およソ
数 しばしば
嘗 かつテ
曾 かつテ
固 もとヨリ
既 すでニ
已 すでニ
若 もシ
如 もシ
苟 いやしクモ
且 しばらク・かツ
方 まさニ
常 つねニ
与 ともニ
請 こフ
願 ねがハクハ
即 すなはチ/すぐに
便 すなはチ/さっそく
乃 すなはチ/①そこで ②やっと ③なんと
輒 すなはチ/①そのたびに ②すぐに
則 すなはチ/その場合は
又 また/そのうえ
復 また/もう一度
亦 また/やはり
終 つひニ/けっきょく
卒 つひニ/けっきょく
竟 つひニ/けっきょく
遂 つひニ/①けっきょく ②そのまま
(三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]、別冊)


≪漢文について~田中雄二『漢文早覚え速答法』より≫

2023-12-10 19:00:13 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪漢文について~田中雄二『漢文早覚え速答法』より≫
(2023年12月10日投稿)

【はじめに】


  漢文の勉強法について考える際に、現在、私の手元にある参考書として、次のものを挙げておいた。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
〇幸重敬郎『漢文が読めるようになる』ベレ出版、2008年
〇小川環樹・西田太一郎『漢文入門』岩波全書、1957年[1994年版]

これらのうち、受験に特化し、効率的な勉強法を説いた参考書としては、次の2冊である。
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
〇三宅崇広ほか『きめる!センター 古文・漢文』学研プラス、1997年[2016年版]
 
 今回のブログでは、次の参考書について、紹介しておきたい。
〇田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]
 田中雄二先生の主張とともに、受験の参考となる問題も添えておいた。
・私大の過去問~『世説新語』より
・共通テスト試行テスト~劉基『郁離子』より

なるべく数多くの漢文の文章に触れて、漢文の句形や内容を知ってほしい。
(返り点は入力の都合上、省略した。白文および書き下し文から、返り点は推測してほしい。)



【田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』(学研プラス)はこちらから】
田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』(学研プラス)





田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版
【目次】
早覚え速答法Ⅰ
10の“いがよみ”公式
いがよみ1 『使役』の公式
      「ヲシテ」と読めば使役はできる
いがよみ2 『受身』の公式
      「る」「らる」、活用しっかり受身形
いがよみ3 『比較』の公式
      「シカズ」と読めるに「シクハナシ」
     『受身』と『比較』の「於(おい)テ」の識別法
いがよみ4 『反語』の公式
      反語はこれだけ、語尾の「ンヤ」
      難解大学を受ける人への注意
いがよみ5 『詠嘆』の公式
      詠嘆は反語の親戚、語尾の「ズヤ」
いがよみ6 『疑問』の公式
      疑問の語尾は連体形
いがよみ7 『限定』・『累加』の公式
      みんな忘れる語尾の「ノミ」
いがよみ8 『部分否定』の公式
      部分否定は「ズシモ」と「ハ」
いがよみ9 『仮定』・『二重否定』の公式
      「ズンバ」と「クンバ」でルンバを踊れ
      超難関校を受験する人に
いがよみ10 『抑揚』の公式
      「スラ」すら覚えよ、語尾の「ヲヤ」
早覚え速答法Ⅱ これだけ漢字91
      「重要漢字」は見て慣れるだけでよい!!
早覚え速答法Ⅲ 受験のウラわざ
 1 出題者のひっかけを見抜く法
   熟語による翻訳と説明・注をマークせよ
 2 3分間記憶事項
   漢詩も文学史もほとんど出ないが、コレだけは…
 3 早覚え速答法・総集編
   10分で読め、60分で暗唱できるコレだけ漢文

田中先生のFAQ
Q1 漢字かなまじりの書き下し文はどうするか?
Q2 送りがなはどうする? 「安くんぞ」か? 「安んぞ」か?
Q3 「置き字」は覚える必要がありますか?
Q4 『疑問』の末尾は「や」? それとも「か」?
Q5 動詞の読み方がわからない。「臣とす」? 「臣す」?
Q6 「亦た楽しからずや」は『反語』か『詠嘆』か?
Q7 「是以(ここをもって)」はなぜ「これをもって」と読まないのですか?




さて、今回の執筆項目は次のようになる。


・10の“いがよみ”公式
・漢文速習のコツ
・受験のウラわざ
・私大の過去問~『世説新語』より
・共通テスト試行テスト~劉基『郁離子』より






10の“いがよみ”公式


 目次をみてもわかるように、本書の特色は、10の“いがよみ”公式を挙げていることである。
 漢字以外の読み、「いがいのよみ」、略して“いがよみ”と著者は称している。
 漢文の学習は、句形や漢字を一生懸命暗記するより、漢字以外の読みをおさえることが大切。
 ここで紹介する10個をおさえれば、漢文も制したも同然であると、著者はいう。
(田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]、9頁)

例えば、「いがよみ1 『使役』の公式 「ヲシテ」と読めば使役はできる」について
・「AをしてB(セ)しム」というのが『使役』の形。
 ここで大事なことは、決して「使」を「使(し)む」と読むことでなく、名詞に「ヲシテ」をつけることである。
 つまり、漢字以外のヨミ(「いがよみ」と著者はいう)の「ヲシテ」を忘れずに正確な場所につけなければならない。
 また、「せしム」と訓読するように、サ変動詞の未然形「せ」に「使(し)ム」がつくことも、しっかり覚えておくこと。間違えやすいポイントである。
・『使役』では、「使」「令」「教」「俾」の4つの漢字に慣れればよい。
<まとめ>
〇「使(し)」「令(れい)」「教(きょう)」「俾(ひ)」(シレイキョウヒ!)
→全部「しむ」と読む

