【安楽死】2002年に安楽死が合法化されたオランダで、2012年の安楽死者が約4200人を超え、安楽死専門クリニックに患者が殺到していると「NEWSポストセブン」が報じている。
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_219636
オランダの年間全死亡の3%に達するそうだ。これが死因統計上で「自殺」にカウントされるのかどうかは知らない。
<オランダ第3の都市デン・ハーグにある「レーフェンスアインデ・クリニク(死ぬためのクリニック)」>
いつも思うのだが、この固有名詞にローマ字の原語綴を並記すべきだ、というのが私の「横書き論」のポイントだ。「デン・ハーグ(Den Haag)」(S-Gravenhage)とあれば、「ああ、国際司法裁判所があり、小和田恒さんが裁判所長をやっているハーグのことか」とすぐわかるし、GOOGLE-EARTHで位置を確かめることもできる。
日本語の「ハーグ陸戦条約」などのハーグは、英語綴りのThe Hagueから定冠詞を抜いたものを通常使用しているにすぎない。
「レーフェンスアインデ・クリニク」もLevens-einde Klinikとオランダ語で綴るのであろうが、オランダ語スペルがあれば英語の「Life's End Clinic」の意味だと、ほぼ検討がつく。Oxfordの英語人名辞典では日本人の著作はすべて日本語のローマ字表記で書かれている。英訳ではない。ヘミングウェイの代表作品など日本でも「The Old Man and The Sea」でよいではないか。
もともと15万年前には東アフリカで人類はひとつの言葉をしゃべっていた。それがアフリカを出て、地球全体に拡散して行く過程で、1)クリック音を含む原アフリカ語、2)インド・ヨーロッパ語、2)オーストロネシア語、3)インド・ヨーロッパ語、4)ウラル・アルタイ語の4系統に分かれたにすぎない。
ローマ字表記に変換すれば、インド・ヨーロッパ語間の相違なぞ微々たるもので、すぐに意味がわかる。
言語も物差しも道具も進化の過程で「適応放散」が起こり、多様化する。それを一元化するには「コンセンサスによる標準化」か「de facto スタンダード」で優勢な基準を採用するかしかない。
科学で用いられる単位の基準としては、前者による「国際単位系(System International d'Unites)」(SI)が1993年から採用されている。フランス語表記になっているのは、メートル法を発明したのがフランスだからいたしかたない。Cf.高木仁三「単位の小事典」(岩波ジュニア新書)
後者の例としては、有名なビデオの録画方式でソニーのベータ方式とヴィクターのVHS方式の争いがある。VHSが買ってde facto スタンダードになったが、やがてデジタルの時代が来てヴィデオテープそのものが姿を消した。
ことばの場合、文化と伝統がからんでいるから、consensus standardというのは難しい。せいぜい外交用語は英語とフランス語という(これも実際は19世紀「帝国主義」の時代のde factoに由来する)ルールがあるにすぎない。が、ほとんどの国で第一外国語が英語になっている状況と「普遍語」としての英語(ピジンを含む)を考えれば、原語の推定が不可能なカタカナ語を書くよりも、英語スペルをそのまま日本語に取り入れる方がはるかにましだろう。
また話が脱線したが、三井美奈が「安楽死ができる国」(新潮社新書, 2003)で、2001年に「安楽死法」を成立させたオランダの実情を紹介して12年。安楽死を合法化し、医師が「自殺幇助罪」や殺人罪に問われないようにした国は、オランダ以外にスイス、ベルギー、ルクセンブルグと増えた。アメリカは州法により定められるので、オレゴン州、ワシントン州など少数に留まっている。が、ライシャワー元駐日大使がニューイングランド州からカリフォルニア州の病院に転院し、延命治療を中断し安楽死したように、「消極的安楽死」を認めている州は多い。
安楽死は自殺の一種であり、それを肯定するためには自殺を認める必要がある。ここにも言葉の問題があって原語のラテン語 Sui-cideumには「自ら(sui)」を「殺す(cidere)」という意味がある。「殺す」ことつまり殺人が悪なら、「自分を殺すこと」=自殺も悪となる。これがラテン化したキリスト教の思想となった。この淵源には「霊魂不死説」を唱えたプラトン哲学がある。
前4世紀に「樽のディオゲネス」を開祖とするキニク派哲学やアカデミア派の影響を受けて生まれた哲学にストア哲学がある。創始者はキプロスのゼノンである。後にアリストテレスの自然学の知識も入っているから、「後期ストア派」と呼ばれる人たちの書いたものはなかなか味わいがある。ストア哲学は自殺を肯定していたからSuicideumという言葉を用いていない。
哲人ローマ皇帝マルクス・アウレリウスは、痴呆症について大意こう書いている。
「長寿だといったところで、その精神が物事を理解し、精力的に緻密に考える力を保持し続けることができるかどうか、疑問である。
人はもうろくして、たわごといい、妄想に支配されるようになっても、息をし食べるという機能は消滅しない。
ことに、そろそろ死ぬべき時に至っているのではないか、という一事を心眼をすえて思考するという能力は、まっさきに消滅する。」
