橋爪:初めまして。
高橋:初めまして。
橋爪:今日は「消費増税、是か非か」というテーマで、高橋さんと議論をすることになっています。
高橋:企画者のフトコロの都合でギャラが出ないらしいそうですよ。
橋爪:ええ。まあ、とにかく手っ取り早く済ましてしまいましょう。
高橋:橋爪さんは、賛成のお立場だそうですね。
橋爪:はい。
高橋:なんでまた。
橋爪:私は、良心的な知識人たちが揃いも揃って消費増税に異議を唱えているとついムズムズと天邪鬼の魂が目を覚ますらしいのです(笑)。
高橋:では、本当はどちらでもいい、と。
橋爪:いいえ。あくまでも賛成です。
高橋:なんでまた。
橋爪:政府の財政が危機的状態にあることはご存知ですね。
高橋:ああ、いつもの財務省のデマね。でも、まあいい や。で?
橋爪:二〇一二年度予算で、税収は約46兆円。それに対して歳出は総額で90兆円。その差額の44兆円は赤字国債で埋めるしかない。その累計が今や1000兆円にも達しようとしている。それは、対GDP比で約200%を超えようとしています。むろん、その数値は、先進国の中で突出して最悪です。
高橋:うーん。で?
橋爪:このやり方を続けるには、政府としては、毎年赤字国債を売り続ける必要があります。その上限は、全国民の預貯金の1500兆円と考えられます。そこにまで達してしまうと、もう国債を現金にできなくなってしまう。すると、国債価格が暴落し、金利が急騰し、ハイパー・インフレが起こり、国の債務も家計の貯蓄もアッという間にゼロ同然になってしまいます。国の債務がチャラになるのはまあ良しとしても、家計の預貯金がゼロになるのは国民にとって身の毛のよだつ話です。また、国債が紙切れ同然になってしまったせいで、それを大量に保有する市中銀行も保有資産が目の前で消えてしまうし、年金や社会保障もアウトになります。敗戦直後のように現物経済でのゼロからのスタートとなってしまいます。
高橋:まだ、あるの?
橋爪:もうすぐ結論に至ります。財政破綻・国民財産の消滅がいやなら、増税して、政府の支出もバッサリとカットする。そうやって、国債の残高(政府の借金)を毎年着実に減らしていく。それをずっと続ければ、国債の信用はどうにか保たれる。ゆえに増税は不可欠。安定した合理的な課税は消費税なのだから、消費税率を上げる。だれが考えても、これ以外にない。以上です。
高橋:おっしゃりたいことは分かりました。なんだか、財務官僚と話をしているような気がしてくる(私は元財務官僚だけれど)。私とあなたとの考え方はまるで反対だから、これからいろいろと話しますが、もしも腑に落ちないところがあるなら、その都度言ってください。
橋爪:分かりました。
高橋:まず、日本政府の財政状態が先進国で突出して最悪というのはウソです。日本政府の債務は1000兆円で確かに世界最高です。しかし、政府の債権(つまり財産)もまた世界最高で650兆円なんですね。だから、その差額の1000兆円-650兆円=350兆円が純債務で、これが国際比較で使われる数値です。これでいくと、純債務対GDP比は350兆円÷500兆円=70%となり、先進国中突出して悪い、というわけではない。(OECDの場合、金融資産だけを資産として計上するので数値がずれる)さらに、政府には、(私会計にはない)徴税権と貨幣発行権もあります。これらは、数値が膨大すぎて計上するのが困難なので簿外資産扱いをされるだけです。これが、公会計と私会計との決定的な違いでもあります。では、財務省は、なぜそんなウソをつくのか。それは、財務省が「財政再建待ったなし。消費増税待ったなし」の風潮を大手マスコミを使って作り出し、国民のマインド・コントロールをするためである。ウソをついてでも、とにかく増税したいわけですよ、財務官僚は。
橋爪:しかし、財政状態が良くないのは確かです。
高橋:それは、そうです。決して良くはない、財務省が振りまくウソほどではないけれど。では、なぜ財政状態が悪化したのか。それは、税収が減ったからです。では、なぜ税収が減ったのか。それは名目GDPが減ったからです。つまり、景気が悪いからです。では、景気が悪い原因は何かといえば、それはデフレ・円高です。人口減少が原因ではありませんよ。人口減少と名目GDPとの間に統計学的に有意な相関関係は認められません。だから、財政状態を良くしたいのならば、一日でも早くデフレ・円高から脱却をして、景気を回復させることが必要なのです。デフレ状態を放置したまま消費増税をすれば、税収はかえって減ります。それは、1997年の橋本デフレで経験済です。その愚を決して繰り返してはいけない。
橋爪:しかし、そんなに急に景気が良くなるはずがない。
高橋:いいえ。それは簡単な話です。お金をどんどん刷ればいいのです。デフレ・ギャップを一気に埋めるために二〇兆円から三〇兆円を日銀にどーんと引き受けさせればいいのです。全体で六〇兆円程度お金を刷れば、為替は1ドル=100円程度になる。米ドルが約2兆ドルあるので、現状の一三〇~一四〇兆円を二〇〇兆円に増やせば、二〇〇兆円÷2兆ドル=100円/ドルという単純な割り算の話です。そうやって為替は動いています。そんなふうにして円安になれば、輸出企業は息を吹き返します。中国・韓国と堂々と渡り合えます。そうすると株価も上がってきます。だいたい1万3000円~1万5000程度になるでしょう。それにつれて設備投資も盛んになってきます。統計上、10%の円安で名目GDPは0.5%伸びることが分かっているので、現状で1ドル=80円として、(100円-80円)÷80円×100=25%、25%÷10%=2.5、0.5%×2.5=1.25%の名目GDPの伸びが期待できます。また、名目GDPが1%伸びると法人税収は4%伸びるから、法人税収4%×名目GDPの伸び率1.25%=5%の法人税収の伸びが期待できます。所得税収ももちろん増えるし、景気が良くなれば消費の絶対量も増えるので消費税収だって増えます。そうすれば、財政状態は自ずと良くなりますよ。そういう状態を、適切な財政・金融政策によって続ければいいのです。まともな国なら、政府が国民の足を引っ張って馬鹿なことをしなければ、自然実質成長率約2%が実現されるので、実質2%+インフレ率1~2%=3%~4%くらいの名目GDPの持続的成長は十分に可能です。
橋爪:でも、そんなにたくさんお金を刷って、日銀が20兆円も30兆円も国債を引き受けたら、ハイパー・インフレになってしまいます。
高橋:まずは、言葉の定義をはっきりさせましょう。ハイパー・インフレというのは、金融用語として「極めて短期間のうちに、物価が数倍、数十倍に高騰するような激しいインフレのこと」を意味します。日本は、終戦直後の46年に一度だけ500%程度の、ハイパー・インフレとしては最低のものを経験しています。もっとも、それは、国債の乱発が原因ではなく、戦争によって生産システムが麻痺したことによるモノ不足が原因です。国債の乱発でハイパー・インフレを経験したことは一度もないのです。いまの日本は、インフレではなくデフレの真っ只中にいます。だから、日銀が20~30兆円の国債を引き受けた場合、単にデフレ・ギャップが埋まるだけで、ハイパー・インフレどころかただのインフレも起こりっこない。むしろ、3%~4%のマイルドなインフレは、人々の投資心理や購買心理を刺激するので、景気に対してプラスに作用するから、ぜひ実現したいくらいです。そのためには、経済指標をにらみながら、50兆円、60兆円と大胆な金融緩和を実施すべきです。もちろん、マイルドなインフレを超えそうな兆しが見えれば、そこで金融緩和をストップすればいいのです。景気が加熱気味になれば、そこではじめて法人税や所得税の増税さらには消費増税を実施すると良い(消費税は逆進税なのでその逆の順ではありません)。そのことにまで、私は反対しません。というか、景気が加熱気味のときの増税は理にかなっています。すべては、状況次第です。それが、経済政策の当たり前の理路なのです。