『使役』のいがよみの公式
使(し)ム二+A(名詞)ヲシテ+B(動詞)[セ]一
【読み】AをしてB(せ)しむ
【意味】AにBさせる

【ポイント】
①Aは使(令・教・俾)のすぐ下
②「名詞」+「ヲシテ」→いがよみをつける
③「未然形」+「使(し)ム」

【注意すること】
①「未然形」がわかりにくいときは、動詞の漢字に現代語の「せる・させる」をつけて読むと未然形がわかり、訳の練習にもなって便利。
②「ず」に「しム」がつく場合は「ざらしム」。
③漢字かなまじりで書き下すときは、「しム」が助動詞なので「使(し)」はひらがな。
④文脈から『使役』の訓読を問うことはない。
(田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]、10頁~11頁)

漢文速習のコツ


「漢文速習のコツ」として、著者は次のようにいう。 

漢文は時間がかかる。漢字だけだし、ひっくり返って読むのはしんどい。
でも試験では時間がない。そこで早く読むにはどうするか?
暗記しても効果がない。コトバなのだから慣れればよいのだ。
そしてコトバに慣れる最も効果的な方法は音読であるという。
声に出して読むことだ。

どの語学でも基本は音読である。
1目で見て、2頭で理解するより、
1目で見て、2口に出して、3耳で聞いて、4頭で理解する方が、効果は二倍である。

〇しかも音読は楽だ。力んで覚えるのとは正反対。口に出して唱えるだけで自然と身につく」。
身につかないと感じたら、早口で言えるまで数回唱えることをおすすめする。
 スラスラ早口で言えるようになったら、その時はすでに体が覚えている。
<合格川柳>早口で 言えば もう身についている

〇全部を音読する必要はない。
 本書『早覚え速答法』なら問題だけ。過去問の復習なら傍線部だけ。
 読みにくいからこそ、傍線を付けられて問題になるのだ。だから、そこだけ早口で音読すれば、すぐに口が慣れてしまう。
<合格川柳>早口で いえば身になる 傍線部

丸暗記の知識は試験で使えない。
 しかし音読で「身についた」知識は使える。
 試験で勝つには「知っている」では足りない。時間があれば「解ける」でもまだ足りない。
 「早く解ける」レベルでやっと合格できる。早く解けるための知識は「身についた」知識だ。
 体が覚えている知識だ。学んだことが体に染みつているからこそ、スター選手は瞬時に妙技をくりだす。
 基本知識が身についているからこそ、声を出した受験生は変化技に対応できる。
(田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、
 付録『共通テスト漢文攻略マニュアル+私大&記述対策』、1991年[2020年版]、30頁~31頁)

受験のウラわざ(早覚え速答法III)


3早覚え速答法・総集編 10分で読め、60分で暗唱できるコレだけ漢文

「試験に出る句形と重要な漢字だけで書かれた漢文があったら、さぞ便利だろう」という「コレだけ漢文」を、著者は友人の中国人および先輩と協力して作成したという。
 10分でザッと読み、残りの50分音読すれば、キッと頭に入るだろう。
 合格を保証する呪文の漢文だという。
 その漢文の使い方は、勉強の進度によって変わるらしい。
①漢文の得意な人→いきなり漢文を読み、わからないところを書き下し文と現代語訳で確認する。
②漢文の不得意な人→まず書き下し文を音読し、現代語訳を頭に入れて、漢文を読み始める。

漢文の内容は、受験の本質を体得した漢文教師「楊朱進」(著者と友人の中国人および先輩の総合ペンネーム)とマジメな受験生との対話である。

考試之道        楊朱進
問君。
「若使己常向机。何爲不措筆而休?
 世界広大、必有適所。何不往而探其
 処乎?」
對曰「如不過考試、則必爲人所輕。学
及十有八年而見侮、非本意也。豈避考
試求安楽哉!將又、童蒙且励学、況青
年乎!是以不可不学。」
(中略)
曰「足矣。考試之道莫若誦文。考試問
訓読。非問漢語。一誦文輒熟訓。於是
勉而誦文。」


最後に次のように締めくくっている。
「使口唇憶全文、自通考試。嗟呼、奈此善方何。」

【書き下し文】(※新旧の字体に慣れてもらうため、旧字は新字に変更したという)
君に問ふ。
「若(なんぢ)己(おのれ)をして常に机に向はしむ。何為(なんす)れぞ筆を措(お)いて休まざる? 世界は広大、必ず適所有り。何ぞ往きて其処(そこ)を探らざるや?」と。
対へて曰く「如(も)し考試を過ぎざれば、則ち必ず人の軽んずる所と為る。学ぶこと十有八年に及び侮(あなど)らるるは、本意に非ざるなり。豈に考試を避けて安楽を求めんや! 将又(はたまた)、童蒙(どうもう)すら且つ学に励む、況んや青年をや! 是(ここ)を以て学ばざるべからず」と。
(中略)
曰く「足れり。考試の道は文を誦するに若(し)くは莫し。考試は訓読を問ひ、漢語を問ふに非ず。一たび文を誦すれば輒ち訓に熟す。是に於て勉めて文を誦せよ」と。

「口唇をして全文を憶せしむれば、自(おのづか)ら考試に通らん。嗟呼、此の善方を奈何せん」と。

【意味】
試験の道
君に質問する。
「おまえはいつも自分を机にむかわせているが、どうして筆をおいて休まないのだ。世の中は広く、(勉強なんかしなくても)必ず自分にぴったりした場所があるはずだ。どうしてそれを探しに行かないのだ。」
君は答える。
「もし試験に通らなければ絶対に人に軽蔑されてしまいます。18年間も勉強して侮辱されるのは私の本意ではありません。どうしてテストを避けて安楽を求めましょうか。私はトコトンやります。また、ガキンチョでさえ一生懸命勉強しているのですから、青年が勉学に励むのは当然です。だから勉強しないわけにはいかないのです。」
(中略)
「(それで)十分だ。試験の道は文章を音読するのが一番だ。試験では訓読(日本語で読めること)を聞き、中国語(の知識)を質問するのではない。一度文章を音読すればそのたびごとに読みに慣れる。だから一生懸命音読しなさい。」