「事物の本体を洞察する精神力は、肉体の衰えに先立って衰退する。だから、生の歩みを速めねばならない。」(「自省録」3-1)
こうして彼は昼は皇帝としての公務に励み、夜は自省のための執筆をし、今のウィーンで「ペスト(疫病)」に罹り58歳で病死した。歴史上、これに匹敵する人物を私は知らない。その著書は善の瞑想にも似た深い思索の産物である。事実、著書「自省録」の原題は「Meditations(瞑想)」である。彼が人間性の深い観察者でもあったことは、次の言葉からも明らかだ。
「自分が死にゆく時、この悲しい出来事を喜ぶ連中がいない人ほど幸福なものはない。だがそれほどの幸福に恵まれる人はまれである。」(10-36)
同じ後期ストア派でもエピクテトスになると、こう表現している。
「他人の子供か連れ合いが死んだら『人間の運命だ』と誰もがいう。自分の妻子が死ぬと誰もが『何と不幸な私』という。」(「要録」4巻26節)
山田風太郎のアフォリズムならこうなる。
「死ぬのは自分の不幸。死なないのは他人の不幸」
最盛期のローマにおける皇帝といえば、多くの阿諛追従の人、賛美称賛の人、讒言誹毀の人に取り囲まれていたに違いないだろう。にもかかわらず、帝国を維持拡張できたのは、この絶えざる「自省」の力があったからだろう。彼が不慮の死を遂げ、息子のコンモドゥスが帝位に就いた時から、ローマ帝国の没落が始まった。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」(岩波文庫全10巻)や映画「ローマ帝国の滅亡」(1964)はマルクス・アウレリウスの死から始まっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ローマ帝国の滅亡
漱石「硝子戸の中」に、日露戦争に出征して戻って来た男に、漱石が「そんなに周囲の人が次々倒れて行くのを見ても、自分だけは死なないと思っていられますか」と質問した話が書いてある。男の答え、
「いられますね。死ぬまでは死なないと思っていられます。」
加齢の終点にある死について、「事物の本体を洞察する精神力は、肉体の衰えに先立って衰退する」と述べたマルクス・アウレリウスは、痴呆症について正確な認識をもっていた。昨日、体育の日、70歳代の老人でスポーツクラブに通う人の割合が50%近くになるとTVが報じていた。加齢による衰えの多くは「廃用性萎縮」に起因するから、筋トレを否定するものではないが、ボケにつながる「脳力」の衰えをどのように防止するかが、もう一つの問題であろう。
ボケてくると、「人は死ぬものだ、その中には自分も入る」ということすら忘れてしまう人がある。
http://news.infoseek.co.jp/article/postseven_219636
オランダの年間全死亡の3%に達するそうだ。これが死因統計上で「自殺」にカウントされるのかどうかは知らない。
<オランダ第3の都市デン・ハーグにある「レーフェンスアインデ・クリニク(死ぬためのクリニック)」>
いつも思うのだが、この固有名詞にローマ字の原語綴を並記すべきだ、というのが私の「横書き論」のポイントだ。「デン・ハーグ(Den Haag)」(S-Gravenhage)とあれば、「ああ、国際司法裁判所があり、小和田恒さんが裁判所長をやっているハーグのことか」とすぐわかるし、GOOGLE-EARTHで位置を確かめることもできる。
日本語の「ハーグ陸戦条約」などのハーグは、英語綴りのThe Hagueから定冠詞を抜いたものを通常使用しているにすぎない。
「レーフェンスアインデ・クリニク」もLevens-einde Klinikとオランダ語で綴るのであろうが、オランダ語スペルがあれば英語の「Life's End Clinic」の意味だと、ほぼ検討がつく。Oxfordの英語人名辞典では日本人の著作はすべて日本語のローマ字表記で書かれている。英訳ではない。ヘミングウェイの代表作品など日本でも「The Old Man and The Sea」でよいではないか。
もともと15万年前には東アフリカで人類はひとつの言葉をしゃべっていた。それがアフリカを出て、地球全体に拡散して行く過程で、1)クリック音を含む原アフリカ語、2)インド・ヨーロッパ語、2)オーストロネシア語、3)インド・ヨーロッパ語、4)ウラル・アルタイ語の4系統に分かれたにすぎない。
ローマ字表記に変換すれば、インド・ヨーロッパ語間の相違なぞ微々たるもので、すぐに意味がわかる。
言語も物差しも道具も進化の過程で「適応放散」が起こり、多様化する。それを一元化するには「コンセンサスによる標準化」か「de facto スタンダード」で優勢な基準を採用するかしかない。
科学で用いられる単位の基準としては、前者による「国際単位系(System International d'Unites)」(SI)が1993年から採用されている。フランス語表記になっているのは、メートル法を発明したのがフランスだからいたしかたない。Cf.高木仁三「単位の小事典」(岩波ジュニア新書)
後者の例としては、有名なビデオの録画方式でソニーのベータ方式とヴィクターのVHS方式の争いがある。VHSが買ってde facto スタンダードになったが、やがてデジタルの時代が来てヴィデオテープそのものが姿を消した。