橋爪:しかし、ハイパー・インフレの可能性はゼロではありません。万難を廃して、これだけは避けなければならない。
高橋:分かりました。100歩も1000歩も譲りましょう。国民が愚かにも消費増税を拒否して、橋爪さんが最も恐れていたハイパー・インフレが起こったとします。そうして、家計の預貯金がゼロになり、国債が紙切れ同然になり、それを大量に保有する市中銀行の保有資産もゼロになり、年金や社会保障もアウトになったとしましょう。しかし、戦争が起こったわけではないので、高度な生産設備はまるまる残っています。また、円の価値が暴落したせいで空前の円安が実現します。だから、景気の牽引車である輸出産業が俄然息を吹き返し、生産設備の稼働率は100%になり、完全雇用状態が実現します。日本を20年間苦しめ続けたデフレと円高などどこかへ吹き飛んでしまいます。また、暴落した国債の高い利率に目をつけた日本国民は、われ先に国債を買い求めることでしょう(私もそれなら喉から手が出るほどに買いたいー企画者言)。
だから、ハイパー・インフレを招くために消費増税しないことは、日本の窮状を救う起死回生の大ホームランになるのではありませんか。残念ながら、消費増税しなかったら、ハイパー・インフレは起こりそうにもありませんが。
橋爪:私は、民主主義の根本の話をしているのです。民主主義においては、一般国民が主権者です。主権者である国民は、政府のご主人様として、税で政府を支え、財源で政府をコントロールする。だから、財政均衡(歳入と歳出が均衡すること)は、財政の基本であるだけではなく、民主主義の基本でもあるのです。だから、長年税金をケチっておいて、公共サーヴィスだけはちゃっかり受け取ろうとするのは、日本国民の主権意識の欠如を物語る恥ずかしい話なのです。
高橋:うーん。そうかなぁ。国民がケチるもケチらないもなくて、名目GDPが伸びなければ、税収が減るだけのことではないのかなぁ。財政赤字と民主主義とは、あまり関係がないと思うなぁ。名目GDPが伸びないのは、政府・日銀の財政・金融政策の失敗が原因でしょ?それを、国民の主権者意識の欠如のせいにされたら、いくら大人しい日本国民だって、気分を害するんじゃないの?
橋爪:気分を害そうと怒ろうと、日本の民主主義にはそういう根本問題があります。財政赤字は、国民がそれを考える絶好の機会なのです。
高橋:まったく賛成できませんが、あなたの心意気だけは分かりました。
橋爪:では。
高橋:では。
ギャラを払えなくて二人から呆れられた、この架空対談の企画者から、一言。
「財政赤字問題は、日本国民の主権者意識の欠如を示す、民主主義の根本問題である」という、橋爪氏のユニークかつ斬新な問題提起に面食らって、私のあまり性能の良くない脳の働きがしばらく停止してしまったのですが、なんだか変だと思って書架をゴソゴソ探していたら、橋爪氏のかつての次の発言が目に飛び込んできました。
「政治家が(収賄などの政治腐敗を原因とするものよりもー引用者補)信用できないもっと重要なケースは、政治家が約束を守らないことです。公約を実行しない。これは、民主主義の制度を根底から破壊する行為にほかならなりません。」 (『橋爪大三郎の政治・経済学講義』ちくま学芸文庫)
いまでも橋爪氏がこの発言を撤回していないのだとすれば、消費増税をめぐる民主党のマニフェスト違反を、橋爪氏は当然のことながら「民主主義の制度を根底から破壊する行為にほかならなりません」と糾弾するものと愚考します。(マニュフェストって、公約の、国民に対する契約的な側面を数値的に強化したものですよね?)
