【糖尿病とナッツ食】4ヶ月ぶりに血液検査と便秘薬プルセニドをもらうために「かかりつけ医」=総合診療医を受診した。現在の糖尿病治療の指標はヘモグロビンA1c(HbA1c)の値である。これは赤血球(RBC)の中にある2種のヘモグロビン(AとB)のうちA(アルファ)というポリペプチド鎖にグルコースが非特異的に結合したものの割合を%で表示したものだ。
食後に高血糖値が起こると、RBCは自分ではグルコースを合成できないので、血中からグルコースを取り込む。従って細胞膜で囲まれたRBC内部は、局所的に非常にグルコース濃度が高い環境となる。この異常に高いグルコース濃度があるため、タンパク質であるヘモグロビンのアルファ鎖とグルコースの間に、非特異的な糖化反応(メイラード反応)が起こり、HbA1cが形成される。
赤血球は骨髄で作られ、傷んでくると脾臓の赤脾髄と呼ばれる「開放性血管網」を通過する際に破壊され、素材は分解されて造血の材料として再利用される。この間が赤血球の寿命で約120日、4ヶ月ある。
末梢血中を循環しているRBCには、作りたてのものから寿命が尽きそうなものまで、いろいろある。従ってふつうの血液検査でのHbA1cは、若いRBCから超加齢のRBCまで、含まれているヘモグロビンのうち、糖化ヘモグロビン(HbA1c)の平均濃度を見ているにすぎない。
ここには過去120日間の血糖値の平均が反映されている。よって糖尿病のコントロールとして用いる場合、検査は年3回、4ヶ月に1度でよいのである。(米国はそうなっている。)だが日本では理屈が分かっていない医者が多いので、患者はたぶん毎月受診している。
私の場合は「かかりつけ医」と協議して「総合診療医」に変えてしまった。彼は理屈を学んで私を診療してくれている。以下に検査結果の要点を書く。
HbA1c: (2/3) 5.9 → (5/31) 5.5 (基準値: 4.6 – 6.2)
血糖値: (2/3) 165 → (5/31) 139 (基準値:70 – 109)
と2回ともHbA1cは基準値内にあったが、血糖値が高めである。他方、インスリン(3.7,3.5)とC-ペプチド(1.22, 1.0)の値は2回とも基準値内にある。
(いずれも空腹時の値。血糖値が高めの理由は、前にも書いたが肝臓での「糖新生」が昂進しているためだと考えている。肝機能にはまったく検査値での異常がない。)
他方ケトン体の方だが、昨年8/9、本格的ケトン食をしていた時に食後1時間で検査した時の値はこうだった。
(8/9/2016) 総ケトン体: 3793, アセト酢酸: 526, ベータ-ハイロドキシ酪酸: 3267
それが今年に入り、ナッツ食に切り換えたら5/31にはこうなった。
(5/31) 総ケトン体: 742, アセト酢酸: 132, ベータ-ハイロドキシ酪酸: 610
総ケトン体値は、昨年8/9の値が基準値上限の32倍だったのに対して、今年5/31の値は6.2倍(但し前回は食後1時間値、今回は空腹時値)と低下していたが、「高ケトン体血症」には変わりがない。
さて前項で取りあげた本田靖春氏の病歴を見ていて、「糖尿病と発がんには因果関係がある」、「それはグルコースの代謝異常と関係があるのではないか?」と思いついた。以下それらについて述べたい。
糖尿病患者にがん発症率が、高いことはすでに日本糖尿病学会の委員会報告がある。
<●近年,糖尿病と癌罹患リスクとの関連が明らかになってきており,糖尿病と癌との関連について,日本糖尿病学会と日本癌学会の専門家による合同委員会を設立することとなった。●わが国の疫学データでは,糖尿病は全癌,大腸癌,肝臓癌,膵臓癌のリスク増加と関連していた。●糖尿病による癌発生促進のメカニズムとしてはインスリン抵抗性とそれに伴う高インスリン血症,高血糖,炎症などが想定されている。>〔雑誌「糖尿病」56(6):374-390,2013〕
http://www.fa.kyorin.co.jp/jds/uploads/jds-jca_report.pdf
国立がんセンターの報告では<部位別に見ると結腸(1.40)、肝臓(1.97)、すい臓(1.85)のがんに関して有意>の増加>があるという。
