獣医師インディ・ヤスの冒険!

家畜伝染病と格闘する獣医師インディ・ヤスさんのブログです。インディ・ヤスさんはロシア・東欧のオタクでもあります。

日本語は本当に表現力豊かな言語ですね。

2019-06-15 22:48:35 | うんちく・小ネタ
今週のインターネットでは、香港での市民による、自由と自治を守るための大規模デモのニュースが多数報じられた。デモへの参加者は主催側からは約100万人と発表されており、恐ろしい規模のデモである。このデモについて気にはなるが、今のところは推移を見守りたい。
話は変わって、先週の週末、「アレキサンダー大王」(A.ウエイゴール著)と言う文庫本を読み終えた。この本は昭和45年に角川書店から出版されたもので、30歳頃にたまたま入った古本屋で買ったものである。当時、私は仏像に興味を持っており、お釈迦様が説いた仏教には本来仏像はなく、仏教が拡がっていく過程でガンダーラの地で仏教とヘレニズム文化が出合って仏像が誕生した、ということを何かの本で読んでいた。そして、ガンダーラの地にヘレニズム文化を伝えたのは、マケドニアの王であった、アレキサンダーの大遠征だと高校時代の世界史で習った。仏像の誕生と言うのは具体的にはどのようなものだったのか、そんな疑問を持っていた頃に出会ったのがこの本である。仏像誕生について何か解れば、と思い購入した。ただ、折角買った本ではあったが、家の本棚に入れてまま、掃除の時に本棚から出して埃を拭うだけで読まなかった。何故読まなかったのか良くわからないが、ページを捲ってその字の小ささに嫌気がさしたことは覚えている。
この本はアレキサンダー大王の伝記である。話は、アレキサンダーの先祖がギリシャの北の辺境の地、マケドニアの王になったころから始まり、アレキサンダーの父、ピリッポスの治世でマケドニアの勢力がギリシャの都市国家群を脅かすぐらい大きくなったこと、そしてアレキサンダーによる大帝国の建設であり、その実現のために行われた、10年に渡るアレキサンダーの大遠征の話である。
上の通り、この本は壮大な歴史物語であるが、読むのにかなり骨が折れた。まず、文字が小さい。そのために1ページ当たりの記述が現在の文庫本よりずっと多く、行間も狭い。当時は576ページの文庫本1冊であったが、現在の大きくて読みやすい文字なら同じページ数で2冊を超えるのではないだろうか。また、文章には、現在では普段は使用しない言葉も多く、毎ページ、広辞苑と漢和辞典で言葉を調べながら読まなければならかった。ただ、この点は私の言語力の拙さの所為かも知れないが。まあ、それでも何とか読み終えて良かった。
この本を読み終えて気づいたことがある。それは、わが日本語の表現力の豊かさであり、その豊かさは漢字、漢語なくしてはあり得ないということである。今、不平を言ったばかりでは申し訳ないが、読むのに大変な思いをしたからこそ日本語の言葉の多種多様で繊細さに気づかされた。
そこでふと思い出したのが韓国の事情である。韓国では、1970年から1980年代にかけて漢字使用の削減を国が指導、小学校での漢字教育はなくなり、漢字は中学校以上での選択科目となった。そして、新聞や書籍での漢字を使用した文章はなくなってハングル文字だけ、街中は漢字の店名も道路標識もなくなった。これらのことは、2005年に友人と行った釜山で目にした状況である。それからすでに14年が過ぎたが、韓国での漢字使用はさらに少なくなり、普通の市民が漢字の読み書きをすることはない、と聞いている。
 一方、朝鮮半島では、長い歴史の間、漢字で朝鮮語を表現してきたことから、過去の公の書類は漢字で記されている。韓国では、現代と過去の間の漢字使用の大きなギャップのため研究者などの特別な人を除けば、普通の韓国人が歴史を学びたくても自分で過去の書物を読むことは大変難しくなっている。それより大きいのは、漢字を使用しないことにより朝鮮語の表現力が大変小さくなっている、という心配である。読み、書き、話す場で表現力が豊かであれば、人は恥ずかしい生き方が嫌いになるし、何よりも人生が楽しいものとなるのではないか。韓国人の大半が示す、日本及び日本人への非礼、侮辱、憎しみなどの病的な感情は、長年の反日教育によるという話だが、漢字の使用を廃止したことも大きな要因ではないだろうか。そのようなことを思いながらアレキサンダー大王を読み終えた。
ところで、本書は買ってから読み終えるのにとても長い時間が掛かったが、ガンダーラ侵入のところの記述は殆どなく、肝心の仏像誕生については今も分からずじまいである。
 

