ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【奇妙な歩行】難波先生より

2014-07-22 13:01:37 | 難波紘二先生
【奇妙な歩行】
 7/19(土)は夜、広島市のホテルである祝賀会があり、家内にJR駅まで送ってもらい、JRと市電を乗り継いで市内中心部のホテルに向かった。7/16(水)にも同じホテルで「広島ペンクラブ」の会合があり、帰りに奇妙な光景を見た。
 広島駅行きの市電乗り場で、前を歩いていた五分刈りの頭をして、開襟シャツを着て、肩からショルダーバッグをかけた、中背の小太りの中年男が、軌道敷に向かって首を傾けたと思うと、「カーッ」と音を立てて、二度痰を吐いた。一瞬、時代が40年ぐらい逆行したような錯覚にとらわれた。
 ところがこの男、向かいの電停にある行き先を表示した看板が正面に見えるところまで行って、看板を見るとくるりと向きを変えて、今来た方向に戻り始めた。向きを変えるとき、吐き捨てるように何か一人言を言ったが、聞き取れなかった。日本語でないようにも思えた。
 車線を間違えたのなら、電停から横断歩道を向こうに渡ればすむことなのに、デパートがある側の歩道に戻った。「地下道を通って反対車線に行くのだろうか?」と思って目線で追ったが、今は電停の車道側には遮光性のプラスチック板がついているから、途中で見失った。いつまでたっても向かい側の地下街出口に姿を表さず、そのうち駅行きの電車が来た。
 車中で考えた。どういうひとだろうか? 松本清張の小説「点と線」(1958)では東京駅のあるプラットホームからひとつ向こうのプラットホームが見通せる、わずかな時間帯があり、これがミステリーの重要な構成要素になっているが、わが方は見通せなかったので、推理するしかない。
 まず地元の人物ではないだろう。この角地のデパートと電車道を挟んで反対側にある地元発祥の家電店ビルを利用しないはずがなく、東側の市電東西線と宇品港への南行き腺がT字形に分岐するこの紙屋町交差点を知らないはずがないからだ。
 出張のビジネスマンだろうか?年配は50歳前後だから、その可能性も考えられる。が、頭は五分刈り、白い半袖シャツに茶色のショルダーバッグといういでたちで、時間帯が午後9時半頃だから、ウィークデーの夜としては合わない。とてもビジネス会食が終わったところとは思えない。この格好で接待をするもされるもないだろう。
 そうすると「外国からの観光客」という線が浮上してくる。「東洋人」はまず間違いがないが、見かけだけで何人かはわからない。昔、留学中に、アパート(コンドミニアム)のプールがあり、一緒に游いでいた日本人と思われる中年男性に日本語で話しかけたら、英語で「私は韓国人だ」と返ってきたことがある。韓国で痰を吐く光景を見た記憶がないし、韓国についての本にも書いてない。
 残るはもう一つ別の「痰を吐くので有名な」さる大国の人という可能性だ。もしそうだとすると、短躯で小太りという体形から見て、北方系ではなく南方系の人だろう。同じ電車に乗るのであれば、話しかけて突きとめることができたのに惜しいことをした。

 さて土曜日は、デパートとホテルの間にある噴水や大型の電光ディスプレーなどがある広場で、また珍しいものを見かけた。右手のタクシー乗り場で下りたと思われる、定年後とおぼしき男性が、黒いビニールレザー製の薄い書類入れのようなものを右小脇に抱え、目の前を左に向かって歩いて、ホテル入り口に向かっている。背丈は170センチ位あるがやせぎすで、半袖シャツを着ている。
 注意を引いたのはその歩き方で、腰のところから上体が30度くらいまっすぐ前に傾いている。首はやや上に向いている。足は上体に引っぱられて前に進む感じで、つま先歩行で、踵が地面につかない。足が前に進むにはつま先が垂れたままで前方に動き、足底の前半分が着地した時点で、すぐに次の前方移動が始まる。見ていると、ちょうど「操り人形」の動き方によく似ている。
 「あ、これはパーキンソン病だな」と直感した。あまりに教科書的なので、写真撮影をしたかったが、人目があるし無断撮影はまずいと思ったので止めた。転倒する危険性があるので、倒れたら介助し、それをきっかけに聴き出してみようと思っていたが、見ているうちに何ごともなくホテルに姿を消して、その後は見かけなかった。
 友人のO先生がこの病気を患っているが、彼の場合は服薬が功を奏しているのか、ここまで典型的な症状は出ていない(はずだ)。
 夜遅く帰宅して、久し振りにR.H. Major「Physical Diagnosis 6版」(1962)を書棚から取り出して読んだ。メジャーはカンサス大の内科学と医学史の教授で、医学史に関する名著が多いが、この「内科診断学」も名著で、私は学生の頃「沖中内科診断学」よりもこっちの方をよく読んだ。
 洋書は索引がしっかりしているので、「Parkinson’s disease」を引くと、ちゃんと「gait in -」という項目があり、「パーキンソン病の歩行」という頁にすぐに飛べる。「歩行」という項目があり、歩き方で診断できる病気として、片麻痺、脊髄癆、多発性硬化症、ALS、小脳変性疾患、迷路障害などが挙げられており、パーキンソン病(PD)も入っている。以下のその拙訳。
 「PD患者の多くは典型的な歩き方をする。頭と体を鋭く前に傾け、小股にすばやく歩幅を進めるので、まるで<自分の体の重心を追って走る>ように見える。この歩行は、一度見たら忘れられない記憶として刻まれるので、トラウベが「瞬間診断(アウゲンブリックス・ディアグノーゼ)」と呼んだものを、誰にも可能にするだろう。この例は、人が認識できるのは、教科書の長い記述を読んだからではなく、前に見たことがあるからだというよい例である。この歩行はPDの軽症型では軽いか欠けていることもある。」
 この教科書には選りすぐった典型例の患者写真が掲載されているが、PDに関しては私が見た光景の方が、より典型的だった。やはり惜しいことをしたと思う。
 昔の「内科診断学書」にはこういう貴重な情報が満載されていたが、「検査万能」になって若い医者にこういう知識が失われてきてはいないだろうかと心配になる。もう彼らは聴診器を使わないし、パソコン画面ばかり見ていて、患者が入室してから医者の前の椅子まで歩いて坐る動作を観察して、「瞬間診断」をすることもないだろう。
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