がんは臨床的に発見される20〜30年も前に「がん幹細胞」として誕生する。このがん幹細胞は小さくほとんど酸素呼吸をしないで、臓器や組織の深部に隠れている。生きるエネルギーはグルコースを分解してATPを合成して得ている。これに遺伝子変異が重なると増殖能を獲得し、細胞分裂して大きくなり始める。
潜伏期のがんは主に毛細血管から拡散するグルコースを栄養源にしている。毛細血管からの拡散は周囲1ミリに程度にしか届かないので、初期のがんの大きさは直径2ミリ以下である。これは近藤誠氏のいう「がんもどき」であり、それ以上に成長しない。毛細血管からの酸素拡散とグルコースの拡散濃度が増大のリミット因子になっているのである。「がん検診」で見つかるがんはほとんどがこれで、いくら見つけて治療しても、全寿命が延びないのはこのためだ。
それ以上に増大するがんは、自らを養うがん血管をもっている。この血管新生を起こす遺伝子に突然変異を来したがん細胞は、VEGF(血管内皮増殖因子)を分泌して、周囲に新しい毛細血管をつくり、急速に増殖し始める。これが「がん血管」だ。このがん血管はがん細胞間に入りこみ、しかも血管壁に穴が開いているので、血液からの養分を取り込みやすく、同時に転移能力のあるがん細胞が血中に入りこみやすくなっている。
この「本物がん」は猛烈にグルコースを取り込む能力がある(正常細胞の3〜8倍)。放射元素でラベルしたグルコースを血管内に投与するPETスキャンで、がんが選択的に造影されるのは、この原理を応用しているからだ。
がん幹細胞が血管に乏しい環境下である程度まで成長できるのは、グルコースを分解(解糖作用)してATPというエネルギー供給体を作っているからだと思われる。
話を最初の論点に戻す。「糖尿病と発がんには因果関係がある」、「それはグルコースの代謝異常と関係があるのではないか?」というのが基本的問題だった。
第一の問題。糖尿病と発がんとの間に相関関係があるのは、疫学的にも証明された事実だ。因果関係の間接的証拠は、2疾患の発症時期に時間的前後関係があることだ。すでに形成されている「がん幹細胞集団」が、糖尿病による持続的高血糖にさらされれば、他の正常細胞にくらべて生存・増殖に有利になるのは明らかだろう。
第2の問題は「グルコースの代謝異常」である。正常細胞では細胞内に入ったグルコースは解糖系の作用により分解され、ピルビン酸(焦性ブドウ酸)に変わる。ここまでは正常細胞もがん細胞も同じで、この過程でATPが8分子生まれる。
正常細胞の場合は、ピルビン酸はアセチルCoAに変わり、ミトコンドリアに入り、酸素呼吸の下にオキサロ酢酸に変化する。この「TCAサイクル」での反応は酸素を必要とし、合計30分子のATPを産生できる。
他方「嫌気的解糖系」しか利用できないがん細胞は、1分子のグルコースを分解することで8分子のATPしか生産できない。TCAサイクルを廻すのに必要な酵素は、細胞内小器官のミトコンドリアに局在している。がん細胞はミトコンドリアに乏しく、ミトコンドリアでピルビン酸を分解し、TCAサイクルを廻すことがほとんどできない。
正常細胞がグルコース1分子の分解により38分子のATPを得るのに対して、がん細胞はたった8分子しかATPを得ることができない。その差は約5倍である。このため増殖するがん細胞は正常細胞の5倍以上のグルコース摂取能がないと、正常細胞にたち打ちできない。
(古川健司「ケトン食ががんを消す」、光文社新書は同じ理屈で、ケトン食の抗がん効果を主張しているが、まだエビデンス不足だ。)
実際に臨床的に増殖するがんは上記の特異な血管網をもち、グルコース運搬タンパクに対する細胞膜表面の受容体も多く発現していて、効率よく血中グルコースを吸収できる。
以上のように見てくると、糖尿病ががんの発病因子となりえること、その仕組みは高グルコース血症ががんの選択的増殖を促すことあることが、ほぼ解明できたと思う。
表題の「ナッツ食」については、ケトン体やアミノ酸、脂肪酸からエネルギーを得る方法と一緒に、回をあらためて論じたい。
「記事転載は事前にご連絡いただきますようお願いいたします」
食後に高血糖値が起こると、RBCは自分ではグルコースを合成できないので、血中からグルコースを取り込む。従って細胞膜で囲まれたRBC内部は、局所的に非常にグルコース濃度が高い環境となる。この異常に高いグルコース濃度があるため、タンパク質であるヘモグロビンのアルファ鎖とグルコースの間に、非特異的な糖化反応(メイラード反応)が起こり、HbA1cが形成される。
赤血球は骨髄で作られ、傷んでくると脾臓の赤脾髄と呼ばれる「開放性血管網」を通過する際に破壊され、素材は分解されて造血の材料として再利用される。この間が赤血球の寿命で約120日、4ヶ月ある。
末梢血中を循環しているRBCには、作りたてのものから寿命が尽きそうなものまで、いろいろある。従ってふつうの血液検査でのHbA1cは、若いRBCから超加齢のRBCまで、含まれているヘモグロビンのうち、糖化ヘモグロビン(HbA1c)の平均濃度を見ているにすぎない。
ここには過去120日間の血糖値の平均が反映されている。よって糖尿病のコントロールとして用いる場合、検査は年3回、4ヶ月に1度でよいのである。(米国はそうなっている。)だが日本では理屈が分かっていない医者が多いので、患者はたぶん毎月受診している。
私の場合は「かかりつけ医」と協議して「総合診療医」に変えてしまった。彼は理屈を学んで私を診療してくれている。以下に検査結果の要点を書く。
HbA1c: (2/3) 5.9 → (5/31) 5.5 (基準値: 4.6 – 6.2)
血糖値: (2/3) 165 → (5/31) 139 (基準値:70 – 109)
と2回ともHbA1cは基準値内にあったが、血糖値が高めである。他方、インスリン(3.7,3.5)とC-ペプチド(1.22, 1.0)の値は2回とも基準値内にある。
(いずれも空腹時の値。血糖値が高めの理由は、前にも書いたが肝臓での「糖新生」が昂進しているためだと考えている。肝機能にはまったく検査値での異常がない。)
他方ケトン体の方だが、昨年8/9、本格的ケトン食をしていた時に食後1時間で検査した時の値はこうだった。
(8/9/2016) 総ケトン体: 3793, アセト酢酸: 526, ベータ-ハイロドキシ酪酸: 3267
それが今年に入り、ナッツ食に切り換えたら5/31にはこうなった。
(5/31) 総ケトン体: 742, アセト酢酸: 132, ベータ-ハイロドキシ酪酸: 610
総ケトン体値は、昨年8/9の値が基準値上限の32倍だったのに対して、今年5/31の値は6.2倍(但し前回は食後1時間値、今回は空腹時値)と低下していたが、「高ケトン体血症」には変わりがない。
さて前項で取りあげた本田靖春氏の病歴を見ていて、「糖尿病と発がんには因果関係がある」、「それはグルコースの代謝異常と関係があるのではないか?」と思いついた。以下それらについて述べたい。
糖尿病患者にがん発症率が、高いことはすでに日本糖尿病学会の委員会報告がある。
<●近年,糖尿病と癌罹患リスクとの関連が明らかになってきており,糖尿病と癌との関連について,日本糖尿病学会と日本癌学会の専門家による合同委員会を設立することとなった。●わが国の疫学データでは,糖尿病は全癌,大腸癌,肝臓癌,膵臓癌のリスク増加と関連していた。●糖尿病による癌発生促進のメカニズムとしてはインスリン抵抗性とそれに伴う高インスリン血症,高血糖,炎症などが想定されている。>〔雑誌「糖尿病」56(6):374-390,2013〕
http://www.fa.kyorin.co.jp/jds/uploads/jds-jca_report.pdf
国立がんセンターの報告では<部位別に見ると結腸(1.40)、肝臓(1.97)、すい臓(1.85)のがんに関して有意>の増加>があるという。
がんは臨床的に発見される20〜30年も前に「がん幹細胞」として誕生する。このがん幹細胞は小さくほとんど酸素呼吸をしないで、臓器や組織の深部に隠れている。生きるエネルギーはグルコースを分解してATPを合成して得ている。これに遺伝子変異が重なると増殖能を獲得し、細胞分裂して大きくなり始める。
潜伏期のがんは主に毛細血管から拡散するグルコースを栄養源にしている。毛細血管からの拡散は周囲1ミリに程度にしか届かないので、初期のがんの大きさは直径2ミリ以下である。これは近藤誠氏のいう「がんもどき」であり、それ以上に成長しない。毛細血管からの酸素拡散とグルコースの拡散濃度が増大のリミット因子になっているのである。「がん検診」で見つかるがんはほとんどがこれで、いくら見つけて治療しても、全寿命が延びないのはこのためだ。
それ以上に増大するがんは、自らを養うがん血管をもっている。この血管新生を起こす遺伝子に突然変異を来したがん細胞は、VEGF(血管内皮増殖因子)を分泌して、周囲に新しい毛細血管をつくり、急速に増殖し始める。これが「がん血管」だ。このがん血管はがん細胞間に入りこみ、しかも血管壁に穴が開いているので、血液からの養分を取り込みやすく、同時に転移能力のあるがん細胞が血中に入りこみやすくなっている。
この「本物がん」は猛烈にグルコースを取り込む能力がある(正常細胞の3〜8倍)。放射元素でラベルしたグルコースを血管内に投与するPETスキャンで、がんが選択的に造影されるのは、この原理を応用しているからだ。
がん幹細胞が血管に乏しい環境下である程度まで成長できるのは、グルコースを分解(解糖作用)してATPというエネルギー供給体を作っているからだと思われる。
話を最初の論点に戻す。「糖尿病と発がんには因果関係がある」、「それはグルコースの代謝異常と関係があるのではないか?」というのが基本的問題だった。
第一の問題。糖尿病と発がんとの間に相関関係があるのは、疫学的にも証明された事実だ。因果関係の間接的証拠は、2疾患の発症時期に時間的前後関係があることだ。すでに形成されている「がん幹細胞集団」が、糖尿病による持続的高血糖にさらされれば、他の正常細胞にくらべて生存・増殖に有利になるのは明らかだろう。
第2の問題は「グルコースの代謝異常」である。正常細胞では細胞内に入ったグルコースは解糖系の作用により分解され、ピルビン酸(焦性ブドウ酸)に変わる。ここまでは正常細胞もがん細胞も同じで、この過程でATPが8分子生まれる。
正常細胞の場合は、ピルビン酸はアセチルCoAに変わり、ミトコンドリアに入り、酸素呼吸の下にオキサロ酢酸に変化する。この「TCAサイクル」での反応は酸素を必要とし、合計30分子のATPを産生できる。
他方「嫌気的解糖系」しか利用できないがん細胞は、1分子のグルコースを分解することで8分子のATPしか生産できない。TCAサイクルを廻すのに必要な酵素は、細胞内小器官のミトコンドリアに局在している。がん細胞はミトコンドリアに乏しく、ミトコンドリアでピルビン酸を分解し、TCAサイクルを廻すことがほとんどできない。
正常細胞がグルコース1分子の分解により38分子のATPを得るのに対して、がん細胞はたった8分子しかATPを得ることができない。その差は約5倍である。このため増殖するがん細胞は正常細胞の5倍以上のグルコース摂取能がないと、正常細胞にたち打ちできない。
(古川健司「ケトン食ががんを消す」、光文社新書は同じ理屈で、ケトン食の抗がん効果を主張しているが、まだエビデンス不足だ。)
実際に臨床的に増殖するがんは上記の特異な血管網をもち、グルコース運搬タンパクに対する細胞膜表面の受容体も多く発現していて、効率よく血中グルコースを吸収できる。
以上のように見てくると、糖尿病ががんの発病因子となりえること、その仕組みは高グルコース血症ががんの選択的増殖を促すことあることが、ほぼ解明できたと思う。
表題の「ナッツ食」については、ケトン体やアミノ酸、脂肪酸からエネルギーを得る方法と一緒に、回をあらためて論じたい。
「記事転載は事前にご連絡いただきますようお願いいたします」
>がん細胞はミトコンドリアに乏しく、ミトコンドリアでピルビン酸を分解し、TCAサイクルを廻すことがほとんどできない。
間違い。しっかりと最新の知見を読んでいただきたい。そもそもは、前世紀初頭にWarburg効果が提唱されたが、後に否定された(医学部で習いませんでしたか?)。がん細胞のTCAサイクルは通常、低下していない。しかし、解糖系が異常に亢進しているため、低酸素での生存に有利になっている。
>このため増殖するがん細胞は正常細胞の5倍以上のグルコース摂取能がないと、正常細胞にたち打ちできない。
正常細胞は低酸素に対する耐性が低い。がん細胞は、勿論グルットを高発現しているものもあるにはあるが、(解糖系の亢進によって)低酸素下で有利だから増殖するのだ。
>ほぼ解明できた
全然つながっとらん。