唇に全文を覚えさせれば(スラスラ口をついてこの漢文が出てくるようになれば)自然と試験に合格するだろう。ああ、このすばらしい方法をどうしようか。」

(田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、1991年[2020年版]、186頁~197頁)

私大の過去問~『世説新語』より


私大の過去問を解いてみよう。
次の文章を読んで後の問いに答えなさい。
 魏文帝嘗令東阿王七歩中作詩、不成当行法。応声(a)便
為詩曰、「煮豆持作羹、漉豉以為汁。(A)萁在釜下(b)然、(B)豆在釜
中泣。本自同根生、相煎何太急。」帝深有慙色。
 <『世説新語』より 明治大・文>

<注>
・東阿王…文帝の弟。
・羹…あつもの。スープ。
・豉(し)…みそ。
・萁(き)…豆がら。
問一 傍線(a)「便」、 (b)「然」の読みを記せ。ただし、現代かなづかいでよい。

問二 「当行法」の意味として適切なものを、次のなかから選び出して、その番号をマークせよ。
① 当然法廷であらそうことになる。
② 当然法律で裁かれることになる。
③ 当然しきたりに従うべきである。
④ 当然おきてに照らして処罰する。

問三 傍線部(A)「萁」、(B)「豆」はそれぞれ何をたとえたものか。文中の語で答えよ。

問四 「何太急」とはどういうことをいっているのか。わかりやすく説明せよ。

問五 「帝深有慙色」といっているが、どういう心境からであろうか。次のなかから適切なものを選び出して、その番号をマークせよ。
① 予想に反して、自分の目的が達せられなかったのを残念に思って
② 詩に託された弟の心情に感動し、自分の非をさとって
③ 才能のある弟を苦しめることは、自分に不利だと思って
④ 弟の文才が、自分よりもすぐれていることを痛感して

【書き下し文】
魏の文帝嘗て東阿王をして七歩の中(うち)に詩を作らしめ、成らずんば当に法を行うべし。声に応じて便ち詩を為(つく)りて曰く、「豆を煮て持て羹(こう)を作(な)し、豉(し)を漉(こ)して以て汁と為す。萁(き)は釜下(ふか)に在りて然(も)え、豆は釜中に在りて泣く。本同根より生ず、相煎(い)ること何ぞ太だ急なる」と。帝深く慙(は)ずる色有り。

【現代語訳】
かつて魏文帝は弟の東阿王に、七歩あるく間に詩を作り、できなければ法律どおりに処罰すると言った。王は兄の命を受けるとたちまち次のような詩を作って答えた。
豆を煮てスープを作る
味噌を漉して汁を作る
豆がらは釜の下で燃え、
豆は釜の中で泣く
これらは同じ根から生えたのに
どうして激しく責めるのか
文帝は恥じ入った。

【解答】
問一 (a)すなわ(ち)、 (b)も(え)
問二 ④
問三 (A)文帝、(B) 東阿王
問四 文帝が弟の東阿王に、七歩のうちに詩を作らないと処罰すると言ったことに対する東阿王の嘆き。
問五 ②

【解き方】
・東阿王の父は、三国志で有名な曹操。
 詩才にすぐれ武将としても活躍した東阿王は、曹操の死後、兄の文帝に警戒され、死ぬまで地方を転々とした。原文の内容は、魏の文帝が弟の東阿王をいたぶり、最後に許すというお話。

※共通テスト漢文が論理展開を問うのに対し、私大の問題文はこの例題のように、内容自体はわかりやすい説話である。
 だから、最初の行から普通に読んでよい。
 ただし、制限時間内に問題を解くためには、解ける順から片付けるのが合理的。

問五
 弟から「兄弟なのに私をいじめるのはむごい」と言われた
 ↓
 兄は恥じた=慙
 =自分がまちがっていた
 ②「(兄は)自分の非をさとって」

(田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、
 付録『共通テスト漢文攻略マニュアル+私大&記述対策』、1991年[2020年版]、37頁~46頁)

共通テスト試行テスト~劉基『郁離子』より


「2018年度共通テスト試行テスト」として、次のような問題があるので、解いてみよう。

次の【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】は、いずれも「狙公(そこう)」(猿飼いの親方)と「狙(そ)」(猿)とのやりとりを描いたものである。
 【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】を読んで、後の問い(問1~5)に答えよ。
 なお、設問の都合で送り点・送り仮名を省いたところがある。

【文章Ⅰ】
猿飼いの親方が芧(とち)の実を分け与えるのに、「朝三つにして夕方四つにしよう。」といったところ、猿どもはみな怒った。「それでは朝四つにして夕方三つにしよう。」といったところ、猿どもはみな悦(よろこ)んだという。
(金谷治訳注『荘子』)

【文章Ⅱ】
楚有養狙以為(1)生者。楚人謂之狙公。旦日必部分衆狙
于庭、A使老狙率以之山中、求草木之実。賦什一以自奉。或
不給、則加鞭箠焉。群狙皆畏苦之、弗敢違也。一日、有小狙
謂衆狙曰、「B山之果、公所樹与。」「否也。天生也。」曰、「非公不得
而取与。」曰、「否也。皆得而取也。」曰、「然則吾何仮於彼而為之
役乎。」言未既、衆狙皆寤。其夕、相与伺狙公之寝、破柵毀柙、
取其(2)積、相携、而入于林中、不復帰。狙公卒餒而死。
 郁離子曰、「世有以術使民而無道揆者、其如狙公乎。C惟
其昏而未覚也。一旦有開之、其術窮矣。」
(劉基『郁離子』による)

<注1>楚―古代中国の国名の一つ。
<注2>旦日―明け方。
<注3>部分―グループごとに分ける。
<注4>賦什一―十分の一を徴収する。
<注5>自奉―自らの暮らしをまかなう。
<注6>鞭箠―むち。
<注7>郁離子―著者劉基の自称。
<注8>道揆―道理にかなった決まり。

