昨日8月5日は、亡き実父の命日でした・・・。
(お花を買ってこようと思っていたのに、買いに行けませんでした。
お父さん、ごめんなさい。)
もう、今から、20年近く前のことで、急死でした。
60代の若さでした。
いつもなら、8月2日の実父の誕生日に、
私は、毎年必ず、
電話で「おめでとう」と伝えていました。
でも、何故か?実父が亡くなったその年のお誕生日にだけ、
お祝いを言えなかったのです。
今でも、それが、心残りです。
(まだ、心療内科にかかる前で、愛猫きららも、来る前のことです。
とにかく、忙しく、体調が、どんどん悪くなっていきました。)
その当時の私は・・・、
新しい職場にかわり、その職場のオバチャン店長から、
いじめを受ける毎日でした。
オバチャンは、スピーカーみたいに、私の悪口を周りに言うので、
周囲の人の視線が気になりました。
お客さんの前で、私は、悪くないのに、
「あんたがしたんやろ!あっちに行け」と、
訳も分からず怒鳴られたり。
私の職場には、珍しく、私は、大卒だったので、
面白くなかったのかも?しれません。
今で言う「モラハラ」というやつですね。
土日休みをくれる時も、
「子供がおらへんから、夫が浮気したら、困るから、
土日休みをあげるわ。」
とわざわざ、嫌みみたいに、前置きをするのです。
最低限の家事をしながら、フルタイムで働く、
しかも、早番、中番、遅番の3交代。
遅い時には、帰宅が夜の10時でした。
手際の良い主婦なら、ちゃんと食事を作っておくのでしょうが、
私は、申し訳ないけど、
夫の作るお食事に、満足できず、食材を帰りに買ってきたり、
お弁当を買ってきたり、食べ終わるのが、夜の11時と、
不健康な生活をしていました。
夫は、私が帰るまで、食事も取らず、我慢して、待っていました。
私の勤めていたお店のオバチャン店長は、
実父が亡くなった時、2週間、お休みをくれました。
2週間のお休みは、有難かったし、お香典も包んでくれたけど、
私が職場に帰って来たら、そのオバチャン店長は、何故だか、
下を向いて笑っていました。
オバチャン店長には、お香典をもらったこともあり、
別にお土産を用意して渡した後で、
私が、職場の皆に買ってきた箱入りのお菓子を、何を勘違いしたのか?(1人1つずつと説明していたのに・・・)
1人で勝手に休憩時間に箱をあけて、オバチャンの知り合いに、
配って食べてしまいました。
まあ、そこまでだったら、笑い話で許せるのかもしれません。
でも、49日に帰省した時に、また、お土産を配ったんです。
今回は、1人1個ずつ、配りました。
すると、そのオバチャン店長は、決して食べようとせず、
賞味期限が過ぎてしまってから、
私とストック裏の大きなゴミ箱に行き、
私にそのお菓子を捨てるように、命令するのです。
「私は、賞味期限が1日でも過ぎたものは、
お腹を壊すから、
食べたくない。早く目の前で、捨てなさい。」
って・・・。
目の前を色んな人(他のお店の人達)が、
「あらあら、大変ねぇ・・・」って、困っている私を見ながら、
通り過ぎて行くのだけど、
私は、すごくツラかったなあ・・・。
私は、こういうことされても、年上の人には、逆らったらいけないと、
子供の頃から教わっていたので、反論が出来ないんですよね。
他にも、色々困ったことや嫌がらせがあって、
一応、本社の上司には、相談していましたが、
それも、気に入らなかったみたいです。
一度、オバチャン店長に、上司が「いい加減にしろ」って、
怒鳴っているのをみました。
こういう意地悪なオバチャンが、私の行く会社、行く会社にいて、
そういうのも、私自身が、精神のバランスを崩した原因と、
重なっているような気がします。
実父が亡くなった後、私は、そんなに父のことが好きではなかったのに、すごくショックでした。
そのショックは、あとで、ドンドンきました。
大きな耳鳴りがしたり、毎日のように、亡くなった実父が、
夢に出てきました。
それだけではなく、天井から、何だか、父が見ているような?
そんな感じ(幻視だと思います。)がして、
眠りも浅く、当時不妊治療をしていたけど、
それどころでは無く、夫と話し合って、止めることにしました。
私が、37歳の時です。
それから、1年後、そのモラハラをしていたオバチャン店長は、
定年退職をしました。
その後、私が、代わりの店長になりました。
そこで、めでたし、めでたしに、なれば良いのですが、
仕事が多すぎて、着いていけず、頼りになるはずの部下も、
仕事が出来ず、お給料が安すぎて、どんどん、辞めていきました。
仕事を教えても、辞める部下、続出・・・。
私も、仕事がこなせず、オールと言って、
通しで仕事をし、
早番9:30~遅番21:30をしつつ、
休日出勤や、持ち帰りの仕事など、
早朝4時から仕事をして、夫に注意されたりと、
もう余裕がありませんでした。
とにかく、仕事をこなさなければ、誰も、手伝ってくれません。
お昼の休憩も、ご飯を食べるだけ。
ご飯と言っても、食欲が無いので、うどんを食べて、終わり。
今と違って、ガリガリに痩せていたと思います。(Sサイズ)
そして、そのうち、原因不明の腹痛が続き、仕事に集中出来なくなり、
病院に行くと、「仕事を辞めたら治る」と言われました。
数カ所の病院で、検査を受けるも、異常なし。
数か月粘りましたが、仕事が出来なくなって、退職しました。
今、思うと、もうちょっと、上手くお仕事を出来ていたら、
良かったのに・・・と思うのですが、
なかなかそうもいきませんでした。
父の命日と共に、ツラかったお仕事の思い出も、
思い出します。
ぽちっと押してくれるとうれしいです。
コメントありがとうございます。
今、思うと、朝4時から、売り上げ計算したり、
軽躁が入っていました。
でも、売り上げをFAXしないと、次の商品が入荷しないシステムだったので、焦りまくっていました。
もう、仕事をすることは、無いと思うんですが、
もうちょっと、上手く出来なかったのか?・・・と、思うことがあります。
自分の健康を壊してまで、よく頑張りました^^
周りのことも考えず、人の思いやりもない、いい加減な人たちが楽に暮らせる世の中ですね
「ずっと真面目に頑張って生きてきた」
これは、誰にも出来る事ではない、すごい事なんですよ^^
疲れた分、のんびり行きましょうね^^