獣医師インディ・ヤスの冒険!

家畜伝染病と格闘する獣医師インディ・ヤスさんのブログです。インディ・ヤスさんはロシア・東欧のオタクでもあります。

到頭、口蹄疫ワクチン接種という事態になった!

2010-05-22 23:06:08 | 仕事

  宮崎県での口蹄疫発生農場の増加が止まらない。本日(5月22日)未明に発表された農林水産省(農水省)及び宮崎県のプレスリリースによると、PCR陽性のため疑似患畜と決定されたものは171農場にも及んでいる(詳細は添付資料参照)。プレスリリースを詳細に読むと、他の農場であっても飼育管理者がこれら171農場のいずれかの飼育管理者と同一であれば、検査をしなくても自動的に疑似患畜と決定され全頭殺処分の対象になっている。従って、実際は報道されている農場より多くの農場が全頭処分されることになる。

 より深刻な問題は、口蹄疫発生(正確には、疑似患畜と決定)地域が徐々に拡散していることである。第1例目は児湯郡都農町であり、その後、都農町の南に隣接する同郡川南町で発生農場が集中かつ多発した。川南町は、肉用牛農場、酪農場、養豚場等が多数存在する宮崎県の最大の畜産地域の一つである。この地域での口蹄疫の発生は大変大きな被害を招くことにはなるものの、それが川南町内での発生に留めるよう国や宮崎県は対策を取ってきた。しかし、5月16日に川南町の南に隣接する高鍋町で発生が確認され(101例目)、5月18日には高鍋町の南に隣接する新富町でも発生が確認された(119例目)。さらに、本日未明のプレスリリースによると、川南町の南西に隣接する木城町、木城町に隣接する西都市でも口蹄疫発生農場が現れた。

 5月16日以降の高鍋町や新富町等での口蹄疫発生を受け、5月19日、政府の口蹄疫対策本部は口蹄疫O型不活化ワクチン(以下、口蹄疫ワクチン)の使用を決定した。非常に残念ではあるが、ここに至れば致し方ないと思う。この決定の瞬間、日本の畜産は、世界的に見れば二流国のそれに落ちたのである。

悪性伝染病に対する一流国の防疫管理とは、ワクチンを使うことでない。摘発淘汰である。その考えの基本は、“我国には悪性伝染病は存在しません”という“高い安心と安全”を売ることだ。一旦ワクチンを使用すると、感染の有無を広く調べるのに有効な抗体検査では、それが感染によるものか、ワクチネーションによるものか、区別は大変困難である。一方、遺伝子検査を含む病原体の検索では、発症期でないとその検出は殆ど無理である。

今回のワクチネーションでは、半径10kmの移動制限区域の全ての牛と豚に口蹄疫ワクチンを接種し、仮に感染してもウイルスの排泄量を大幅に下げることでウイルスの拡散を減少させ、その結果、口蹄疫の勢いを止めることを目的としている。ただし、今回使用される口蹄疫ワクチンには、発症を防止することはできても感染を防止することはできない。また、今回のワクチネーションを受けた後に口蹄疫ウイルスの感染を受けると少量のウイルスの排泄は起こるし、場合によっては免疫を持ちながらウイルスを排泄し続けるキャリアー状態になる。従って、口蹄疫ワクチンを受けた牛や豚であっても新たな感染源になる可能性がある。そのため、ワクチン接種された牛や豚は、埋却の準備ができ次第殺処分されことになっている。

ただ、口蹄疫ワクチンを受けた牛や豚が殺処分までに口蹄疫ウイルスの感染を受け、そこからウイルスの感染が広がる可能性が全くなくなったわけではない。そこで、農水省は、移動制限区域を囲むように設定された半径10kmから20kmの搬出制限区域の農場に要請し、全ての牛や豚をできるだけ早く出荷してもらう、そして、その区域に口蹄疫ウイルスが侵入しても感染できる動物が存在しないため口蹄疫は発生しない、という作戦を立てた。

さて、この対策が成功するであろうか。口蹄疫ウイルスは、牛や豚だけでなく、野生の偶蹄類である猪や鹿にも感染する。特に、猪は色々な農場に入り込んで餌を頂戴し、時には雌豚を求めて養豚場の奥にまで入りこむことがある。そのような野生動物の接触が、口蹄疫ウイルスの新たな感染経路になる心配はないのであろうか。口蹄疫ワクチンを接種された農場では、その点も注意して衛生管理を行ってほしい。

口蹄疫ワクチンを使用した以上、今後、日本の畜産に対する世界の評価は大変厳しいものとなる。小生は民間企業の一所員ではあるが、家畜家禽の伝染病に携わってきた獣医師として宮崎県の口蹄疫が一日でも早く鎮静化し、日本が口蹄疫の清浄国に戻ることを強く願っている。それまでの過程は決して容易ではないことは解っているが、何としても達成されなければならない。でなければ、日本の畜産、さらには日本の農業に未来はない。

 

「foot_and_mouth_disease_1.doc」をダウンロード


口蹄疫発生農場が現在まで67農場に!

