宮崎県での口蹄疫発生農場の増加が止まらない。本日(5月22日)未明に発表された農林水産省(農水省)及び宮崎県のプレスリリースによると、PCR陽性のため疑似患畜と決定されたものは171農場にも及んでいる(詳細は添付資料参照)。プレスリリースを詳細に読むと、他の農場であっても飼育管理者がこれら171農場のいずれかの飼育管理者と同一であれば、検査をしなくても自動的に疑似患畜と決定され全頭殺処分の対象になっている。従って、実際は報道されている農場より多くの農場が全頭処分されることになる。
より深刻な問題は、口蹄疫発生(正確には、疑似患畜と決定)地域が徐々に拡散していることである。第1例目は児湯郡都農町であり、その後、都農町の南に隣接する同郡川南町で発生農場が集中かつ多発した。川南町は、肉用牛農場、酪農場、養豚場等が多数存在する宮崎県の最大の畜産地域の一つである。この地域での口蹄疫の発生は大変大きな被害を招くことにはなるものの、それが川南町内での発生に留めるよう国や宮崎県は対策を取ってきた。しかし、5月16日に川南町の南に隣接する高鍋町で発生が確認され(101例目)、5月18日には高鍋町の南に隣接する新富町でも発生が確認された(119例目)。さらに、本日未明のプレスリリースによると、川南町の南西に隣接する木城町、木城町に隣接する西都市でも口蹄疫発生農場が現れた。
5月16日以降の高鍋町や新富町等での口蹄疫発生を受け、5月19日、政府の口蹄疫対策本部は口蹄疫O型不活化ワクチン(以下、口蹄疫ワクチン)の使用を決定した。非常に残念ではあるが、ここに至れば致し方ないと思う。この決定の瞬間、日本の畜産は、世界的に見れば二流国のそれに落ちたのである。
悪性伝染病に対する一流国の防疫管理とは、ワクチンを使うことでない。摘発淘汰である。その考えの基本は、“我国には悪性伝染病は存在しません”という“高い安心と安全”を売ることだ。一旦ワクチンを使用すると、感染の有無を広く調べるのに有効な抗体検査では、それが感染によるものか、ワクチネーションによるものか、区別は大変困難である。一方、遺伝子検査を含む病原体の検索では、発症期でないとその検出は殆ど無理である。
今回のワクチネーションでは、半径10kmの移動制限区域の全ての牛と豚に口蹄疫ワクチンを接種し、仮に感染してもウイルスの排泄量を大幅に下げることでウイルスの拡散を減少させ、その結果、口蹄疫の勢いを止めることを目的としている。ただし、今回使用される口蹄疫ワクチンには、発症を防止することはできても感染を防止することはできない。また、今回のワクチネーションを受けた後に口蹄疫ウイルスの感染を受けると少量のウイルスの排泄は起こるし、場合によっては免疫を持ちながらウイルスを排泄し続けるキャリアー状態になる。従って、口蹄疫ワクチンを受けた牛や豚であっても新たな感染源になる可能性がある。そのため、ワクチン接種された牛や豚は、埋却の準備ができ次第殺処分されことになっている。
ただ、口蹄疫ワクチンを受けた牛や豚が殺処分までに口蹄疫ウイルスの感染を受け、そこからウイルスの感染が広がる可能性が全くなくなったわけではない。そこで、農水省は、移動制限区域を囲むように設定された半径10kmから20kmの搬出制限区域の農場に要請し、全ての牛や豚をできるだけ早く出荷してもらう、そして、その区域に口蹄疫ウイルスが侵入しても感染できる動物が存在しないため口蹄疫は発生しない、という作戦を立てた。
さて、この対策が成功するであろうか。口蹄疫ウイルスは、牛や豚だけでなく、野生の偶蹄類である猪や鹿にも感染する。特に、猪は色々な農場に入り込んで餌を頂戴し、時には雌豚を求めて養豚場の奥にまで入りこむことがある。そのような野生動物の接触が、口蹄疫ウイルスの新たな感染経路になる心配はないのであろうか。口蹄疫ワクチンを接種された農場では、その点も注意して衛生管理を行ってほしい。
口蹄疫ワクチンを使用した以上、今後、日本の畜産に対する世界の評価は大変厳しいものとなる。小生は民間企業の一所員ではあるが、家畜家禽の伝染病に携わってきた獣医師として宮崎県の口蹄疫が一日でも早く鎮静化し、日本が口蹄疫の清浄国に戻ることを強く願っている。それまでの過程は決して容易ではないことは解っているが、何としても達成されなければならない。でなければ、日本の畜産、さらには日本の農業に未来はない。