獣医師インディ・ヤスの冒険!

家畜伝染病と格闘する獣医師インディ・ヤスさんのブログです。インディ・ヤスさんはロシア・東欧のオタクでもあります。

コレラ、豚コレラ、そしてアフリカ豚コレラ

2018-09-20 22:42:13 | 仕事
コレラは昔から有名な人の感染症で細菌の一種であるコレラ菌(Vibrio cholerae )が起こす重篤な伝染性疾病である。豚に似たような名前の病気が二つあり、一つは豚コレラ、もう一つはアフリカ豚コレラである。両方ともウイルスによる感染症であり、従って共に人のコレラとは全く関係ないが、両方とも豚への病原性が極めて強く畜産分野では非常に危険な感染症である。この豚の“二つのコレラ”が今問題になっている。
 豚コレラは、かつて日本でも多くの養豚場で発生していた疾病であり、私が学校を出て就職した頃は養豚場では豚コレラのワクチンが普通に使われていた。その原因病原体は、フラビウイルス科ペスチウイルス属の豚コレラウイルスで、この科のウイルスはRNA型のウイルスである。日本脳炎ウイルスは同じ科に含まれる。
 豚コレラについて、我国では過去30年に、まずは徹底したワクチネーションで発生を抑え、発生がなくなった都道府県から段階的にワクチネーションをやめて発生した場合は発生農場の豚を全頭殺処分し、そして平成12年には豚コレラワクチンの使用を全国的に禁止する、というやり方で日本国内から豚コレラウイルス撲滅を行ってきた。その結果、平成4年の熊本県の事例を最後に野外ウイルスの感染による豚コレラの発生はなくなった。
 しかし、残念ながら先日の9月9日、岐阜県のある小規模の養豚場で26年ぶりに豚コレラが発生した。今のところ続発事例はなく幸い小規模な被害で済みそうである。
 一方のアフリカ豚コレラは我国では発生したことがない。その原因病原体は、アスファウイルス科アスフィウイルス属のアフリカ豚コレラウイルスで、こちらはDNA型ウイルスである。原因ウイルスの核酸から解るように、豚コレラとアフリカ豚コレラは全く別の豚の伝染病である。このアフリカ豚コレラによる被害が世界で拡がっている。
 もともとアフリカ豚コレラはアフリカ大陸のサハラ砂漠より南の地域で発生していた疾病でアフリカの風土病の一つと考えられていた(少なくとも私はそう教わった)。それが過去10年、特にこの3,4年の間に中東欧諸国からロシアに及ぶユーラシア大陸の広大な地域でアフリカ豚コレラの発生が相ついている。そして、アフリカ豚コレラが今年8月に中国でも発生した。
 余計な世話だと思ったが、我国の農水省が発表した中国でのアフリカ豚コレラの発生を一覧表で整理してみた。中国では8月3日の遼寧省(りょうねいしょう)瀋陽市での初発から9月18日までに24養豚場でその発生が確認されている。これらの農場が限定的な特定地域に集まっているのであれば大きな心配はない。しかし、本病発生農場は、遼寧省、河南省、江蘇省、浙江省、安徽省、黒龍江省、内モンゴル自治区と広大な地域に渡っており、しかも短期間に発生している状況が分かった。これでは中国政府はお手上げではなかろうか。実際、初発から数例までは発生後の防疫対策、具体的には発生農場を含む制限地域内の殺処分頭数が報告されていたが、途中から防疫対策が殆ど示されなくなっている。多分、広大な地域(日本全土がすっぽり入るぐらいの)に渡って次々にアフリカ豚コレラが発生しているのであろうと推察している。
 我々は、中国でのアフリカ豚コレラの大発生を、“対岸の火事”と見てはおれない。その火の粉が日本に飛んでこないように、何としてもアフリカ豚コレラウイルスの日本国内への侵入を防がねばならない。