2010-05-11 06:03:13 | 仕事

 宮崎県での口蹄疫の発生確認農場及び疑似農場が、5月10日までに合わせて67農場となった。これらの農場の飼育動物はいずれも殺処分された、又はこれから殺処分されることから大変な被害である。原因ウイルスである口蹄疫ウイルスは、すでに10農場の材料から分離され、その血清型はいずれもO型と判明している。

 被害に遭われた農場の関係者の無念さ、防疫関係者の大変なご苦労を思うと居てもたっても居られない気持ちである。そんな気持ちで、農水省と宮崎県のプレスリリースから得られた情報をもとに発生経過をまとめてみた(添付ファイル参照)。このブログにアクセスして頂いた方々の参考になれば幸いである。

「2010.doc」をダウンロード

 


カティンの森事件の背景

2010-05-05 23:31:56 | 国際・政治

今年は宮崎県で口蹄疫が猛威をふるっている最中にゴールデンウイークを迎えた。宮崎県では我々獣医師の仲間が大変な仕事をしている。できれば小生も手伝いに参加したいところであるが、民間企業で禄をもらっている身では如何せん儘ならない。仕方がないので、インターネットで口蹄疫の情報を取りながら、今年のゴールデンウイークは読みかけの本を読んで過ごすことにした。山川出版社から出ている“ポーランド・ウクライナ・バルト史”である。

 先に、1939年ナチスドイツとソ連によりポーランドは分割され、そのために起こったカティンの森事件のことを書いた。このことだけを見れば、ナチスドイツとソ連は憎むべき相手である。しかし、上にあげた本を読むとその背景が詳しく書かれていた。

 ポーランドが分割されたのは1939年だけではでない。18世紀にプロイセン王国、オーストリア帝国、ロシア帝国により3回に渡って分割され、1795年に完全にヨーロッパの地図からポーランドは消えた。

フランス革命後、ナポレオンがヨーロッパ各地を侵略して混乱を巻き起こし、その結果、ポーランドの一部はワルシャワ公国として復活した。しかし、ナポレオン失脚後に開かれたウイーン会議では、3国によるポーランド支配は復活し、ポーランドの悲願は成らなかった。

それから時は過ぎて、1914年に第一次世界大戦が勃発、ヨーロッパ全土に渡ってフランス、ロシア、英国の協商側とドイツ(プロセイン発展型帝国)、オーストリアの同盟側との激しい戦争が繰り広げられた。第一次大戦の結果、ポーランドを分割して支配していたドイツ、オーストリア、ロシアのいずれの帝国も滅び、結果として1918年ポーランドは独立を掴んだ。

問題は悲願の独立を達成した後に起こった。3つの帝国の支配された地方は、百数十年間、それぞれ行政、社会制度、教育など多くのシステムが異なっており、それらがすぐに一つになるには大変は困難を伴った。そこで、独立闘争の英雄でポーランド人に絶大な人気があったユゼフ・ピウスツキが初代国家主席兼軍最高司令官、さらに初代大統領に選ばれた。ピウスツキの一派は彼の人気で3地方の融合を一気図るつもりであった。

しかし、そう単純には行かなかった。英雄ピウスツキ、人気は高かったものの、政治家としての能力は低かった。政治的な困難にぶつかると政権を投げ出し、後を引き継いだ者の政策が自分に不利になるとクーデターを起こして政権を奪取することを繰り返した。彼は、大統領を退いても軍最高司令官は誰にも渡さず、国民も彼の行動を支持した。すなわち、ポーランドは長年の悲願であった独立を掴んだが、国のリーダーを選び間違えて混乱の極みに陥っていた。  

そんなポーランドを見ながら冷酷な野心を抱いた二人の男がいた。アドルフ・ヒトラーとヨシフ・スターリンである。この二人の密命を受けたナチス・ドイツ外相リッペントロップとソ連外相モロトフは独ソ不可侵条約を締結、さらに秘密協定が結ばれ、再びポーランドは消滅した。