驚いた!神田明神とニコライ堂はすぐ近くなんだ。

2015-02-14 23:02:33 | うんちく・小ネタ
 前回の記事で、東京で研修を受けたことを書いた。前の記事に書いたように、研修会場の中央畜産会はJR秋葉原駅から徒歩10分ほどのビルにあるが、そのビルは神田明神のすぐ裏というか、裏門の真下にある。実際、そのビルの横には神田明神に上る裏階段がある。
 神田明神は、徳川幕府から江戸総鎮守とされ、江戸庶民の守り神として大事に守られてきた神社である。祭られているのは平将門。京都の朝廷から見れば大謀反人である平将門を江戸の守り神にするとは、流石に江戸は日本一の武家の町である。
 神田明神と言えば、テレビドラマ「銭型平次」で平次親分が住んでいたのが“神田明神下”という設定であった。そうすると、我々は銭型平次の住居の跡地で毎年研修を受けていることになり、何やら面白みを感じる。
 ところで、今回の研修を一緒に受けた一人から、「この会場には来るには、JR秋葉原駅よりJR御茶ノ水駅がずっと近いですよ」と言われた。研修終了後、羽田空港に向かうまで多少時間があったので、JR御茶ノ水駅に向かって歩いてみた。確かに会場からJR御茶ノ水駅まで10分も掛からなかった。しかし、もっと驚いたことにそのすぐそばにニコライ堂があった。
 ニコライ堂とは通称で、「日本正教会東京復活大聖堂教会」が正式な名前である。ニコライ堂は1891年に建てられたロシア正教の教会で、ロシアから来日した伝道師、聖ニコライにちなんで“ニコライ堂”と呼ばれている。その後、関東大震災で壊滅的被害を被り、1929年に建替えられた。1960年に日本では少ないビザンチン様式の建築物として国の重要文化財に指定されている。なお、正式な名称である“復活”は、聖堂の復活ではなく、イイスス・ハリストス(イエス・キリストの正教での名称)の復活を表している。
 ニコライ堂に来たのはおよそ10年ぶりで、10年前に来た時には礼拝堂には入れなかったが、今回は幸運にも礼拝堂の拝観ができた。礼拝堂の中の空間は、思い浮かべていたものよりやや狭かったが、高い天井と多くのイコン、そしてその中心の祭壇など、ロシア正教の教会の代表的な構造であった。ロシア趣味の私としては、短い時間ながら非常に静かで厳かな時を過ごせて幸運であった。
 それにしても、江戸総鎮守の神田明神のそぐ近くに正教会の総本山であるニコライ堂があるというのは実に面白いものである。
 

安倍総理の手はとっても軟らかいんだって。

2014-11-08 21:18:55 | うんちく・小ネタ
私は、7年前から獣医師の仲間でやっている畜産農場の衛生管理の勉強会に参加している。メンバーは、大型畜産農場の管理獣医師、養豚場や養鶏場の経営者、共済組合の職員、産業動物を対象としている開業獣医師、家畜保健衛生所の職員、医薬品販売会社や飼料会社の獣医師、製薬企業の職員(すなわち私)などである。
 以外かもしれないが、畜産農場の経営者の中には獣医師である人もいる。その理由は、祖父母や両親が始めた畜産農場が成功して経営規模が大きくなる、そうなれば自分の農場を最優先にする獣医師が必要となる。その獣医師が家族であれば非常に都合が良い。というような経緯で自分の子女を獣医大学や獣医学科に進学させるのである。我々の勉強会には、そのような獣医師で且つ養鶏場の経営者である仲間もいる。以下は、彼から聞いた話である。
 この養鶏場の社長は彼の奥様、彼は副社長兼専務取締役である。お二人は大学の獣医学科の同級生、学生時代に交際を深め、卒業時に結婚、先代社長の一人娘であった彼女は、お婿さんという土産を持って帰ってきた。実は、この女性社長は、かなりのアイデアウーマンのやり手経営者である。私は、地方雑誌ではあるが、有能な女性経営者の一人として紹介された記事を読んだことがある。
 その養鶏場に、先日、なんと安倍総理大臣が訪問された。その訪問には、お役所(総理官邸?)から予め打診があり、自社のPRにもなるので了承したとのことであった。彼(専務さん)が言うには、「自分の養鶏場は、麻生副総理の地元にあるので、麻生副総理から情報を聞いたのではないか。」ということ。現在の政権は、女性の社会的活躍を大きなテーマの一つに上げているので、麻生副総理が、「自分の地元のある養鶏場は、女性が社長で、彼女は非常に有能で面白い。」というような話を安倍総理したのではないか、というのである。
 彼の話を聞きながら、安倍総理はその養鶏場にやって来て案内されながら色々と質問し、社長と専務は丁寧に返答されたのであろう、と私は想像した。安倍総理の帰り際、専務は安倍総理と握手をした。その感触は、「なんて軟らかい手なんだろう!こんなに軟らかい手を持つ男性がいるとは驚いた。」だったそうである。「安倍総理は、我々の人生とは全く違う人生を過ごされて来たんでしょうね。」と彼は私に言った。
 私は、現在の第2次安倍政権を強く支持しており、今回の養鶏場訪問も好意を持って受け止めた。ただし、安倍総理は、我々のような現場で汗水流している者とは次元が全く違う人生を歩んだのも事実であろう。
 

