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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 6

2009年09月04日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
     6
 室蘭は、母さんの実家があった。一度だけ小学六
年生のときに最初の家出をして、列車で室蘭まで来
たことがあった。港の近くの製鉄団地に母さんのお
兄さんという人が住んでいた。天塩番屋の押入れの
奥に埃だらけの紐で封されたままの母さんの着物の
入ったダンボールがあって、その底にマジックで室
蘭のお兄さんの住所が書いてあった。その番地のア
ドレスを頼りに学校に持っていくハズだった給食費
で特急の切符を買って室蘭へ訪ねて行った夏休みを
思い出す。
 あの日が、人を信用しなくなった始まりかもしれ
ない。ガキの頃から毎日がつらくて隙を見て家出し
てやろうといつも思っていた。
室蘭の母さんの実家にはお祖父ちゃんもお祖母ちゃ
んもいないけれどたった一人のお兄さんがいる。
オレにとっては伯父さんになる人がいる。顔も見た
ことがないし、ダンボールに書かれていた住所にい
るという保障もないけれど何日か泊めてくれて、オ
レの知らないかあさんのことを何でもいいから話し
てくれるんではないかと甘い、子供らしい期待を予
想して室蘭まで行った。
港の高台にマッチ箱みたいに十三棟も並んでいる製
鉄団地。
その5階建てのコンクリートのアパート。
C‐303号室。
宮沢俊夫。これが伯父さんの名前だった。
夜遅かったが、台所に明りがついていて女の人が出
てきて、小学生のオレは、純平が来たと言ってくだ
さい。
と言うと伯父さんが作業服姿で出てきて、オレの頭
から足先まで見て怯えたように白目がキョロキョロ
動いて言った。
「一人か・・・・」
「一人で来た。」
「そうか。とにかく帰れ!」
「・・・・帰りたくないから来たよ。」
「伯父さん、今から三交代で溶鉱炉の夜勤さ。駅ま
で送って行く。」
そう言って玄関にも入れず夜行列車で帰らされた。
もう二度とこんなところ来るもんか!
たぶん母さんも住んでいたこの製鉄アパートには、
傘と靴の散らばった玄関と猫のションベン臭い匂い
しか記憶にない。どこにも母さんの手がかりはなか
った。
こんな狭い団地に育ったのか。オレは母さんの写真
の一葉だけでもいいから探しだせるのではないかと
ぼんやり思っていた。もういない母さんの顔だけで
もわかればよかった。きっと伯父さんなら持ってい
るハズだと思った。しかし写真の一葉どころかケン
モホロロに追い返された。
オレは今考えるとその方がよかったと思う。母さん
と室蘭の伯父さんとは仲が良くなかったのだろうか。
あるいは理由はわからないがオヤジと室蘭が決定的
なケンカをしていてオヤジの子であるオレの顔も見
たくなかったのかもしれない。
とにかくこの世でオレは独りっきりになった。
何も未練などなくなった瞬間だった。
もう二度と行かないと決めたその室蘭にオレはオヤ
ジをやって向かっている。体が自然となんの根拠も
なく室蘭へ進んだ。
なぜだ。
それは、オヤジの次は、伯父さんだからだ。たぶん。
そうだ。オレは、伯父さんをやりに来たのだ。やっ
とわかったぞ。咄嗟に出た口から出任せがちゃーん
と理由があったんだ。間抜けな話。あの、製鉄アパ
ートの手前の苫小牧までやってきてはじめてオレの
使命が理解できた。
あいつもやってしまえ。
 いつの間にか霧が激しい吹雪に変わっていた。吹き
すさぶ雪の中、自転車を捨てて歩いて苫小牧の繁華街
に辿り着いた時は、ネオンがビルの闇にお祭りの提灯
みたいに浮かんでいた。雪道を沼地の平野を迂回して
道に迷ったので驚くほど時間がかかった。
 オレは、あまりにも腹が減って歩けないほどだった。
もう10時をまわっていて何かを食べなきゃ。
できるだけ客の入っていないラーメン屋を探した。
駅裏で見つけた蓬莱軒という小さな店の暖簾をくぐっ
て入った。ライス付きの大盛り味噌ラーメンを頼んで
ただただスープの一滴までかき込んだ。そしてラーメ
ン屋のハゲ頭のジジイが残飯を裏勝手口へ運び出した
隙にオレは、カウンターから乗り出してまな板の上に
あった包丁を素早く盗んだ。
 

コメント
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