引き続き、日本経済新聞の「経済教室」における「消費税増税の論点」に関する寄稿につて整理しておきます。2人目の論客は慶應義塾大学教授の土居丈朗氏です。
土居氏は冒頭、日本は少子高齢化に直面した1990年代以降、際限なく政府債務を累増させてきたことをきちんと認識(反省)し、現世代が適切にその対価を払わなければならないリミットが既に来ているとしています。その上で、この時点でなされている予定通りの消費税増税に対する批判には「他力依存」的な発想が色濃くにじんでいる…と強く批判しているところです。
まず、消費税増税自体に反対する主張に対してです。土居氏は、現在の日本においてこうした主張を行う勢力に「小さな政府」を併せて主張するものは希であり、むしろ社会保障の削減に反対する主張を併せ持つ者が多いことを指摘しています
消費税増税反対を主張する論者の多くは「支出を削るのであれば社会保障以外を削るべき」とするのですが、昨今の公共投資は地方を合わせても15兆円、公務員人件費は30兆円、防衛費に至っては2兆円に過ぎません。一方の社会保障費は年間107兆円に及び、それに引きずられた財政赤字は42兆円というのが現実の姿です。
こうした実態から見ても、「公共投資や人件費を2割削れば…」などという主張は幻想にすぎないと土井氏は切り捨てます。そして、このような発想には、自らが増税の痛みを引き受けることを避け公共事業従事者や公務員という他人が痛みを受ければよいという「他力依存」的な発想が見え隠れするという指摘もありました。
一方、消費税以外の税目で財源をまかなえばいいという意見も数多く見られます。しかし、例えば「所得税」は主に勤労世帯が負担する仕組みであり、負担の世代間格差が問題化している中でこれを増税することは、自らの負担を回避し若年世代へ負担を転嫁することに他ならないと土井氏は言います。
また、「相続税」を増税すべきという提案もありますが、この税目の税収は年間1.5兆円に過ぎず、例え倍増させたとしても消費税1%分に満たない税収しか得られないということになります。また「法人税」については、経済環境のグローバル化に伴い企業の国際競争力の確保の観点から現在大幅な減税が求められている状況にあり、増税を検討する局面にはありません。
結局、増大する社会保障費に充てるべき財源は現世代が適切、公平に負担できる方法により確保すべきであり、赤字国債など将来世代につけ回す「他力依存体質」をここで改めなければ将来の日本の再生が難しくなる。そのためにも消費税を予定とおり増税すべきだというのが、この寄稿における土居氏の眼目です。
一方、土居氏の予測によれば、①消費税の増税はその性格から輸出産業の減退を招くものではない、②家計消費は貯蓄を持つ中高所得者層には過大な需要の落ち込みをもたらすとは考えにくい、③低所得者層の消費減退は簡素な給付措置などによる対策を講じれば緩和できる…など観点から、予定された範囲であれば消費税増税による景気後退の懸念は少ないとしています。
また、増税された分の消費税はドブ捨てられるわけではなくそのまま社会保障費に充てられることから、最終的には別の誰かへの給付に回され消費を下支えすることになるというのが土居氏の主張です。
現在、アベノミクス政策を受けた日銀の金融緩和策が功を奏し、日本経済にも需要拡大、景気回復の兆しが見え始めていると言われています。しかし、財政健全化へのコミットメント(約束)が無い状態での金融緩和はいずれ日銀による国債の受動的な買い入れを生むことになり、市中通貨量のアン・コントロールによるインフレーションを招く恐れがあるとしているのは、土居氏も他のエコノミストと意見を同じくする所です。
「消費税を予定どおり増税しなかった時のリスクは、まさにここにある。」と土居氏は言います。日本政府の財政健全化へのコミットメントが疑われれば、国債の信用力の低下から国際金利の上昇圧力が高まる。これに連動して市中の金利が高まり、資金繰りに窮した企業の倒産や家計の破たんなど、日本経済を大きく委縮させる原因となりかねないというものです。
例え、消費税率を毎年1%ずつ5年間にわたって引き上げるというスケジュールを用いたとしても、その場合に約19兆円にもなる収入不足を自然増収で埋めるには、計算上毎年4.5パーセント以上の成長を持続させる必要があるとのことです。消費税増税は「景気が良くなってから」という口実は、いわゆる「先送り」以外の何者でもないというのが土居氏の結論です。
経済が低迷していると「まだ増税すべきではない」と言い、経済成長率が高まってくると、「せっかくの景気回復基調を腰折れさせてはいけない」と言う。そうする間にも自らが負うべき負担を他人に転嫁することを繰り返し、政府債務は累増してきた。
もはや、消費増税を先送りしてはならない。…寄稿の最後に記されたのこうした土居氏のコメントは、政府を見つめてきたエコノミストの矜持と聞くこともできるのではないかと思います。
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