google+とfacebook

2014-07-20 23:16:11 | うんちく・小ネタ
 google+ と facebook,、ご存じの通り、どちらも世界的なソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)である。数年前はブログが大はやりであったが、最近は、google+やfacebook、twitterなど各種のSNSの方が圧倒的に広がっているような気がする。
 実は、小生もgoogle+とfacebookの両方でアカウント登録している。ただ、これといった目的はなく、単なる好奇心で登録してみた。やってみて解ったが、どちらもインターネット上の仲間作りである。google+はある共通点を持つ者の集合体であるが、互いの間では全く面識がなく接点もない。一方、facebookではお互いに友人、知人、時に家族であり、少なくとも一度は接点があった者たちで構成されるようである。ただし、これはあくまで小生の理解であり、間違っているかもしれない。その時は、私の知識不足をお許し頂きたい。
 因みに、小生の場合、google+の入口は、アイドルグループHKT48のオフィシャルウェブサイトである。HKT48は、福岡市に本拠地を置くAKB48の姉妹グループで、そのメンバーの一人がたまたま同郷であったことから、彼女への応援のつもりで参加した。当然ながら、そこいる“仲間”は若いオタクのファンばかりである。
 一方、facebookでは、小生が敬愛するジョン・ハンターの膨大なコレクションを保管したジョン・ハンター・ミュージアム (在ロンドン)のオフィシャルウエブサイトに入口があり、そこから入った。ただし、作られた小生アカウントとジョン・ハンター・ミュージアムとは全く関係はなく、従って、残念ながらジョン・ハンターを敬愛する人たちを仲間にはできていない。一方で、何故か、高校時代からの親友が“友達になりませんか”を小生に送ってきた。彼とは、自宅や勤務先の住所や電話番号、携帯電話の番号、e-メールアドレスなど互いの連絡方法を全て伝えあっており、何を今さら、と思ったが、一応、恭しく、「宜しくお願いします」と返事した。それが、小生のfacebookのアカウントの唯一の“友達”である。
 さて、google+ と facebookをいつまで続けるか、ということであるが、今すぐにやめても構わないと思っているものの、「今やめるのは何か惜しい」ような気もする。待ち人来らずかもしれないが、ひょっとして新たな友人・知人ができるかもしれないのでこのまま続けてみる。

 




1年半ぶりに更新します。

2012-07-22 02:58:54 | うんちく・小ネタ
 今回の更新まで随分と時間が掛かりました。なんと1年半です。これは、ただ管理人の小生がサボっていただけです。
 このブログは管理人のグダグダ話を書いているだけですので、たまたまこのブログにヒットした人は無視して頂いて結構です。ここには、管理人の過去と現在、及びこれから未来の展開を書きこんでいるだけですので、お気に召さない場合も当然ありです。
 本日は、前の職場のメンバーと飲会をして盛り上りました。一番盛り上ったのは、AKB48のところでした。自分としては、「ももいろクローバーZ」を一推し、いや一推し~五推しですが、“ももいろクローバーZ”については言えませんでした。“ももいろクローバーZ” については、後で書きます。
 今日は、酔っぱらった頭で書いていますので、全くお話しになりません。次回は“ももいろクローバーZ”について書きますので、宜しくお願いします。
 
 インディ