ことばの場合、文化と伝統がからんでいるから、consensus standardというのは難しい。せいぜい外交用語は英語とフランス語という(これも実際は19世紀「帝国主義」の時代のde factoに由来する)ルールがあるにすぎない。が、ほとんどの国で第一外国語が英語になっている状況と「普遍語」としての英語(ピジンを含む)を考えれば、原語の推定が不可能なカタカナ語を書くよりも、英語スペルをそのまま日本語に取り入れる方がはるかにましだろう。
また話が脱線したが、三井美奈が「安楽死ができる国」(新潮社新書, 2003)で、2001年に「安楽死法」を成立させたオランダの実情を紹介して12年。安楽死を合法化し、医師が「自殺幇助罪」や殺人罪に問われないようにした国は、オランダ以外にスイス、ベルギー、ルクセンブルグと増えた。アメリカは州法により定められるので、オレゴン州、ワシントン州など少数に留まっている。が、ライシャワー元駐日大使がニューイングランド州からカリフォルニア州の病院に転院し、延命治療を中断し安楽死したように、「消極的安楽死」を認めている州は多い。
安楽死は自殺の一種であり、それを肯定するためには自殺を認める必要がある。ここにも言葉の問題があって原語のラテン語 Sui-cideumには「自ら(sui)」を「殺す(cidere)」という意味がある。「殺す」ことつまり殺人が悪なら、「自分を殺すこと」=自殺も悪となる。これがラテン化したキリスト教の思想となった。この淵源には「霊魂不死説」を唱えたプラトン哲学がある。
前4世紀に「樽のディオゲネス」を開祖とするキニク派哲学やアカデミア派の影響を受けて生まれた哲学にストア哲学がある。創始者はキプロスのゼノンである。後にアリストテレスの自然学の知識も入っているから、「後期ストア派」と呼ばれる人たちの書いたものはなかなか味わいがある。ストア哲学は自殺を肯定していたからSuicideumという言葉を用いていない。
哲人ローマ皇帝マルクス・アウレリウスは、痴呆症について大意こう書いている。
「長寿だといったところで、その精神が物事を理解し、精力的に緻密に考える力を保持し続けることができるかどうか、疑問である。
人はもうろくして、たわごといい、妄想に支配されるようになっても、息をし食べるという機能は消滅しない。
ことに、そろそろ死ぬべき時に至っているのではないか、という一事を心眼をすえて思考するという能力は、まっさきに消滅する。」
「事物の本体を洞察する精神力は、肉体の衰えに先立って衰退する。だから、生の歩みを速めねばならない。」(「自省録」3-1)
こうして彼は昼は皇帝としての公務に励み、夜は自省のための執筆をし、今のウィーンで「ペスト(疫病)」に罹り58歳で病死した。歴史上、これに匹敵する人物を私は知らない。その著書は善の瞑想にも似た深い思索の産物である。事実、著書「自省録」の原題は「Meditations(瞑想)」である。彼が人間性の深い観察者でもあったことは、次の言葉からも明らかだ。
「自分が死にゆく時、この悲しい出来事を喜ぶ連中がいない人ほど幸福なものはない。だがそれほどの幸福に恵まれる人はまれである。」(10-36)
同じ後期ストア派でもエピクテトスになると、こう表現している。
「他人の子供か連れ合いが死んだら『人間の運命だ』と誰もがいう。自分の妻子が死ぬと誰もが『何と不幸な私』という。」(「要録」4巻26節)
山田風太郎のアフォリズムならこうなる。
「死ぬのは自分の不幸。死なないのは他人の不幸」
最盛期のローマにおける皇帝といえば、多くの阿諛追従の人、賛美称賛の人、讒言誹毀の人に取り囲まれていたに違いないだろう。にもかかわらず、帝国を維持拡張できたのは、この絶えざる「自省」の力があったからだろう。彼が不慮の死を遂げ、息子のコンモドゥスが帝位に就いた時から、ローマ帝国の没落が始まった。ギボンの「ローマ帝国衰亡史」(岩波文庫全10巻)や映画「ローマ帝国の滅亡」(1964)はマルクス・アウレリウスの死から始まっている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/ローマ帝国の滅亡
漱石「硝子戸の中」に、日露戦争に出征して戻って来た男に、漱石が「そんなに周囲の人が次々倒れて行くのを見ても、自分だけは死なないと思っていられますか」と質問した話が書いてある。男の答え、
「いられますね。死ぬまでは死なないと思っていられます。」
加齢の終点にある死について、「事物の本体を洞察する精神力は、肉体の衰えに先立って衰退する」と述べたマルクス・アウレリウスは、痴呆症について正確な認識をもっていた。昨日、体育の日、70歳代の老人でスポーツクラブに通う人の割合が50%近くになるとTVが報じていた。加齢による衰えの多くは「廃用性萎縮」に起因するから、筋トレを否定するものではないが、ボケにつながる「脳力」の衰えをどのように防止するかが、もう一つの問題であろう。
ボケてくると、「人は死ぬものだ、その中には自分も入る」ということすら忘れてしまう人がある。
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