ネットでニュースを見ていると(これがまた芸能ネタばっかなのだけど)
とある人気(?)アイドルが詩やエッセイで盗作をしていると、そういうことで落ち着いてしまったようです。
「きゃるきゃる」と笑う。
別に本人がその気はないってことを考えると
うーん、僕としてはなんだかそれも「天然だな~」の一言で片付けてしまいたくなるのですが、
やはりそのフレーズを使われた人にとっては笑い事ではすまないのですね。
お金が動くから問題になる、ということかも知れませんが…
詩を書くことを自粛することは形式上必要かもしれませんが、
ものを書くことで自分の思いを表現するということまで自粛することはない、と思います。
(事実関係がどうなのかその辺はわかりません。)
しかし、どこから「盗作」になってくるのでしょうか。
僕がこうしてものを書くときに使う言い回しというのも相当に盗作にあたる部分があり、
(誰にもばれるわけがないからまあいいか、と思っている部分さえあります)
それを「盗作」って形で看破されたらものを書くことが少し怖くなるのではないか、
そんなことを思います。
より多くの文章を読めば読むほど
より多くの言い回しが盗作のように思えてくる。
これでは言葉狩りになってしまう…
~ちょっと盗んでみましょうか~
1.「孤独は豚のように太る」これは完全な盗作です。 盗み先:三島由紀夫「金閣寺」
2.「僕は一時の時間を結晶させ、文を書く」これも盗作です。
盗み先:文体は村上春樹、「結晶時間」という言葉は石森章太郎の「サイボーグ009」より。
3.「目が合うと彼女はふっと目を細め、僕は思わず唾を飲み込む」これも盗作…だろうか?
これは、大平光代「だから、あなたも生きぬいて」の中で、彼女が学生時代いじめを受けていたエピソードより。
『目が合ってもにこりともしない』とクラスメートを評していたことにヒントを得て書いています。
まあ、これまで盗作と言われては立つ瀬がないですが。
上記の例を見ればわかりますが、盗作の材料となりやすいのはなんと言っても「比喩」です。
最近知的財産を保護する気運も高まっているので、
「比喩」という一つの知的財産はわけのわからない付加価値をもって今後もの書きを悩ませるのかもしれません。
だんだん話が固い方向に行ってしまいましたが、吐露することの一つ一つに
オリジナリティの証が、欲しい。
とある人気(?)アイドルが詩やエッセイで盗作をしていると、そういうことで落ち着いてしまったようです。
「きゃるきゃる」と笑う。
別に本人がその気はないってことを考えると
うーん、僕としてはなんだかそれも「天然だな~」の一言で片付けてしまいたくなるのですが、
やはりそのフレーズを使われた人にとっては笑い事ではすまないのですね。
お金が動くから問題になる、ということかも知れませんが…
詩を書くことを自粛することは形式上必要かもしれませんが、
ものを書くことで自分の思いを表現するということまで自粛することはない、と思います。
(事実関係がどうなのかその辺はわかりません。)
しかし、どこから「盗作」になってくるのでしょうか。
僕がこうしてものを書くときに使う言い回しというのも相当に盗作にあたる部分があり、
(誰にもばれるわけがないからまあいいか、と思っている部分さえあります)
それを「盗作」って形で看破されたらものを書くことが少し怖くなるのではないか、
そんなことを思います。
より多くの文章を読めば読むほど
より多くの言い回しが盗作のように思えてくる。
これでは言葉狩りになってしまう…
~ちょっと盗んでみましょうか~
1.「孤独は豚のように太る」これは完全な盗作です。 盗み先:三島由紀夫「金閣寺」
2.「僕は一時の時間を結晶させ、文を書く」これも盗作です。
盗み先:文体は村上春樹、「結晶時間」という言葉は石森章太郎の「サイボーグ009」より。
3.「目が合うと彼女はふっと目を細め、僕は思わず唾を飲み込む」これも盗作…だろうか?
これは、大平光代「だから、あなたも生きぬいて」の中で、彼女が学生時代いじめを受けていたエピソードより。
『目が合ってもにこりともしない』とクラスメートを評していたことにヒントを得て書いています。
まあ、これまで盗作と言われては立つ瀬がないですが。
上記の例を見ればわかりますが、盗作の材料となりやすいのはなんと言っても「比喩」です。
最近知的財産を保護する気運も高まっているので、
「比喩」という一つの知的財産はわけのわからない付加価値をもって今後もの書きを悩ませるのかもしれません。
だんだん話が固い方向に行ってしまいましたが、吐露することの一つ一つに
オリジナリティの証が、欲しい。