ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【科学者と捏造とメディア】難波先生より

2012-10-18 22:28:04 | 難波紘二先生
【科学者と捏造とメディア】要旨:科学における不正は常態的に行われている。大規模な調査と報告された研究論文のメタアナリシスによれば、科学者の約50%が「マイナーな不正をやったことがある」と認めており、!%は「自分または同僚が重大な不正をやったか、それを知っていた」と回答している。科学者や医者だけが特別に高い職業倫理の持ち主ではない、ナチス犯罪の実行者たちは「普通の人」であった。科学者や医者だけに、一般社会人よりも「特別に高い研究者倫理」を求めてもムダである。

 一国の国民が、自らの知的レベルと倫理レベルに見合った政府しか持てないのと同様に、その知的誠実さレベルの平均値よりも突出して高い、科学者や医者を期待することはできない。問題は、それを防ぎ、発生を監視するシステムを、法体系、社会システムのなかに、いかに組み込み、機能させるかである。それには、先行する米国のORI(Office of Research Integrity)の活動が参考にされなければならないし、「科学者の不正」が発生するメカニズムや、不正を行う科学者の生態と心理学についての研究や、生命倫理学者による実証的研究に、もっと研究費を注入する必要がある。

 さらにメディアは、「ニュース速報」のみに走るのではなく、「調査解説報道」に重きを置き、権力の監視者であるだけでなく、今や巨大な研究費が投入されているライフサイエンスなどの「巨大科学」の最先端において、研究費が適切に使用されているか、研究者の不正はないかなど、「科学の監視者」としての役割を果たすべきである

 序論:「雉も鳴かずば撃たれまい」という諺がある。東大病院森口研究員による「iPS細胞捏造」事件は、京大山中教授の、日本初の医師によるノーベル医学生理学賞受賞という快挙がなければ、まだ見過ごされていた可能性が高い。

 「科学者の不正」は、文学におけるそれと同様、他人の著作からの無断盗用、データの加工(トリミング)、データそのものの捏造ともに限りなく古い。「ニューヨーク・タイムズ」科学記者N.ウェード等によれば、地理学者プトレマイオス、ガリレオ、ニュートンなどにも認められるという。(1) 日本における同様な事件については、わずかに「科学朝日」がまとめた不完全な書籍がある程度で、科学史家による十分な研究がなされていない。(2)

 しかし、地位、栄達、名声を求めるための「立身出世主義」による科学者の不正が急増してきたのは、社会構造が「産業資本主義」から「脱産業社会・高度情報化社会」に移行をはじめた過去30年足らずのことである。これには大別して、1)少数の個人が関与し、スキャンダルとなった事件と、2)多くの科学者が関与し、メディアが持ち上げてブームとなったが、いつの間にか消滅した事件、の2種類がある。

 まず後者をいくつか列挙しよう。
 1)酸性雨問題:自動車や工場の排ガスに含まれる硫化物が、空気中で硫酸に変わり「酸性雨」を降らせ、松枯れ病などを起こし、森林破壊をもたらすと主張された。世界中で多くの研究費が、排ガスの有害物除去や環境保全のために研究者に交付された。松枯れは今でも進行しているが、もう科学者はこれは正常な「森林遷移」現象だと考えている。針葉樹から亜熱帯性の常緑広葉樹への遷移が起こっているのである。ウソを言った責任は誰もとろうとしない。

 2)オゾンホール問題:この問題は、初め超音速旅客機「コンコルド」が成層圏飛行をすることによって、大西洋上空のオゾン層が破壊され、地表に注ぐ有害な紫外線量が増加するという問題として提起された。
 やがてコンコルドが採算性の問題から飛行中止になると、1980年代以後、空気中に排出される排ガスの酸化窒素およびエアロゾル・スプレーに用いられているフロン(CFC)が、オゾン層破壊の原因であると主張された。1990年代になると、「南極上空のオゾン・ホール」ついで「北極上空のオゾン・ホール」の出現が指摘された。

 これらの事実は、万人が疑えないほどはっきりと確かめられたものではない。しかしながら、レーチェル・カーソン「沈黙の春」3)以来の、環境保護運動の流れの中で、人為的な「地球環境の悪化」と受けとめられて行った。

 3)地球温暖化問題:酸性雨問題、オゾンホール問題に加えて、化石燃料に由来する二酸化炭素の増加と地球温暖化問題の関係が90年代に関心を集め、「気候変動枠組み条約」が締結され、1997年、その第3回会議で「京都議定書」が採択され、加盟国は年限を定めて一酸化炭素排出削減の量的目標を明らかにした。
 
 しかし2009年、「地球温暖化」問題で主導的役割を果たしていた英国イーストアングリア大学の気候研究所所長ジョーンズ教授が関与した、世界各地の気温測定データの意図的操作が明るみに出て、関係グループが集団で関与した疑惑、「クライムゲート事件」に発展した4)。

 気候学者による地球平均気温の上昇データは、D.H.メドウズら「成長の限界・人類の選択」5)においても、「成長有限論」の重要な根拠として用いられており、平均気温上昇が人為的なものか太陽の黒点活動の活発化によるものか、あるいは「地球寒冷化」論者のいうように根拠がないものか、これも世界規模での検証が求められている。

 日本でも、過酸化水素による発がん問題、ダイオキシンの催奇形性問題など、食品や環境に対する安全意識に乗じた、基礎研究者のデータ過大評価による事件が起きているが、「捏造」とまではいえないので、割愛する。
 
 これ以外にも「間接喫煙問題」などがあるが、いずれも巨大問題であり、ここで論じるゆとりはない。別書(6)を参照して頂きたい。
 従ってここで取り上げるのは、「研究者による意図的な不正行為」である。

本論:「背信の科学者たち」講談社ブルーバックス版(2006)において訳者牧野賢治は、1982~2006までの世界と日本の主な捏造事件を一覧表にまとめている7)。
 「背信の科学者たち」の原本1)は、1980年代に米国で多発した医学・生命科学における科学者の不正事件について、事例を解説し、その予防を訴えたものである。

 周知のように、米国における医学・生命科学の研究費は圧倒的に多数が、NIH(国立健康研究所)から配分されるものである。その配分は、40近くある研究所(例えばがん研究ならNCI:国立がん研究所)の室長クラスが査定を行っており、医学・生物学研究におけるNIHの権威はきわめて高い。

 ブロードらの著書もインパクトのひとつとなって、米国政府は1985年、「健康研究付帯法(HREA=Health Research Extension Act)」を制定し、1989年に医学・生命科学における研究不正を防止するために「科学公正局」と「科学公正審査局」を設立した。この2局は、1992年に統合され「研究公正局(ORI=Office of Research Integrity)」となった8)。

 米国では、HREA法施行とORIの設立以来、医学・生命科学における不正はほぼ陰をひそめた。2005年には、生理学者ボールマンによる10本の論文捏造が発覚し、ORIにより「生涯研究費助成禁止、懲役5年」の刑を科せられている。

 これに対して同様の法律も規制機関もない、物理学・化学の領域では1980年代以後も、かなり重大な不正事件が相継いでいる。
 1989年には、ユタ大学のフライシュマンズとボンズ両教授による「常温核融合」実験成功というとんでもない事件が起きた。問題は「追試により確認した」とする他大学の報告があいついだ事である9)。2002年には、バークレー国立研究所が1999年に発表した第118番目の新元素を発見したという論文が、筆頭著者による捏造であることが判明し、論文取り下げを公表している8)。

 同じ年にグラハム・ベル研究所で、若い研究者シェーンが3年間に書いた超伝導や電界効果トランジスタなど、画期的な物理現象に関する論文16本(ノーベル賞間違いなし、といわれていた)が、すべて捏造によるものであることが公表された10)。

 これに対して、そのような法律や規制機関をもたない諸国では、医学生物学における研究者の不正が後を断たない。
 その中でも最大のものは、2005年末に発覚した韓国ソウル大学教授黄禹錫によるES細胞にかかわる論文捏造と研究費不正使用事件である。
 「世界で初めてヒトクローン胚から、ES幹細胞を作成した」とされ、韓国の「最高科学者第一号」に指名された研究者の不正が暴露され、科学者として韓国初のノーベル賞受賞の国民的夢は、泡と消えた11)。

 問題は韓国だけではない。日本でも科学者による不正が多発している。今回の「森口事件」は、山中伸弥教授のノーベル賞受賞とニューヨークの「幹細胞学会」での発表のタイミングがたまたま重なり、日本一の発行部数を誇る「読売」という大新聞の科学部が、まんまと騙されて一面トップで大虚報を行うというアクシデントが重なったために、大騒ぎになったにすぎない。


 森口もその共著者とされる研究者も、本来は無名に近い存在である。無名が必死に「無関係」を主張しているが、逆に森口が上手く騙しおおせて、コッホ賞でももらっていたら、どういう主張になったかはわからない。NHK、「朝日」、「毎日」が追従し、いつもの「横並び」報道になっていたら、「神の手事件」と同じような構図になっていたかもしれない。

 森口尚史の論文不正を検証するのはやっかいである。
 英語論文の場合は、NIH 国立医学図書館の文献データベースMEDELINEが一般に公開されており、PubMedあるいはGoogle Scholarにより簡単にアクセスできる。しかし日本の場合、商業データベースである「医中誌」、国会図書館のデータベースであるGiNi、文部科学省の外郭団体科学技術振興機構(JST)のデータベースであるJ-Globalがそれぞれ独立して存在し、「名寄せ方法」が統一されていない。

 このため同姓同名を除外しても、森口の和文論文数はJ-GLOBALで33本、GiNiではわずか8本となる。英語論文はPubMedで27本である。
 彼の最も古い論文は、佐藤千史が筆頭著者で1994年に東京医科歯科大学から発表されている。医科歯科大学健康情報分析学教室(佐藤千史教授)から発表されたものは全部で4本である。
 その次ぎに彼が就職した「医療経済研究所」からは、わずか2本の論文が発表されいるにすぎない。その次の「東大先端科学技術研究センター」からは、16本の論文が出されている。
 共同研究者上村隆元がいる慶應大学医学部からは4本の論文が出ている。

  2007年に、東大大学院から「ファーマコゲノミクス利用の難治性C型慢性肝炎治療の最適化」という論文により学術学博士号を授与されたが、学位論文審査委員会委員長は先端科学技術研究センターの児玉龍彦教授であり、副査は東京医科歯科大学佐藤千史教授である。

 2010年11月には、「C型肝炎の予防及び/又は治療のための医薬」に関して、出願人/特許権者を興和発酵、及び東京医科歯科大学、発明人を森口尚史、佐藤千史、小澤孝俊として特許申請しており、その内容はJ-Globalに公開されている。この特許申請そのもは、医師法にも薬事法にも抵触していない。

 同年東大附属病院形成美容外科の技術補佐員となり、2011年同科助教三原誠が「内閣府総合技術会議」の「最先端:次世代研究開発支援プログラム」から「医工連携による磁場下過冷却(細胞)臓器凍結保存技術開発と臨床応用を目指した国際共同研究」というテーマで、1億3,800万円の研究費交付を受けるに及び、有給の技術補佐員として採用されたものである。2011年3月から12年9月までに給与約967万円が支給された、と10月16日の「読売」が報じている。

 すでに新聞・テレビ等で報じられているように、森口の「iPS細胞を用いた臨床応用6例」というのはまったくの虚偽である。
 しかしそのことは、論文や雑誌編集者へのレターの共著者がイノセントな被害者であることを意味しない。

 佐藤千史教授は、「健康情報分析」教室のHPに「業績リスト」を公開しているが、そこに掲載されている論文には1996~ 森口との共著論文が18編あり、佐藤が筆頭著者で森口を共著者としているものもある。これらが教室の主任である佐藤教授の知らないままに掲載されたなどということは、およそありえない。
 また2010年には森口と共に特許を共同出願している。これらのことは、「修士課程の時に指導教官だっただけ。論文の整合性をチェックしただけで、内容はわからなかった」というような説明ですませられるものでははい。

「森口とは関係がない」と主張しているハーヴァード大ベス・イスラエル病院放射線腫瘍学のY. Zhang博士も、自分が筆頭著者の論文に共著者としてMoriguchiを加えており、ニューヨークでの学会発表論文にたとえ無断で名前が使用されたとしても、それ以前の行為が免責されるものではない12)。

 米国ではノーベル賞学者ワトソンの提言を容れて、生命科学に投じられる研究費の5%を科学者による不正を防止するための「研究倫理」の研究費に当てることが決まったが、日本では科学研究費の一体何パーセントが、不正防止のための研究費に当てられているのか? 金が多量に投じられる領域には、銀バエのように、うさんくさい研究者も蝟集するのは容易に予期されるところである。そういうことも考慮しなかった科学プロジェクトだったとしたら、「甘い」としか言いようがない。

 コメント:今回の事件は、日本における「科学者の不正」を防止するための法的、制度的なシステムがいかにあまいか、また共同研究者内における相互チェックシステムがいかに杜撰なものであるかを示した。

 他方、25歳で医学部看護学科に入学し、刑事政策にかかわる公募懸賞論文で2年連続入選し、さらに東大先端研にかかわり博士号を授与されると、アパートの隣人に「医者で、東大教授だ」と吹聴するなど、不審な点がある。

 中でも、2011年3月に発表した論文「ヒト肝癌幹細胞からのiPS細胞樹立」に関する論文には、「東大医学部の森口尚史」と「ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院の森口尚史」の二人が名を連ねており、執筆者は日本の森口とハーバードの森口を別人格と考えている13)。これは奇怪至極といわざるをえない。

 2000年11月に発覚した「旧石器遺跡捏造」事件においては、石器捏造者藤村新一の犯行は約30年にわたり繰り返され、周囲はうすうす事情を知りながら、学会での業績や研究費などの利便のために、批判の声がありながら、それらを黙殺あるいは意図的に圧殺していた。
 後に、事件発覚後、調査委員会による調査の過程で「解離性同一性障害」があり、本人は「別人格が捏造をやった」と主張していることが判明した14)。藤村と最初期から共同研究を続けた岡村道雄は、「おかしいと感じたが、あえてそれを否定しようとしてきた」と悔恨を示している。

 森口の場合にも、もっと早期に「おかしい」と感じた研究者や同僚がいたはずである。それが捏造発覚につながらなかった理由が調査・点検されなければいけない。

  2009年に発表された「科学者の不正」に関する米国と英国の多数の論文をメタアナリシス法で解析した、論文によると、科学者の約2%が自らがきわめて重要な不正(捏造、データの改変など)を行ったことを認め、約37%が疑問のある行為を行ったと自認した。さらに同僚については、約14%が重大な不正を、72%が疑問のある研究行為を目撃したことを認めている15)。

  NYT 2012年10月5日付「Editorial」によると、科学論文が間違いあるいは捏造を理由に、撤回される事例が急激に増大しており、雑誌編集者や倫理学者を悩ませているという。2011年に「ネイチャー」が公表した統計によると、過去10年間に公刊された論文数は44%増加したにすぎないが、公刊後に撤回される論文数は10倍に増加し、年間300本以上に上るという。

 全世界の医学生物学に関する「撤回された論文」2000本以上を分析した研究によると、全体の3/4で撤回理由は捏造またはデータの偽造にあると判定されたという。該当諸国は米国以外に、ドイツ、日本、中国など全世界に及んでいるというワシントン州立大学からの報告が、「アメリカ科学アカデミー紀要」にごく最近掲載された。

 科学者の「不正行為」は常態化しており、それに対する法的、制度的な対応措置が必要である。さもないと膨大な研究費はむだ遣いされ、人類の福祉に役立つ貢献をなすことなく終わってしまうだろう。
<参考文献>
1)W.ブロード& N.ウェード:「背信の科学者たち」, 化学同人, 1988
2)「科学朝日」編:「スキャンダルの科学史」, 朝日新聞社, 1997
3)R. カーソン:「沈黙の春」, 新著文庫, 1994
4)S.モシャー&T.フラー:「地球温暖化スキャンダル」, 日本評論社, 2010
5)D.H.メドウズ他:「成長の限界・人類の選択」, ダイヤモンド社, 2005
6)N.オレスケス&E.M.コンウェイ:「世界を騙しつづける科学者たち(上・下)」, 楽工社, 2011
7)W.ブロード&N.ウェイド(牧野賢治訳):「背信の科学者たち」,講談社ブルーバックス, 2006
8)山崎茂明:「科学者の不正行為:捏造・偽造・盗用」, 丸善, 2001
9)F.D.ピート:「常温核融合:科学論争を起こす男たち」, 吉岡書店, 1990
10)村松秀:「論文捏造」, 中公新書ラクレ, 2006
11)李成柱:「国家を騙した科学者:<ES細胞>論文捏造事件の真相」, 牧野出版, 2006
12)Zhang Y, Moriguchi H: Chromatin remodeling system, cancer stem-like attactors, and cellular reprogramming. Cell Mol Life Sci. 68(21): 3557-71, 2011
13)森口尚史、森口尚史:消化器癌のCancer Stem Cell, Cancer Initiating Cell, ヒト肝癌幹細胞からiPS細胞を樹立する」, 分子消化器病、8(1): 54-58, 2011/3
14)岡村道雄:「旧石器遺跡<捏造事件>」, 山川出版社, 2010
15)Fanelli D: How many scientists fabricate and falsify research? A systematic review and meta-analysis of survey data. PLos ONE. 45(5), 2009
16)Fang FC, Steen RG, Casadevall A.: Misconduct accounts for the majority of retracted scientific publications. Proc Natl Acad Sci U.S.A. 109(42): 17028-33, 2012/10/16号
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