ところが、消費増税を推進しようとする民主党執行部に対して、今回は何のお咎めもなく、「マニフェスト違反の民主党に消費増税をする資格はない」とゴネる国民に対しては「おお、なんと主権意識の乏しい、しかもケチな国民であることよ」と嘆き、かつケナす橋爪氏の頭の中をどう理解すればいいのか、戸惑わざるをえません。
参考資料
・「そもそも税金と国家とは」(橋爪大三郎『Voice』二〇一二年八月号・ 巻頭の言葉)
・『橋爪大三郎の政治・経済学講義』ちくま学芸文庫
・「『上げ潮派』知恵袋が消費税率引き上げに反対する3つの理由」(月刊「経営塾フォーラム」二〇一二年7月号)
・『日本経済の真相』(高橋洋一・中経出版)
高橋:初めまして。
橋爪:今日は「消費増税、是か非か」というテーマで、高橋さんと議論をすることになっています。
高橋:企画者のフトコロの都合でギャラが出ないらしいそうですよ。
橋爪:ええ。まあ、とにかく手っ取り早く済ましてしまいましょう。
高橋:橋爪さんは、賛成のお立場だそうですね。
橋爪:はい。
高橋:なんでまた。
橋爪:私は、良心的な知識人たちが揃いも揃って消費増税に異議を唱えているとついムズムズと天邪鬼の魂が目を覚ますらしいのです(笑)。
高橋:では、本当はどちらでもいい、と。
橋爪:いいえ。あくまでも賛成です。
高橋:なんでまた。
橋爪:政府の財政が危機的状態にあることはご存知ですね。
高橋:ああ、いつもの財務省のデマね。でも、まあいい や。で?
橋爪:二〇一二年度予算で、税収は約46兆円。それに対して歳出は総額で90兆円。その差額の44兆円は赤字国債で埋めるしかない。その累計が今や1000兆円にも達しようとしている。それは、対GDP比で約200%を超えようとしています。むろん、その数値は、先進国の中で突出して最悪です。
高橋:うーん。で?
橋爪:このやり方を続けるには、政府としては、毎年赤字国債を売り続ける必要があります。その上限は、全国民の預貯金の1500兆円と考えられます。そこにまで達してしまうと、もう国債を現金にできなくなってしまう。すると、国債価格が暴落し、金利が急騰し、ハイパー・インフレが起こり、国の債務も家計の貯蓄もアッという間にゼロ同然になってしまいます。国の債務がチャラになるのはまあ良しとしても、家計の預貯金がゼロになるのは国民にとって身の毛のよだつ話です。また、国債が紙切れ同然になってしまったせいで、それを大量に保有する市中銀行も保有資産が目の前で消えてしまうし、年金や社会保障もアウトになります。敗戦直後のように現物経済でのゼロからのスタートとなってしまいます。
高橋:まだ、あるの?
橋爪:もうすぐ結論に至ります。財政破綻・国民財産の消滅がいやなら、増税して、政府の支出もバッサリとカットする。そうやって、国債の残高(政府の借金)を毎年着実に減らしていく。それをずっと続ければ、国債の信用はどうにか保たれる。ゆえに増税は不可欠。安定した合理的な課税は消費税なのだから、消費税率を上げる。だれが考えても、これ以外にない。以上です。
高橋:おっしゃりたいことは分かりました。なんだか、財務官僚と話をしているような気がしてくる(私は元財務官僚だけれど)。私とあなたとの考え方はまるで反対だから、これからいろいろと話しますが、もしも腑に落ちないところがあるなら、その都度言ってください。
橋爪:分かりました。
高橋:まず、日本政府の財政状態が先進国で突出して最悪というのはウソです。日本政府の債務は1000兆円で確かに世界最高です。しかし、政府の債権(つまり財産)もまた世界最高で650兆円なんですね。だから、その差額の1000兆円-650兆円=350兆円が純債務で、これが国際比較で使われる数値です。これでいくと、純債務対GDP比は350兆円÷500兆円=70%となり、先進国中突出して悪い、というわけではない。(OECDの場合、金融資産だけを資産として計上するので数値がずれる)さらに、政府には、(私会計にはない)徴税権と貨幣発行権もあります。これらは、数値が膨大すぎて計上するのが困難なので簿外資産扱いをされるだけです。これが、公会計と私会計との決定的な違いでもあります。では、財務省は、なぜそんなウソをつくのか。それは、財務省が「財政再建待ったなし。消費増税待ったなし」の風潮を大手マスコミを使って作り出し、国民のマインド・コントロールをするためである。ウソをついてでも、とにかく増税したいわけですよ、財務官僚は。
