.【お気の毒】M3から来るメールを読んでいると、医事訴訟はますます増え、内容もべらぼうな金額になっている。損害賠償額はだいたい1億円という相場だ。内容も「余命告知をされたから、患者がパニクって治療を受けずに死亡した。だから余命告知をした医者の責任だ」とか、心臓病の治療の後、退院した際に医者が心筋硬塞の薬を出さなかった。だから発作を起こして死亡したとか、多様である。
人間の死亡率は100%であり、「死はもっとも思いがけないかたちで本人を襲う」ということすら、考えたことのない患者が多い。約千人の臨終を集めた山田風太郎『人間臨終図鑑』(徳間書店)は、「ああ、これよりは俺はマシだな」と思わせてくれるから、お経や聖書より役に立つ。ぜひ一家に一冊(実際は上下2冊)備えておき、死亡年齢毎に見て行くことをお奨めしたい。
私は72歳だが、この年齢で死んだ人には孔子、阿倍仲麻呂、西行法師、沢庵和尚、後藤新平、ショーペンハウエル、モーリス・ユトリロ、チャールズ・リンドバーグ、ジャン・ギャバン、ジョン・ウェインがいる。その他合計25人が挙げられているが、死因ががんと判明しているのは、田中正造(胃がん)、徳田秋声(肺がん)、内田吐夢(前立腺がん)、リンドバーグ(診断名不明のがん)、棟方志功(肝がん)、ジョン・ウェイン(胃がん)と結構多い。
まあ、70歳を過ぎたお年寄りを病理解剖すると、多くの場合「潜在がん」といって、小さながんが甲状腺、腎臓、前立腺などに見つかる。中には肺に立派な小転移巣ができているが、臨床的にはちっとも症状がないものもある。だから、この歳でがんになったり、がんで死ぬのは避けられないだろう。
立派だと思うのはジョン・ウェインのケースで、57歳の時に肺がんで左肺全部と右肺の一部を手術で摘出している。彼の映画出演歴をみると、それ以後もまったく活動が落ちていない。もっとも私が代表作の一つだと思う「リバティ・バランスを撃った男」は肺がん手術の2年前の1962年製作だと、こんどWIKIを見て知った。最終作が死ぬ3年前の「ラスト・シューティスト」。
変わっているのはリンドバーグで、ニューヨーク・コロンビア大に入院していたが、死期を悟ると、別荘のあったハワイ・マウイ島に飛び、自分の墓を造って、葬式の用意万端を整えて死んだという。次回ハワイに行くときは、ぜひ彼の墓を見てみたいと思う。マウイには日系移民の墓地があり、墓石がみな日本を向いているのは、見たことがある。しかしリンドバーグの墓地があるとは知らなかった。
これらに比べると、日本人の場合は、いずれもちまちました死が多い感じがする。
30年位前に、カリフォルニアに住むアメリカ人医師から、開業医の収入の3分の1が医療過誤保険の掛け金でもって行かれる、民間の病院経営会社ができて、DRG(Disease-Related Group)という「病気毎の支払い上限額」を設定したので、今までのような「出来高払い制」の高収益は望めなくなった、という話を聞いた。
30年たって、日本もアメリカのようになってきたようだ。『医療にたかるな』という本は前に紹介したが、医療費節約のインセンティブを消費者の側にもたせないと、今の医療制度は間もなく崩壊するだろう。
それにしても何億円もローンを組んで、開業したとたんに、患者や遺族から訴えられて、1億円の損害賠償を命ぜられたら、とんでもないことになるだろう。裁判官もよく考えて安易に判決を出さないようにしてもらいたいものだ。
刑事裁判の誤判率を考えると、民事裁判にも少なくとも同率の誤判があるはずだ。医者は金持ちだから、このくらいの金は出せるだろうと思われると困る。判事はすべて国家公務員だから、誤判しても国家が賠償してくれる。これとは別に「裁判官が個人で負担する罰金」のような制度を設けたらどうだろう。(「世界古今法令集」を調べたが、そんな法を定めた国はなかった。)
介護の分野も、新しいマーケットになっているが、YAHOOが進出していると知ってびっくりした。(このメルマガにも社員から配信希望があった。)今に株式会社による病院経営も認められるようになるだろう。日本医師会がTPP交渉参加に反対するのは、アメリカの病院経営会社に日本進出されたら困るからである。だったら、その前に日本の会社を認可して体力をつけておこう、という発想になると思われる。
医師も患者もハッピーになれるには、どうしたらよいだろう。やはり、トマス・モアが『ユートピア』で説いたように、「医術がこれほど尊重されている国はない。医術の知識はもっとも有益な部門の一つであり、医術を必要としない点でこの国の人間に及ぶものはない」という状況を作り出すのが一番だろう。死期を悟ったら、リンドバーグみたいにさっさと後始末の体勢に入る。そういう覚悟が必要だろう。
