【本選び】最近は街の書店に行っても、1)やたら本の数が多い大型書店、2)店舗は広いが岩波文庫が置いてない通俗書店、3)しょぼくれた個人商店の3種しかない。だからもっぱらAMAZONでネット買いする。大学生協に注文すれば10日はかかるが、ネットなら早ければ翌日着く。
問題は情報の収集で、新しい本はもっぱら産経は土曜日と日曜日の書評欄(土曜日は出版社側の「刊行意図の説明」)と地方紙の(主に共同配信)書評欄に目を通し、面白そうなものを切り抜いてビニールホルダーに保存しておく。忘れた頃、ヒマをみて、なかから今でも興味のあるものを選ぶ。すぐ注文すると、衝動買いになり、後で後悔する。というのも日本では「書評文化」も「書評者の倫理」も確立しておらず、原稿料目当てのチョウチン書評が多いからだ。書評資格のない文科系の連中がポピュラーサイエンスや医療ものの書評をしていたりする。
少し時間をおいて本注文をするとよいのは、その間にAMAZONに読者レビューが載る場合が多いからだ。複数のレビューを読むと、「本の中味がわかり、著者または訳者の真剣度がわかる」という利点がある。ただ、このレビューでも「索引があるかどうか、著者の主張が引用文献または参考文献の明示により、検証可能か」という点にまで触れたものはすくない。まだ日本には書評文化が根付いていないのだ。
今朝3/6(水)は、朝6時に起きたので少し時間にゆとりがあった。そこで溜まった書評切り抜きを整理し、9冊ほど注文した。
★堺屋太一:「団塊の世代:<黄金の十年>が始まる」、文春文庫: 前の「団塊の世代」(1980, |\280)の今の値段をチェックするために検索したら引っかかった。
文庫本で\600だから30年間で二倍以上になっている。デフレではない。ゆっくりとインフレが進んでいるのだ。
★近藤誠:「医者に殺されない47の心得」、アスコム:昨年菊池寛賞を受賞している。近藤さんが「定年後は医業はやらない」と書いていたのは、作家として生きるということだとわかった。
★J. ダイアモンド他:「知の逆転」NHKブックス:英語本の翻訳かと思っていたが、NHKの女性ディレクターがアメリカのトップの科学者など(チョムスキー、ピンカー、ワトソン、サックスetc)にインタビューして構成したものだそうだ(AMAZONレビュー)。東京ではベストセラー2位に入っている。
★前島一郎:「品格ある終末」経営者新書:いま問題の「胃ろう」問題を中心に論じたもの。最近、先輩のY先生から「リビングウィルを書いた」というお手紙を頂いた。『覚悟としての死生学』で「リビングウィル」を書いておけば、マカロニ人間になる終末は避けられると述べておいたので、内容をチェックしてくれという要旨だった。
★堀江義人:「毛沢東が神棚から下りる日」平凡社:中国に「神棚」はないのでおかしなネーミングだが、本のタイトルは編集者が決めるので仕方なかろう。私なら徹底的に抵抗するが。著者は中国に留学しているので、一党独裁の問題、開放経済の問題、民主化運動の行方など、現代中国について書く資格ありと判断した。
★校條剛:「ザ・流行作家」講談社:ペンネームだと思うが、元「週刊新潮」の編集長だそうだ。新潮社は斎藤十一(じゅういち)というカリスマ編集者でもっていた。死後、斎藤美和編「編集者 斎藤十一」冬花社という本が出ている。何しろ発想が違っていた。日航機が御巣高山に墜落したとき、メディアはいっせいに死んだ乗客の取材に走った。斎藤は「週刊新潮」の記者に「運よく乗れなかった客の取材をしろ」と指令した。掲載号が売れたのはいうまでもない。
最近、編集者が亡くなった作家などのことを回想録として書くことが多い。雑誌も書物も消えて行く時代なので、こういう著書は貴重な資料となる。主に川上宗薫と水上勉の争い、笹沢佐保を扱ったもののようだ。世阿弥がいうように「華がある」ことが重要で、山本周五郎は残ったが川上も笹沢も消えた。
★辻直四郎:「リグ・ヴェーダ讃歌」岩波文庫:辻直四郎は東大教授で、門下に渡辺輝宏、中村元がいるが、書いたもののレベルは低い。「ウパニシャッド」(講談社学術文庫)は参考文献は不備、索引もない。フランス語対訳本からの翻訳ではないかと疑うが、類書がないので注文した。
