ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【濡れ衣】難波先生より

2014-04-30 19:27:08 | 難波紘二先生
【濡れ衣】
 「論文捏造」というブログに山中伸弥教授が2000年に「EMBOジャーナル」という雑誌に発表した写真1枚とグラフ1枚に問題があると指摘されたことで、4/28京大で記者会見を開いて山中さんが説明と謝罪をしたという。
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140428/k10014091181000.html
 大変な時代になったものだ。
 問題のブログ:http://blog.goo.ne.jp/netsuzou/e/a703a56e46063cd81de556269b3cb3b9
 EMBO誌論文(無料テキスト入手可):http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11032820
 この論文はiPS細胞を作る前に、ES細胞の研究をしていた時代のもので、これまでに16回引用されている。
問題のブログは昨年の3月にネットで議論され、4月に自然消滅したものを誰かが再発掘したようだ。
 http://blog.goo.ne.jp/netsuzou/e/6f4577e29f50e7c1360b158c98854214
「MSN産経」によると<京大iPS細胞研究所によると、疑義が指摘された昨年4月から調査し、画像については同条件での実験データがあり切り張りはなかった。グラフは生データが確認されなかった。>というから、ネットに書き込まれて間もなく調査を始め、1年かけて小保方騒動が一段落したところで、記者会見したものだろう。
 http://sankei.jp.msn.com/science/news/140428/scn14042821370003-n1.htm
 対応の周到さが理研とはだいぶちがう。
 見たところ、確かに画像の類似性やグラフの標準偏差が類似しているという事実はあるが、これは自然的な類似性としても十分に説明可能だ。
例えば論文の図(Fig.)7Bはこうなっている。

 疑惑を呈している人は右のグラフの標準偏差(T字状の部分)が同じような幅であることに疑念を呈している。恐らくこれが相対値のグラフであることに気づかなかったのだろう。右図の左端の対照の強度が1.0であり、その標準偏差が+/- 0.1だから10%範囲にある。右端から3番目の棒グラフでは平均値が0.1で、標準偏差が+/- 0.1だから100%となり、実際には各棒グラフの標準偏差は大きく異なっている。データ操作をしていないからこうなるので、捏造ならもっと巧妙なグラフ化をするだろう。
 図3Aはこうなっている。
 
 このPCR-DNAの電気泳動写真は、NAT1という遺伝子が両方ともある(+/+)、片方だけある(+/-)と両方ともない(-/-)のマウスで、遺伝子のサイズと泳動位置がどう違うかを示したもので、700bpの位置のブロットが、+/-と-/-で形が類似していても何の不思議もない。
175の位置にしかブロットが出ない(左)、2個出る(中央)、700の位置にしか出ない(右)ことに意味がある。
 疑惑指摘者は700bpのブロット2個の形が類似していることに、捏造の証拠を見いだそうとしているようだが、それは「言い掛かり」というものだろう。NAT1は山中が留学中にマウスで見つけた遺伝子で、彼はこの遺伝子の機能を解明しているエキスパートだ。
 記者会見した山中氏の反応を「過剰反応ではないか」とする意見もあるようだが、ネットでの暴走は予測できないので、早めに対応するという措置は賢明だと思う。
 4/29「産経」、「中国」は1面と社会面で、「毎日」は社会面で大きく報道している。(毎日はわざわざDNA電気泳動の写真まで載せているが、原論文に当たっていないようで、疑惑指摘者のこんな簡単なトリックに騙されている。)
 山中氏が「全責任は自分にある」と述べたことは「産経」だけが報じている。
 このへんは理研の笹井氏の記者会見と違い、山中氏の潔いところで、人柄が表れている。

 私は山中氏の本は、
1) 畑中正一・山中伸弥:「iPS細胞ができた」(集英社, 2008)
2) 山中伸弥・緑慎也:「山中先生に人生とiPS細胞について聞いてみた」(講談社, 2012)
を読んでいる。(読みやすいのは後者の方。)いずれもノーベル賞受賞が決まる前の対談で、山中氏の肉声が伝わってくる。畑中氏との対談で、ノーベル賞を共同受賞したガードンのカエルでの実験を先行研究として称賛している。ガードンは「山中博士のおかげで共同受賞できた」と山中を讃えている。私はこういう人格の人は捏造ができないと思う。