学校の「保健科目」など、内容を生理学・病理学・救急医療学の内容に変えればよい。
大学の教育科目で、生命科学と医学概論・治療概論を必修とすればよい。但し勝手に他人を治療すると「医師法違反」になるから、そのへんへの目配りが必要だ。たいていの病気は「救急箱」に備え付けの薬などで急場の間に合う。
勝手に不摂生して、調子が悪くなるとすぐに医者にかかって、おまかせ、というのがよくない。
公務員の世界には「権限委譲」という制度がある。ある案件が本来は教授なり、学部長なりが決済すべきものであっても、より下級のものにその権限を委ねることをいう。大臣や学長が決済すべき書類は山ほどあるが、大部分は実際にはより下のところで決済してハンコだけが責任者の印鑑になる。こうしないととても生身の人間にはもたない。
私などは、医者も自分でなくてもできるところは、ナースとか検査士とかにまかせて、そのかわり監督を十分にすればよかろうと思うが、医師は一般に権限委譲に反対する。医師不足でアップアップしていても、今でも「医師が同乗しないかぎり、病院車を緊急車両(救急車)として運転すること」は禁止である。これなど看護師への権限委譲を認めたらすむ問題だろうに。
1960年代、われわれが医学生の頃は、公共投資のため土建業が栄えていて、ダンプカーの運転手など、免許取得の困難もあり、人も羨むような高級だった。病理学の教授に授業のさい、「金がほしいのなら医者なんかになるな、ダンプカーの運転手になれ」と説教された。
(この話には裏があって、その教授が慶応大学の教授を案内して、市内の高級クラブに行ったところ、ホステスが職業を聞いたので「当ててみろ」と返事したところ、ゴルフで鍛えたその教授(元陸軍中尉)の腕を触って、「トラックの運転手でしょう」といわれたという、笑い話がある。当時はダンプカーの運転手もそういうところに出入りしていたのだ。その屈辱感と「運転手はそんなに儲かるのか」という驚きが、くだんの説教につながったのである。)
しかし同級生の95%は臨床医になり開業した。今までに二人が病死し、一人が自殺しているが、いずれも臨床医療にともなうストレスがからんでいると思う。開業医は「定年がないからよい」というが、逆にそれは「いつまで経っても辞められない」ということでもある。何億円もの設備投資をムダにしないためには、子供を医者にして跡を継がせるしかないから、それも大変だ。
医療訴訟が増え、賠償金額が増え、会社が医療に参入してくると、ますます大変になる。お気の毒だと思う。
私は生まれ変わっても、やはりのんきな貧乏学者になりたい。
人間の死亡率は100%であり、「死はもっとも思いがけないかたちで本人を襲う」ということすら、考えたことのない患者が多い。約千人の臨終を集めた山田風太郎『人間臨終図鑑』(徳間書店)は、「ああ、これよりは俺はマシだな」と思わせてくれるから、お経や聖書より役に立つ。ぜひ一家に一冊(実際は上下2冊)備えておき、死亡年齢毎に見て行くことをお奨めしたい。
私は72歳だが、この年齢で死んだ人には孔子、阿倍仲麻呂、西行法師、沢庵和尚、後藤新平、ショーペンハウエル、モーリス・ユトリロ、チャールズ・リンドバーグ、ジャン・ギャバン、ジョン・ウェインがいる。その他合計25人が挙げられているが、死因ががんと判明しているのは、田中正造(胃がん)、徳田秋声(肺がん)、内田吐夢(前立腺がん)、リンドバーグ(診断名不明のがん)、棟方志功(肝がん)、ジョン・ウェイン(胃がん)と結構多い。
まあ、70歳を過ぎたお年寄りを病理解剖すると、多くの場合「潜在がん」といって、小さながんが甲状腺、腎臓、前立腺などに見つかる。中には肺に立派な小転移巣ができているが、臨床的にはちっとも症状がないものもある。だから、この歳でがんになったり、がんで死ぬのは避けられないだろう。
立派だと思うのはジョン・ウェインのケースで、57歳の時に肺がんで左肺全部と右肺の一部を手術で摘出している。彼の映画出演歴をみると、それ以後もまったく活動が落ちていない。もっとも私が代表作の一つだと思う「リバティ・バランスを撃った男」は肺がん手術の2年前の1962年製作だと、こんどWIKIを見て知った。最終作が死ぬ3年前の「ラスト・シューティスト」。
変わっているのはリンドバーグで、ニューヨーク・コロンビア大に入院していたが、死期を悟ると、別荘のあったハワイ・マウイ島に飛び、自分の墓を造って、葬式の用意万端を整えて死んだという。次回ハワイに行くときは、ぜひ彼の墓を見てみたいと思う。マウイには日系移民の墓地があり、墓石がみな日本を向いているのは、見たことがある。しかしリンドバーグの墓地があるとは知らなかった。
これらに比べると、日本人の場合は、いずれもちまちました死が多い感じがする。
