各地で桜の便りが聞かれるようになりました。
桜は期間が短くて、毎年追い立てられるように”お花見”をしています。
と・・言っても・・
ウチの前の公園のお気に入りの桜の木を、花見客の少ない平日に一人ぶら~っと、チェックするのが恒例のお花見。
今年は自粛している人が多く、おかげで静かに愛でることが出来ました。
余震や原発事故・停電とゆとりをなくしていた心を和らげるように、桜は咲き綻んでいるのですが
・・・それだけじゃないぞ・・・
小さい淡い色の花びらがいっせいに咲きほこり、その優美なやわらかい色合いに心を奪われがちだけど、
目線を下げれば・・・樹はなかなかワイルド。 野生的な力強さでしっかり根をはっていることに気が付く。
『桜』について
今の時期に書くことがはばかられる思いもするのですが、
あえて、今、書いておきたい事があります。
以前に読んだ小説の一節に、戦時中など大勢の人が亡くなった跡地には、必ず桜の樹を植えたことが書かれていた。
”同期の桜”として、はかなく散った命を、訪れた靖国の社の中の桜に覚えたこともある。
桜の花が美しく心ひかれるのは、そのような理由もあるからだと思う。
寒い冬を耐えて乗り越えて、みごとに花を咲かせる生命力の強さや
一年経ち、”ふたたびめぐりくる命”に、仏教の教えが思いうかぶ。
桜の木は堅い。
生前、祖母が『桜切るバカ、梅切らぬバカ』と言っていた記憶がある。
それが、どんな意味だったのか、正確なところはわからないのだか、
たしか・・
”桜の木はむやみに枝を落としては、木の成長によくない。桜の木は自分の身を守るために簡単に折れないように堅い幹をしている”
と、いうような話しであったと記憶している。
もちろん・・・祖母は専門家ではないので、その情報もあやしいものなのだか、
桜の木は堅い。
生命力に満ち、その堅く幹や枝のように力強く ”命”をめぐらし、再生していく『桜』
自粛しすぎを懸念し、経済効果をねらい”チャリティーお花見”もけっこうだか、
いまこそ感じてほしい・・。