奇跡講座ワークブック編を実践しています。
あいかわらず自我が騒いでおります。やはり姉に対してです。
私の自我は、姉のえさに私が飛びついとき「やっぱりあーげない」
という結末になるパターンに怒りを感じております。私はいつも
断ることすら面倒なのでただ合わせてるだけなのに、なぜにこうも
悔しいんだろう?と思う。姉はいつも要らないものを持ってくる。
要らないものをプレゼントしてくる。そして、私が欲しいと意志表示した
とき、「やっぱり、あーげない」というパターンになる。
いつもこのパターンに陥る自分に腹が立つw
私もそれなりのことはしてると思う。この自我がね、うるさいの。
傷付いただの、悔しいだの、ぎゃふんと言わせたいだの!
今日は、レッスン20「私は観ることを決意しています」だ。
これを1時間に2回。
これをやりながら穏やかな気持ちでお茶碗を洗っていたのに、
朝から姉のこのパターンに心が乱れた。いや大丈夫。姉、関係ない。
レッスン5「私が思っている理由で、姉に怒ってるのではありません」
レッスン20をやりながら、ふと、母が倒れて1ヶ月も経たない頃、
施設にて、母の入れ歯を新しくしようと提案してきた施設の職員に
対して、父が、感情や主張がごちゃごちゃになって、こどものように
泣いてたことを思い出した。
あの泣き方は、祖父・祖母・出来のいい長男にいつもいじめられていた
悲しみのように感じた。実際に見たことはないけど。父は、祖父&祖母を
捨てる勇気がなかった。そして祖父と祖母の元に戻った。ついに自我を
捨てることが出来なかった。兄のように好かれたかった、祖父と祖母に。
しかし、近くにいるということでなんとか曖昧にした。周囲にはなんとか
愛されてると思わせたかった。そして最後の証人である弟たち(3人もいる)
に嫌われないことが一番の優先事項。
そして、姉は、父に、姉を一番優先にして欲しいと望んでいる。
・・・諦めようよ!(明るい声で)くだらな過ぎるよ、自我の世界。
つらいと思ってるのは幻想だ。父と母から早く脱したら勝ちよ、まさに
私の夫はそういう意味ですごいのだな。。切り捨ててるもの!
でも義母が亡くなったらどうなるかわからん、何かしら表に出てくるかも
しれないけど、少なくとも私や義妹が騒がなければ何も起こらないでしょう。
そんなことを考えてる誕生日。
あとで自分でバースデーケーキ買ってくるんだ。・・・姉め。。。
誕生日に誘ってどたキャン(まだ怒ってる)するなよ。