MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1072 洞窟壁画の芸術性

2018年05月21日 | アート・文化


 NPO法人オール・アバウト・サイエンスジャパン代表理事の西川伸一氏が5月19日のYahoo newsに「自閉症の考古学」と題する興味深い論考を寄せています。

 西川氏はこの論評において、英国のヨーク大学で考古学教室の講師を務める女性研究者Penny Spikinsさんの、石器時代の遺物を通して現代の自閉症スペクトラム(ASD)の人たちを考察する最近の研究論文を紹介しています。

 氏によれば、Spikinsさんは自閉症をNeurodiversity(神経の多様性)と捉える最新の視点をさらに進め、自閉症傾向こそ人類の進化に欠かせない重要な性質として積極的に捉えるべきだという主張を展開しているということです。

 なぜ社会性に問題があるとされる自閉症が、今も淘汰されず1-2%という高い頻度で存在しているのか?

 この問いに対してSpikinsさんは、「自閉症的傾向を持つ人材は、一つのタイプとして社会に必要とされ尊敬されてきたことで、淘汰されることはなかった」という結論を導いていると西川氏はしています。

 Spikinsさんが今年オープンアクセスの雑誌Open Archeologyに発表した論文「ヨーロッパの旧石器時代の美術に見られる自閉症的特徴をどう説明すればいいのか」(262-279, 2018)では、アスペルガー症候群などの多くの自閉症スペクトラム(ASD)の子供達には、ASDではない子供たちと違う目で世界を見る能力があるとしています。

 ASDの人たちが示す特殊な視覚認知能力の背景には、llocal processing bias (部分的情報処理バイアス:LPB)と呼ばれる全体にとらわれることなく細部を表現する能力がある。なので、ASDの人が描いた絵には、一般人にはない高い空間認識能力に基づくリアリズムが表現されているということです。

 Spikinsさんはこの論文で、フランスのショーヴェ洞窟で発見された世界最古の壁画や、ドイツ・シュターデル洞窟で発見されたライオンマンのフィギャーのように、現代から見てもリアリズムの粋と言える作品群は、一体誰に作成し得たのかと問いかけています。

 そして、彼女にとってその答えは明白で、これらの壁画などに見られる先鋭的なリアリズムは決して旧石器時代の人類一般の特徴ではなく、(描くことができたのは)特殊な能力を支える遺伝子プールを持っていた一部の人に限られていたに違いないということです。

 確かに、現代のASDと3万年以上前の石器時代のアートを比べるというのはとてつもない発想ですが、言われてみると(この指摘には)高い説得力があるのではないかと西川氏はこの論評で述べています。

 常人の域を超えたASDの人たちが持つ(研ぎ澄まされた)能力は、石器時代の人々の生存と進化を支えてきた。そして、(人類が保ってきた)進化の早い時期から脳に生まれたneurodiversity(多様性)を大事に育む思いやりこそが、人類を成功に導くひとつのカギだったのではないかということです。

 ASDが持つ能力を理解しつつも、社会への適応性の欠如を理由に、合理性を重んじる現代社会は自閉症やアスペルガーの子供たちを排除してきました。

 それに対しSpikinsさんは、ASDの持つ可能性をもっと発掘し、石器時代の人類が行ったように、ASDの能力を活かせる社会を作ることこそ、21世紀の目指すべき社会だと主張しているということです。

 さて、今年の2月22日に学術誌『サイエンス』に発表された論文によると、スペインの3カ所の洞窟で見つかった10点以上の洞窟壁画は6万5000年以上前のものだということです。

 実は、ショーヴェ洞窟の壁画も3万6000年以上以前に描かれたものとされ、ともに現生人類であるホモ・サピエンスが最初にヨーロッパに到達する以前の最古のアート作品であるとする研究者も多いということです。

 つまり、もしもこれが事実なら、これらの壁画の作者はホモ・サピエンスではなくネアンデルタール人だということ。ネアンデルタール人は毛むくじゃらで粗野で知能も低いイメージがありますが、実はホモ・サピエンスと同等の認知能力をもっていたということでしょうか。

 実際、彼らは同じヒト属でもホモサイエンスより脳容量が大きく、人類史上最大の脳を持っていたことで知られています。このため、彼らが私たちホモ・サピエンスとは違う何かを考えたり、想像もつかない能力とか、現代人の物差しでは測れないものを持っていた可能性があると考える研究者も多いようです。

 さて、ネアンデルタール人とホモサピエンスの間には、過去のいずれかの時代において一定の交雑があったことが最近のDNA解析から明らかにされています。

 私たちの閃きや芸術的センス、そしてASD的な多様性は一体どこから来たものなのか?壮大な時間の流れの中に妄想は膨らみ、興味は絶えないというものです。




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