問1 傍線部(1)「生」・(2)「積」の意味として最も適当なものを、次の各群の①~⑤のうちから、それぞれ一つずつ選べ。
(1)「生」
①往生
②生計
③生成
④畜生
⑤発生

(2)「積」
①積極
②積年
③積分
④蓄積
⑤容積

問2 傍線部A「使老狙率以之山中、求草木之実」の書き下し文として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。(入力の都合上、問題文の一部を変更)
①老狙をして率ゐて以て山中に之き、草木の実を求めしむ。
②老狙を使ひて率(おおむ)ね以て山中に之かしめ、草木の実を求む
③老狙をして率(とら)へしめて以て山中に之き、草木の実を求む
④使(も)し老狙率ゐて以て山中に之かば、草木の実を求む
⑤老狙をば率(とら)へて以て山中に之き、草木の実を求めしむ

問3 傍線部B「山之果、公所樹与」の書き下し文とその解釈との組合せとして最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①山の果は、公の樹(う)うる所か
 山の木の実は、猿飼いの親方が植えたものか
②山の果は、公の所の樹(き)か
 山の木の実は、猿飼いの親方の土地の木に生(な)ったのか
③山の果は、公の樹(う)ゑて与ふる所か
 山の木の実は、猿飼いの親方が植えて分け与えているものなのか
④山の果は、公の所に樹(う)うるか
山の木の実は、猿飼いの親方の土地に植えたものか
⑤山の果は、公の樹(う)うる所を与ふるか
 山の木の実は、猿飼いの親方が植えたものを分け与えたのか

問4 傍線部C「惟其昏而未覚也」の解釈として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
①ただ民たちが疎くてこれまで気付かなかっただけである
②ただ民たちがそれまでのやり方に満足していただけである
③ただ猿たちがそれまでのやり方に満足しなかっただけである
④ただ猿飼いの親方がそれまでのやり方のままにしただけである
⑤ただ猿飼いの親方が疎くて事態の変化にまだ気付いていなかっただけである

問5 次に掲げるのは、授業の中で【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】について話し合った生徒の会話である。これを読んで、後の(i)~(iii)の問いに答えよ。
生徒A 【文章Ⅰ】のエピソードは、有名な故事成語になっているね。
生徒B それって何だったかな。(X)というような意味になるんだっけ。
生徒C そうそう。もう一つの【文章Ⅱ】では、猿飼いの親方は散々な目に遭っているね。【文章Ⅰ】と【文章Ⅱ】とでは、何が違ったんだろう。
生徒A 【文章Ⅰ】では、猿飼いの親方は言葉で猿を操っているね。
生徒B 【文章Ⅱ】では、猿飼いの親方はむちで猿を従わせているよ。
生徒C 【文章Ⅰ】では、猿飼いの親方の言葉に猿が丸め込まれてしまうけど……。
生徒A 【文章Ⅱ】では、(Y)が運命の分かれ目だよね。これで猿飼いの親方と猿との関係が変わってしまった。
生徒B 【文章Ⅱ】の最後で郁離子は、(Z)と言っているよね。
生徒C だからこそ、【文章Ⅱ】の猿飼いの親方は、「其の術窮せん。」ということになったわけか。

(i) (X)に入る有名な故事成語の意味として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
① おおよそ同じだが細かな違いがあること
② 朝に命令を下し、その日の夕方になるとそれを改めること
③ 二つの物事がくい違って、話のつじつまが合わないこと
④ 朝に指摘された過ちを夕方には改めること
⑤ 内容を改めないで口先だけでごまかすこと

(ii) (Y)に入る最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
① 猿飼いの親方がむちを打って猿をおどすようになったこと
② 猿飼いの親方が草木の実をすべて取るようになったこと
③ 小猿が猿たちに素朴な問いを投げかけたこと
④ 老猿が小猿に猿飼いの親方の素性を教えたこと
⑤ 老猿の指示で猿たちが林の中に逃げてしまったこと

(iii)  (Z)に入る最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
① 世の中には「術」によって民を使うばかりで、「道揆」に合うかを考えない猿飼いの親方のような者がいる
② 世の中には「術」をころころ変えて民を使い、「道揆」に沿わない猿飼いの親方のような者がいる
③ 世の中には「術」をめぐらせて民を使い、「道揆」を知らない民に反抗される猿飼いの親方のような者がいる
④ 世の中には「術」によって民を使おうとして、賞罰が「道揆」に合わない猿飼いの親方のような者がいる
⑤ 世の中には「術」で民をきびしく使い、民から「道揆」よりも多くをむさぼる猿飼いの親方のような者がいる

【書き下し文】
※音読のためルビと送りがなの歴史的かなづかいは今のかなづかいに変更したという。
楚に狙を養いて以て生を為す者有り。楚人之を狙公と謂う。旦日必ず衆狙を庭に部分して、
老狙をして率ひて以て山中に之き、草木の実を求めしむ。什の一を賦して以て自ら奉ず。或いは給せずんば、則ち鞭箠(べんすい)を加う。群狙(ぐんそ)皆畏れて之に苦しむも、敢えて違わざるなり。一日(じつ)、小狙有りて衆狙に謂いて曰わく、「山の果は、公の樹(う)うる所か。」「否(しから)ざるなり。天の生ずるなり。」と。曰わく、「公に非ずんば得て取らざるか。」と。曰わく、「否ざるなり。皆得て取るなり。」と。曰わく、「然らば則ち吾何ぞ彼に仮(か)りて之が役を為すか。」と。言未だ既(つ)きざるに、衆狙皆寤(さ)む。其の夕、相い与に狙公の寝(い)ぬるを伺い、柵を破り柙(おり)を毀(こぼ)ち、其の積を取り、相い携(たずさ)えて林中に入り、復た帰らず。狙公卒に餒(う)えて死す。
 郁離子(いくりし)曰わく、「世に術を以て民を使いて道揆(どうき)無き者有るは、其れ狙公のごときか。惟だ其れ昏(くら)くして未だ覚(さ)めざるなり。一旦之を開くこと有らば、其の術窮(きゅう)せん。」と。

