美津島明編集「直言の宴」

政治・経済・思想・文化全般をカヴァーした言論を展開します。

チャンネル桜「ここが問題、TPP!」を観て (美津島明)

2015年11月16日 23時30分14秒 | 経済
チャンネル桜「ここが問題、TPP!」を観て (美津島明)



チャンネル桜の「ここが問題、TPP!」という三時間の討論番組を観て感じたことを、つらつらと述べたうえで、同番組をアップしておこうと思います。

***

TPPをめぐる報道の在り方が異常であると感じます。大手新聞5紙と全テレビ局が、こぞってTPP大筋合意を歓迎しているからです。中野剛志氏の『TPP亡国論』(集英社新書・2011)を読んでからずっと、TPPには看過しがたい問題点があると思い続けてきた者からすれば、にわかには信じがたい事態なのですね。

テレビでは、あれが安くなる、これが安くなる、そんでもってバターは出回るのか、という話しか出てきません。絵に描いたような衆愚の現象です。ひどいもんです。マスコミの批判精神は、いったいどうなってしまったのでしょうか(という自問が自分の耳にうつろに響いてしまうのをいかんともしがたいことにいっそうの救いがたさを感じます)。

今回ご紹介する討論番組は、その点、別次元の水準の高さを示しています。こういう番組が、マイナーな放送局でしか放送されないのは由々しき事態です。

番組をひととおり観て、感想がいくつか浮かんできたので、参考までにそのうちの2、3を記しておきましょう。

まず、私なりの論者の評定を明らかにしておきましょう。私が、TPP反対論者であるという点をカッコに入れたうえで、やはり、三橋貴明氏と河添恵子氏の論の冴えと説得力が群を抜いていると感じました。特に三橋氏に言えることですが、政府発表のTPP大筋合意文書の概要97ページをきちんと読んだうえで議論に臨んでいる点(合意文書全文は約2000ページほどの分量だそうです)、それゆえ問題点の指摘が具体的である点で、際立っていました。また、河添氏の〈TPPには、中共の脅威が潜在している〉という指摘には、驚きを禁じえませんでした。三橋氏の著書はこれまでけっこう読んできたのですが、今後は、河添氏の著書もきちんと読まなければならない、あるいは読んでみたい、と思ったほどです。

その裏返しになりますが、TPP賛成論者の野口旭氏の、ろくに資料を読まずに議論に臨もうとするいい加減さ・不誠実さ、論の立て方の学者特有の些末さ、些末な議論を言葉のやり取りの間に強引に差しはさむことで自分の立つ瀬を確保した気でいるみみっちさが、いやおうなく目立ちました。本棚に未読の氏の著書が数冊あるのですが、今後それらを紐解くことはおそらくないでしょう。

金子洋一参議院議員は、TPPをめぐって私と意見は異にするけれど、真摯に物を考えようとする姿勢には好感を持ちました。特に、農業問題についての見解は、傾聴に値するものであると思いました(ほかの国会議員についての感想は省略します)。

田村氏については、後ほど触れます。

次に、「TPPと農業改革」というテーマについて。出演者六人は、TPPについての見解に相違はあっても、農業保護を手厚くする必要があることについては意見が一致していました(後から来た片山さつき衆議院議員だけは、「攻めの農業」を強調する点で、他と意見を異にしています)。

まず、出演者の議論の意味をはっきりさせるために、日本農業について世間に出回っているデマに触れておく必要があります。それは、「日本の農家は、不当に保護されている」という謬見です。

次の表をみてください。


(左クリックしていただければ拡大されます)三橋貴明氏作成

日本の農家の場合、所得に占める国の財政負担の割合は約16%です。それに対して、アメリカの場合、農家の平均は約26%、穀物農家はおおむね50%です。さらに、フランス・イギリス・スイスの農家に至っては、なんと財政負担は90%を超えます。EUの農家は、実質的に公務員なのですね。

ここから分かるのは、日本農業の保護は世界の先進諸国のなかで最低水準である、ということです。この著しい違いは、欧米諸国が、農業の本質が食料安全保障であることをよく分かっているのに対して、日本政府は、そのことをあまり分かっていない(あるいは、その観点を軽視している)ことによると私は考えます。

それはさておいて、TPPによって、高い生産性を誇るアメリカ・カナダ・オーストラリアの安価な農産品が大量に日本に押し寄せたならば、このままでは、日本農業が窮地に追い込まれることは火を見るよりも明らかです。

問題はそれだけではありません。

次のグラフを見てください。


出典:農林水産省

農業総生産高が、一九八四年以来一貫して減り続けていることが分かります(とりわけコメの減少率がいちじるしいですね)。高校時代に教わった「GDPの三面等価の法則」を思い出していただければ、生産額と所得とは一致しますから、農家の所得もこの三〇年間減り続けてきたことになりますし、所得と支出額も一致するので、農産品に対する国民の需要も減り続けてきたことになります。