翻って、現在の日本はどうであろう。昨年8月の衆議院選挙で民主党が圧勝し、政権が変わったが、鳩山政権が一体何をしたいのか、さっぱり解らない。脱官僚支配を唱えて官僚をいじめ行ったため、霞が関の官僚からは総スカンをくらい、事業仕分けというパーフォーマンスで日本産業の未来の主役の芽を摘み取り、沖縄の普天間基地の移設問題では9分通り決まっていたものをひっくり返して同盟国アメリカとの関係を悪化させた。小生には、今の日本がかつてのポーランドに似ている気がしてならない。日本の混乱を見ながら近所の大国が冷酷な野心を持たないと良いのだが。


口蹄疫発生を疑う農場がこれまでに13例,大変な惨事になって来た!

2010-05-01 21:00:45 | 仕事

この10日間、時間があれば農水省の消費安全局のプレースリリースを覗いている。前回の更新後10例の口蹄疫発生を疑う農場が現れた。これまでのプレースリリースの内容を簡単にまとめると、以下の通りである。

1例目:4月9日届出、宮崎県児湯郡都農町、繁殖牛農家、繁殖牛9頭、育成牛3頭、子牛4頭の計17頭

2例目:4月21日確認、宮崎県川南町、1例目の農場から南東へ約3km、酪農・肉用牛複合経営、搾乳牛26頭、乳牛育成牛7頭、交雑種(F1)肥育牛14頭等の計65頭

3例目:4月20日届出、宮崎県児湯郡川南町、2例目の農場から北へ約400m、肉用牛肥育農場、和牛83頭、交雑種(F1)35頭の計118頭

4例目:4月21日届出、宮崎県児湯郡川南町、2例目の農場から西へ約200m、肉用牛の繁殖農場,和牛65頭

5例目:4月22日届出,宮崎県児湯郡川南町、4例目の農場から西へ約100m、肉用牛の一貫経営農場、繁殖牛44頭、育成牛1頭、肥育牛6頭、子牛24頭の計75頭

6例目:4月22日宮崎県立ち入り、宮崎県児湯郡都農町、1例目の農場から北西へ600m、1例目の農場と飼料会社が同じ、水牛・豚飼養農場、水牛44頭、豚2頭

7例目:4月24日届出、宮崎県児湯郡川南町、2例目の農場から北東に約100m、肉用牛肥育農場、肥育牛725頭

8例目:4月27日届出、宮崎県児湯郡川南町、2例目の農場から北東へ約2km、肉用牛肥育農場、肥育牛1,019頭

9例目:4月27日届出、宮崎県えびの市、1例目の農場から南西へ約70km、肉用牛肥育農場、肥育牛275頭

10例目:4月27日届出、宮崎県児湯郡川南町、1例目の農場から南東へ約6km、2~5例目の農場から南東へ約3km、宮崎県畜産試験場川南支場、豚486頭

11例目:4月28日届出、宮崎県児湯郡川南町、2例目の農場から北東へ約400m、酪農農家、乳用牛50頭

12例目:4月29日届出、宮崎県児湯郡川南町、2例目の農場から南へ約1km、一貫養豚場、母豚493頭、種雄豚14頭、育成豚82頭、子豚840頭の計1,429頭

13例:4月30日届出、宮崎県児湯郡川南町、10例目の農場から北へ約200m、一貫養豚場、繁殖母豚371頭、育成豚41頭、子豚897頭、種雄豚28頭、交雑種繁殖候補豚1,063頭、肥育豚1,482頭の計3,882頭

これら農場の飼育動物は、いずれも殺処分されたか、これから殺処分される。これらの被害は甚大である。特に注目すべきは、9例目で宮崎県えびの市で発生したことと、12例目と13例目が一貫養豚場であったことだ。

発生農場は、9例目を除くといずれも宮崎県児湯郡に集中しているが、そこから70kmも離れたえびの市で発生した。このことは、口蹄疫ウイルスに感染した牛や豚が、1例目が確認される前にすでに各地に移動している可能性を強く示唆している。

また、肥育農牛の農場や酪農場と養豚場とは直接の接点はない。しかし、養豚場でも発生したということは、屠畜場への運搬車や飼料会社のトラック等が口蹄疫ウイルスで汚染され、感染を拡大している恐れもある。

感染経路については、これから解明されるであろう。兎に角、今回の口蹄疫の被害が一刻でも早く治まることを願ってやまない。