※注
・惟だ其れ~—~のためなのだ。「惟其」は「其」以後に示される原因をあらわす熟語。
 「其」以前の内容を示す指示語ではないので、「其(そ)の」とは読まない。

【現代語訳】
楚にサル(狙)を飼って生計をたてている者がいた。楚人は彼を狙公(そこう)と呼んだ。彼は毎朝、庭でサルたちをグループに分け、年長のサルに統率させて山に入らせ、草や木の実を探させた。狙公はその十分の一を取り上げて自分の食い扶持(ぶち)とした。実を取れないサル
がいるとムチ打った。サルたちは恐れ、この仕打ちに苦しんでいたが反抗しようとはしなかった。ある日、小ザルがみんなに言った。
「山の果実は、狙公が植えたものか?」
「そうではない。天が生んだのだ。」
「狙公でなければ取ることはできないのか?」
「そうではない。誰でも取ることができる。」
「それならばどうして私はあの人の代わりに実を取るのか?」
小ザルの言葉が終わらない前に、サルたちはみんな気がついた。その夜、狙公が寝たのをみんなで確かめ、柵を破り檻をこわし、蓄えられた果実を取り、手に手を取って林に入り、二度と戻らなかった。その結果、狙公は飢え死にした。
 郁離子は言う。
「術を用いて不合理に民衆を使う者は、狙公と同じだ! 人々は知識がなくまだわからないだけなのだ。からくりがわかってしまえば、その術は使えなくなるだろう。」と。

※訳注
・仮―(仕事を)代わりに行う。
・役―「労≒役」→仕事
・復た~ず―二度と~しない
・其如~乎(それ~のごときか)―~にほかならない! 「乎(か)は疑問詞ではなく感嘆詞。
・昏―知識がない。熟語:昏迷(こんめい)
・開―知識を得る。熟語:開明

【解答】
問1 (1) ②  (2)④
問2 ①
問3 ①
問4 ①
問5 (i) ⑤ (ii)③  (iii)①

(田中雄二『漢文早覚え速答法 共通テスト対応版』学研プラス、
 付録『共通テスト漢文攻略マニュアル+私大&記述対策』、1991年[2020年版]、73頁~82頁)



≪故事成語~菊地隆雄『漢文必携』より≫

2023-12-10 18:30:30 | ある高校生の君へ~勉強法のアドバイス
≪故事成語~菊地隆雄『漢文必携』より≫
(2023年12月10日投稿)

【はじめに】


 今回のブログでは、次の副教材から、故事成語についてみてゆきたい。
〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
 目次を参照してもらえばわかるように、「【資料編】5 故事成語」には、代表的な故事成語が列挙されている。
 そのうち、次の故事成語に関しては、出典漢文が引用してある。
・青は藍より出でて藍より青し<荀子>
・杞憂<列子>
・虎穴に入らずんば虎子を得ず<後漢書>
・助長<孟子>
・舟に刻みて剣を求む<呂氏春秋>

数多くの故事成語に接して、漢文の句形やその意味を知ってほしい。
(返り点は入力の都合上、省略した。白文および書き下し文から、返り点は推測してほしい。)
 国語力とは、最終的には語彙力が基礎となるから。

〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]



【菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)はこちらから】
菊地隆雄ほか『漢文必携』(桐原書店)







〇菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]
【目次】
本書の特色・凡例
【基礎編】
1 漢文とは何か
2 漢語の構造
3 訓読のしかた
4 書き下し文
5 再読文字
6 返読文字
7 漢文特有の構造
8 漢文の読み方

【句形編】
1 単純な否定形・禁止形
2 部分否定形
3 二重否定形
4 疑問形
5 反語形
6 詠嘆形
7 使役形
8 受身形
9 仮定形
10 限定形
11 累加形
12 比較形
13 選択形
14 比況形
15 抑揚形
16 願望形
17 倒置形

【語彙編】
・<あ>悪・安~<わ>或
・「いフ」と読む字
・「つひニ」と読む字
・「すなはチ」と読む字
・「また」「まタ」と読む字
・繰り返し読む副詞
・所謂(いはゆる)など
・以是(これをもつて)など

【読解編】
1 構文から読解へ
2 読解へのステップ
 ①故事・寓話 ②漢詩 ③史伝 ④思想 ⑤文章

【資料編】
1 漢詩の修辞
2 史伝のエピソード
3 思想
4 文学
5 故事成語
6 漢文常識語





さて、今回の執筆項目は次のようになる。


【故事成語】(出典漢文あり)
・青は藍より出でて藍より青し<荀子>
・杞憂<列子>
・虎穴に入らずんば虎子を得ず<後漢書>
・助長<孟子>
・舟に刻みて剣を求む<呂氏春秋>

【故事成語】
【故事成語の意味】







故事成語


5故事成語

出典漢文あり
青は藍より出でて藍より青し<荀子>
 学不可以已。青取之於藍、而
青於藍、氷水為之、而寒於水。…
君子博学、而日参省乎己、則智
明而行無過矣。

【意味】
学問は途中でやめてはならない。青色は藍草からとるが、藍草よりも青く、氷は水からできるが、水よりも冷たい。…学問修養に志す人が広く学問を学び、日々何度も自分を反省すれば、知恵が確かなものになり、行いにも過ちがなくなる。

杞憂<列子>
杞国、有人憂天地崩墜、身亡
所寄、廃寝食者。又有憂彼之所
憂者。因往暁之曰、「天積気耳。…
奈何憂崩墜乎。」…其人舎然大
喜。

【意味】
杞の国に、天地が崩れ落ちたら、身の置き所がないと心配し、寝られもせず、食べ物も喉を通らない者がいた。さらにまた、その人が心配していることを心配する者がいた。そこで出かけていって、「天はたくさん集まった大気にすぎない。…天が崩れ落ちることを心配することなどない。」と言い聞かせた。…その人は心がすっきり晴れ晴れとして大いに喜んだ。