 書物で事実関係の誤りを指摘された事例に、
 大江健三郎:「沖縄ノート」(岩波新書, 1970)
における渡河敷島での村民集団自決が、日本軍大尉による命令だとする記述に、
 曾野綾子:「ある神話の背景」(PHP, 1992)(再版「<集団自決>の真実」,ワック, 2006)
が噛みついた例、
 吉田清治:「私の戦争犯罪:朝鮮人強制連行」(三一書房, 1983) の済州島で「朝鮮人慰安婦狩り」をしたという「告白」に対して、
 秦郁彦:「慰安婦と戦場の性」(新潮選書, 1999)
が、現地調査と吉田に対する面談等によって、完全なフィクションであることを証明し、本人も「小説だ」と言ったという事件がある。
 大江の場合は、大尉の遺族から訴えられた裁判では、大江流の難解な文章を曽野が誤読していると、読解の誤りを指摘するだけで、曽野に指摘された事実そのものへの反論はしなかった。問題の箇所は、「人間としてそれをつぐなうには、あまりにも巨きい罪の巨塊のまえで、かれはなんとか正気で生き伸びたいとねがう。」である。
 「あまりにも巨きい罪の巨塊」を正確に読解できる人が何人いるだろうか。

 他に、立花隆は
 谷田和一郎:「立花隆先生、かなりヘンですよ:<教養のない東大生>からの挑戦状」(洋泉社, 2001)
 別冊宝島027:「立花隆<嘘八百>の研究」(宝島社, 2002)
 で批判されたが、私の知るかぎりいっさい反論しなかった。
 養老孟司も
 柴崎律:「養老教授、異議あり<バカの壁>解剖診断」(社会評論社, 2004)
で批判されたが、反論していない。
 「バカの壁」(新潮新書)は400万部以上の大ベストセラーになった。だから立花、養老の二氏は、一種の「有名税」として批判のターゲットになったのであろう。

 谷田は東大の経済学部の学生だったが、立花批判本を書くため1年留年した。その後を調べたら、なんと順天堂の解剖学教授(日本医史学会副理事長)坂井建雄さんとの共著があった。http://www.amazon.co.jp/人類がいどむ「いのち」と再生-ふしぎナゾ最前線-現代科学の限界にいどむ-谷田-和一郎/dp/401071929X/ref=la_B004LTAT02_1_3?s=books&ie=UTF8&qid=1398681169&sr=1-3
 批判本を書いたことで人生が変わったのかも知れない。
 こうしてみると、批判本のほとんどは、例外はあるが、著者により無視されている。無視された理由は憶測になるので述べない。

 が、ネットの場合は「匿名性」に隠れて、批判が暴走する可能性があり、放置しておくわけにいかないことがある。本当は実名で手紙を山中氏に出すか、メールで指摘して意見を聞くべきだと思うが、そうならなかったのは残念だ。まあ、山中さんの場合は「濡れ衣」だろう。ネットの「集合知」は今のところ、問題を指摘する作業には威力を発揮するが、物事を建設的な方向にまとめるのは、まだ不完全なようだ。

 ネットの「集合知」(この言葉は当時なかったが)というと、2000/11に「毎日」のスクープで始まった「旧石器遺跡捏造事件」を思い出す。私はこの事件は初めから常習的捏造によるもので、「出来心」によるものではなく、恐らく30年近く前の最初の「旧石器発掘」まで遡ると思っていた。
 ネットの掲示板にそう書き込んだら考古学者からメタメタに反論を受けた。しかし科学的証拠に目を向け、脂肪酸分析の結果がおかしいことを指摘するようになって、考古学者の間にも賛同する意見が出始め、「考古学会に演題を発表してくれ」と岡安光彦氏から提案され、学会入会に必要な2名の推薦者としてもう一人、角張淳一氏を集めてくれた。
 こうして見ず知らずの私が同志をえて、2001年5月に東京駒澤大学で開催された「日本考古学会総会」で「脂肪酸分析の結果」に関する批判的発表を連名ですることになった。岡安さんの世話で、学会前日にオフミが渋谷駅の近くで開かれ、初めて批判派が一同に会した。岡安さん、角張さんとの交流は長く続いている。角張さんはその後、糖尿病から来た心筋硬塞により亡くなったが、今は奥さんが「アルカ通信」を送ってくれている。

 残念ながら、日本考古学会は「発掘検証委員会」に角張、武岡俊樹という批判派を入れたが、単なる名前だけだったために、疑惑を完全に払拭することに失敗し、多くのアマチュアが考古学に対する関心を失った。
 だが「ネット集合知」が建設的な方向に働いた例として、この事件を挙げることが出来るだろう。
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