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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー森の王者18

2011年01月15日 | 投稿連載
森の王者  作者大隅 充
    18
北海道の山の夏は、長袖でないと肌寒い。石狩山地
から北見山地へつながる山脈にたなびく低い雲が朝
陽に飛ぶ鳥たちの影を忙しく映して天塩岳の山頂で
渦を巻いたり名寄川へ向かって急降下したりして、
チリチリと音を立てて山肌を漂って自在に姿を変え
ていった。
 そしてその名寄川はふたつの山を横切りながら流
れていた。ビヤシリ岳からウツツ岳へ。紋別を真下
に望むウツツ岳からは巨大なオホーツク海が青々と
広がっているのが見えた。オホーツクの風に吹かれ
てウツツ岳の見晴らし岩に現れたのは、駿や秀人や
ユカリたちが見かけたチャータそっくりの仔オオカ
ミだった。子供ながら伸びやかな体格は、もう一人
で狩りの練習をしていますと宣言しているようなや
る気に満ちた筋肉の張りがあった。あの下北半島で
息絶えたチャータが求めつづけた美しい栗毛のメス
オオカミが春に生んだ子。その三匹のうちの一匹が
この仔オオカミだった。栗毛はこの子をコロと呼ん
だ。コロは、一人で狩りをはじめるまでに成長した。
 栗毛の子は、メスのジン、タオとオスのコロの三
匹だった。ウツツ岳からさらに北へ向かって興部川
を渡って行く間にジンが病で死にタオとコロだけに
なった。タオは大人しくあくまで栗毛に従順でどこ
までも母親のしっぽについて離れなかった。しかし
コロはやんちゃで自分でエゾリスなどを追いかけて
は、栗毛から三日もはぐれることがあった。栗毛も
最初は必至で探し廻ったがそのうち諦めてコロが自
分から帰ってくるのを北への歩みをゆるめて待つよ
うになった。森の王者に成長していったチャータと
比べてコロはその息子として少し落ち着きがない子
だと心配したが、それもコロが人懐っこい笑顔でお
土産のウサギを咥えて走って帰ってくるとそんな危
惧もすぐにすっ飛んでしまった。コロの甘え方は、
又尋常でなく激しかった。飛びついて、噛んで離れ
て又飛びつく。とてもじゃないが若い母親でないと
そのエネルギーにヘトヘトとなってしまう。親とし
て日々の喜びや驚きの感情表現に自分の十倍も労力
を使う息子にたじろぎは、隠せないし、この先この
子はどれだけ無鉄砲に育っていくのか空恐ろしくも
なったりするが、それでも日の出前の薄暗がりの巣
穴でぐっすり寝ているコロの寝顔を見たりするとペ
ロリと頬を舐めてやって可愛くてついつい微笑んで
しまう。
 そんなときコロは、眠い目をうっすらと開いて三
日月の残った東雲を見上げて母親にぽつりと聞いた
りした。
「ねえ。どうして北へ旅をするの。」
「毎日の歩きのことかい。」
と栗毛が透明な声で聞き返した。
「ウウツ岳でも獲物はいっぱいいたよ。あそこにい
れば毎日食べ物を捜して歩くこともないじゃないか」
「それはね。わたしにもわからないの。北へ行くこ
とはただ体の奥の方にあるものがそうさせているだ
けなのよ。」
「北へ行くと何かあるの。」
「さあ。どうかしら。何かがあるということじゃな
いのよ。ただ何かが待っている気がするの。」
「何が・・?」
「わからないけど何かがね。」
「・・・・・・」
「行けばわかるよ。可愛い坊や。」
 そういうと栗毛は、コロの鼻をペロリと舐めた。
三日月はいつの間にか明るくなった東の空に消えか
かっていた。
 この年の夏は暑さが異常なほど冷たくて9月にな
ってすぐにも平地で雹が降った。しかし栗毛は子連
れでせっせと山を谷を湿地を北へ向かって歩いた。
コロの成長はますます進んで母を体長で抜き野を走
破する脚力も群を抜いていた。そしてコロは、一日
として同じ顔であったことがなかった。毎日クマに
出会ったり、シカの群れを追い回したりと森のドラ
マを体験した。どんどん精悍な男の顔つきになった
コロは、栗毛たちと離れ離れになるケースが多くな
った。
数日からどうかしたら一週間も別れて行動して谷や
林の出口でまた出会った。母子は、天からの見えな
い操り糸で離れたり引き付けられたりした。しかし
それがカムイ湿原を過ぎた森林地帯に入った途端、
林の中を狩りをして栗毛たちからコロは完全に離れ
て戻ることができなくなった。
コメント
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