このように需要が伸び悩んでいる農産品市場に、TPPによって海外からの大量の新規参入者が登場すれば、国内の既存の農家の所得の少なからざる部分が奪われ、彼らの経営の零細化さらには廃業が促進されることは明らかです。

とすると、日本政府が農業政策として取るべき方途は、ただひとつです。すなわち、最低でもアメリカ並みの農業保護を断行することよりほかはありません。それも現状のいわゆる水際補償ではなくて、EU諸国やアメリカですでに広く実施されている農家への直接支払い(個別の農家に税金を投入すること)を大胆に実施することが必要なのです。当論者たちは、異口同音にその必要性を強調しています。

財務省は、それをとても嫌がっているようですが、事態がこのまま推移すれば、日本農業は壊滅的打撃を受け、食の安全保障が危機に瀕することは必定です。胃袋を他国(具体的にはアメリカと中共)に支配されることの危険性と愚かさについては、次に引くブッシュ・ジュニア前大統領の言葉が雄弁に物語っているでしょう。

食料自給は安全保障の問題である。(農業関係者である)皆さんのおかげでそれが常に保たれているアメリカは、何とありがたいことか。それに対し、食料自給ができない国を想像できるか。国際的圧力と危険にさらされた国だ。

以上からはっきりと分かるのは、農業改革の核心は、個別農家に対する欧米並みの直接支払いの断行であるべきだ、ということです。米国商工会議所やその存在の法的正当性に疑いのある民間議員によって構成される規制改革会議が望むような、農協の株式会社化などであっては断じてならないのです。

長期的展望のもとに農協の株式会社化を狙っているものと思われる規制緩和論者たちの目論見に深く関わる論点を、議論の最後の方で、田村秀男氏が、ボソッとつぶやいています。

田村氏の発言を要約すれば、次のようになります。〈一九八五年のプラザ合意以来のマネーの流れを概観すると、次のようになる。日本は一貫して債権国であり続けてきた。それに対して、アメリカは、一貫して債務国であり続けてきた。で、マネーは日本からアメリカに回ることになった。つまりアメリカ経済は、日本からの資金の投入によって支えられてきた。その資金循環を強化するために、アメリカは、日本の郵貯・かんぽ・農協マネーの確保を目論んでいる。それがTPPの狙いの核心である、というのは、揺るがないだろう〉と。

当討論において寡黙勝ちな田村氏でしたが、寸鉄人を刺す言葉はさすがです。

その点、三橋貴明氏が、以下の文言にこだわり、強烈な危機感を抱いたのは、正鵠を射たものであると、私は思います。「環太平洋パートナーシップ協定(TPP協定)」全章概要」のなかの第11章.金融サービス章からの引用です。
(http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2015/13/151105_tpp_zensyougaiyou.pdf 「TPP全章概要」 )

○内国民待遇(第11.3条) 各締約国は、他の締約国の金融機関及び投資家等に対し、同様の状況において 自国の投資家及び金融機関等に与える待遇よりも不利でない待遇を与えること 等を規定。

「同様の状況」という文言の意味がやや不明ですが、端的に言えば、郵貯・かんぽ・農林中金・JA共済連が株式会社化されたならば(郵貯・かんぽはすでに株式会社化されています)、当該金融機関へのウォール街金融資本の参入を全面的に無条件に認めよ、と言っているように受けとめられます。これを読んで、日本人として震えないほうがどうかしています。

その流れを後もどりできないものにするのが、ISDS条項やラチェット条項である、という位置づけになるものと思われます。

この事態に対して、野口旭氏のように、「国内資本だろうが、海外資本だろうが、まったく問題ない」と評するのは、国民経済についてあまりにも無知というよりほかはありません。というのは、三橋氏が主張するように、郵便業務や農業は、電力や防衛や教育などとともに、ソフト面のインフラであって、単純に利潤原理で運営すればよい、というものではなくて、一般国民が安心して充実した暮らしを営むことを可能にする根底を成すものなので、政府が責任を持って支えるべき分野であるからです。つまり郵便・農業は、安全保障に大きく関わる分野なのです(ドンパチだけが安全保障ではないのです)。それを外資に委ねても構わないというのは、暴論以外のなにものでもない、というよりほかはありません。野口氏の発言は、オタク的な感性が抜けきらない学者の通弊が露呈したものであるように思われます。

では、チャンネル桜の討論「ここが問題!TPP」をごらんください。

1/3【討論!】ここが問題!TPP[桜H27/11/14]


2/3【討論!】ここが問題!TPP[桜H27/11/14]


3/3【討論!】ここが問題!TPP[桜H27/11/14]

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