虎穴に入らずんば虎子を得ず<後漢書>
不入虎穴、不得虎子。当今之
計、独有因夜以火攻虜、使彼不
知我多少。必大震怖、可殄尽也。

【意味】
(班超の言葉)虎のいる穴に入らなければ、虎の子を手に入れることはできない。今とりうる策は、夜の間に乗じ火を放って匈奴を攻め、敵に我らの人数が少ないことを悟らせないことしかない。そうすれば敵を大いに震え恐れさせて、きっと全滅させることができるだろう。

助長<孟子>
宋人有閔其苗之不長而揠
之者。茫茫然帰、謂其人曰、「今日
病矣。予助苗長矣」其子趨而往
視之、苗則槁矣。

【意味】
宋の国の人で、自分の田の苗が伸びないのを心配して苗のしんを引っ張った者がいた。すっかり疲れて帰ってきて、家の人に「今日は疲れてしまった。わたしは苗が伸びるのを助けてやったよ。」と言う。その子が(変に思って)走って田に行ってみると、苗はみな枯れてしまった。

舟に刻みて剣を求む<呂氏春秋>
楚人有渉江者。其剣自舟中
墜於水。遽刻其舟曰、「是吾剣之
所従墜。」舟止。従其所刻者、入水
求之。舟已行矣。而剣不行。求剣
若此、不亦惑乎。

【意味】
楚の国の人で、長江を渡る者がいた。その剣が舟の中から水に落ちた。あわててその舟ばたに目印をつけて言うことには、「ここが私の剣が落ちた所だ。」と。舟が止まった。その目印をつけた所から水中に入って、剣を探した。舟はすでに動いてしまっている。しかし、剣は動いていない。剣を探し求めるのに、このようにするのはなんと見当違いなことではないだろうか。






故事成語


青は藍より出でて藍より青し<荀子>
圧巻<直斎書録解題 >
羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く<楚辞>
石に漱(くちすす)ぎて流れに枕す<世説新語>
衣食足れば則ち栄辱を知る<管子>
一炊の夢<枕中記>
井の中の蛙、大海を知らず<荘子>
韋編三絶(いへんさんぜつ)<史記>
燕雀安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや<十八史略>
温故知新<論語>
蝸牛(かぎゅう)角上の争い<荘子>
臥薪嘗胆(がしんしょうたん)<十八史略>
苛政は虎よりも猛なり<礼記>
隔靴搔痒(かっかそうよう)<無門関>
瓜田に履(くつ)を納(い)れず<古楽府(こがふ)>
鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問う<春秋左氏伝>
画竜(がりょう)点睛を欠く<歴代名画記>
汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)<柳宗元「陸文通先生墓表」>
換骨奪胎<冷斎夜話>
完璧<史記>
管鮑(かんぽう)の交わり<十八史略>
木に縁(よ)りて魚を求む<孟子>
杞憂<列子>
牛耳を執(と)る<春秋左氏伝>
九仭(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く<書経>
漁父(ぎょほ、ぎょふ)の利<戦国策>
鶏口と為るも牛後と為る無かれ<史記>
蛍雪の功<晋書>
鶏鳴狗盗<史記>
逆鱗に触れる<韓非子>
後世畏(おそ)るべし<論語>
呉越同舟<孫子>
虎穴に入らずんば虎子を得ず<後漢書>
五十歩百歩<孟子>
塞翁(さいおう)が馬<淮南子(えなんじ)>
四面楚歌<史記>
助長<孟子>
水魚の交わり<三国志>
推敲<唐詩紀事>
杜撰<野客叢書>
守株(しゅしゅ)<韓非子>
人口に膾炙(かいしゃ)す<林嵩「周朴詩集序」>
多岐亡羊(たきぼうよう)<列子>
他山の石<詩経>
蛇足<戦国策>
知音(ちいん)<列子>
朝三暮四<列子>
登竜門<後漢書>
蟷螂(とうろう)の斧<韓詩外伝>
泣いて馬謖(ばしょく)を斬る<三国志>
鶏を割くに焉(いず)くんぞ牛刀を用いん<論語>
背水の陣<史記>
白眼視<晋書>
白眉<三国志>
舟に刻みて剣を求む<呂氏春秋>
刎頸(ふんけい)の交わり<史記>
墨守<戦国策>
先ず隗(かい)より始めよ<十八史略>
矛盾<韓非子>
孟母三遷<列女伝>
羊頭狗肉(くにく)<無門関>
洛陽の紙価貴し<晋書>
梁上(りょうじょう)の君子<後漢書>
和光同塵(どうじん)<老子>






【故事成語の意味】


青は藍より出でて藍より青し<荀子>
弟子が師よりも優れていること。
※「出藍(しゅつらん)の誉れ」ともいう。

圧巻<直斎書録解題 >
①多くの詩文中最も優れたもの。
②書物や催し物で最も優れた部分。
※科挙(=中国の官吏登用試験)で、最優秀の答案をほかの答案の上にのせたことから。

羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く<楚辞>
失敗に懲りて必要以上に警戒心を強めること。
※熱い吸い物でやけどをした者がそれに懲りて、冷たいなますでも息を吹きかけて食べたことから。

石に漱(くちすす)ぎて流れに枕す<世説新語>
負け惜しみが強いこと。
※晋の孫楚が「石に枕し流れに漱ぐ」と言うべきところを言い違え、「流れに枕するのは耳を洗うため、石に漱ぐのは歯を磨くためだ」とこじつけて言ったことから。

