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獣医師インディ・ヤスの冒険!

家畜伝染病と格闘する獣医師インディ・ヤスさんのブログです。インディ・ヤスさんはロシア・東欧のオタクでもあります。

牛のマイコプラズマ病がこんなにメジャーになっているとは!

2017-09-29 21:07:32 | 仕事
  このブログを今年の1月末に更新してから8か月ぶりの記事である。この間、なんとなく記事を書く気がしなかった。その理由の一つは、勤め先の同僚にこのブログを読んだと言われたことである。公開しているので誰に読まれても全然構わないはずなのに、自分のことを良く知っている人に読んだと言われると、まるで自分の恥部を覗かれたような感じがしてやる気が萎んでしまった。ただし、それだけではない。
 もっと大きな要因は、私が家畜感染症を専門とする獣医師でありながらもう10年近く家畜や家禽の感染症と接することができない立場にいるからである。長期期間入院してベットで過ごした方の、特に足の筋肉が細くなるのと同じで、心に期するものがあったとしても周りからの刺激がないと気持ちが萎えてしまうのである。それがなぜ復活したか。
 実は、先週、大学時代の同級生の同窓会が催された。集まったメンバーは同級生の半分足らずの13名であったがかなり盛り上った。特に、加計学園の獣医学部新設については、“一人一説”で酒の肴として実に面白かった。動物病院を開業している者を除けばいずれも定年まで残り少なくなったが、それでも生涯現役を貫こうという連中ばかりで、彼らから大いに刺激を貰った。そんなことでまたブログに何か書きたくなった。我ながら実に単純なものである。
 ところで、標題にあるマイコプラズマ(M)であるが、獣医学関係者であれば、マイコプラズマは生きた細胞に寄生しなくても、言いかえれば合成培地で増殖できる最小の微生物であうことをご存じであろう。大きく分類すると細菌に含まれるが、より厳密に言うと細菌とは異なる。ただ、分類学は面白くないのでこれ以上はパス。
 何故、今回は牛のマイコプラズマ病かと言うと、先日読んだ牛のマイコプラズマ病の文献情報が私の認識を一変させたからである。実は、私が学生時代に研究室で格闘していたのが牛のマイコプラズマだった。当時のマイコプラズマの培養や検査は現在に比べてはるかに手間が掛かっており、特に培地の添加物は、市販品で僅かな予算で買えるものには不純物が多くて使えず、自前で作製しなければならなかった。そんなこんなで扱いが難しかった牛のマイコプラズマには愛着がある。ただし、その病原性は弱くて日和見感染菌の一つ、数ある牛の感染症の中ではマイナーな存在という立場であった。
 ところが、現在、肉牛、乳牛の区別なくマイコプラズマ病が大きな問題になっている。その疾病は、子牛の肺炎、中耳炎、関節炎、乳牛の乳房炎で、幾つかある牛のマイコプラズマのうち、 マイコプラズマ・ボビス( M.bovis)の感染症の被害が大きい。他にも、肺炎ではマイコプラズマ・ディスパー(M. dispar)やマイコプラズマの1種であるウレアプラズマ・ディヴァーサム(Ureaplasma diversum)、乳房炎ではマイコプラズマ・ボビゲンニタリウム(M.bovigenitalium)やマイコプラズマ・カリフォニカム(M.californicum)も原因菌として上げられる。
 上のマイコプラズマのうち、M.bovisは、私の学生時代にすでに肺炎や乳房炎から分離されたとの報告がなされており、その頃からM.bovisだけは他のマイコプラズマと違って僅かではあるが注目はされていた。しかし、ここ10~15年間の研究でM.bovis他の牛のマイコプラズマが肉牛農場や酪農場の生産性悪化に重要な役割をしていることが証明されてきた。さらに興味深いことは、本来マイコプラズマは細胞寄生細菌であり、呼吸器に感染したマイコプラズマは白血球のうちの単核細胞(リンパ球や単球)に感染して牛の全身の臓器に移行できるということである。なるほど、体外から完全に隔離された関節にもマイコプラズマが感染して病気を起こせるわけである。
 以上、私が大学を卒業してから、肉牛農場や酪農場において牛のマイコプラズマ病は最大の悪役の一つになったことを書いた。大した病原性もなく世間から殆ど無視されたような牛のマイコプラズマに大変な思いをしながら取り組んでいた学生時代を思うと、牛のマイコプラズマが、“ある意味でメジャーになった”ことに何となく誇りを感じてしまう。

2016年12月の高病原性トリインフルエンザの発生

2016-12-29 22:20:51 | 仕事
 先日、青森県の2アヒル農場と新潟県の2採卵養鶏場で発生した高病原性トリインフルエンザの記事を書いたが、その後1か月足らずの間、北海道、宮崎県及び熊本県の3道県で高病原性トリインフルエンザが発生した。まずは、12月16日に北海道十勝清水町の21万飼育の採卵養鶏場、3日後の12月19日に宮崎県川南町の12万羽飼育の肉養鶏農場、さらに8日後の12月27日に熊本県南関町の9万2千羽飼育の肉養鶏場での発生であった。原因ウイルスの血清型は、北海道と宮崎県の症例では先の4症例と同じH5N6亜型と判明、熊本県の症例は現在検査中である。
 感染経路については、いずれも現在調査中ではあるが、北海道十勝清水町の採卵養鶏では防鳥ネットに破損があった、と農水省消費安全局の報道発表資料、疫学調査チームの調査概容に記されている。
 ところで、今回の原因ウイルスであるH5N6亜型トリインフルエンザウイルスであるが、農水省消費安全局のサイトでは、15道府県計133例の野鳥のトリインフルエンザでの死亡例を調べた結果、いずれも原因ウイルスはH5N6亜型トリインフルエンザウイルスであったとある。まさに、今年はH5N6亜型トリインフルエンザの当たり年らしい。
 また、農水省消費安全局によると、隣の韓国では、今年の11月から12月27日までに、17ある地方行政区のうち9行政区で計278件(鶏151件、あひる122件、うずら4件、鶏・アヒルの混合1件)のH5N6亜型トリインフルエンザウイルスによる高病原性トリインフルエンザが発生し、その被害は計567農場の2,676万羽の殺処分とある。実に恐ろしい被害である。今回の高病原性トリインフルエンザにより、韓国での鶏肉鶏卵、家鴨肉の価格が高騰して庶民生活が影響を受けないか、他人ごとながら心配になってくる。
 韓国では、朴槿恵大統領の大変なスキャンダルのため、現在、政治が殆ど機能していないとの報道もある。そのようなリーダーシップの無い状況では、対策が後手、後手になるのも当然であろう。韓国に比べると、我国の政治状況や家畜防疫対策が如何に優れているかを改めて実感させられる。

新潟県と青森県で高病原性トリインフルエンザ発生

2016-12-04 19:42:54 | 仕事
 新潟県関川村の31万羽の採卵養鶏場と青森市の1万8千羽のアヒル農場で、11月28日、高病原性トリインフルエンザが発生、4日後の12月2日に新潟県上越市の23万羽の採卵養鶏場、5日後の12月3日には青森市の先のアヒル農場から350m離れた、4千7百羽のアヒル農場でも発生した。この4事例の原因ウイルスはH5N6亜型トリインフルエンザウイルスで、現在、東アジアで流行しており、特に韓国では多発しているタイプである(なお、今回の原因ウイルスが韓国から来たという証拠はない)。
 これまでの高病原性トリインフルエンザの発生では、養鶏場への原因ウイルスの侵入方法として、野鳥が鶏舎に入りこみその糞の中に含まれるウイルスが感染する、というのが可能性の第一に上げられてきた。しかし、実際には野鳥の関与が確認された事例はなく、また、トリインフルエンザウイルスの自然宿主であるカモとの接点が不明なものが大半であった。
 冬季、日本列島にはカモやハクチョウなど水禽類の渡り鳥が飛来する。特に、カモは日本各地に飛来するが、西日本より東北や北陸地方など東日本のほうがその飛来は多いらしい(そのようなデータを以前見た記憶がある)。カモはトリインフルエンザウイルスの自然宿主であり、トリインフルエンザウイルスの感染を受けても発病せず、糞と一緒に大量のトリインフルエンザウイルスを排せつする。そのため、カモが飛来した湖沼ではトリインフルエンザウイルスに汚染されることになる。それらの湖沼の水を飲み水として他の野鳥や野生動物も利用しており、その水を飲んだ鳥や動物がカモ由来のトリインフルエンザウイルスの感染を受ける可能性は高い。
 実は、今回の4事例の農場は、いずれもすぐ近くに池が存在している。そして、そこにカモが飛来しており、その池の水、又は池や農場の近辺で死んだ野鳥や動物からH5N6亜型トリインフルエンザウイルスが分離されたら、過去の事例では推測でしかなかった原因ウイルスの鶏舎への侵入経路が大きく解明されるかもしれない。もし、侵入経路の解明が進み具体的な事実として明確になれば、現在の予防対策の妥当性の検証、養鶏場が十分納得できる指導も可能となり、高病原性トリインフルエンザ予防対策の大きな向上につながると期待される。


