風がヴギウギ

自由気ままな風の様に毎日を切り取っていく

親父の自作本・・・青春の詩<鈍色の虹>1

2020年10月30日 | 自作本

<旅愁>

一分六十秒を区切って断続する

電気時計のはねる様なリズムが

いつか長針と短針を重ならせ

午前零時の高原の風が

薄汚れた駅の待合室を吹き抜ける

透きとほった空の果に

私の孤独をこだまさせて

チカリと 風が光って消えた

明け方の汽車を待つ・・・ ・・・

それが希望といえようか

だが 私は

旅人の哀愁を

満足したセンチメンタリズムで噛みしめる

いらだたしくこみあげる不安を

悲しいあきらめで包む時

他国に旅する淋しさが

小さな夢をつくるのだ

六十秒を区切って動く

あの電気時計のリズム・・・ ・・・

一分毎の静止の間に

せわしなく旅の一時の

はかない夢の足音が聞こえる

1949年6月5日

 

センチメンタリズム⇒いたずらに感傷におぼれる心理的傾向・態度

理性や意志よりも感情を重視して、詠嘆や悲嘆を強く表現したもの。感傷主義。

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親父の自作本・・・青春の詩<灯>7

2020年10月29日 | 自作本

これから釣りにいくので、今日はちょっと早い投稿です

<夏>

わたしの掌から

あかい花びらはこぼれ

孤独の鋭角が再び光り出す

虚妄の陽炎の中で

わたしの魂は行きくれて

ためらひがちに啜泣く

光にもだへて

ざわめいてゐる青い野末で

誰かが

私を呼んでゐる

昭和22年8月3日

虚妄(こもう)⇒うそ。いつわり。虚偽。きょもう

野末(のずえ)⇒野のはずれ。野のはて

 

<無題>

私は何ものをも見ない

私は何ものをも聞かない

この青い空気のしたたりは

余りに強烈すぎるのだ

この山の精たちのざわめきは

余りにも騒々しすぎるのだ

私は目を閉じる

まぶたのうらには私の世界がある

青いヴェールを通して

音のない静かな山が

昭和22年8月23日

私に微笑みかける

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親父の自作本・・・青春の詩<灯>6

2020年10月28日 | 自作本

<孤独について>

毎朝 毎朝 新しく生まれてくる光の結晶を噛み砕く

おまへたちは もうこんな匂ひしかもたないんだね

運命が激しい音を立て乍ら(ながら)空転する

かみくだき かみくだきながら

絶間なく結晶し続けるものの速度を

冷たくじっと見る

もう涙も湧きはしない

僕の資質は もはや新しく

堆積するエレメントを欲しない

結晶作用は 僕の命にかかわりない

皮膚の上の現象にすぎないのだ

さあ 又お前達と一日中軽薄な歌を唱はう

昭和22年9月27日

※結晶とは 「雪」か・・・

乍ら(ながら)⇒「~ではあるが」「~にもかかわらず」「~しつつ」の意

エレメント⇒要素。成分

 

<Abend Lied>(夜の歌)

星の瞳の中には

故郷が静かにまたたいてゐる

再びアパ-トの一室に戻って

じっと孤独の堅い実を噛みしめてゐる私だが

愛する人よ

今宵 私の掌の中で

懐かしい文字が匂ふている

色いカ-テンの外には

透き通った黒曜石色の闇が流れ

薄衣の流れにも似て

愛の思ひが昇華していく

昭和22年7月25日

 

Abend Liedはドイツ語

メンデルスゾーン に夕べのうた (Abendlied)という曲があるらしい

夜⇒読みは 「よ。よる。」ですが

部首は 「夕」で 「た。ゆうべ」となる

その意味では 夜と書いて 「ゆうべ」と読んでいたのかもしれない

ぼくの勝手な解釈です 

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親父の自作本・・・青春の詩<灯>5

2020年10月27日 | 自作本

<三つの歌> ・・・榛名湖にて・・・

1

鳥たちの囀りの澄む

谷峡を登りつきると

陽炎の様な湖が 静かに息吹いてゐた

----------みずうみよ ----------みずうみよ

みずうみは 果てしない夢であり

哀しい愛の瞳だ

2

みずうみは 言ひしれぬ光に濡れ

みどり児の様に 山々の胸に抱かれて 安らかに眠っていた

柔らかな緑の流れる日だった

かきまわすオ-ルの先で

群青の空が粉々に砕け

又 集まっては 大きな光の輪となって

濃い山々の映像に吸い込まれて行った

岸辺の樹々の梢を かすかにざわめかせている風が

瑕(きず)ついた私の肉体を柔らかく包み

そして

静かな水底に運んで行った

みずうみは

果てしない忘却の微笑を ゆらめかせてゐた

3

ふりかへり ふりかへり見るの道の果

柏の群落のわだかまるあたり

湖は石の様に沈んでしまった

けれど心の底には 

焼付けられた青いイメ-ジが 明るく澄んでゐた

私達は 燃え立つ石ころ道を

ポクポクと歩いて行った

ふりかへり そして ふりかへりながら

昭和22年7月15日

 

※去年の秋に 釣りんぼ旅行で 榛名湖にも行って来ました

湖でボ-トは漕ぎませんでしたが

天気の良い青空の下で ボ-トを漕ぐと

水面の青と光が 粉々に散っていき

ボ-トが行きすぎると

ユックリではあるが 何もなかったようにもとに戻っていきます

 

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親父の自作本・・・青春の詩<灯>4

2020年10月26日 | 自作本

<灯>

静かに 静かに

この小さなあかい灯を消さないでくれ

これは 私の灯だ

長い漂泊

その色も褪せてしまったが

私にとっては懐かしい匂ひだ

静かに 静かに 

この小さなあかい灯をけさないでくれ

昭和21年6月25日

漂泊➡流れただようこと・所を定めずさまよい歩くこと・さすらうこと・放浪

あかい灯は 親父の希望なのか・・・思い出なのか・・・平和な時代なのか

 

<Abschied・・・別れ>

きらめく空のある故に

ただひといろの野の故に

いのちの泉が渇きます

流れる星を追ふやうに

風がむなしく光ります

昭和21年8月3日

Abschiedドイツ語という事でした

 

<十二月>

風は吹き 風は吹く

十二月

いのちは

どよめきながら

地殻にぶつかっては

悲鳴をあげる・・・

白き声

白き歌

十二月

風は吹き 風は吹く・・・

昭和21年12月20日

白きとは 雪の事か?

読み手によって解釈は違い 感じ方も違うでしょう

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