衣食足れば則ち栄辱を知る<管子>
人は生活が安定してみてはじめて、名誉や恥を知るようになること。
「衣食足りて礼節を知る」のもと。

一炊の夢<枕中記>
人生の栄華のはかないこと。
※盧生(ろせい)という青年が、邯鄲(かんたん)の町で黄梁(こうりょう=粟)の炊ける間に一生涯の夢を見たことから。
「邯鄲の夢」「黄梁一炊の夢」ともいう。

井の中の蛙、大海を知らず<荘子>
見聞・見識の狭いこと。ひとりよがり。

韋編三絶(いへんさんぜつ)<史記>
書物を繰り返し読むこと。
※孔子が『易経』を愛読してなめし革(=韋)のとじ紐が何度も切れたことから。


燕雀安くんぞ鴻鵠(こうこく)の志を知らんや<十八史略>
小人物には大人物の気持ちがわからないこと。
※燕や雀のような小鳥には白鳥のような大きな鳥の心は理解できないことから。

温故知新<論語>
昔のことを研究して、そこから新しい知識や道理を見いだすこと。

蝸牛(かぎゅう)角上の争い<荘子>
つまらない争い。狭い世界での争い。
※蝸牛(かたつむり)の角の右と左とにいる者が戦って死者を多く出したという寓話から。

臥薪嘗胆(がしんしょうたん)<十八史略>
①復讐のため長い間苦労すること。
②将来の成功のため長い間苦労すること。
※呉王の夫差が越に対する恨みを忘れないように薪(たきぎ)の上に寝たことと、越王の勾践が呉から受けた恥を忘れないように苦い胆(きも)を嘗めたことから。

苛政は虎よりも猛なり<礼記>
厳しく残酷な政治は虎よりも恐ろしいということ。

隔靴搔痒(かっかそうよう)<無門関>
はがゆいこと。
※靴の外側から、足のかゆいところをかくということから。

瓜田に履(くつ)を納(い)れず<古楽府(こがふ)>
人から疑われるような行動はしない方がよいということ。
※瓜の畑で靴が脱げても、無用な疑いを招かないように靴のひもを結んだりするなということから。
「李下(りか)に冠を正さず」と同じ。

鼎(かなえ)の軽重(けいちょう)を問う<春秋左氏伝>
①王位をねらう下心があること。
②人の実力を疑うこと。
※天下への野心がある楚の荘王が、周の定王に周の宝である鼎の重さを尋ねたことから。


画竜(がりょう)点睛を欠く<歴代名画記>
最後の肝心な仕上げを欠くこと。
※竜を描いて最後にひとみを書き入れないことから。

汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう)<柳宗元「陸文通先生墓表」>
蔵書が多いこと。
※車に積んで牛に引かせると牛が汗まみれになるほど、また家の棟木に届くほど、書物が多いことから。

換骨奪胎<冷斎夜話>
他人の詩や文をもとにして自分の創意を加え、新しく作品を作ること。

完璧<史記>
完全で欠けたところがないこと。
※藺相如(りんしょうじょ)が璧(たま)を無傷のまま持ち帰ったことから、「璧を完(まっと)うす」ともいう。

管鮑(かんぽう)の交わり<十八史略>
利害を越えた親密な交友のこと。
※管仲(かんちゅう)と鮑叔(ほうしゅく)の交友から。

木に縁(よ)りて魚を求む<孟子>
手段を間違えては何事も不可能なこと。

杞憂<列子>
取り越し苦労。無用な心配。
上記に資料

牛耳を執(と)る<春秋左氏伝>
集団の中心になって、自由に人を動かすこと。
※諸侯が同盟を結ぶ際に、盟主が牛の耳を切り、その血を回し飲みしたことから、「牛耳る」ともいう。

九仭(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に虧(か)く<書経>
積み重ねてきた努力が、ちょっとした失敗一つでだめになってしまうこと。
以前のブログ、囲碁に関連して

漁父(ぎょほ、ぎょふ)の利<戦国策>
両者が争っている間に第三者が利益を得てしまうこと。
※蚌(ぼう、どぶがい)と鷸(いつ、しぎ)が争っている間に漁師が両方を捕まえたことから、「漁夫の利」ともいう

鶏口と為るも牛後と為る無かれ<史記>
大きな団体の末端につくより、小さな団体でもリーダーになるほうがよいこと。
※戦国時代の遊説家、蘇秦の言葉から。

蛍雪の功<晋書>
苦学して成果を上げること。
※車胤(しゃいん)が蛍の光で、孫康が雪明かりでそれぞれ読書し、後に成功したことから。

鶏鳴狗盗<史記>
つまらない技芸を持った人のこと。
※斉の孟嘗君(もうしょうくん)が、鶏の鳴きまねのうまい男と犬(=狗)のように巧みにしのび込み物を盗む男を利用して難を逃れたことから。

逆鱗に触れる<韓非子>
君主の怒りを買うこと。目上の人に厳しくしかられること。
※竜の喉元にある逆さに生えた鱗(うろこ)に触ると、竜が怒って人を殺すということから。

後世畏(おそ)るべし<論語>
若い人は努力次第で大いに進歩向上するので、その進歩はおそれ敬うべきものがあるということ。

呉越同舟<孫子>
仲の悪い者どうしが同じ場所にいること。
※仲の悪い呉の人と越の人が同じ舟に乗り合わせたことから。

虎穴に入らずんば虎子を得ず<後漢書>
危険を冒さなければ大きな成果を上げることはできないこと。
上記の資料

五十歩百歩<孟子>
ほとんど違いがないこと。
※戦場で五十歩逃げるのも百歩逃げるのも同じであることから。

塞翁(さいおう)が馬<淮南子(えなんじ)>
人生の幸不幸や吉凶は予測がつかないこと。
※国境付近に住む老人の馬が一度逃げたが、その後名馬を連れて戻ってきたこと、また彼の息子が落馬して骨折したが、そのおかげで戦争に行かずに済んだことから。
「人間(じんかん)万事塞翁が馬」ともいう。「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄のごとし」と同じ。

