「近ごろの若い者は文句ばかりが多くて困る。」「俺たちの若い頃は、上司に言われたらそれが多少理不尽であっても黙ってやり抜いたものだ。」
いわゆる「モーレツ」時代を生き抜いてきた「おじさん」世代のサラリーマンによる、すぐへこたれて音を上げるイマドキの(根性のない)若手社員に対するこうした声をよく耳にします。
しかし本当に、黙って上司の言うことを聞き、文句も言わずに頑張り続ける従業員ばかりがいれば、その企業はどんどん業績を上げ成長していくことができるのでしょうか。
少し前の記事(コラム)ではありますが、昨年11月19日の日本経済新聞の紙面において、横浜国立大学准教授の服部泰宏(はっとり・やすひろ)氏が、このように「黙々と働く」ことを美徳とする日本人の感性に対する示唆に富んだ指摘を行っています。
企業側が無理を言ったり約束を破ったりしても、現在の日本の企業風土のもとでは、ほとんどの企業の従業員は表立って発言する事を憚られ、すぐに離職を想起することはないだろうと服部氏はこのコラムで述べています。そして、こうして多少の無理がきき雇用関係が維持されているのは、多くの場合従業員側がそれを「呑み込んでいる」からだとしています。
環境に合わせる形で自らの考えや信念を修正することを、心理学の世界では「自己調整」と呼び、この自己調整機能が強いことが、人材の流動性の低い日本社会のひとつの特徴をなしていると服部氏は考えています。
しかし、万が一このような日本人の「(声を上げない)つつましさ」を利用して、企業がある種の「不履行」を穏便に処理するようなことがあれば、従業員と企業との間に深刻な事態を招きかねないと、服部氏はこの論評で指摘しています。
ドイツの経済学者アルバート・ハーシュマンによれば、従業員の離職や明示的な不満の表明は、組織においてある種の「回復装置」として機能しているということです。
具体的に言うと、従業員の労働意欲が低下した時に起きる(離職やストライキ、反抗、サボタージュなどの)「厄介な行動」を観察することで、企業は問題の存在に気付き、これに対処する機会を得るということになります。
企業の契約不履行は、従業員の職務満足や組織への忠誠、組織への関与やひいては業績の「低下」に直結しているというのが服部氏の認識です。
氏の指摘によれば、企業が約束を破ったという事実は、例えそれが小さなものであったとしても一つ一つが従業員の記憶に刻み込まれてゆき、短期的には企業への信頼低下に、長期的には離職予備軍の増加という、目に見えない形で組織と個人の関わり合いを劣化させていくということです。
こうしたことから分かるように、企業には、従業員が企業に何を期待しているか、そしてそれが確実に履行されているかを知る努力が求められていると服部氏はこの論評で述べています。
企業と従業員との間にある「見えざる約束」に注目することは、従業員の「沈黙」に目を向けることでもある。今こそ心理的な契約の視点から、日本企業と従業員との関係性を見つめ直す時期ではないかと服部氏はこの論評を結論付けています。
沈黙し、黙々と働く従業員が、必ずしも企業の輝かしい未来を約束するものではないことを、古き良き時代を過ごしてきたモーレツサラリーマンたちもそろそろ認識する必要がありそうです。
企業にとって、従業員の「沈黙」は決して「金」などではない。一見、従順な従業員ばかりが集まっているように見える企業の陰には、経営の状況を知るための重要なツールを失っている危険性が潜んでいるという服部氏の指摘を、経営者は改めて重く受け止める必要がありそうです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます