ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【肺癌研究の現状】難波紘二先生

2012-04-06 12:57:19 | 難波紘二先生
注文しておいた「医学のあゆみ」の「肺がん特集号」が届いた。

 ひと言で感想を述べれば、「過度の専門分化により、視野狭窄に陥った研究者によるクズ論文の寄せ集め」である。こんなものに6000円近くも払うのではなかった。どうしてこういうかというと、一口に肺がんといっても、1)扁平上皮癌、2)腺がん、3)小細胞がんの3種に分かれ、それらは生物学的に「三つの全く異なったがん」である。喩えていえば、同じ哺乳類の「夜行性害獣」といっても、狐とタヌキとイタチくらい異なる。

 生物学的に異なる、といえば発がん遺伝子が異なることを意味している。ところが疫学者は「喫煙と肺がんの関係」を強調するが、喫煙によりどのタイプのがんが増えるのかを、区別していない。他方、病理学的分類(今年決まる予定の新しいWHO分類)を論じる著者は、遺伝子との関係をまったく論じていない。遺伝子異常を論じるものは、疫学的データや病理組織学的分類との関係を述べていない。肺がんに関する研究論文は山ほど出ているが、問題意識が乏しいから、それらを消化し、自分のものとして立体的に再構成することができていなのである。

 以下、ざっと読んだ印象を述べる。

 1) 肺がんは大騒ぎするほど多くない。2010年に日本人のがん死は約30万人で、うち肺がんによる死亡は7万人(23.3%)である。(肺がんの場合は、治療成績が悪いので死亡数≒罹患数と考えてそう大きな違いはない)日本人の年間死者は130万人だから、肺がん死をゼロにしても、これが123万になるにすぎない。自殺をゼロにすれば2年で達成できる数値だ。費用対効果の観点からすれば、肺がんの診断治療に使っている金を、自殺予防対策費に使った方がよほど効果がある。自殺は中年までの労働可能年の長い人に多く、肺がんは余命の少ない中年以後に多い病気である。

 2) 増えているのは肺の腺がんである。1999~2003年の5年間について見ると、上記の3つの型の肺がんの割合は、男性と女性(カッコ内)で以下の通りである。

     1)扁平上皮がん=22%   (16%)

   2)腺がん   =43%   (67%)

     3)小細胞がん =16%    (12%)

 合計が100%にならないのは、少数の分類不能例などがあるためである。このうち、腺がんと小細胞がんは喫煙と無関係なことが明らかになっているので、喫煙との関係が疑われるのは男性の肺がん患者の5人に1人、女性では6人に1人である。つまり圧倒的多数の肺がんは、喫煙とは関係がない。

 3)圧倒的に多い腺がんの遺伝子異常として、患者の約50%にEGF(上皮細胞増殖因子)受容体つまりEGFR遺伝子の異常が見つかっている。これは正常では細胞の分裂・増殖を制御する遺伝子であり、これの異常は発がんにつながる。腺がんについては、これ以外に6種の遺伝子異常が見つかっており、遺伝子異常のない腺がんは全体の25%を占めるに過ぎない。このうち扁平上皮がんと共通した遺伝子異常はない。

 4)扁平上皮がんの7割では遺伝子異常が見つかっていない。約30%の症例では5種の遺伝子異常が見つかっており、そのうち最も多い(全体の22%)ものは、繊維芽細胞増殖因子(FGF)受容体1(FGFR1)の遺伝子異常である。繊維芽細胞は肺の扁平上皮とは別の細胞であり、繊維芽細胞の増殖にかかわる受容体遺伝子の異常が、どうしては胃扁平上皮がんを引き起こすのか、その機序は不明である。しかし扁平上皮がんでこの遺伝子に異常が認められる例では、全例が喫煙者である。

 化学発癌は発がん物質が遺伝子変化を起こし、これによって癌化が生じる。タバコの煙にはベンツピレンなどの発がん物質が含まれており、このため肺がんが起こると考えられていた。タール発癌では扁平上皮がんが起こる。ところがいま増加している肺がんは扁平上皮がんではなく、腺がんである。さらに、タバコによるとされてきた扁平上皮がんには、例外的にしか遺伝子異常が見つからない。これは肺扁平上皮がんは化学発癌によるものではないことを示唆している。

 女性の子宮頚部がんが、ヒト・パピローマ ウィルス(HPV)の感染により生じ、従ってワクチンにより予防可能なことはよく知られている。同じ扁平上皮がんである、肺扁平上皮がんについてもHPVの関与が疑われている。まだ研究が始まったばかりであるが、肺扁平上皮がんのうち、遺伝子異常のない70%においては、HPVが原因である可能性がある。もしそうなら、胃がんの原因がピロリ菌感染であると判明し、除菌療法で予防できるようになったように、肺の扁平上皮がんもワクチンにより予防できる可能性がある。

 今のところ、肺扁平上皮がん組織におけるHPV検出率の報告は、0~70%とバラツキがあるが、これは検出方法別、民族別、性別、年齢階級別、喫煙の有無別に、もっと検索症例数を増やして研究する必要がある。EBウィルス感染率などは、欧米と日本とでは年齢階級別の陽性率がまったく異なるカーブを示す。だから、欧米データがそのまま日本人に当てはまる、という先入観をもって研究してはいけない。

 5)疾患の地理病理学的理解がきわめて不完全である。私は血液のがんについて、全病型および各病型ごとの、民族による発生率の差、発生年齢の差、臨床経過の差を長年研究してきた。HTLV-1ウィルスのように、日本に多いウィルス感染が原因で起こる血液がんは、もちろん日本に多い。しかし、欧米白人にくらべると、血液がん全体の発生率は日本人では1/2くらいであり、「かかりにくい」といえる。中でも濾胞性リンパ腫やホジキン病は極端にすくない。だから欧米の教科書に書いてあることは、日本人にそのまま当てはまらない。このことは究極的には、原因遺伝子の異常の違い、いいかえるといわゆる日本人がアーリア人と分かれた時点までさかのぼるわけで、この分岐以後に起こった遺伝子変化がからんでいるに違いないが、いまの血液病理学はその解明までには至っていない。

 肺がんの研究はもっとおそまつで、疫学者にも病理学者にもそういう文明史・人類史的な発想や視点がぜんぜんない。◯◯のひとつ覚えみたいに「喫煙と肺がんの関連性」ばかりを唱えている。最近の研究は、腺がんの増加と直径2.5ミクロン(2.5/1000ミリ)以下の微細粒子との関連性を示しているではないか。2.5ミクロンというと「細菌より小さく、ウィルスのサイズ」である。煙の粒子は2.5ミクロンより大きい。だからチンダル現象を起こすのである。そういう一般常識のない研究者がいくら論文を生産しても、学問はちっとも進歩しない。

6)肺小細胞がんについての知見がまったく書いてない。この悪性リンパ腫に、細胞学的にも、生物学的行動も、治りやすさも、よく似ている肺がんについてまったく書いてない。あきれた。これは編集者の識見のなさをあらわしている。仕方がないから、DeVita(臨床血液学者でNCI元所長)のテキスト「CANCER」(第9版, 2011) から抜き書きしておく。これも喫煙と関係のない肺がんである。

 がん抑制遺伝子p53, RB(網膜芽腫抑制遺伝子) の不活性化が多くの場合(~90%) に認められる。染色体末端のテロメアを再生せせる酵素テロメラーゼの活性化が起こっている(~100%)。濾胞性リンパ腫に見られる細胞不死化遺伝子bcl2の発現が起こっている(75~95%)。つまり、このがんは上記2種とはまったく異なるがんである。濾胞性リンパ腫が日本人に少ないことは5)で述べたが、もし小細胞がんも日本人に少ないのなら、「bcl2の安定性」が関係しているのかもしれない。

 がんは遺伝子病である。同じ肺がんといっても、それは発生部位が同じであるだけで、生物学的にはキツネとタヌキとイタチくらいに異なる。生態も異なれば、捕獲法も異なる。別種のがんである扁平上皮がん、腺がん、小細胞がんをいっしょくたにして研究して、診断や治療に進歩があるはずがない。

 予想される最悪のどんでん返しは、HPVが肺扁平上皮がんの原因ウィルスであると証明され、肺腺がんの原因は自動車排ガスによる遺伝子変化に、女性ホルモン・エストロゲンによる細胞増殖の促進効果が重なって起こると証明され、従来の主導的学説がぜんぶ否定されることである。胃がんの場合は、ピロリ菌の発見でこれが起こった。「日本の胃がん研究は世界一」と自画自賛していた胃がん学者は、ノーベル賞をオーストラリアの研究者にさらわれて「自己批判書」を書いた。(多賀須幸雄「日本では何故ピロリ菌を発見できなかったか」, ミクロスコピア, 2009, No.3:178-179) 「タバコ肺ガン説」を生みだした故平山雄の国立癌センター疫学部も、そうなるかも知れない。
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