橋爪:しかし、財政状態が良くないのは確かです。
高橋:それは、そうです。決して良くはない、財務省が振りまくウソほどではないけれど。では、なぜ財政状態が悪化したのか。それは、税収が減ったからです。では、なぜ税収が減ったのか。それは名目GDPが減ったからです。つまり、景気が悪いからです。では、景気が悪い原因は何かといえば、それはデフレ・円高です。人口減少が原因ではありませんよ。人口減少と名目GDPとの間に統計学的に有意な相関関係は認められません。だから、財政状態を良くしたいのならば、一日でも早くデフレ・円高から脱却をして、景気を回復させることが必要なのです。デフレ状態を放置したまま消費増税をすれば、税収はかえって減ります。それは、1997年の橋本デフレで経験済です。その愚を決して繰り返してはいけない。
橋爪:しかし、そんなに急に景気が良くなるはずがない。
高橋:いいえ。それは簡単な話です。お金をどんどん刷ればいいのです。デフレ・ギャップを一気に埋めるために二〇兆円から三〇兆円を日銀にどーんと引き受けさせればいいのです。全体で六〇兆円程度お金を刷れば、為替は1ドル=100円程度になる。米ドルが約2兆ドルあるので、現状の一三〇~一四〇兆円を二〇〇兆円に増やせば、二〇〇兆円÷2兆ドル=100円/ドルという単純な割り算の話です。そうやって為替は動いています。そんなふうにして円安になれば、輸出企業は息を吹き返します。中国・韓国と堂々と渡り合えます。そうすると株価も上がってきます。だいたい1万3000円~1万5000程度になるでしょう。それにつれて設備投資も盛んになってきます。統計上、10%の円安で名目GDPは0.5%伸びることが分かっているので、現状で1ドル=80円として、(100円-80円)÷80円×100=25%、25%÷10%=2.5、0.5%×2.5=1.25%の名目GDPの伸びが期待できます。また、名目GDPが1%伸びると法人税収は4%伸びるから、法人税収4%×名目GDPの伸び率1.25%=5%の法人税収の伸びが期待できます。所得税収ももちろん増えるし、景気が良くなれば消費の絶対量も増えるので消費税収だって増えます。そうすれば、財政状態は自ずと良くなりますよ。そういう状態を、適切な財政・金融政策によって続ければいいのです。まともな国なら、政府が国民の足を引っ張って馬鹿なことをしなければ、自然実質成長率約2%が実現されるので、実質2%+インフレ率1~2%=3%~4%くらいの名目GDPの持続的成長は十分に可能です。
橋爪:でも、そんなにたくさんお金を刷って、日銀が20兆円も30兆円も国債を引き受けたら、ハイパー・インフレになってしまいます。
高橋:まずは、言葉の定義をはっきりさせましょう。ハイパー・インフレというのは、金融用語として「極めて短期間のうちに、物価が数倍、数十倍に高騰するような激しいインフレのこと」を意味します。日本は、終戦直後の46年に一度だけ500%程度の、ハイパー・インフレとしては最低のものを経験しています。もっとも、それは、国債の乱発が原因ではなく、戦争によって生産システムが麻痺したことによるモノ不足が原因です。国債の乱発でハイパー・インフレを経験したことは一度もないのです。いまの日本は、インフレではなくデフレの真っ只中にいます。だから、日銀が20~30兆円の国債を引き受けた場合、単にデフレ・ギャップが埋まるだけで、ハイパー・インフレどころかただのインフレも起こりっこない。むしろ、3%~4%のマイルドなインフレは、人々の投資心理や購買心理を刺激するので、景気に対してプラスに作用するから、ぜひ実現したいくらいです。そのためには、経済指標をにらみながら、50兆円、60兆円と大胆な金融緩和を実施すべきです。もちろん、マイルドなインフレを超えそうな兆しが見えれば、そこで金融緩和をストップすればいいのです。景気が加熱気味になれば、そこではじめて法人税や所得税の増税さらには消費増税を実施すると良い(消費税は逆進税なのでその逆の順ではありません)。そのことにまで、私は反対しません。というか、景気が加熱気味のときの増税は理にかなっています。すべては、状況次第です。それが、経済政策の当たり前の理路なのです。