★渡瀬信之:「マヌ法典:ヒンドゥー世界の原型」中公文庫:「マヌ法典」全文の邦訳は中公文庫にあるが、絶版か品切れで古本が\4000もする。高すぎるので概説書をさしあたり読むことにした。「カウティリヤ実利論(上下)」(岩波文庫)も同様で、古書価格が\9000もする。バカバカしい。
★高山文彦:「大津波を生きる」新潮社:大津波が襲った岩手県宮古市田老町については吉村昭「三陸海岸大津波」という名著があるが、これは3・11後の田老地区の現状をレポートしたものだ。「田老の防潮堤」といえば有名だが、高山の報告が1970年の吉村のこの著書を引き継いでいることを期待したい。
最近のAMAZONはコンピュータに学習能力があるのか、1)関連書の呈示、2)前にチェックした本の呈示、3)同じ著者の他の作品の呈示をやるようになった。これに読者レビューが加わると、もう図書館の機能を超えたといえる。ことに日本の図書館は「書庫の管理人」で司書がろくに勉強していないし、OPACという図書検索ソフトがダメなので、蔵書有無のチェックくらいにしか使えない。出版社が協力して、「目次の閲覧、本文各章の冒頭閲覧、まえがきとあとがきの閲覧」ができるようになると、「買い損」の率は大幅に低下するだろう。
(驚きましたね。3/7木曜日の夜遅く、宇和島から戻ったら上記の本のうち、5冊がすでにAMAZONから届いていた! 近藤誠、堺屋太一、校條剛、J. ダイアモンド他、辻直四郎の本です。明日一日で目を通すつもりですが、この速さ、街の書店では太刀打ちできないでしょうね。
結局、街の書店を滅ぼすものは「再販制度」という固定価格制度に依存した現在の日本の出版・販売システム=流通過程を含めて、だと私は思います。
「不思議の国のアリス」に出てくる赤の女王のセリフ:「この国では同じところに留まろうとすれば、絶えず全力で走らなければならないのじゃ」。あるいはイタリア映画「山猫」に出てくるセリフ。:「変わるまいと思えば、絶えず変わらないといけない」。)
問題は情報の収集で、新しい本はもっぱら産経は土曜日と日曜日の書評欄(土曜日は出版社側の「刊行意図の説明」)と地方紙の(主に共同配信)書評欄に目を通し、面白そうなものを切り抜いてビニールホルダーに保存しておく。忘れた頃、ヒマをみて、なかから今でも興味のあるものを選ぶ。すぐ注文すると、衝動買いになり、後で後悔する。というのも日本では「書評文化」も「書評者の倫理」も確立しておらず、原稿料目当てのチョウチン書評が多いからだ。書評資格のない文科系の連中がポピュラーサイエンスや医療ものの書評をしていたりする。
少し時間をおいて本注文をするとよいのは、その間にAMAZONに読者レビューが載る場合が多いからだ。複数のレビューを読むと、「本の中味がわかり、著者または訳者の真剣度がわかる」という利点がある。ただ、このレビューでも「索引があるかどうか、著者の主張が引用文献または参考文献の明示により、検証可能か」という点にまで触れたものはすくない。まだ日本には書評文化が根付いていないのだ。
今朝3/6(水)は、朝6時に起きたので少し時間にゆとりがあった。そこで溜まった書評切り抜きを整理し、9冊ほど注文した。
★堺屋太一:「団塊の世代:<黄金の十年>が始まる」、文春文庫: 前の「団塊の世代」(1980, |\280)の今の値段をチェックするために検索したら引っかかった。
文庫本で\600だから30年間で二倍以上になっている。デフレではない。ゆっくりとインフレが進んでいるのだ。
★近藤誠:「医者に殺されない47の心得」、アスコム:昨年菊池寛賞を受賞している。近藤さんが「定年後は医業はやらない」と書いていたのは、作家として生きるということだとわかった。
★J. ダイアモンド他:「知の逆転」NHKブックス:英語本の翻訳かと思っていたが、NHKの女性ディレクターがアメリカのトップの科学者など(チョムスキー、ピンカー、ワトソン、サックスetc)にインタビューして構成したものだそうだ(AMAZONレビュー)。東京ではベストセラー2位に入っている。
