【漱石の苦衷】
夏目漱石には身辺雑記を記した随筆があまりない。『硝子戸の中』、『思い出す事など』くらいか…。
『硝子戸の中』は大正4年1月13日から「朝日新聞」に39回にわたり連載された随筆で、各篇に個別タイトルはない。ただ「硝子戸の中(十二、十三)」とあるだけだが、こういう話が書いてある。
「播州坂越(さこし)に住む、◯◯(実名が書いてある)という男からよく<俳句を書いてくれ、とか詩を書いてくれと葉書で言ってくる。缶入りの茶を礼に送ってきたこともある。
そのうち「富士登山の図に賛を書かないのなら茶代1円を返せ」と言ってきた。何のことか分からないので、うっちゃっておいたら、そのうち書斎のがらくたを片づけている中に、その男から送られた小包に気づいた。開けてみると「富士登山の絵」だった。
非礼の詫び状と共に絵に賛は描けないと送り返したが、男は納まるどころか、今度は短冊に「赤穂義士」の句を書けと、毎週のように葉書で督促してくるようになった。放って置いたら今度は封書が届くようになった。それも切手が張ってないので受け取る側が倍の料金を払わないといけないようにしてある。封筒には差出人の名前が書いてない。
困り果てて、郵便局に事情を話し、差出人の住所氏名を知らせ、差し戻し処置にしてもらった。云々」
「私がこんな人に出会ったのは生まれて始めてである。」
と、漱石は締めている。
大正5年は1915年で、第一次大戦の最中。参戦した日本は山東のドイツ領を占領し、1月18日、中国政府に「対華21箇条要求」を突きつけていた。そういう中で漱石は私憤を「公器」で晴らしていたわけだ。
それとは異なるが、4/29【学問の世界】で、<「整形外科」は英語でOrthopaedics、ドイツ語でOrthopaedieといい、Ortho-(正す)、Paedia(脚)の合成語だと知った。つまり元々は、折れた脚や手を元に戻す(正しくする)のが専門の診療科をいうのである。>と書いたことに対して、はるばるロンドンから間違いを指摘する手紙が届いた。
Paedicsはギリシア語のPodi(足)由来でなく、Paidoi(子供)由来だというのである。
あらためて「ドーランド医学大辞典」をみたら、「Ortho+G. Pais(子供)」とある。
「ギャリンソン医学史」と「モートン医学文献カタログ」を調べたら以下のことがわかった。
「Orhopaedics」という言葉は1741年にフランスの外科医ニコラス・アンドレ(1658~1742)が造語した言葉で、同年に「Orthopedie」という3巻本を刊行している。骨折の治療よりも、くる病などによる子供の脊椎骨発達の不良を正す点に比重が置かれていたようだ。
確かに小児科は英語でPaediatricsというから、Paedi-で「足」だけでなく「子供」も考えるべきであった。短絡的に「Orhto(正す)+Paedia(足)」の合成と考えたのは、いかにも未熟であった。
ロンドンの相沢さんからのご指摘がなければ、気づかなかったでしょう。
お礼申しあげると共に、前回の「Orthopaedics =折れた脚を治す」説を撤回いたします。
夏目漱石には身辺雑記を記した随筆があまりない。『硝子戸の中』、『思い出す事など』くらいか…。
『硝子戸の中』は大正4年1月13日から「朝日新聞」に39回にわたり連載された随筆で、各篇に個別タイトルはない。ただ「硝子戸の中(十二、十三)」とあるだけだが、こういう話が書いてある。
「播州坂越(さこし)に住む、◯◯(実名が書いてある)という男からよく<俳句を書いてくれ、とか詩を書いてくれと葉書で言ってくる。缶入りの茶を礼に送ってきたこともある。
そのうち「富士登山の図に賛を書かないのなら茶代1円を返せ」と言ってきた。何のことか分からないので、うっちゃっておいたら、そのうち書斎のがらくたを片づけている中に、その男から送られた小包に気づいた。開けてみると「富士登山の絵」だった。
非礼の詫び状と共に絵に賛は描けないと送り返したが、男は納まるどころか、今度は短冊に「赤穂義士」の句を書けと、毎週のように葉書で督促してくるようになった。放って置いたら今度は封書が届くようになった。それも切手が張ってないので受け取る側が倍の料金を払わないといけないようにしてある。封筒には差出人の名前が書いてない。
困り果てて、郵便局に事情を話し、差出人の住所氏名を知らせ、差し戻し処置にしてもらった。云々」
「私がこんな人に出会ったのは生まれて始めてである。」
と、漱石は締めている。
大正5年は1915年で、第一次大戦の最中。参戦した日本は山東のドイツ領を占領し、1月18日、中国政府に「対華21箇条要求」を突きつけていた。そういう中で漱石は私憤を「公器」で晴らしていたわけだ。
それとは異なるが、4/29【学問の世界】で、<「整形外科」は英語でOrthopaedics、ドイツ語でOrthopaedieといい、Ortho-(正す)、Paedia(脚)の合成語だと知った。つまり元々は、折れた脚や手を元に戻す(正しくする)のが専門の診療科をいうのである。>と書いたことに対して、はるばるロンドンから間違いを指摘する手紙が届いた。
Paedicsはギリシア語のPodi(足)由来でなく、Paidoi(子供)由来だというのである。
あらためて「ドーランド医学大辞典」をみたら、「Ortho+G. Pais(子供)」とある。
「ギャリンソン医学史」と「モートン医学文献カタログ」を調べたら以下のことがわかった。
「Orhopaedics」という言葉は1741年にフランスの外科医ニコラス・アンドレ(1658~1742)が造語した言葉で、同年に「Orthopedie」という3巻本を刊行している。骨折の治療よりも、くる病などによる子供の脊椎骨発達の不良を正す点に比重が置かれていたようだ。
確かに小児科は英語でPaediatricsというから、Paedi-で「足」だけでなく「子供」も考えるべきであった。短絡的に「Orhto(正す)+Paedia(足)」の合成と考えたのは、いかにも未熟であった。
ロンドンの相沢さんからのご指摘がなければ、気づかなかったでしょう。
お礼申しあげると共に、前回の「Orthopaedics =折れた脚を治す」説を撤回いたします。
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