はじめまして、
春から新しく桜井校の講師に加わりました松原です。
私は、高校2年生の冬に
受験勉強やばいなぁ
と思い、まず高田市駅校の冬季講習生として通いました。
それから
ますます部活が忙しくなったので
家から近い桜井校に、転校?しました。
志望校を早く決めなさいと
周りの人にやたらと言われて、泣きそうになっていたのを覚えています。
最初は、
実力的に自分が行けそうな大学を
志望校にしていました。
でも
今も桜井校の講師をしている西田先生に
とりあえず、どんどん上を目指せや
と言われ
志望学部を決定して、それから大学を決めました。
そこから週1回の授業と自習に行って
夏までは部活を全力で頑張ることにしていました。
なので、
ちゃんと受験勉強をし始めたのは
高3の夏。
それから勉強するにつれて
志望校に行きたい気持ちが高まりました。
夏休みの終わりの模試で
めちゃくちゃ成績が上がりましたが
そこからは成績が伸びず、
秋になって
このままやったら志望校には寝やんと勉強しても届かへん と
高校の担任の先生に言われました。
どうしてもその学校に行きたかったんですけれど
偏差値がどうしても足りなかったので、その姉妹校に志望先を変えました。
部活も引退して
ちゃんと勉強のできる環境になって
必死で頑張りましたが、世界史の苦しみは常にありました。
英語は好きだったので
ちゃんとやっていましたけれども。
その結果として
志望校の公募推薦は不合格だったんですけど
さらに行きたい気持ちが強まり、一般試験に向けて頑張りました。
そして一般入試前期。
世界史が準備不足だった私は
またまた不合格。
すべり止めは一校受かりました
でも、絶対に妥協したくなかったのです
けれども志望校は合わせて前期日程で4回受けてすべて不合格。
自信は喪失。
もう、後期うけやんとこっかな、どうせ無理やし
って思ったけど、
無理でもいいから受けるだけ受け!
とお母さんに言われて
後期試験を受けることになりました。
本当にすべり止めの大学に妥協したくなかったから
実力と同じくらいの大学を志望校のほかに二校受けました。
まず1校目の結果。
不合格。
去年の合格最低点より20点も上がっていて…
自分は去年の最低点より10点プラスだったのに
2校目。
不合格。
そして最後の最後で合格が決まったのが
志望校でした。
……
私は、受かる気がしなかったので
カラオケで熱唱していました。
ふと携帯を見てみると
お母さんからLINEが来ていました。
なんと合格の通知。
合格最低点から+2!!
あの時の感動は今でも忘れられません!
こうして今は私は
志望校の女子大生として毎日、通学しています。
その女子大ではいろんなことが起きます。
まず、英語が好きだった私は
英語特別プログラムのクラスに入りました。
そこでは
週3回、ネイティブの授業を受けることができます。
そこにいるS先生はすごく熱心すぎて
日本語をしゃべると教室から追い出されます。
授業中に泣く子もいます。
そんな厳しい世界の中で
私は毎日、英語が話せるようになるため、夢見て通っています。
一難去ってまた一難ですが。
毎日、文句を言っているけど
あの苦しい受験期を超えて、
講師の皆さんにも家族にも見守られて
やっと合格できた学校だからこそ
続けていくことができてます。
だから今、受験で悩んでいるみんなも頑張って
夢を追いかけてください!