尾道駅
青春期を尾道で過ごした小説家である林芙美子の記した『放浪記』の一説に、
「海が見えた。海が見える。五年振りに見る尾道の海はなつかしい。
汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が提灯のように拡がって来る・・・」とあり、
東尾道側から当駅に向かう時に線路から見える景観が歌われている。
また、当駅の駅スタンプには千光寺公園から見た尾道市街の他に、この放浪記の初めの2文を書いた碑が描かれている
西条駅
人口19万人を抱える東広島市の中心駅である。市
内には新幹線の停車する東広島駅もあるが、市街地中心部に位置する当駅の方が乗降客数は圧倒的に多い。
広島大学の最寄り駅でもあり、また、西条の酒蔵に程近いため観光駅としての顔もある。
毎年10月第2土曜・日曜は西条中央公園で「酒まつり」が開かれるため県内・県外の観光客で賑わう
海田市駅
1894年の山陽鉄道開通に端を発する。1903年(明治36年)には海田市 - 呉間の呉線も開業した。
山陽本線と呉線の西側の分岐駅であり、
戦時中は広島から軍港であった呉に物資を運ぶ列車の重要な中継点であった。
現在の町の規模には不釣り合いなほど長いプラットホームに当時の名残がしのばれる。
原爆投下後、大勢の被爆者たちが海田市駅に避難した。
また当時海田市駅より西が不通となったため、広島から東方面への移動拠点として機能した
万富駅
岡山県岡山市東区瀬戸町万富にある
万富東大寺瓦窯跡(まんとみとうだいじがようあ)
岡山県岡山市東区瀬戸町にある東大寺の瓦を製造した窯の跡。国の史跡である。
吉永駅
岡山県備前市吉永町吉永中にある
福山駅
福山駅は山陽鉄道の駅として、1891年に福山城の三の丸南側を東西に横断するように建てられた。その
ため現在まで城から最も近い駅と呼ばれているが、正確には城内そのものである。
現在のコンコースが二の丸正門である鉄御門及びその外枡形のあった場所である。
1935年には、駅北側の両備福山駅から北に延びていた両備軽便鉄道が国有・準軌化に伴い、
西から迂回する形で福山駅に引き込まれた。
また、これに関連する駅施設拡幅により、
二の丸南側も削られ現在の福塩線は二の丸櫛形櫓・鉄砲櫓跡に敷設されている。
在来線ホームでは季節ごとに変化する接近メロディーが導入されている。
メロディーは全ホーム共通である。
12月 - 2月 - 「スキー」(文部省唱歌)
3月 - 5月 - 「百万本のバラ」
6月 - 8月 - 「海」(文部省唱歌)
9月 - 11月 - 「もみじ」(文部省唱歌)
メロディーが鳴り終わった後は、JR西日本標準メロディーが続けて流れる。(
今日 帰ったら 隣の畑に 耕具がいっぱい
鋤、熊手、しゃべる・・・なんか全部そろったみたいです
もちろん 隣のおじさんから貰いました
んで こうなったら頑張るしかないっしょ
これは 間に合うかいつも心配な トウモロコシ
そして その後ろ 赤丸が スイカです
そして ここにも 2玉
これは 前回と同じくらいの大きさ・・・
もう少し 我慢です
これだけじゃなく まだ ありますよおおおお
ねっ! スイカつくりの名人
西瓜の 名産地になったりして・・・