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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー森の王者19

2011年01月21日 | 投稿連載
森の王者  作者大隅 充
     19
秋の陽がみるみる短くなって谷を抜けるとき午後
二時を過ぎるともう暗くなった。 コロは、そん
な暗い道を昼も夜も歩き続けて、北の火山地帯に
足を踏み入れた。
 いままでコロは谷を沢沿いに下って行っていた
と思っていたが針葉樹の林を出るといきなりイオ
ウの匂いがして低い黄色の禿げ山がドカッと目の
前に現れた。下って下って平地に出る筈が、林に
囲まれた小さな火山に出た。どうしたことかいま
まで谷を渡っていたときには1000メートル級
の山が頭の上に連なっていたのに今まわりにそん
な山はなく、白樺林と禿げ山しか見えない。明ら
かに高地へ登っていた筈だ。それがちょうど外輪
山の中の平原を進んで中央の火山にぶつかったよ
うな形だ。ただその規模はそんなに大きくなく小
ぢんまりとした箱庭のように見えた。目の前の黄
色火山は手が届きそうなくらい低くかったし、白
い煙を噴き出している火口も人間の街で見た工場
の煙突のようだった。
 コロが一歩近づこうとするとその火口から赤い
炎がチラチラ見えて縄張りを主張するヒグマの鳴
き声のような咆哮が轟いた。今にも溶岩が噴出し
て火の玉が降りかかって来そうだった。
 仕方なくコロは、ぐるりと廻り道をしてこの火
山地帯から脱出する抜け道を探そうと横に横に歩
き出した。
 やがて白樺林にけもの道を見つけた。コロは、
心細くて心臓がドキドキするのをやっと思い直
して、そのけもの道へ速足になった。ここが出口
だ。多くの動物がここからこの場違いな火山の劇
場を抜け出して豊かな森にきっと帰って行った
に違いない。キツネもテンもエゾジカもここを抜
けたのだろう。踏み倒された下草の茎の折れた口
は、まだ新しくついさっきここを通ったものがい
る。火山のイオウの匂いにかき消されているがよ
く嗅ぐとシカのようだ。それもオスジカが数頭。
ここを通って下って行っている。
 コロは、勇気が湧いてきてしっぽを振り鼻をク
ンクン地面に擦りつけて大股に急いだ。やっと奇
妙な箱庭火山から抜け出せる。そして又谷を戻っ
て母やタオのもとへ帰って行ける。早く母のお腹
に頭を擦りよせてタオといっしょに落ち葉の敷き
詰めた安全な穴倉でぐっすりと眠りたい。そして
あの甘い母の舌で頬を舐めてもらいたい。この望
みが叶ったらぼくは、決して二度と母の群れから
離れずいい子で冬支度の狩りを手伝うよと母に
言おうとコロは、自分に言い聞かせた。
 それからどのくらい歩いただろうか。確かに山
は下って遠くの山々も見えだした。しかし気にな
ったのは、イオウの匂いがいつまでも消えないこ
とだった。林を出て湿原に出た時、固いものがコ
ロの足に当たった。
白い角のようなものだった。よく見るとそれは、
骨だった。シカの骨。しかも一つではなく、そこ
ら中に転がっていた。コロは、背中の毛を針のよ
うに突き立たせてゆっくりとゆっくりと避けなが
ら歩いた。
 平原の熊笹の至る所にシカだけでなくリスやキ
ツネや鳥の骨もあった。そしてその原っぱの中央
に赤い沼が見えた。イオウの匂いはそこから風に
のって漂って来ていたのだった。
 イオウ沼。湿原は、その沼に向かってゆくほど
草が枯れて黒い土に所どころ黄色の岩が転がって
いた。コロは、足の震えを止められずしっぽをお
尻の下に巻いて一歩づつ後ずさって行った。そし
て後ろに向きを変えて一気に走ろうとしたその時
沼の方から美しい音楽が聞こえて来た。
 それは甘美なささやきであり、天国のたおやか
な霞のように優しくコロを包んだ。こんな美しい
歌声を聞いたことがない。うっとりと聞き入るコ
ロの足の動きが麻酔をかけられたみたいにパタと
止まった。
   
コメント
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