共通の記憶
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「カルディアは失われた叡智の国の生き残りなのですか? 」
イリスは尋ねた。
「分かりません」
イリスは尋ねた。
「分かりません」
カルディアは残念そうに首を横に振る。
「ですが、私のふるさとの島は、むかしからいくつかの伝説が残された場所です。あの島が、沈んだ大陸の一部であるとかないとか。しかし、それを確かめるすべを私は持ちません。海の底に沈んで、遺跡を発掘するほどの体力はありませんからね。
しかし、感じるのです。かつてこの場所で、違う自分として生きていたかもしれないと、私の奥に潜む、力強い何かがそう告げるのです」
「それは、あの国で生きていた記憶があるということですか? 」
「記憶…これが記憶なのか、私にはわかりませんね。ただそんな気がするのです。そして、それを確かめる意味もこめて、こうして旅をしているのです」
しかし、感じるのです。かつてこの場所で、違う自分として生きていたかもしれないと、私の奥に潜む、力強い何かがそう告げるのです」
「それは、あの国で生きていた記憶があるということですか? 」
「記憶…これが記憶なのか、私にはわかりませんね。ただそんな気がするのです。そして、それを確かめる意味もこめて、こうして旅をしているのです」
「初めての旅はどちらへいかれたのですか? 」
ふたりはお互いの目を見詰め合ったまま、延々会話を続けていた。
私はもっとカルディアに聞きたいことがほかにあるのだが、どう切り出していいのかわからず黙ってイリスが興奮気味に次々と繰り出す質問の矢にカルディアが丁寧に答えていく様を見守った。
「初めての旅ですか。そうですね。私は幼い頃から、どこか遠い山の上で生まれたような疎外感を持って生きていました。本当のふるさとはもっと別の場所にある、そんな思いがどうしても沸いてきてしまう。
そのふるさとを探しに出かけようと思ったのは、17歳の時でした。両親も止めませんでした。
特に母親は、むしろそう望んでいたように見えました。
小さな島の漁師の妻として、幼い子供を育てながら、時折夕日や月を眺めては、いつかもっと遠い世界を見てみたいねとつぶやいていましたから」
「初めての旅ですか。そうですね。私は幼い頃から、どこか遠い山の上で生まれたような疎外感を持って生きていました。本当のふるさとはもっと別の場所にある、そんな思いがどうしても沸いてきてしまう。
そのふるさとを探しに出かけようと思ったのは、17歳の時でした。両親も止めませんでした。
特に母親は、むしろそう望んでいたように見えました。
小さな島の漁師の妻として、幼い子供を育てながら、時折夕日や月を眺めては、いつかもっと遠い世界を見てみたいねとつぶやいていましたから」
カルディアはそこに夕陽が見えているかのように土色の壁をじっと見た。
「母は昔こう言っていました。母は遠い昔、大人だったお前に何かを習っていた気がするのよ。今もおまえから教わる事が多いのはそのせいかもね、と。冗談めかして話してはいましたが、幼いながらも私は驚いていました。何故ならば、私も同じことを感じていたのからです」
「母は昔こう言っていました。母は遠い昔、大人だったお前に何かを習っていた気がするのよ。今もおまえから教わる事が多いのはそのせいかもね、と。冗談めかして話してはいましたが、幼いながらも私は驚いていました。何故ならば、私も同じことを感じていたのからです」
「お母様に何かを教えていたような気がしていたのね」
「その通り」とイリスに優しく微笑む。
「私は子どものころから、遠いむかしどこかで教師のような職業につき、多くの人々に何かを教えていたような気がしていました。そして母親は、そのときの生徒のひとりだったのではないかと感じていた。時には実際に体験したかのように見える事さえあったのです」
「もはや前世の記憶なのではないでしょうか」
「そうかもしれないですね」
カルディアは何かを思い出すようにしばらくぼんやりと宙を見ていた。その間誰も口を開かず、松明のはぜる音がした。
「あれは前世の記憶なのでしょうか。満月の美しい夜、数人が車座に座っていて、その中のひとり、とても美しい女性が私のすぐ横に座り、黙って私の話を聞いている、そんな様子が見えるのです。私はその人をとても大切に思っていました。
そして母親はその人の面影を持っているのです」
「それはお母様だった可能性がありますよね。だとしたら人は生まれ変わるという事なのでしょうか? 」
「どうでしょう。それは私にはわかりません。私に見えるその映像も、かつて本当にあったことなのか、確かめる方法を私は知らないのですから」
「確かめる方法はあるかもしれませんわ。もしもその過去生の共通の思い出を持った人に出会ったら、それは証明されたことになりませんこと? 」
イリスはすこし興奮していた。
「共通の思い出。確かに、信憑性は増しますね。だからといって、それが、実際にあった出来事である証明になるかと言えば難しいところですが」
「どうでしょう。それは私にはわかりません。私に見えるその映像も、かつて本当にあったことなのか、確かめる方法を私は知らないのですから」
「確かめる方法はあるかもしれませんわ。もしもその過去生の共通の思い出を持った人に出会ったら、それは証明されたことになりませんこと? 」
イリスはすこし興奮していた。
「共通の思い出。確かに、信憑性は増しますね。だからといって、それが、実際にあった出来事である証明になるかと言えば難しいところですが」
曖昧に微笑むカルディアがどんどん気持ちを高ぶらせているイリスを落ち着かせようとしていることに気付かず、
「実は、先ほどから、私もカルディアと、かつてどこかで会っていたような気がしてならないのです」
「実は、先ほどから、私もカルディアと、かつてどこかで会っていたような気がしてならないのです」
とイリスは、はしたなくも声を大きく叫んだ。おつきの女性が苦笑していることに全く気付かずカルディアの座るほうに身を乗り出して答えを待っている。
「なるほど。イリスもかつてあの叡智の国で生きていたのかもしれないですね。そして、今と同じようにこうして床に座って、何かを学びあっていたのかもしれない」
その会話を聞きながら、私はふたりがふざけているのか本気なのかわからないでいた。
だってその通りじゃない。
「なるほど。イリスもかつてあの叡智の国で生きていたのかもしれないですね。そして、今と同じようにこうして床に座って、何かを学びあっていたのかもしれない」
その会話を聞きながら、私はふたりがふざけているのか本気なのかわからないでいた。
だってその通りじゃない。
ふたりはかつてあの透明のドームのような建物の中で、一緒に瞑想したり、智慧を実践するにはどうしたらいいのかとか話していたじゃない。
そう口に出したくなるのを堪えながら黙ってやり取りを聞いていると、不意に心の中に声が響いた。
『それを口にだして言うべきではない。今はまだその時期ではないのだ』と。
2002.5.23発行のメルマガ『翼をたたんで今日はお昼寝』より
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※その13(完全なる覚醒)は現代パートなのでこちらにはアップせず※