30年位前に、カリフォルニアに住むアメリカ人医師から、開業医の収入の3分の1が医療過誤保険の掛け金でもって行かれる、民間の病院経営会社ができて、DRG(Disease-Related Group)という「病気毎の支払い上限額」を設定したので、今までのような「出来高払い制」の高収益は望めなくなった、という話を聞いた。
30年たって、日本もアメリカのようになってきたようだ。『医療にたかるな』という本は前に紹介したが、医療費節約のインセンティブを消費者の側にもたせないと、今の医療制度は間もなく崩壊するだろう。
それにしても何億円もローンを組んで、開業したとたんに、患者や遺族から訴えられて、1億円の損害賠償を命ぜられたら、とんでもないことになるだろう。裁判官もよく考えて安易に判決を出さないようにしてもらいたいものだ。
刑事裁判の誤判率を考えると、民事裁判にも少なくとも同率の誤判があるはずだ。医者は金持ちだから、このくらいの金は出せるだろうと思われると困る。判事はすべて国家公務員だから、誤判しても国家が賠償してくれる。これとは別に「裁判官が個人で負担する罰金」のような制度を設けたらどうだろう。(「世界古今法令集」を調べたが、そんな法を定めた国はなかった。)
介護の分野も、新しいマーケットになっているが、YAHOOが進出していると知ってびっくりした。(このメルマガにも社員から配信希望があった。)今に株式会社による病院経営も認められるようになるだろう。日本医師会がTPP交渉参加に反対するのは、アメリカの病院経営会社に日本進出されたら困るからである。だったら、その前に日本の会社を認可して体力をつけておこう、という発想になると思われる。
医師も患者もハッピーになれるには、どうしたらよいだろう。やはり、トマス・モアが『ユートピア』で説いたように、「医術がこれほど尊重されている国はない。医術の知識はもっとも有益な部門の一つであり、医術を必要としない点でこの国の人間に及ぶものはない」という状況を作り出すのが一番だろう。死期を悟ったら、リンドバーグみたいにさっさと後始末の体勢に入る。そういう覚悟が必要だろう。
学校の「保健科目」など、内容を生理学・病理学・救急医療学の内容に変えればよい。
大学の教育科目で、生命科学と医学概論・治療概論を必修とすればよい。但し勝手に他人を治療すると「医師法違反」になるから、そのへんへの目配りが必要だ。たいていの病気は「救急箱」に備え付けの薬などで急場の間に合う。
勝手に不摂生して、調子が悪くなるとすぐに医者にかかって、おまかせ、というのがよくない。
公務員の世界には「権限委譲」という制度がある。ある案件が本来は教授なり、学部長なりが決済すべきものであっても、より下級のものにその権限を委ねることをいう。大臣や学長が決済すべき書類は山ほどあるが、大部分は実際にはより下のところで決済してハンコだけが責任者の印鑑になる。こうしないととても生身の人間にはもたない。
私などは、医者も自分でなくてもできるところは、ナースとか検査士とかにまかせて、そのかわり監督を十分にすればよかろうと思うが、医師は一般に権限委譲に反対する。医師不足でアップアップしていても、今でも「医師が同乗しないかぎり、病院車を緊急車両(救急車)として運転すること」は禁止である。これなど看護師への権限委譲を認めたらすむ問題だろうに。
1960年代、われわれが医学生の頃は、公共投資のため土建業が栄えていて、ダンプカーの運転手など、免許取得の困難もあり、人も羨むような高級だった。病理学の教授に授業のさい、「金がほしいのなら医者なんかになるな、ダンプカーの運転手になれ」と説教された。
(この話には裏があって、その教授が慶応大学の教授を案内して、市内の高級クラブに行ったところ、ホステスが職業を聞いたので「当ててみろ」と返事したところ、ゴルフで鍛えたその教授(元陸軍中尉)の腕を触って、「トラックの運転手でしょう」といわれたという、笑い話がある。当時はダンプカーの運転手もそういうところに出入りしていたのだ。その屈辱感と「運転手はそんなに儲かるのか」という驚きが、くだんの説教につながったのである。)
しかし同級生の95%は臨床医になり開業した。今までに二人が病死し、一人が自殺しているが、いずれも臨床医療にともなうストレスがからんでいると思う。開業医は「定年がないからよい」というが、逆にそれは「いつまで経っても辞められない」ということでもある。何億円もの設備投資をムダにしないためには、子供を医者にして跡を継がせるしかないから、それも大変だ。
医療訴訟が増え、賠償金額が増え、会社が医療に参入してくると、ますます大変になる。お気の毒だと思う。
私は生まれ変わっても、やはりのんきな貧乏学者になりたい。
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