経済用語としての「サービス」は、単に物質(商品)を売買するのではなく、それを購入した消費者に「効用」や「満足」などを提供する財のことを指しています。
日本において、「サービス」という言葉は、かつて、例えば肉屋さんで200グラムのひき肉を買った時に余計に秤に乗った10グラムを「サービスしとくよ」とオマケしてくれたり、ガソリンスタンドの従業員が車の窓を拭いてくれたりというような、商品とともに少し「気分を良くしてくれる」ような、そんな+αを指す言葉として認識されていました。
一方、現在の日本の産業統計では、第一次産業、第二次産業に含まれないその他のもの全てを第三次産業として「サービス産業」に分類しています。また、「形のない」財を一般にサービスと呼ぶことから、形のある財を取引する卸売業・小売業を除いた第三次産業を総称して、「サービス業」と呼ぶこともあるようです。
このように、よく考えると曖昧模糊とした日本における「サービス」という存在ですが、それ自体が対価を伴う商品として取引され、また商品と共に提供されることにより、現代においては(価格と同様、むしろそれ以上に)消費者の選択を決定づける重要な要素として認識されていることは間違いないようです。
内閣府の統計によれば、日本の国内総生産(GDP)におけるサービス産業の比重は、既に75%を超えているということです。特に価格の面で厳しい状況に立たされている新興国などとの競争においては、アフターサービスをはじめとした商品関連サービスによる差別化が重要なカギを握っていることは論を待ちません。
昨年12月6日の日本経済新聞の紙面(「エコノミクストレンド」)では、京都大学の教授の若林直樹氏が、こうした世界での競争に打ち勝つためのサービスの在り方(本質)について興味深い視点を提供しているので、この機会に整理しておきたいと思います。
この論評において若林氏は、サービスの本質を「顧客の価値を創造する活動」と定義づけています。
日本におけるサービスの強みは、(特に、滝川クリステル氏によるオリンピックの誘致活動以降)つとに顧客への「おもてなし」にあるとされています。確かに「お客様」に対する日本人の奉仕的な態度や丁寧さ、そしてサービスひとつひとつの品質の高さは、世界的にも評価されているところです。
しかし、若林氏によれば、そのサービスが海外の顧客には一方的で、なおかつ過剰なものとして受け止められるケースも多く、また日本のサービス産業の高コスト化の大きな原因となっているという指摘もあるようです。
サービスへの評価を考える場合、基本的にそれを体験する顧客からの評価が最も重要な視点となると若林氏は述べています。
顧客からの評価は一般的に「顧客満足度」という尺度で測ることになりますが、近年、この顧客満足度を国際的に比較する際には、提供されるサービスの外見的な特徴や利便性ばかりでなく、そこから得られる「顧客経験」や企業と顧客の関係の内容への評価が特に重要視されつつあるというのが若林氏の認識です。
イギリスの経済学者ロバート・ジョンストン氏の研究によれば、顧客がニーズに合ったサービスを経験すると「感情的なこだわり」見せてくれ、それが顧客の高いロイヤリティー(愛着、忠誠)に繋がるということです。そして、こうしたサービスを開発することは、顧客経験を(顧客の立場に立って)デザインすることに他ならない。そしてそれこそが「おもてなし」の本質だろうと若林は説明しています。
こう考えれば、こうした「サービス・デザイン」は企業が一方的に提供するものではなく、顧客との相互作用のもとで、顧客の価値を共同で創造することの他ならないというのが若林氏の見解です。
氏は、こうした創造的な作業は、サービスの現場における毎日の顧客との接触と相互作用の中で実現されるとしています。さらに、現場においてサービスに磨きをかけることで、自らの創意工夫によるイノベーションが図られ、顧客の満足度を一層高めることになると指摘しています。
例えば、東京ディズニーリソーとでは、サンクスデーや表彰プログラムなどを通じ、「キャスト」と呼ばれるアルバイトを含めた従業員全員に対して、(リピーターを含めた)顧客の新たな感動を創造し続けるための文化の共有を進めているということです。そしてそうした取り組みが、彼等の文化への高い支持を得ているばかりでなく、顧客満足度指数連続日本一という実績に通ながっていると、若林氏は説明しています。
氏は、(現在)サービスのコストが問題となっている日本企業には、サービスが顧客との相互作用において価値創造されるものであることを意識することが強く求められているとしています。
サービスは、一方的になってしまっては意味がない。むしろ、サービスを通じた顧客の経験内容を従業員と共同でデザインする取り組みが重要であるというのが、こうした問題に対する若林氏の理解です。
若林によれば、出身国のサービス文化を色濃く残している企業は、他国における競争に苦戦する傾向が強いということです。
よく知られた孫子の兵法に「敵を知り、己を知れば百戦して危うからず」というのがありますが、サービスで勝って優位性を実現するためには、ターゲットの価値観を深く研究し、勝つための戦略を練る必要がるということでしょうか。
文化によって求められるサービスの内容は自ずと異なって来るということを、まず理解すること。そして、価値を創造するための物語をデザインしていくこと。
流通や運用などのシステムを含めた(選ばれる)サービス産業を海外において展開するには、価格とのバランスを含め、サービス事業自体を文化的に現地化していく必要があるという若林氏の指摘を、企業の海外戦略において考慮すべき視点として興味深く読んだところです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます