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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロー29-

2007年10月05日 | 投稿連載
愛するココロ 作者 大隈 充
         29
 ラジオからオーバー・ザ・レインボーが聞こえて来た。
ジュディ・ガーランドの透き通るような歌声がアパートの
二階の物干し台に置かれた椅子代わりのみかん箱の上の
ラジオから四谷の国鉄の走る谷に向かって木枯らしに
逆らって響き渡って行った。
昭和28年の牛込、四谷は高い建物がなく丘の上のエノケン
のアパートからは、見晴らしがよかった。屋根の上の物干し
台から見る青空は高く高く広がっている。
 マリーは、エノケンの洗濯物をジュディ・ガーランドの
歌声に口笛でハミングしながら干していた。白いブラウス
の襟を立てて、髪をアップにしてまるでくらしの手帖や
婦人画報の口絵に出てくる賢い新妻のように眩しく清潔で、
どう見てもフランス座のストリップ劇場の踊り子には、
到底見えない。
人は、歳をとったり化粧をしたり働く職業の抜けがたい
肌色に芯まで染まったりしても、その人の生まれながら
の質は最後まで消せない。一枚の写真なら誤魔化せるが、
口笛の一小節も口ずさんだときには、その人のココロネが
ぷーんと匂ってくるものだ。
マリーのココロネは、太陽に黄色く照らされた麦畑の
あぜ道に咲くコスモスの花のようだった。どんなに泥
だらけになっても、どんなに涙に濡れても瞳の奥に赤い
コスモスが花開いていた。
時と場所が違えば、マリーは、タイピストとして職業に
燃えたり、子育てに忙しいごく普通の家庭人になって
いたかもしれない。
大きな戦争のあと一人で焼け跡を彷徨うように生きて
きたマリーは、野良犬の群れの中で決して野蛮と清麗の
一線を越えない強い意志を持っていた。
「マリーちゃん。幸せそうだね。」
玄関前の坂道から大家のトミ婆さんが声をかけた。
「ああ。おばさん。昨日おはぎご馳走様でした。
エノケンさんも大好物だって喜んで食べてました。」
「そうかい。あんたが来てエノケンもすっかり丸くなって、
なんか棘がぽろんと取れたみたいさ。」
マリーは、婆さんのぽろんという発音が妙に芝居がかって
目に見えるように聞こえたのがよっぽど可笑しかったのか
小さな子供みたいにケラケラと笑った。
「あの歳になって落ち着いたって少し遅いんだがね。
エノケンちゃん。」
「そうね。随分遊んだんですってね。」
「ああ。芸人なんて所詮遊び人だもんね。」
「だめですか。エノケンさん。」
「まあ、それが全く変わっちゃってさ。今までのデタラメ
な生活のエノケンがウソみたいさ。いいひとに捕まって
よかったよ。」
「いいひと?」
「あんたのことさ。いいひとは、あんたに決まってるでしょ」
「おばさん。なんか恥ずかしいな。」
「あいつは、もう元に戻らないよ。大丈夫だよ。
安心していいよ。」
「おばさん。明日大井町で無声映画やるの。一緒に行き
ませんか。坂妻のもやるんですって・・・」
「いや。ありがと。でもやめとくよ。年寄りは家で
ラジオ聞いてるのがいいよ。」
ずっと上を向いてしゃべっていたので首が痛くなった
らしく婆さんは手で首を揉みしごきながら、では又来週
と街頭テレビの司会者がやるみたいにバイバイともう一方
の手を振って玄関に入っていった。
 
上映開始のブザーが大勝館の高いホール天井に反響して
場内が暗くなった。
マリーは、そっと隣のエノケンの手を握った。
エノケンは、マリーに微笑みかけ、手を握り返した。
弁士の口上と楽団の演奏がはじまって小津安二郎の「生ま
れてはみたけれど」のファーストシーンが映し出された。
唯一進駐軍のキャンプで観たアメリカ映画「オズの魔法使い」
と違って声のないモノクロ映画を観るのは、マリーに
とって初めての体験だった。
画面が引っ越してきた小学生の兄弟が新しい学校で
いじめられたり、やり返したりする件から客席に笑い
の渦が巻き起こり、最後のエバッていた父親が会社では、
みじめな姿だったというオチになるとすすり泣く声が
周りから聞こえてきた。
マリーは、そっとエノケンにハンケチを渡した。
エノケンは、途中から涙が止まらなくなったみたいで
肩がぶるぶる震えていたのだった。エノケンは、
ハンケチを手にとり目をこすると照れてマリーに微笑んだ。
連続して映画は、「雄呂血」、「鞍馬天狗」と
時代劇がつづいた。
マリーは、暗がりの中でしあわせの正体がわかった。
本当の味のするしあわせは、銀座の三越で洋服を買って
もらうことや、麹町のお屋敷にお手伝いさん付きで住む
ことではなく、好きな人がただひとつやさしい微笑みを
かけてくれることだと気づいた。エノケンのマリーに
対する微笑は、宇宙に漂う無軌道の流星が星のカケラに
ぶつかるようなものだった。この先こんなやさしい笑み
をするひとに出会うことはもうないのではないと
思えるほどだった。
エノケンの微笑んだ目とマリーが受け止めた目の
親和力は、生まれてはじめて味わうしあわせの味だった。
 やがて弁士大会の無声映画上映が終わって
明かりがついた。
立ち上がったエノケンのところにダイショウカンの旦那
がやってきて気まずそうにぼそりと言った。
「わるかったな。おめいさんの「生ける刃」ではなかったな。
あれは、「生ける刃・血風篇」でシリーズ三作目だったな。」
「いや。一作目なんか古くて残ってないですよ。でも昔の
いい映画を見せてもらってお礼を言います。」
「すまんよ。お前さんの女房にエノケンの主役映画
を見せられんで・・・」
「いえ。ありがとうございます。楽しませてもらいました。」
マリーは、エノケンの腕をとり深く頭を下げた。
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ありあけのハーバー~シーちゃんのおやつ手帖16

2007年10月05日 | 味わい探訪
横浜土産として崎陽軒のシウマイと並ぶ
昭和29年に有明製菓が売り出した
南関東の人なら誰でも知っているお菓子。
子供番組のCMで一度は見たという懐かしいものでした。
不動産投資で平成12年に倒産したのを熱い要望で再び復活させて
現在ハーバーズ・ムーンのカフェも展開して店舗数も増えています。
横浜・船の形のお菓子・ありあけのハーバー!
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