四面楚歌<史記>
自分の周囲がみな敵であること。
※楚の項羽が垓下(がいか)で漢の劉邦(りゅうほう、=沛公)の軍に囲まれたとき、劉邦の軍が項羽の出身地である楚の国の歌を歌うのを聞いて、驚き悲しんだことから。

助長<孟子>
不要な助けをしたために、かえって悪い状態にしてしまうこと。
上記の資料

水魚の交わり<三国志>
極めて親密な付き合い、間柄。
※蜀の劉備が、諸葛亮(しょかつりょう)との交際についていった言葉から。

推敲<唐詩紀事>
詩や文を作るとき、字句を何度も練り直すこと。
※詩人の賈島(かとう)が自分の詩の一句に「推」と「敲」の字のどちらを使うかで迷ったことから。

杜撰<野客叢書>
いい加減なこと。間違いの多いこと。
※詩人の杜黙(ともく)が撰(せん)した(=作った)詩に、作詩上の規則に合わないものが多かったことから。

守株(しゅしゅ)<韓非子>
古い習慣にとらわれて融通のきかないこと。
※農夫が木の切り株に当たった兎を手に入れたため、もう一度同じことがあるのではないかと切り株の番をしたことから。「株(かぶ)を守る」ともいう。

人口に膾炙(かいしゃ)す<林嵩「周朴詩集序」>
世間に広く知れわたること。
※膾(=なます)と炙(=あぶり肉)は誰からも喜ばれることから。

多岐亡羊(たきぼうよう)<列子>
①学問の道が多方面にわたり、真理を見失うこと。
②方針が多くあり迷うこと。
※逃げた羊を探す者が、分かれ道(=岐)が多くて見つけられなかったことから。

他山の石<詩経>
どんなつまらないものでも自分を磨くのに役立つこと。
「他山の石以(もっ)て玉を攻(おさ)むべし」から

蛇足<戦国策>
よけいな付け足し。
※楚の国で蛇を早く描く競争をしたところ、早く描いた人が蛇に足を描き加えたために負けてしまったことから。

知音(ちいん)<列子>
自分のことをよく理解してくれる人、親友。
※春秋時代、鐘子期(しょうしき)が伯牙(はくが)の弾く琴の音色で彼の心境をよく理解したことから。

朝三暮四<列子>
①目先の違いにとらわれて、同じ結果になることに気がつかないこと。
②ごまかすこと。
※宋の狙公(そこう)という者が猿にえさをやるのに、朝三個夜四個と言ったら猿が怒ったが、朝四個夜三個と言ったら猿が喜んだから。

登竜門<後漢書>
立身出世のための難しい関門。
※黄河上流の竜門は急流の難所で、ここを登りきった鯉は竜になるという伝説があることから。

蟷螂(とうろう)の斧<韓詩外伝>
自分の力量を考えずに強敵に向かうこと。
※蟷螂(かまきり)が前足を挙げて馬車に立ち向かったことから。

泣いて馬謖(ばしょく)を斬る<三国志>
規律を守るために、私情を断ち切って処罰すること。
※蜀の諸葛亮が命令に背いて失敗した罪を責め、泣きながら部下の馬謖を斬ったことから。

鶏を割くに焉(いず)くんぞ牛刀を用いん<論語>
小さな事を処理するのに、大人物を起用したり大げさな方法をとったりする必要はない。
※鶏を料理するのに牛を解体するような大きな包丁を使う必要はないという孔子の言葉から。

背水の陣<史記>
決死の覚悟で事に当たること。
※韓信(かんしん)が、わざと川を背にして陣を張り、勝利を収めたことから。

白眼視<晋書>
人を冷たい目で見ること。
※阮籍(げんせき)が、好ましい人には青眼(=黒目)で、気に入らない俗人には白眼(=白目)を向けて応対したことから。

白眉<三国志>
多くの中で最も優れている人や物。
※蜀の国に五人の優れた兄弟がいて、最も優れていた長男の眉に白い毛があったことから。

舟に刻みて剣を求む<呂氏春秋>
時の推移に気づかず、融通がきかないこと。
上記の資料

刎頸(ふんけい)の交わり<史記>
非常に親密な交際。
※廉頗(れんぱ)と藺相如(りんしょうじょ)が頸(くび)を刎(は)ねられても悔いがないほどの親交を結んだことから。

墨守<戦国策>
自説を固く守って変えないこと。
※墨子が公輸盤(こうしゅばん)との模擬戦争で、九度の攻撃から城を守ったことから。

先ず隗(かい)より始めよ<十八史略>
①大きな事業を行うにはまず身近なことから始めるのがよい。
②何事も言い出した者から実行せよ。
※郭隗(かくかい)が「優れた人材を集めたいなら、まずこの私を優遇せよ」と燕の昭王に述べたことから。

矛盾<韓非子>
つじつまの合わないこと。
※矛と盾を売っている人がその両方を自慢したため、話のつじつまが合わなくなってしまったことから。

孟母三遷<列女伝>
教育には環境が大事ということ。
※孟子の母が子のために三度転居し学校の近くに住んだことから。

羊頭狗肉(くにく)<無門関>
見かけと内容が異なること。
※店頭に羊の頭を掲げながら、実際には狗(いぬ)の肉を売ることから。

洛陽の紙価貴(たか)し<晋書>
著書がもてはやされ、よく売れること。
※晋の左思(さし)の文章「三都賦(さんとのふ)」を洛陽の人々が先を争って書き写したために紙の値段が上がったことから。

梁上(りょうじょう)の君子<後漢書>
盗賊のこと。
※後漢の陳寔(ちんしょく)が梁(はり)の上の盗賊を指し、「梁上の君子」と言ったことから。

和光同塵(どうじん)<老子>
自分の知恵を包み隠して俗世間に同化していくこと。
※「其(そ)の光を和らげ、其の塵(ちり)を同(どう)ず」から。
(菊地隆雄ほか『漢文必携[四訂版]』桐原書店、1999年[2019年版]、182頁~186頁)