★前島一郎:「品格ある終末」経営者新書:いま問題の「胃ろう」問題を中心に論じたもの。最近、先輩のY先生から「リビングウィルを書いた」というお手紙を頂いた。『覚悟としての死生学』で「リビングウィル」を書いておけば、マカロニ人間になる終末は避けられると述べておいたので、内容をチェックしてくれという要旨だった。
★堀江義人:「毛沢東が神棚から下りる日」平凡社:中国に「神棚」はないのでおかしなネーミングだが、本のタイトルは編集者が決めるので仕方なかろう。私なら徹底的に抵抗するが。著者は中国に留学しているので、一党独裁の問題、開放経済の問題、民主化運動の行方など、現代中国について書く資格ありと判断した。
★校條剛:「ザ・流行作家」講談社:ペンネームだと思うが、元「週刊新潮」の編集長だそうだ。新潮社は斎藤十一(じゅういち)というカリスマ編集者でもっていた。死後、斎藤美和編「編集者 斎藤十一」冬花社という本が出ている。何しろ発想が違っていた。日航機が御巣高山に墜落したとき、メディアはいっせいに死んだ乗客の取材に走った。斎藤は「週刊新潮」の記者に「運よく乗れなかった客の取材をしろ」と指令した。掲載号が売れたのはいうまでもない。
最近、編集者が亡くなった作家などのことを回想録として書くことが多い。雑誌も書物も消えて行く時代なので、こういう著書は貴重な資料となる。主に川上宗薫と水上勉の争い、笹沢佐保を扱ったもののようだ。世阿弥がいうように「華がある」ことが重要で、山本周五郎は残ったが川上も笹沢も消えた。
★辻直四郎:「リグ・ヴェーダ讃歌」岩波文庫:辻直四郎は東大教授で、門下に渡辺輝宏、中村元がいるが、書いたもののレベルは低い。「ウパニシャッド」(講談社学術文庫)は参考文献は不備、索引もない。フランス語対訳本からの翻訳ではないかと疑うが、類書がないので注文した。
★渡瀬信之:「マヌ法典:ヒンドゥー世界の原型」中公文庫:「マヌ法典」全文の邦訳は中公文庫にあるが、絶版か品切れで古本が\4000もする。高すぎるので概説書をさしあたり読むことにした。「カウティリヤ実利論(上下)」(岩波文庫)も同様で、古書価格が\9000もする。バカバカしい。
★高山文彦:「大津波を生きる」新潮社:大津波が襲った岩手県宮古市田老町については吉村昭「三陸海岸大津波」という名著があるが、これは3・11後の田老地区の現状をレポートしたものだ。「田老の防潮堤」といえば有名だが、高山の報告が1970年の吉村のこの著書を引き継いでいることを期待したい。
最近のAMAZONはコンピュータに学習能力があるのか、1)関連書の呈示、2)前にチェックした本の呈示、3)同じ著者の他の作品の呈示をやるようになった。これに読者レビューが加わると、もう図書館の機能を超えたといえる。ことに日本の図書館は「書庫の管理人」で司書がろくに勉強していないし、OPACという図書検索ソフトがダメなので、蔵書有無のチェックくらいにしか使えない。出版社が協力して、「目次の閲覧、本文各章の冒頭閲覧、まえがきとあとがきの閲覧」ができるようになると、「買い損」の率は大幅に低下するだろう。
(驚きましたね。3/7木曜日の夜遅く、宇和島から戻ったら上記の本のうち、5冊がすでにAMAZONから届いていた! 近藤誠、堺屋太一、校條剛、J. ダイアモンド他、辻直四郎の本です。明日一日で目を通すつもりですが、この速さ、街の書店では太刀打ちできないでしょうね。
結局、街の書店を滅ぼすものは「再販制度」という固定価格制度に依存した現在の日本の出版・販売システム=流通過程を含めて、だと私は思います。
「不思議の国のアリス」に出てくる赤の女王のセリフ:「この国では同じところに留まろうとすれば、絶えず全力で走らなければならないのじゃ」。あるいはイタリア映画「山猫」に出てくるセリフ。:「変わるまいと思えば、絶えず変わらないといけない」。)
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