牛の恐ろしい伝染病牛疫

2016-09-10 22:11:52 | 仕事
 山内一也著、「史上最大の伝染病牛疫」を読まして貰った。著者の山内先生は、東京大学名誉教授で、北里研究所、国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)を経て、東京大学医化学研究所教授としてご活躍された方である。私には、日本獣医学会の最重鎮で、兎に角偉い先生、という記憶がある。この方が、牛疫について、疾病、歴史、そして牛疫との人類の戦いを解りやすく説明してくれたのが本書である。
 牛疫は、2011年6月に根絶宣言され、現在、疾病としては地球上には存在しない。しかし、その伝染力と致死率は激烈であり、かつてヨーロッパで発生した流行では2億頭の牛を死亡させたこともある。また、アジア、アフリカでも歴史上何度も発生しており、その被害も、毎回、牛や水牛が数百万頭から数千万頭死亡している。
 日本でも、牛疫は、江戸時代に2回、明治から大正にかけて28回の流行が起こった。被害の程度は様々で、少ない時は数十頭、多い時は数万頭の牛を死亡させた。日本では幸いにして大正11年(1922年)の発生を最後に牛疫の発生はない。
 本書では、牛疫が、歴史上ペストや天然痘と同じくらい人類に多大な被害をもたらしたこと、その牛疫対策のために獣医師という職業が生まれ、その獣医師を養成するために獣医科大学が設立され、さらに最重要な家畜伝染病(例えば、口蹄疫や高病原性トリインフルエンザ)発生時の最も効果的は対策である摘発淘汰、家畜伝染病に対する国際的な監視や連絡機関である国際獣疫事務局(OIE)設立、現在の世界獣医師大会になる国際獣医学会議の開催、各国が行っている検疫体制や家畜伝染病対策の法整備等々、全て元を辿れば牛疫との戦いの中で生まれたということであった。
 本書を読んで感激したのは、牛疫ワクチンの開発において、戦前から現在まで日本が多大な貢献をし、この分野では日本人研究者が世界をリードしてきたこと、その結果、牛疫がコントロール可能な疾病となり、最終的には牛疫の根絶に繋がったという事実である。本書を読んで牛疫と戦った先人たちへの感謝と敬意の気持ちが自然に湧いてきたが、同時に「自分も牛疫との戦いにいたらなあ」という残念な気持ちにもなった。

今週、研修のために上京しました。

2015-02-07 21:23:51 | 仕事
 私は、数年前に個人的に畜産衛生に関するある資格を取得した。その有資格者は、公益社団法人中央畜産会が主催する研修に毎年1回は参加しなければならず、その研修のため今週上京した。研修会場は、東京の外神田にある中央畜産会本部で、JR秋葉原駅から徒歩で10分程度のところにある。
 これまで参加した研修は、正直に言って退屈であまり身が入らなかったが、今年の研修は少々違った。今回はグループ討議があり、私の隣には(有)豊浦獣医科クリニックと㈱エス・エム・シーの両方の代表である大井先生がおられた。
 ここで簡単に説明すると、(有)豊浦獣医科クリニックは数名の獣医師で構成される獣医診療所で主として養豚農場を対象に診療業務や衛生管理指導を全国的に行っている。また、㈱エス・エム・シーは、設立当初は(有)豊浦獣医科クリニックの臨床検査部門であったが、現在、畜産農場の衛生管理のための病原検索や抗体検査、遺伝子診断やさらには畜産物の品質検査などの事業を展開している。大井先生はその両方を率いておられ、畜産農場に出向くだけでなく講演活動も多く、養豚業界では知らぬ人はいない方である。今回の研修では、幸運にも大井先生と直接話ができたわけである。私自身、現在の勤めが終われば畜産農場を対象とした獣医師兼畜産衛生コンサルタントの活動したいと考えており、そのような人間にとって大井先生は敬意の対象だけでなく、そのご活躍は憧れであり、大変なお手本である。
 しかし、実際に話をして頂いた大井先生は、偉ぶったところは少しもなく、実に気さくなお人柄であった。ただ、大井先生のお話しは実に面白く、内側から出てくる大きな自信を感じ取ることができた。大井先生の評判は大変なもので、今回の機会で私もすぐにファンになった。
 まあ、という具合に今回の研修は実に有意義であった。それにしても、また野外の家畜伝染病とガチンコ対決する日が早くこないかなあ。