橋爪:しかし、ハイパー・インフレの可能性はゼロではありません。万難を廃して、これだけは避けなければならない。
高橋:分かりました。100歩も1000歩も譲りましょう。国民が愚かにも消費増税を拒否して、橋爪さんが最も恐れていたハイパー・インフレが起こったとします。そうして、家計の預貯金がゼロになり、国債が紙切れ同然になり、それを大量に保有する市中銀行の保有資産もゼロになり、年金や社会保障もアウトになったとしましょう。しかし、戦争が起こったわけではないので、高度な生産設備はまるまる残っています。また、円の価値が暴落したせいで空前の円安が実現します。だから、景気の牽引車である輸出産業が俄然息を吹き返し、生産設備の稼働率は100%になり、完全雇用状態が実現します。日本を20年間苦しめ続けたデフレと円高などどこかへ吹き飛んでしまいます。また、暴落した国債の高い利率に目をつけた日本国民は、われ先に国債を買い求めることでしょう(私もそれなら喉から手が出るほどに買いたいー企画者言)。
だから、ハイパー・インフレを招くために消費増税しないことは、日本の窮状を救う起死回生の大ホームランになるのではありませんか。残念ながら、消費増税しなかったら、ハイパー・インフレは起こりそうにもありませんが。
橋爪:私は、民主主義の根本の話をしているのです。民主主義においては、一般国民が主権者です。主権者である国民は、政府のご主人様として、税で政府を支え、財源で政府をコントロールする。だから、財政均衡(歳入と歳出が均衡すること)は、財政の基本であるだけではなく、民主主義の基本でもあるのです。だから、長年税金をケチっておいて、公共サーヴィスだけはちゃっかり受け取ろうとするのは、日本国民の主権意識の欠如を物語る恥ずかしい話なのです。
高橋:うーん。そうかなぁ。国民がケチるもケチらないもなくて、名目GDPが伸びなければ、税収が減るだけのことではないのかなぁ。財政赤字と民主主義とは、あまり関係がないと思うなぁ。名目GDPが伸びないのは、政府・日銀の財政・金融政策の失敗が原因でしょ?それを、国民の主権者意識の欠如のせいにされたら、いくら大人しい日本国民だって、気分を害するんじゃないの?
橋爪:気分を害そうと怒ろうと、日本の民主主義にはそういう根本問題があります。財政赤字は、国民がそれを考える絶好の機会なのです。
高橋:まったく賛成できませんが、あなたの心意気だけは分かりました。
橋爪:では。
高橋:では。
ギャラを払えなくて二人から呆れられた、この架空対談の企画者から、一言。
「財政赤字問題は、日本国民の主権者意識の欠如を示す、民主主義の根本問題である」という、橋爪氏のユニークかつ斬新な問題提起に面食らって、私のあまり性能の良くない脳の働きがしばらく停止してしまったのですが、なんだか変だと思って書架をゴソゴソ探していたら、橋爪氏のかつての次の発言が目に飛び込んできました。
「政治家が(収賄などの政治腐敗を原因とするものよりもー引用者補)信用できないもっと重要なケースは、政治家が約束を守らないことです。公約を実行しない。これは、民主主義の制度を根底から破壊する行為にほかならなりません。」 (『橋爪大三郎の政治・経済学講義』ちくま学芸文庫)
いまでも橋爪氏がこの発言を撤回していないのだとすれば、消費増税をめぐる民主党のマニフェスト違反を、橋爪氏は当然のことながら「民主主義の制度を根底から破壊する行為にほかならなりません」と糾弾するものと愚考します。(マニュフェストって、公約の、国民に対する契約的な側面を数値的に強化したものですよね?)
ところが、消費増税を推進しようとする民主党執行部に対して、今回は何のお咎めもなく、「マニフェスト違反の民主党に消費増税をする資格はない」とゴネる国民に対しては「おお、なんと主権意識の乏しい、しかもケチな国民であることよ」と嘆き、かつケナす橋爪氏の頭の中をどう理解すればいいのか、戸惑わざるをえません。
参考資料
・「そもそも税金と国家とは」(橋爪大三郎『Voice』二〇一二年八月号・ 巻頭の言葉)
・『橋爪大三郎の政治・経済学講義』ちくま学芸文庫
・「『上げ潮派』知恵袋が消費税率引き上げに反対する3つの理由」(月刊「経営塾フォーラム」二〇一二年7月号)
・『日本経済の真相』(高橋洋一・中経出版)
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