行雲流水

仏教をテーマとした記事を掲載しています。

「死」について語る

2012年02月10日 | 禅の心
「死」について語る

○わしらに関して、絶対にそうだと断定できるものはない。

○しかし、ただ一つ、「生まれたものはいつか必ず死ぬ」ということは百パーセント断定できるのじゃ。

○命あるもの、生まれたその瞬間から、死に向かって一歩一歩向かっておるんじゃ。

○死を考える事ができるのは人間の特権じゃ。

○道元禅師も、「生をあきらめ、死をあきらむるは仏家一大事の因縁なり」とおっしゃっておる。

○死を考えることは、よりよく生きることを考えることでもあるんじゃ。

○生の終わりに死があるのではない。

○生のあとに死がくるのではない。

○生の中に死があり、死の中に生がある。

○わしらの体を構成しておる60兆個の細胞は、日々死んでは、また新しい物が生まれておる。

○一ヶ月前のわしと今のわしは、同じわしでも全然違う体になっておるんじゃ。

○体だけでのうて、心もそうじゃ。

○嫌な事があっても、気持ちを新たにすることが大事じゃ。

○勉強、仕事など、今という時を精一杯生きていれば、生も死もない。これが三昧ということだ。 三昧とは、生死を超えて永遠に生きるということじゃ。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« しなやかな強さ | トップ | 藤井日達師の言葉 »
最新の画像もっと見る

禅の心」カテゴリの最新記事